攻略が楽勝過ぎた精霊   作:高町廻ル

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大学生の御守恋菜

 令音は強引に有給休暇を使ってある場所に向かっていた。

 探すのは難しくなかった。マリアやラタトスク機関の力、それにある事件の当事者である神無月の証言があれば目的の人物の現在地を特定するなど一時間もかからない。

 

「村雨解析官」

「…ん」

「目的地に着きました」

 

 ラタトスクの構成員が運転する車に乗って外の風景をぼんやりと見ていると、ドライバーから目的地に到着した旨を伝えられる。

 車の外に出ると寒さが肌を襲いながらも、雲一つない青空から降り注ぐからっとした太陽が彼女の網膜を襲う。そんな陽の光に少しだけ目を細めながらも彼女は呟く。

 

「ここだね」

『ええ、令音。ここが今の御守恋菜が通っている学び舎です』

 

 彼女の呟きに反応したのは、耳に付けたインカム越しから声が聞こえるマリアだった。

 そう、今現在の恋菜はあの事件から五年の時を経て高校を卒業し、国立大学に通う大学生になっているのだ。

 村雨令音自らがこの場に訪れたのは、精霊の専門家の肩書きを持つ彼女が直接相手と接触をして可能であれば記憶を復活させるのが目的だ。そして彼女に説得をしてもらい虚華の牙城を崩すきっかけになればという事だ。

 正面に見えるのは赤レンガの立派な学び舎。そして奥にはコンクリートや一部ガラス張りの連絡橋が存在する近代的なデザインの建物がちらほらと見える。恐らくそこは増築部分であり、統一感が見られ無いのはそのせいだろう。

 

「確か彼女は……」

『現在の御守恋菜はこの大学の文学部所属です。入り口から入って右側の第三校舎で主に文学部の講義が行われています。詳しい現在地を特定するためにこの場のカメラをハッキングしましょうか?』

「いや…いい…後は自分の足で探すよ…」

 

 結構危うい相手の提案に少しだけ令音も引いてしまう。結局丁重にお断りを入れるほかなかった。

 現在の令音はいつものスーツに白衣ではなく、シャツに上着、そしてジーパンというまぁ普通な格好をしている。

 令音の容姿であるならラフな格好をすればギリ大学生で誤魔化せなくはない。

 なお不健康そうでダルそうな雰囲気こそあるが、整った容姿とそのナイスバディのせいでちょっと目立っているのは秘密だ。

 そこで彼女は校舎に向かう中、あらかじめ持たされた現在の恋菜を写した写真(隠し撮り)を片手に校舎内を練り歩く。

 

 

「ふむ…中々に見つからないものだな……」

 

 令音は歩き回っても件の人物が自分の視界内に現れない事に困り果てたような表情をする。

 マリアの助力を受ければ簡単に見つかったのだろうが、流石にそこまではやり過ぎだと断ったツケが今彼女を襲っていた。

 

『私に何か言う事があるのではないですか?令音?』

「…………」

 

 それを察したマリアからの煽りが、目的の人物が見つからない事に加わって令音の苛立ちを加速させる。

 

「面臭かったぁ…」「もう午後の講義無いから遊びに行かね?」「あたしサークルあるからパスー」

 

 そうしていると講義の一つが終わったのか生徒たちの声が廊下に響き始める。等身大の男女たちが講義という拘束を解かれて自由な場所へと飛び出して行っている。

 そんな中、令音の耳に届いた会話があった。

 

「ねぇ恋菜ー?あんた午後の講義あったっけ?」

「ないよー」

「じゃーカラオケ行こうよ」

「ごめんねーこれから友達と会う約束してるから」

「ぬぬっあたし様の誘いを断るというのかー頭が高いぞっ!」

「この埋め合わせは後日キッチリと~」

「うむ!苦しゅうないっ!」

 

 令音はそんな会話をする二人の女性を見た。片方は誰か分からなかったが、もう片方は分かった。

 それは御守恋菜だった。

 相手はそんな会話をしながらも令音のいる方へと歩いてくる。

 かつて野暮ったい前髪と眼鏡を掛けて内向的そうな印象を与えていた彼女だったが、眼鏡をからコンタクトに変えて、髪をバッサリ切ってセミロングのさわやかな感じに変わっていた。

 外見だけでなく口調や感じも、どもったりせずに暗い雰囲気から脱却して明るいキャラクターになっていた。

 そこでインカムから声が届いてくる。

 

『御守恋菜との一致率九十九パーセント。本人に間違いないかと』

「ふむ…一応知ってはいたが、虚華から聞いた話とは随分と違った人物像になっているようだが」

 

 五年もすれば人間の持つ考えや雰囲気など変わって当たり前と言えばそうなのだが、高校生の時点で培っていた性格や行動パターンが大きく反転するという事は、よほどのことがあったのだろうか。

 黙って相手を見つめていても状況が進展や好転する事は無いため、令音は意を決して声をかける。

 

「少しいいかな?」

「はい?…えっと、私に何か用でしょうか?」

 

 当然だが一度も声をかけられたことはおろか面識すらない相手から呼ばれたため、一瞬警戒の色こそ見せるのだが、すぐさま優し気で人当たりの良い雰囲気をまといながらそつのない対応をする。

 令音は短いやり取りではあったものの、虚華の話に聞いた御守恋菜のパーソナリティとは違うのを感じた。

 彼女の聞いていた情報ではもっと表情に余裕がなかったり、どもったりするような反応を見せると思っていたのだ。

 

「んー?もしかして恋菜の知り合い?」

「ううん、違うと思うよ。私が忘れてなければ多分初対面だと思うんだけど…もしかしてどこかでお会いしたことが…?私その辺に自信が無くて……」

 

 身に覚えのない生徒から声をかけられて一体何事だろうかと僅かながらの警戒を見せる二人。

 恋菜は不安そうに令音に言葉を掛ける。

 令音はどこの誰とも分からない相手から話しかけられたら当然の反応だろうと思い、改めて挨拶をする。

 

「ああすまない、初対面なのに突然声をかけてしまって。私は村雨令音というんだがちょっとだけ聞きたい事があって時間を貰えないかな?」

 

 その言葉に恋菜は少しだけ躊躇いを見せた、だが左手に付けている腕時計をチラリと見て答える。

 

「私は御守恋菜です。その…これから高校時代の友達と遊ぶ約束があるので少しだけいいのであれば…」

「すまない殆ど時間は取らせない。突然の訪問なのに丁寧な対応を感謝するよ」

 

 こうして令音は何とか相手の事を知るための時間を確保する事に成功した。

 

 

 令音は恋菜の待ち合わせ場所に着くまでという約束で街中を歩きながら話を聞いていた。

 学校から少し離れたところまで歩いたところで恋菜のほうから、今回の相手がコンタクトを取ってきた理由を問いかける。

 

「それで…聞きたい事って何でしょうか?」

「ああ、それなんだが…実は私の知り合いと連絡が取れなくなってしまってな…」

 

 令音はいつも通りの落ち着いた淡々としたトーンでそんな返しをしてしまったためか、かなり深刻な雰囲気を作り出してしまった。

 

「まさか…失踪…ですか…?」

 

 相手からすれば架空のでっち上げであるためそこまで深刻なつもりなど無いのだが、そんな事など図りようがない恋菜からすれば期せずして大問題に遭遇してしまったようなものだった。

 相手が思った以上に深刻そうな雰囲気をその相貌に滲ませたのだから令音は慌てて訂正を図る。

 

「ああいやそこまで大事では無いんだ。ちょっと昔の知り合いに用が有るみたいな無いような。見つからないならそれはそれで問題はないんだ」

「はあ……」

 

 相手の対応に対して腑に落ちないものは感じたのだが、あまり相手の事情に深く切り込まない方が吉であると考えて追及はしない。

 

(大丈夫かなこの人……)

 

 令音に当人に対する不安とあまり話の全容が見えなりやり取りに、一緒に居ること自体に漠然とした不安を感じ始める恋菜。

 事実として表沙汰には出来ない組織に所属している、精霊という超常の存在の研究のスペシャリストなのだから彼女の勘はあながち間違っていないのだが。

 

「実はその相手に君が昔会っているのかもしれないと聞いて話を聞きに来たんだが」

「私がですか?」

 

 そう言われても心当たりなどあるはずもない。彼女の知り合いに親のいない人はいないし、後ろ暗そうな過去を持っていそうな友人など心当たりはない。

 だがそこで彼女の脳裏に違和感があった。

 

(……あれ…?…誰かを忘れているような……)

 

「…どうしたのかな?」

「え?いや何でも無いです。私の周りにそんな怪しい人いたかなってちょっと考えこんじゃいました」

 

 令音に話しかけられた事によって彼女は深くその違和感を深堀することが出来なかった。

 

「……ふむ。それでどうかな?」

「うーん…やっぱりその人の名前とか、あと写真とかを見せてもらえないと何とも…」

 

 恋菜はごく当たり前の事を言う。そもそもどこの誰なのか把握しなければ心当たりなどあるはずもない。

 

「ああ、なるほど。失念していたよ」

 

 そこで令音はコッソリと士道とのデート中に隠し撮りをしていた虚華の写真を取り出して、それを恋菜に見せながら問いかける。

 

「彼女は虚華というんだが身に覚えはないかな?」

「…ッ!」

 

 その写真を見た途端、これまで落ち着いた雰囲気で会話をしていた恋菜が動揺からか固まる。

 

「まさか…身に覚えが」

「はい、虚華って名前に覚えはないですけど…写真のこの子は見た事があります!」

 

 そう言うと慌ててスマホを取り出して相手に何かを見せようとする。だがそこで恋菜に異変が起こる。

 

「え…?」

 

 突如動きが止まると呆然と宙の一点を見つめ始める。

 令音はその異変を察知して何があったのかと問いかける。

 

「一体どうし―」

『令音!霊力の反応を検知しました!』

 

 マリアの焦ったような忠告が令音のインカムに響く。そこで彼女はいつもは無表情なその表情を崩さざるを得なくなる。

 恋菜の頭の上に一枚のメスが現れたのだ。それは虚華の天使である改造施術だった。

 

「一体何をする気なんだ……」

 

 メスが光り輝き辺り一帯を照らし始める。強い輝きが辺りを侵食するのだが、何かが壊れたり、目の前にいる令音には何も害がなかった。

 少しずつだが光もその輝きを抑え始める。

 

「これは……」

 

 光が消えて世界は元通りになったのだが、周りは何一つとして変化はしていなかった。令音は当然ながら体に異変は無かったし、周りの建物にも破損の後のようなものは見られ無かった。

 先ほどまで異常事態があったというのに、恋菜は何事もなかったかのように驚きの表情を浮かべる令音に問いかける。

 

「えっと…どうかしました?」

「え?いや、先ほどの光は…」

「光?」

 

 恋菜は何が何やらといった感じで周りを見回している。

 どうにも会話が成り立たない。まるで先ほどの起こった異常事態だけが切り取られて、その前後が無理矢理繋げられたようなそんな違和感。

 

(なるほど…そういう事か……)

 

 令音は今目の前で何が起こったのか、そのあらかたを理解した。

 するとそこで声がかけられる。

 

「おーい!恋菜ー!」

「あ、真院!」

 

 声をかけたのは鳴村真院だった。彼女はあの日、恋菜が図書室で勇気を出して声をかけた相手だった。

 その声に反応して恋菜もまた手を振ってそれに応える。

 

「彼女は」

「すみません。友達とこれから遊びに行く予定で…」

「そうだったね。すまない、協力してもらって」

「いえいえ、何か令音さんの知り合いの方の事で思い当たる節があったら連絡しますので電話番号を交換していいですか?」

「協力感謝するよ……」

 

 恋菜は令音と電話番号を交換した後、丁寧にお辞儀をしたのち友人である真院の元へと向かって行った。

 

「ふぅ……」

 

 その背中を見送った後、令音は僅かにだが息を吐いた。そこでインカムから緊張感のある声が響く。

 

『令音、恐らくですが御守恋菜のあの症状は…』

「ああ…とにかく今日あった事をまとめて、そして報告しなくては」

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