五河士道と御守恋菜には共通点と相違点がある。
共通点
精霊を見た時にその未知なる恐怖よりも力になりたいと思った事、そして行動に移そうと動いた事。
相違点
現実として精霊の力やそれを取り巻く理不尽に対処する力が有ったか否か。
その行動をバックアップする強力な後ろ盾となる組織が有ったか否か。
◎
「クソがっ!」
ブレンダーの苛立ちは最高潮に達していた。基地内に置かれていた資材を見つけるや否やそれを蹴りつける。
それもそのはずで、ふざけているとしか思えない容姿に武器を扱う相手に簡単に逃げられてしまったからだ。
「次はタダじゃおかねぇ…!」
「タダではおかないのはこちらもです。命令違反の件について後で話がありますので」
「うるせぇ!オマエが止めなきゃ討てたんだろうが!」
神奈月は皆が敬遠してしまうその雰囲気であっても恐れる事なく踏み込んでいく。
一方でその苛立ちと口論を遠くから眺めているASTの隊員は何とも言えない気持ちを抱いていた。
単純に不快だった相手が失敗したのを見てスカッとする気持ちと、精霊を倒す事にここまで執念を見せるその姿勢だ。
少なくとも自分たちは精霊を倒す事に何処か諦めの気持ちがあり、消失なりをして何処かに行ってくれればそれでいいと思っていたからだ。
感覚で言うなら台風は抗わずに過ぎるのをじっと待つに限る、だからこそ精霊を取り逃して悔しがるという発想自体が無かったのだ。
「あの…神奈月隊長…」
「はい、何でしょうか?」
「例の件の追加報告書なのですが…」
隊員の一人であろう女性が資料を片手に話している上司に声をかける。
その声はどこかおどおどとしている。近くで暴れている獣の琴線に触れたくは無いのだろう。
一方でそれを受け取った神奈月は口論をやめてその資料をパラパラとめくり始める。
「どれどれ…」
「なにアタシを無視して勝手に遊んでやがんだ」
だがブレンダーは自分との口論を勝手に止められて別の事に注目された事を面白くは当然思わず、相手が手に取っていた資料を奪ってそれに目を通す。
彼女が目にしたのは、今日相手にした精霊が何度も現界しては街中を練り歩いているというにわかには信じられない内容だった。しかもただ人間のふりをして社会に溶け込んでいるだけでなく、普通の人間と友誼を結んでいるのだからなおさら驚かされる。
「なーんだこいつ…バケモンが人間のふりなんかして何がしたいんだ…?」
「勝手に資料を取らないでください」
流石の彼女も世界に最悪をもたらす生物である精霊からは考えられない奇行に呆然と声を出すしか出来ない。
一方で持っていた資料を取り返した神無月は恐らく目の前の相手が反省する事はないだろうなと思いながらも、上司として一応の注意だけはする。
案の定相手はそれに相手をしなかったのだが、それは話を聞いていて無視をしたのではなく、得た情報をどう使うのか吟味をしていたからこその沈黙だった。
(いや…奇怪であるなんざどうでもいい…これはヤツの弱点になるのか…ならうまく使わないといけねーよな?)
ただただ純粋な悪意が始まろうとしていた。
◎
ある日、虚華はいつもの通りに静粛現界を行って親友である恋菜の家のマンションのインターホンを鳴らしていた。
「……?…いないのか?」
しかしいくら鳴らしても反応はない、それを不審に思う。
彼女は今日は学校が土日休みというのは知っており、いつもであれば直ぐに反応があるはずなのにだ。
悲しい事に恋菜の家を訪ねるのは虚華ぐらいしかいないため、インターホンを鳴らせば反射的にそれに飛びついてしまうという悲しい習性なのだが、それを彼女が知る必要はないだろう。
出ないものはどうしようもないため、いつもの通りに彼女は郵便受けに貼り付けられているオートロックを解除するための鍵を取ろうとする。
「ん…何だこれは……」
だがそこに鍵はなく、代わりに貼り付けられていたのは一枚の封筒だった。それを見て彼女は不安を掻き立てられる。
これまでに相手からサプライズのようなものを受けた事は無かったし、恋菜はあまりそのようなことをしないタチだと思っていたからだ。
封筒を開けて真ん中で折られた紙を開いて何が書かれているのかと読もうとするのだが、そこで中身を見た途端に心臓が止まりそうになる。
「な、何だこれは…」
そこに書かれていた文字は全て赤い色だったのだ、それはまるで血文字のようで言い知れない不気味さを醸し出していた。
『この女に会いたいならここに来い』
内容はこのようなことが簡潔に書かれていた。そして封筒の中にはまだ二枚の紙が入っていた。
一枚は来る場所を指定する地図。
もう一枚は恋菜の写真だった。ただしそれは普段の様相ではなく、明らかに殴る蹴るなどの暴行を受けて倒れている写真だった。
「まさか……」
そこで最初の赤色の血文字らしき手紙を見やって嫌な想像を働かせてしまう、厳密にはあえて考えないようにしていたそれ。
―もしかしたらこの血の主は恋菜ではないのか?
それを自覚するとすぐさまマンションを出て霊装を展開し宙に身を躍らせていく。
◎
何でこんなことになったんだろう?
御守恋菜が痛みで気が遠くなりながらも必死に繋いだ意識の中で考えていたのはそんな事だった。
『なーんもないや……』
朝起きて冷蔵庫内やキッチン中を探し回って彼女が出した結論は家には口に出来る者が皆無であるという事実だった。
これは仕方ないなと思いすぐさま寝間着から外に出ても問題ない服装に着替えて、近場にあるコンビニへと向かおうと玄関から家を出る。
エレベーターを降りてエントランスの前までたどり着くとそこで違和感があった。
いつもであれば南側にある日の光が差し込む明るい出入り口があるはずなのだが、今回限りは明るいという印象を払拭する存在があった。
「えっと…」
『…………』
黒服を着た明らかに怪しいですよといった存在達がじっと彼女を見つめていた。
彼女は言い知れない恐怖を感じて後ろに下がろうとするのだが、そこで背後からも気配を感じた。
『うっ…なん……』
恐る恐る背後を見やると、前方と同じで複数人の男たちが取り囲んでいた。恋菜は既にあ艇が自分を狙っている事には気が付いている。
『あの…何か御用ですか…?』
恐怖を抑え込もうとしているが抑えきれない声の揺らぎを見せながらもなんとか言葉を絞り出す。
だがその問いかけに答えたのは男の声色ではなく、少し金切り感のある女の声だった。
『オマエが精霊相手の人質に使えそーだから、まぁ用があんだよねー』
『え……』
その言葉が聞こえると同時に恋菜の意識は途切れた。
次に目を覚ました時にはいつものベッドの柔らかい感触ではなく、冷たく硬い地面に頬擦りをしているという状態だった。
「つめた……」
頬から伝わる感触をストレートに口にする。
自宅であるのならこのような感触を覚える事は無いため、ここは何処だろうかと思い立ち上がろうとする。
「んんっ…?」
だが何故か立ち上がることが出来ない、その事を不審に思った彼女は倒れたまま自分の足元を確認する。
「え、なんっ…」
そこにあるはずのものが無かったのだ。彼女の右足が綺麗さっぱり消えてしまっていた。
「な、何でっ!」
「おいおい、やっと目ぇ覚めたかよ。こっちが眠くなるっての」
「ッ!?」
その声、自分が気絶をする前に聞こえた少しヒステリック感がある声。それを耳にすると声の元へと視線を向ける。
するとそこにはブレンダーが剣を片手に立って恋菜を見やっているという光景だった。
「それじゃー目を覚ましたところで質問するが、オマエはナニモンだ?」
「足っ…足が…」
「質問してんだから無視すんじゃねーよ」
錯乱状態に陥っている相手を見て不快なのか。そこで指をパチンと鳴らすとこの場に溢れていた何かしらの障壁のようなものが消えた。
「ああああぁぁぁっ!??」
その瞬間、恋菜は足や全身の痛みによって叫ぶ。
ここまで何も感じなかった、厳密には感じていてもおかしくないのは分かるはずなのだが、混乱によって頭からすっぽりと消えてしまっていたのだ。
足を切られたら痛いという事を。
それ以前に殴られて気絶をしたというのに、痛みが無い事もおかしな点だった。
「ったく無視すんじゃねーっての」
「えっ…」
その言葉とともに恋菜の体の痛みが嘘のように消えた。
「精霊と繋がってんなら知ってるんだろうが、顕現装置で痛みを取ってやってたんだよ。てかちょっと考えれば分かんだろ?脚切られたら普通激痛で飛び起きるってよ」
どちらかと言えば短気な彼女にしては珍しく懇切丁寧な説明だった。
ここで恋菜は何とか最低限の思考能力を取り戻して辺りを見回す。最低限の光源だけが確保された倉庫のような場所だった。
そして彼女の周りには顕現装置の鎧を纏った人間が何人か取り囲むように待機している。
「落ち着いた所で聞くがオマエはあの精霊の何だ?」
「せ、精霊っ…」
その質問によって恋菜は目の前の相手がASTの人間である事にやっと気が付いたのだが、精霊を狙うにしても普通の人間をこのように拷問するとは思っていなかったため、何をどうすればいいのか分からず、喉からかろうじて空気を漏らす事しか出来ない。
ブレンダーは再び混乱の中に戻りそうになっている相手を見て僅かに溜息を漏らしたのち、持っていた資料を見せる。その内容は精霊と街中を練り歩いている人間がいるということだった。
「それは……」
「おう、オマエが精霊と繋がってんのは分かってんだよ。それで色々とオハナシしてもらおうと思って来てもらったんだが?」
話を聞きたいとは言っているものの、その本質は強引な拉致監禁だった。
正直な話ふざけるなという話なのだが、今の彼女が置かれている危機的状況は本人が一番分かっておりそのような口をきいたらそれこそ足を失う以上の悲劇が襲ってくるのは間違いなかった。
「わ、私は……」
その恐怖をただの人間でしかない彼女が克服できるはずもなく、恐れがハッキリと声として出てくる。
その様相をじっと見ていたブレンダーは溜息を吐きながら呟く。
「つーかいつまでもグズグズすんじゃねーよ…もう一本失わねーという事も分からねぇのかぁ?精霊なんて害獣に懐柔されるような奴だ、キッチリと躾けてやらねぇとな…」
その言葉を耳にした瞬間、恋菜は思考が真っ白になった。自然と口を開いてしまっていた。
「訂正…してください……」
「はぁ?」
相手が口を開いたかと思えば出てきたのは自分に対する反撃だったため不審そうに唸る。
一方で熱い血が上り切った恋菜は既に目の前の相手に対する恐怖が消えてしまっていた。
「虚華は害獣なんかじゃない!私の大切な親友だ!訂正しろ!」
「あはは!空間震を生み出すだけの人の形をしたバケモンを人間扱いとか面白すぎだろ!!」
だが相手の確固たる信念を見せつけられてもブレンダーがそれに対してまともに向き合うはずもなかった。それどころかブレンダーの部下であると思われる人たちも苦笑するか、バカにするかのように薄ら笑いをする始末だった。
だがそんな対応を受けても恋菜が怯むことは無かった。こんな自分でも親友だと言ってくれる相手がいるのなら、例え馬鹿にされても笑われても胸を張っていたいと思ったのだ。
「まあいいや、取りあえず―」
ブレンダーはひとしきり笑い終えた後、次にするべき事を言おうとする。
だがその瞬間、壁が轟音と共に破壊される。
「来たか……」
だが彼女は驚きよりはやっと来たかといった感じで少し笑みを浮かべていたくらいだった。
「お前達…覚悟は出来てるか…」
現れたのは当然虚華だった。