攻略が楽勝過ぎた精霊   作:高町廻ル

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所詮は精霊でしかない

 鳴村凛院が高校の校舎で精霊を目撃してから既に一週間が経過していた。

 彼女とその上司にあたる神無月は基地にある部屋の一つで、そこで諜報部が持ってきた資料を挟んで話し合っていた。

 その資料には楽しそうに街中で歩いている姿や、美味しそうにファーストフード店で食べ物を食べている姿が盗み撮られていた。

 

「なるほど…確かに鳴村君の報告通りこれは『ドクター』に間違いないですね…」

「はい、私も最初は目を疑いましたがやはり精霊でしたか…空間震を気取らせずどうやって現れたのか見当もつきません…」

 

 二人はあまりにも人間社会に溶け込んでいる精霊の姿に驚きしかなかった。

 

「そして精霊と一緒に居る彼女はいったい何者なのでしょうか……」

「資料では本当に普通の女の子だそうです。過去に精霊や空間震に関わったことが無ければ、顕現装置も知らないそうです…」

 

 勿論精霊にも驚いたのだが、それだけでなくその写真に一緒に写っている少女にも驚きを覚えた。

 厳密にいえば空間震の現場に一度だけいた経験はあるが、その時は精霊から逃げかえる途中だったため把握できていなかったのだ。

 凛院はふと思った事を口にする。

 

「一緒に居る理由…例えば精霊に脅されているとかでしょうか…」

「それは…どうでしょうか……」

 

 その言葉に上司である神無月も改めて写真を見て答えを決めかねていた。

 もし仮に精霊に関する事情を知って傍にいるのであれば、考えられるのは精霊に脅されて人間の情報を集めるために利用されているだろうか。

 だが同時に何となくだが分かってしまう、写真に写る彼女は脅されて一緒に居るそれではない事を。

 

「少し話が変わりますがDEMからの出向魔術師が来るそうです」

「DEM…ですか…どうにもこうにも……」

 

 その報告を聞いて彼女は何とも言えない表情を作る。

 DEMは顕現装置を作る事が出来る企業の一つで、各国の顕現装置を提供している軍隊や政府に対して強い干渉力を一企業でありながら有している組織だ。だが黒い噂が絶えないため好かれているとは言い難い。

 彼は目の前の相手が嫌そうな雰囲気を出したのを感じて問いかける。

 

「嫌ですか?」

「いえそんな事は……」

「この会話は盗聴されたり録音はされてませんからいいですよ、正直胸糞悪い連中ですし、今回の一件、DEMはドクターに前から注目をしていたようでこの辺に目撃情報が多い事を嗅ぎつけて無理矢理部隊員の枠を開けてねじ込んできましたから穏やかではありません」

「…………」

 

 DEMから出向して来る魔術師はそれなりの実力を有しているのは間違いないはずなのに、戦力不足で悩んでいるはずの二人はどうしても手放しに喜ぶことは出来なかった。

 もしかしたら何か取り返しのつかない事が起きようとしているのではと考えてしまうのだ。

 

 

 上司からの報告があった翌日、件の出向魔術師がやってきたのだ。

 ASTの隊員たちは目の前に立っている焦げ茶色の髪に、体の所々にタトゥーあしらい、キツイ睨むような目をした女性に注目をしていた。

 神無月の腹心の部下の一人が目の前の女性の説明をする。

 

「こちらがDEMの出向社員になります『ブレンダー・ラスト』さんです」

「…………」

 

 紹介をしてもらっても目の前の女性のブレンダーは何も話そうとしない。ただ周囲にいる人間を値踏みするように観察をしている。

 この場にいる人間たちはだんまりを決め込むものだからざわついてしまう。

 

「……すみません、ブレンダーさんからも一言貰えませんか」

 

 あまりにも何も言わないものだから一言貰えないのかと催促をする。

 当初の想定ではここで自己紹介や質疑応答を行ってこの場所や人たちに馴染んでもらおうと考えていたのだ。

 

「…この中でマシな奴は一握りか…マジでがっかりだわ。アタシの邪魔だけはすんじゃねーぞ」

 

 ブレンダーのその一言にその場にいた人間全員が凍り付く。そして何を言われたのかに気が付いてカッとなってしまう。

 

「言わせておけば…!」「DEM直属だからって…」「精霊に一人で立ち向かえるって思ってんの?」

 

 ここでDEMの人間に対して文句を言う事のリスクなど分かっているのだが、自分達の精霊に対する戦績も、そして実力不足を嫌というほど自覚はあったため、相手に言われた事に対して穏やかではいられない。

 

「そこまで言われて黙ってはいられないわね」

 

 そんな中、明確に相手に発言をしたのは凛院だった。

 

「あん?」

「私達がどれだけ命を削って戦ってきたのか、来たばかりのあなたに分かったような口をきかれたくは無いわね」

 

 凛院とブレンダー、二人の間に流れる空気はあまりの荒れていて先ほどまで小さく悪態をついていた人たちも静まり返ってしまうほどだった。

 ここで隊長である神無月はこれまで守っていた沈黙を破って口を開く。

 

「そうですね。ここで言い合っていても仕方のない事です。まずはお互いの実力とその距離を測るためにもここは模擬戦を行って分かりあおうではありませんか」

 

 

 顕現装置をまとった男女たちが訓練所である広場に集まっている。

 

「いちいち相手にするのも面倒だ。ハンデだ、取りあえずまとめてかかって来い雑魚ども」

 

 誰でも装着が可能な汎用タイプの顕現装置ではなく、ブレンダーの体に合わせていると思われるオーダーメイドであろうそれを着てそう言った。

 誰もがその舐め切った一言に怒りをあらわにしてしまう。だが彼ら彼女らの中に残っている人としての理性が武器を構える事だけは止めさせる。

 精霊はただの災害であり、害獣のようなものであると割り切ることは出来るのだが、目の前にいるブレンダーは気に入らない相手でこそあるのだが間違いなく人間であり、その相手に憎しで刃を振るう事は躊躇ってしまうのだ。

 

「いいでしょう。では訓練を始めましょうか」

「い、いいんですか…?」

 

 上司が多対一を容認したため部下である凛院は躊躇いを口にしてしまう。

 いくら気に入らない嫌いな相手であっても大人数で取り囲むのは彼女らの意思に反していた。

 

「別にいびりじゃないですよ。ただここで引いて一線を引かれても困りますし、ここでどちらが優れているのか決めればいいじゃないですか。それで構いませんよね?」

「つーか最初にそう提案しただろ、改まってわざわざ口頭確認すんじゃねぇよ」

 

 ブレンダーは神無月に顔を向けられそう確認をされ、心底めんどくさそうにそう言った。

 その態度を見て周りの隊員たちは覚悟が決まったようだった。

 人間性では一切信頼されていないが、戦闘面では常に犠牲者が出ないように配慮をして、面倒な上層部の人間から守ってくれている神無月を心の底から嫌いな人はここにはいないのだ。

 全員が所定の位置に立って手に持った武器を構える。

 

『……………………』

「…………」

 

 じっとASTが睨みつける一方で、ブレンダーは緩慢な姿勢で武器を持つこともなく立ちすくんでいる。

 その心底舐め腐っているとしか思えない態度に尚更苛立ちを募らせてしまう。

 

「では訓練を…始め!」

 

 その合図とともに全員が銃を発砲し、一気に距離を詰めてレーザーブレードを振り下ろす。

 逃げられるタイミングではなかった、そもそも全ての攻撃を躱せるような回避に使える都合のいいスペースは存在しないように計算された連携だった。

 

「まぁこんなもんだろ」

『!?』

 

 だがブレンダーは一切の攻撃をその肌に受け付けなかった。

 彼女の全身に可視化するほどの顕現装置によって生み出された大量の魔力が吹き荒れて、強引に全ての攻撃を跳ねのけたのだ。

 

「まあいいんじゃねーの?平和ボケした国の割にはやるじゃん。連携は悪くねえし、ただの雑魚かと思ってたが、いたらいたでウザったい雑魚程度には使えるな」

 

 心底馬鹿にしているのか、本気で関心をしているのか分からないそんな平坦な声音で先ほどの攻撃を評価する。

 

「ッ…!…くっ……!」

 

 攻撃に参加していた凛院はここまで絶望的な実力差がある事に焦りながらもなんとか一矢だけは報いてやろうと、レーザーブレードの出力を上げてその魔力の壁を切り裂こうと踏ん張る。

 そんな姿勢を見てブレンダーは少しだけ目を見張っていた。

 

「オマエやるじゃん」

 

 彼女はこれには本気で関心をよせていた。

 ここにいる多くの隊員はその実力の差に愕然として戦意を失うか、呆然とするかの二択だった。

 しかし凛院だけはまだ諦めずに噛みついてやろうと必死になっているその諦めの悪さを見せていた。

 

「ただ、まだ意志と実力が釣り合ってないんだよなぁ!」

 

 とはいえその攻撃は相手の魔力の壁に少しだけめり込むに留まって、肝心の本体には微塵も当たる気配がない。

 そして魔力をコントロールして砲弾の形に変換して凛院の体に打ち込んで倒す。

 彼女の必死の攻撃もブレンダーからすればそよ風にもならない存在で、逆にブレンダーの何ともない攻撃は彼女にとっては致命傷だった。

 

「あ…ぐぅっ…!」

 

 凛院は何とか立ち上がろうとするのだが、あまりにも重い一撃は彼女から立ち上がる意思を奪い取っていた。

 

「やはりこうなるのは仕方ないですかね」

 

 神無月にはこの結果になる事が最初から分かっていたようで、特に驚くこともなくそう締めくくった。

 

 一方のブレンダーは相手の様子を確認する事も無く身を翻してその場から去ろうとする。

 その背中を何とかここに留めようと必死に彼女は手を伸ばすが届くことは無い。

 

「筋は悪くねーよ?ただ…まぁ心が人間であるうちはあいつらの足元にも及ばねぇ」

 

 最後に一瞬だけ立ち止まったブレンダーは相手にそう言った。

 

 

「…………はぁ」

 

 虚華は意識が引っ張られるような感覚と共に空間震によって崩壊した街並みを眺めていた。

 静粛現界を覚えたとしても、否応なく空間地を生み出す現界が無くなるというわけでは無かった。

 人としての生活を知ってからというもの、自分の存在によって生まれる被害に対してこれまで以上に心を痛めるようになっていた。人の素晴らしさを知れば知るほど自分の存在がどれほどに害悪であるのかを理解できるようになっていた。

 

「来たか」

 

 そしていつもの通りにASTの人間が彼女を取り囲んでいる。

 彼女は分かってしまっている。目の前にいる人達一人一人がこれ以上の被害を出すまいと武器を取り、勇気を振り絞り、そして必死になって目の前の強敵である自分に立ち向かっているという事を。

 今日も適当に相手をして適当に隣界に戻るまで時間を稼げばいいやと考える。

 

「おいおい、こんな覇気のねえやつが本当に精霊なのかよ?」

 

 だがその戦いが始まる前の緊張感のある空間の中で、その空気を切り裂く様な言葉を発する人間がいた。それはブレンダーだった。

 

(何だこいつは…)

 

 虚華はこれまでにいなかった相手を認めて驚きと不快感を覚えた。

 今日までに確認した魔術師とはかけ離れた口ぶりや身なりは彼女が不快であると感じるには十分なものだった。

 

「まあ…攻撃してみりゃ分かるこった!」

「それは認められません」

 

 勝手にヒートアップしている相手に冷静に声をかけるのは神奈月だった。

 

「はあっ?何をアタシに命令してやがる!」

「あくまでもあなたは出向社員です。ここでは現場責任者の指示に従ってもらいます」

「……」

 

 その言い分をどう思ったのか黙り込むブレンダー。だが次の瞬間彼女の体がブレた。

 

「な……」

 

 ブレンダーが剣を構えて真正面から飛び込んでいった。

 

(こいつ速い!)

 

 そのスピードはこれまで虚華が体感したことの無い速度なだけに虚を突かれてしまう。

 振り下ろされた剣は霊装である白衣をまとった腕によって簡単に受け止めることが出来た。

 

「はっやっぱ精霊か!」

「何なんだお前は…」

 

 相手の狂気に染まっている表情に僅かな畏怖と不快感を受け取った彼女はポツリとそう呟いてしまう。

 その言葉を聞き逃していなかった相手はこう言った。

 

「何なんだって!?てめーをぶっ殺すのが魔術師のオシゴトなんだよ!」

 

 そう言い放つとレーザーブレードの出力が上昇して、少しずつだが白衣が焼かれていく。

 それを見て虚華は咄嗟に天使で反撃を図るのだが、そこで躊躇いを覚えた。どんなに醜悪な相手であっても人間であり世のため人のためにここに立っているはずなのだと。

 彼女は受け止めていた腕が切られる前に力を入れて相手の武器を振り払い、そして後方に跳んで距離を取る。

 これまでASTの魔術師は基本的に防戦一方だったため、少なくともブレンダーは虚華に脅威であると意識をさせている事に驚かされていた。

 

「ふっ!」

 

 精霊を絶対の存在たらしめる武装、彼女の天使であるメスを生み出してそれを相手に向かって投げつける。

 だがパッと見では小さな刃にしか見えないそれはブレンダーの瞳には大した脅威には映る事はない。それどころか精霊の持つ戦闘能力の権化である天使が見た感じにではあまりにも弱そうで、それが彼女を苛立たせる。

 

「なめてんじゃねーぞ!」

 

 投げつけられたそれを手に持っていた武器で吹き飛ばす。だがそこでレーザーブレードの刃に異変が起きた。

 本来であれば矛盾するようだが、顕現装置によって本来であれば特定の形を持たないはずのエネルギー塊であるはずのそれは、まるで金属が超高熱によって炙られてグズグズと溶けるように消滅した。

 

「は、はぁ!?ざっけんな…んな下らねえことがあるかよっ!」

 

 自分の思い描いていた光景にならない事実に焦りと怒りを覚えたのか荒っぽい口調でありながらも、同時に口にすべき言葉に詰まってもいた。

 そこで虚華は倒壊していない建物にもメスたちを投げつける。するとコンクリートの塊はその場でバラバラに砕けて粉塵となって辺り一帯に拡散した。

 

「逃げられるぞ!」

 

 戦いを見ていた一人の隊員が精霊が逃走の為に力を使った事を察したのだが、それに気が付いた時には既に姿を消していた。

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