士道のこれまでの濃密な恋愛経験の中で女性を口説いたことは当然何度もあるのだが、年上となるとその数は限られてしまう。ちなみにその一人が練習相手に選んだ彼の担任教諭である岡峰珠恵だ。
勿論美九や二亜も明確な年上で魅力的な女性なのは間違いのない事実ではあるのだが、年上としての魅力や言動、立ち振る舞いは決して年齢とイコールではない。
彼からすれば二人は年上の大人なレディーというよりは同世代、下手したら年下の女の子としか見られ無い事もしばしばだ。
今から口説かなければいけないのは普通の人間と変わりのない、それも自分にとって明確に年齢もそして精神的にも上だと断言できる現役大学生の御守恋菜が相手なのだ。
これまでの命をチップにするそれとは違う変わった緊張感に彼は手に汗を握ってしまう。その姿は相手の通っている近くにあるこじゃれた喫茶店の中にあっては少し浮いてしまっていた。
『これから女性を口説こうってのにそんなに顔が強張ってちゃ先が思いやられるわよ?』
そんな様子を現在進行形でモニタリングしている琴里は彼のつけているインカムに届くように声をかける。
相手からそう言われて少しだけカッとなってしまった彼は少しだけ文句、または言い訳をする。
「仕方ないだろ…これまで大人な人を相手にしたことなんて殆ど無いんだから…それに学校を続けて欠席もよくないだろうし…それに虚華の事もだな…」
『はぁ…学校の方は公欠という事にしているわよ…みみっちい…学校や虚華の事はラタトクスや十香たちに任せておけばいいわ…』
その反撃にもならない言い分を聞いた彼女は少しだけぼやいたのだがふと何かを思いついて声を詰まらせたのち、意を決してある提案をする。
『ほーう…?…なら相手が来るまでこの琴里おねーちゃんが大人の女性に対する免疫を付けさせてあげよう・か・し・ら?』
「……何意味の分からない事を言ってるんだ?」
彼女の勇気を振り絞ったそのセリフだったのだが、残念ながら士道がその心を乱す事は一切なかった。
いくら血の繋がりのない義理の兄妹だとはいえ、五河家の息子として実の家族同然に育てられてきた士道が琴里に対して女性に対するその手の緊張感やプレッシャーを感じる事は殆どない。
それゆえに琴里のプライドや神経を逆撫でするような一言を無自覚に発してしまうのだ。
『うるさいっ!会ってもない女の子にデレデレしている暇があるなら、さっき説明したこれからの手順をキチンと確認しなさいよ!!』
「すっすまん……」
相手のキレ気味だったがそのもっともな意見に改めて自分がやるべき事を再確認する。
そこで令音が改めて説明をする。
『シン。一応確認しておくが、御守恋菜くんへのアポの方は私の方からキチンと取っておいたから今の君は私の遠い親戚という事になっている』
「はい」
『君は休みを利用し村雨令音の家に遊びに来て、小さい頃に虚華と関りがあり用事があって来れない私の代わりに彼女に話を聞くという事になっている』
「…わかりました」
士道は中々無理のある設定だなと思ったが、それの代案を提示できるわけではないため首を縦に振る。
そんなやり取りを周りに聞こえないように小さな声でやっていると目的の人物が喫茶店の扉を開けて入ってくる。
「…………」
スマートフォンを片手に店内を見回している恋菜。それは何処か不安そうで挙動不審気味だった。
「お客様、一名様でよろしいでしょうか?」
「えっと…その…待ち合せなんですが…」
店員が素早く対応をするのだが、そもそも誰と待ち合わせをするのかその容姿を知らない彼女は慌てて店内を見渡すのだが、一人で来ている客は士道以外にもいるため特定はできない。
『士道から話しかけるのよ』
『先手を取るためにシンの容姿までは伝えていないから、ここは頼めるかな』
「分かった」
まずは彼から話しかける事で会話の主導権を握ろうというわけか。彼は自分に宛がわれていた席から立ち上がって声を掛けに行く。
「あの、すいません…御守恋菜さんですよね?」
「そうですが…あなたが令音さんの言っていた士道さんですね」
そんな二人のやり取りを見て店員は士道が座っていた席まで誘導をして、注文が決まったら呼ぶようにとだけ言って、士道にひっそりとウインクをかましてその場から去って店の奥に消えていった。
実のところこの喫茶店の従業員はラタトクスの協力のもと、その構成員が紛れ込んでいるためバックアップ体制はバッチリなのだ。
二人は席に座って落ち着くと何処からともなく挨拶をかわす。
「初めまして御守恋菜です」
「五河士道です。今日は突然呼び出してすみませんでした」
丁寧な対応をする彼に相手は微笑みながら言った。
「いいえ、力になれるのかは分かりませんけれど、令音さんや士道君の知り合いの方が見つかるお手伝いが出来れば光栄です」
「っ……」
本人自身も言っていた事なのだが、これまで年齢相応の大人の女性というものに向かい合った経験のない彼は、落ち着いた大人のお姉さんとはこういうものなのかと実感してしまった。
そもそも虚華の事は身に覚えのないという事になっているため、休日の時間を消費してまで知りもしない相手の為に丁寧に対応する義理は無いのだが、そうしないのは御守恋菜という人物のパーソナリティがなせる業だろう。
事実として何の力も特別な立場でもないにもかかわらず精霊と友人であろうとしたそれが証明している。
『こほん』
「はっ」
インカムから琴里のものと思われる声が聞こえてくる。
いつまでもこの優しい空間と相手に浸っているわけにもいかない、彼がここに来た理由はそれを堪能する事ではないのだから。
「すみません。休みの日にわざわざ…その…」
「平気平気、どーせ暇だから」
大学生の貴重な休日を使わせこうして呼び出してしまった事への罪悪感を感じている相手を安心させるために、極力作った朗らかな笑みで何ってことは無いよといった感じでそう答えた。
「じゃあ本題に入るんだけど士道君や令音さんの探している人についてなんだけど…」
「ああ…えっと…それは……」
「…?…どうしたの…?」
恋菜からの質問に士道は少し視線を逸らしたのち、店の厨房の方をチラリと見る。
一方の恋菜は相手のその反応を見て訝し気な反応をする。
この喫茶店は既にラタトクスの手が伸びているため、ありとあらゆる手で二人の逢瀬を盛り上げていく予定なのだ。
問題は虚華の話を聞きたくて呼んだのだが、仮にそれを聞いたとしたら再び天使の力が発動して意識の改ざんが行われて振り出しに戻されてしまう。
それだけならいいのだが、発動したメスが相手に攻撃をする可能性も無くはないため下手に地雷を踏み抜くことは出来ない。
「あの、すみません」
「はい?」
そこで喫茶店の店員が若干申し訳なさそうに二人に話しかけてくる。
二人の会話に割り込むことに罪悪感があるのだろうが、あいにくその人物はラタトクスの人間なためそれは演技でしかない。
「実はお客様が先ほど当店の来場客一万名様目でして…」
「へっ?」
思っても見なかったその言葉にポカンとしてしまう恋菜。
一方の士道は十香の時とやる事は同じだなと辟易してしまうのだが、自分に相手を引き込むようなトークスキルが無い事が原因の一つなため呆れるのは失礼だなとも思う。
「なので特別特典として特別クーポンの盛り合わせに特別メニュー!それにどうやらお二人はお似合いのカップルな様子!なのでカップル用の裏メニューデザートも用意させてもらいます!!」
「えっえぇ……」
「…………」
突如として控え気味だったトーンから一変して、熱いテンションで語り始める店員。
恋菜はそれに圧倒されてしまう。士道はこれほど露骨なイベント目白押しなら逆に怪しまれてしまうのではと思ってしまう。
ラタトクスの意図としてはとにかくイベントの質よりも、数でごり押しして相手に深く考える隙を与えないという考えなのだ。
「カップルて…」
一万名目の来店よりも彼女の脳に残ったのはカップルというワードだった。当たり前だが今日あったばかりの士道はカップル以前に顔見知りですらないのだ。
今考えているのはカップルじゃないけど記念のデザートって何なのかな美味しいのかなという事と、嘘をついてまでデザートを得るなんてそんな意地の汚い真似をするのはちょっとなという二つの事だった。
「ありがとうございます」
「!」
士道はカップルというその一点を否定せずに店員にお礼を言う。それを聞いて恋菜は驚いた表情になる。
士道のそれを聞いた店員はニコニコ笑顔で「ではごゆっくり」といって厨房の方へと消えていく。
「あー…その…あうぅ……」
店員が消えて行った後の気まずい沈黙の中で先に口を開いたのは恋菜だった。
彼女の表情は羞恥や困惑だった。
あの場で素早く「彼とは恋人ではありません」と言う事は勿論可能だった。
だが士道が先んじて店側のその誤解を受け入れてしまった事。そしてなによりデザートという誘惑に負けてしまった自分の意地汚さを見抜かれてしまったみたいで、彼女は恥ずかしさに手を口にやりながら頬を赤らめて身をくねらせる。
「せっかく貰えるなら貰っておこうといいますか…意地汚いですね…あはは…」
「いやそんな事は…あはは…ありがとうございます……」
彼の恥ずかしながらのそのセリフに、一見すれば否定のようなのだが内心は先行して意地汚い事をしたと言ってくれたことで自分の中の醜い部分が少しだけ浄財されたように感じて気分は軽くなる。
もちろん士道はそこまで考えていたわけではないのだが。
『士道ナイスフォローよと言いたいけど…感触は良くなってるけど好感度は別段変化なしね…』
「…………」
虚華との別れ以降普通に人間社会の中で暮らして来た恋菜からすれば異性と普通に過ごしたりすることは珍しくないだろう。
人の温かみに飢えている精霊とはやはり立ち位置が違い過ぎたのだ。それでは中々キスまで持って行くのは厳しいと言わざるを得なかった。
可愛らしく羞恥を見せてはいるが、それは天然でやっているのか、異性の気を良くさせたいがために計算込みで行っているのかは本人しか分からない。
(魔性とは違うけど…)
魔性と思ってまず彼が思いつくのは狂三だった。
ゴシックな装いから繰り出される色気ムンムンの「あらあら」「ですわ」といったお嬢様な風味がある口調。何よりもその一挙手一投足の全てが男のその目を喜ばせるためにあるとしか思えず、何とも言えない劣情と情欲を掻き立ててくるのだ。
御守恋菜はあざとく積極的に見せつける狂三とは違うが、どこか恥じらいがあって相手の庇護欲を掻き立てるものがあった。もっともそれが狙ってやっているのかは本人しか分からない。
『思わぬ伏兵が現れたわね……』
「…………どういう事だよ」
『今は目の前の相手に集中しなさいっ』
「は、はいっ」
彼は知ってか知らずか琴里の抱えている地雷を踏んでしまい、相手の苛立ちの籠った声につい畏まってしまう。
するとそこにフルーツ特盛の巨大パフェがドン!と机の上に置かれる。
当然二人は突如として召喚されたその物体を見て目を丸くしてしまう。代表して士道はそれを見て感じた衝撃をついうっかり口にしてしまう。
「な、なんだこれは……」
「お待たせしました。こちら『カップル縁結びラブラブデラックスパフェ』です」
『…………』
士道と恋菜はその場で適当に考えたとしか思えないその名前に何をどうリアクションすればいいのか分からなくなる。
令音はそれをどう曲解したのか何かズレた事をインカムに吹き込み始める。
『安心してくれシン。そのパフェには変なものなど絶対に入っていない、絶対に入っていない』
「…いや何で二回言ったんですか…?」
令音からすれば、いまだに緊張状態にある士道の肩の力を抜かせてやるためのジョークも含まれているだろうが。
琴里もまたその冗談に乗っかる。
『そうよ。ホレ薬なんて入ってないんだからね』
「本当に入れたんじゃないだろうな!?」
その冗談なのか分かりにくい一言に士道つい大声を出してしまう。
だがそのやり取りは彼だけにしか分からないもので、恋菜からすれば突然目の前の男が癇癪を起したようにしか見えない。
「ど、どうしたの士道君…突然叫び出して……」
「あ、いや何でも無いです…ちょっと蚊が飛んでいて苛立ってしまって…」
「冬なのに…?」
明らかにおかしい会話になっており相手は少しだけ怪しむような視線、もとい何か可哀想な子を見るような目になってしまう。
だがそこまで深く追求するつもりもないらしく、すぐさま彼女の興味は目の前に置かれたパフェへと集中する事になる。
「じゃあ…いただきます」
彼女はパフェ用の長スプーンを手にして目の前の巨大パフェの一部をすくう。そしてそれを口に運ぶ。
「意外とチョコレートとフルーツって合うんだ……」
口から出てきたのは困惑と少し混じった喜びの声音だった。
その言葉を聞いた士道もまた興味津々さと胡乱な感じで同じく口に運ぶのだが、彼の舌に広がるのはフルーツのみずみずしい口当たりとチョコレートの甘さだった。
当たり前だがこれを作ったのはラタトクスなので相手を不愉快にするようなスイーツを出すはずがないのだ。
もちろん惚れ薬どころか、異物は何一つとして混入されてなどいない。
「本当だ…何ともない…」
「何とも?」
「…………何とも言えない口当たり」
「それは美味しいのか不味いのかいったいどっちなのかな」
こうして本来であれば探し人の話題で呼び出したにもかかわらず、いつの間にか男女でデートをしているという構図に持って行った。