士道と恋菜はラタトスクの大量クーポン券仕込みによってごく自然(不自然)にデートへとしゃれ込むことに成功していた。
当初の目的は恋菜に虚華の話を聞く事であるのだが、それをしてしまえば彼女の記憶は消されてしまうため当初の目的自体が達成困難ではある。つまりこの作戦の本題は御守恋菜をデートに誘って好感度を稼いで精霊の力を封印する事にある。
そもそも無料クーポン券が手に入ったからと言っても、ある程度の身分が保障されているとはいえほぼ初対面の相手と行動を共にすること自体不安の塊ではある。恋菜は案外がめついのか、タダというのに弱いのかもしれない。
そんな傍から見れば不信感丸出しのイベントの中、恋菜はルンルン気分でご機嫌な様子。
「楽しみだな~」
「そうですね」
「でも本当に貰っちゃってよかったの?」
「何がですか?」
「士道君の分の『本十冊無料引換券』だよ。私二十冊も貰っちゃっていいの?」
「…………大丈夫です」
『本十冊無料引換券』というあまりにも胡散臭いそれを違和感なく受け止めてしまっている恋菜に本気で心配になってしまう士道。いくら本が好きだとはいえ、ラタトスクがバックアップに入っていなければこれは明らかに詐欺だろう。
そんな心配をよそに二人は先ほどまでいた喫茶店の近くにあるデパート内の本屋へとたどり着く。
すると新刊の雑誌が置かれているコーナーに視線を送る士道なのだが、だがそこには例の大人のプロレス本が。
「…ッ」
「ん?」
悲しいかな、士道は例のごとく息を呑んでしまう。そしてそれを見逃してはくれない恋菜。
相手の視線が向いている方へと彼女も同じく視線を送る、そして見つけてしまう例のブツ。
「これはー……」
彼女は超男向け雑誌を認知してどうこの場を取り持てばいいのか苦慮をしてしまっている。
『士道ッ!早くフォローしなさいよ!』
口に手を当てて硬直してしまっている相手を見て琴里は何とかこの場の空気を修復しなくてはいけないと思い至る。
「そ、れはだな……」
「ま、まぁその手の本は女の子も男の子が思っている以上に興味津々だったりするし…?」
「言う事は同じかよ!?」
「ひっ、お、同じ…?」
「す、すみません。こっちの事情です……」
かつて虚華にいじられたトラウマがぶり返してしまいつい大声でツッコミを入れてしまうのだが、何も知らない恋菜からすれば情緒不安定にしか思えないし、何よりいきなり大声で怒鳴りだしたらそれは怖いだろう。
だがこのままでは二人の関係は冷え切ったままでデートどころではなくなってしまうため、士道は慌てて話題を振る事にする。
「そう言えば恋菜さんはどういう本が好きなんですか?」
「んー…そうだねぇ…」
先ほどまで視線を向けていた大人向け雑誌のコーナーから離れて、漫画や小説の新刊が並べられている一角へと足を運ぶ。
「漫画や小説、それにラノベとかいろんなジャンルを読むけど……特に最近熱いのはこれかな~…」
恋菜が手に取ったのはいわゆる百合というジャンルに属する一冊だった。
内容は親の再婚によって引き合わされた二人の女子高生が、言い知れない背徳感を得ながらも禁断の愛を育むといった内容だった。
正直、相手の趣味趣向が分かっていないこの状況でそのチョイスは心臓に毛が生えているとしか思えない。
当然士道はそれを知っても、封印をするために好感度を稼ぐという目的がある以上は拒否などせずに、作戦上は興味がある素振りをする。
「あ、その漫画読んだことあります」
だがその前提以前に彼はその手の話題に少しだけ精通していた。
「そうなの?」
「はい、俺の知り合いにそういうジャンルが好きな女の子がいて、色々とおすすめの漫画とか教えてもらっているんです。最初はウキウキで彼氏を作ろうとしていたのに、いつの間に同居している相手を好きになっちゃうっていうやつですよね」
「男の人で読んだことある人っていたんだ……」
図らずも士道は共通の話題を引き当てることに成功し、恋菜の好感度を上昇させることに成功していた。
これには琴里も満足な様子だった。
『やるじゃない士道、好感度が上昇しているわ』
(本当にたまたまなんだけどな…)
彼は心の中で苦笑いをしてしまう。
相手の御機嫌取りをしようとしたわけでは無いし、知ったかぶったというわけでもない。ただ自然体の彼のままで応答をしただけなのだ。
そもそもこれまでの彼は明確な狙いや作戦を持ってして会話を行うよりも、下心なしに自然体に話す方がよっぽどか上手くいっているのだが。
◎
「何か気になるものってあります?」
「うーん…そうだなぁ……」
二人は当初の目的をすっかり忘れてデパート内を散策していた。
彼女とて女の子であるため本に限らず、お洒落な服や美味しそうな物についつい視線が向かってしまう。
士道の中で精霊達を除いた女の子のイメージは可愛い小物や煌びやかな装飾に目がないといったものだ。
「このアクセサリーとかどうです?」
「こういうゴテゴテしたものはどうにもね…」
「そ、そうですか」
「ごめんね…気を遣ってもらってるのに……」
アクセサリーに難色こそ示していたが、相手は決して見た目に対して無頓着というわけでは無い。
前髪はサッパリと眉が僅かに隠れるに留まっている長さでキチンとして清潔感があるし、服装もコートを着ているがだぼったさは無く体にキチンとフィットしている丁度いいサイズをチョイスしている。
少なくとも着れれば何でもいいと考える、服飾に一切興味がない人間のする格好ではない。
(そう言えば……)
ここで士道は相手の服装について何も反応を示さないでいた事に気が付いた。
だがそれも無理もない話であり、元々呼び出した建前は探し人について聞きたい事があるという内容であったため、まるで男女で遊びに来たかのように服について似合っているとか話したら違和感があったはずだ。
だからこそ琴里もラタトスクとしてもその辺については何も言及しなかったのだ。
「そう言えばその服可愛いですね」
「へ…あぁ…ありがとう」
いきなり褒められたものだから驚きと恥ずかしさの滲んだ表情で恋菜は反応した。
『へぇー結構いい反応をしてくるわね。もう少し畳みかけて頂戴』
琴里は相手がまんざらでもないリアクションを見て兄に指示を出す。
「服というか、お洒落さんなんですね」
「うーん個人差はあると思うけど、この程度は普通じゃないかな」
「そうなんですか?」
士道の中ではオシャレをする、よそ行きの格好をするというのはある種の特別な儀式とも言えるものだった。女の子の準備は男の子に比べて圧倒的に時間がかかるものであるとも聞いているためだ。
それを普通の事というのは彼の中にはない発想だった。
「例えば朝起きて寝癖が出来たら整えるよね?」
「はい」
「それと同じかな。どんな内容でも誰かと外で会うならメイクとか、洋服を誰に見られても恥ずかしくないレベルにしておくのは礼儀みたいなね」
「なるほど……」
そんなやり取りをしていて彼が思ったのは、目の前にいる女性は誰からも好かれる人気者で、さぞかしモテるんだろうなというしょうもない感想だった。
そして同時に思うのは事前情報として聞いていたとはいえ、虚華から聞いた御守恋菜の人物像からまるで別人のようになっているという事実だった。
かつての彼女であればそこまで身だしなみに関心は無かったはずだし、そもそも呼び出されてもおよび腰でこうして顔を会わせてくれたかも怪しいはずだ。
こうして自分に会うためにあれこれ下準備してくれたことに感謝しながらも、そもそも虚華を説得するために一ピースとして接触をしているため申し訳なさも感じてしまう。
「女性って…大変なんですね…」
「あはは、そーかも」
『女性にそんなこと言わせるんじゃないわよ、曲がりなりにもデート中なのよ。仮に言うならありがとうでしょ』
「す、すまん」
そんな情けないやり取りを見て琴里は呆れながらそう言った。
だがそこで恋菜はある事に気が付いたようで僅かに首をひねる。
「まってね…いつの間にかデートみたいなことをしてるけど…そもそもの目的は……」
「あ!そうだ!あの店とか面白いものが売ってるとは思いませんか!?」
「え…ええっ!」
当初の目的である虚華の事を聞くために呼び出された事を思い出しそうになったのを俊敏に察した士道は、話題を逸らすために手握り引いて、そして大声で押し切る事にする。
因みに相手からしれっと出たデートという単語を聞いて、一応この現状をそういう風に見てくれているんだなという謎の感動を覚える士道だった。
◎
店の中を歩き回った二人は休むためにフードコートの一角にあるテーブルを陣取っていた。
恋菜はふと何かに気が付いてスマートフォンを取り出し画面を見て口を開く。
「何だかんだでもう夕食の時間だ」
「確かにそうですね」
「そう言えば士道君が泊ってる場所はここから遠いのかな?門限…というか時間は大丈夫?」
「いや俺は大丈―夫ですね。遅くなったら令音さんが迎えに来てくれることになってますから」
士道は恋菜の心配からくるその言葉を聞いて素直に答えそうになったが、咄嗟に出す言葉のチョイスを意識した。彼の住んでいるところはこのデパートから電車で一時間ほどなので門限など気にしなくてもいい。
五河士道は村雨令音の親戚筋という事になっており、本来はもっと遠くの田舎に住んでいる事になっているため場合によっては下宿先に帰れないのではと相手は心配したのだ。
実際の所、どんなに遅くなろうが途中でデートを士道側から中断するのはあり得ないため、いざという時は令音(ラタトスク)が迎えに来てくれるのは間違っていないのだが。
「そうなんだ」
彼女はその返答に対して別段疑問符を浮かべることなく素直にうなずいた。
『そろそろ食事の時間ね』
琴里は自分もお腹が空いたのを思いそんな事を呟く。彼女は朝から殆ど飲まず食わずだったのだ。
「そういえばこのフードコートの無料食事券が残ってますし良かったら夕食を食べていきませんか?」
「うーん、そうだね。せっかくだし頂いちゃおうかな」
士道からのそんな提案に恋菜は同意を示した。
考えてみればいくら年下相手とはいえデートの経費の大半を無料クーポン券で済ませているのに全く不快そうにならない時点で、案外お金に対してシビアな感性を持っているのかもしれなかった。
二人の占有しているテーブルにはそれぞれがチョイスした料理が並ぶ。
士道はオムライス、恋菜はラーメンにチャーハンに餃子という中華これでもかてんこ盛りセット。
正直な話、恋菜の食事のチョイスは大食らいアピールに口臭が気になるものでデートでそれを選ぶには中々勇気がいるのではないだろうか。
士道がそんな事を考えてあっけにとられていると、その視線を察知した、というよりもそのような視線を向けられるだろうなと思っていた恋菜は話しかける。
「フードファイターみたい?」
「え、いやそんな事は……」
突然すぎるそれに士道はついタジタジになってしまう。
だが恋菜はニコニコとした表情でなんてことはない雰囲気で話始める。
「いいのいいの。昔は周りの人に見られるのを意識して遠慮してた部分もあったけど…そんなしょーもない所にこだわっていたら疲れちゃうからね」
「そうなんですか……」
実のところ昔の御守恋菜はかなり奥手で自己主張が苦手な性格である事を彼は虚華の話やラタトスクの調査によって知っていたため、信じられないといった表情を作って小芝居をした。
彼のその演技をそのまま真に受けた恋菜はスマホを開いてある写真を見せる。それは高校時代のまだ虚華と出会う前の彼女の写真だった。
彼女は少しだけ照れくさそうにしながらも言葉を繋げる。
「昔はこんなに野暮ったい眼鏡に髪型…すっごい恥ずかしいよね」
「うわ、懐かしいねその姿」
そこで二人はテーブルの傍に二人の女性が現れていた事に気が付いた。
恋菜は二人の顔を見ると驚いた声をあげる。
「へっ真院!それに凛院さんも!?」
「先日ぶりだね」
「こんばんは、恋菜ちゃん」
相手のその驚きなど知った事かという感じで普段通りの返事をする真院と凛院。
どちらもスタイルが良く容姿端麗であるため周りの視線を中々に集めているが、そんなものは慣れっこなのか別段変わりなく普段通りのテンションで話している。
真院はこの場にある写真よりも気になるものがあるようで、恋菜と士道に対して視線を交互に向けていた。
「ふぅん…」
「な、何よ…?」
これから何を言われるのかは大体察していたのだがそのような返しをしてしまう恋菜。
「いやね、とうとう恋菜にも早い季節の春が来たのかなって」
「いや違う違う……」
その指摘に対して彼女は手を交互に振ってジェスチャー交じりに否定をするのだが、この最高のシチュエーションを相手が逃してくれるはずもない。
「恋菜って年下が好みだったの?」
「違うって!」
あまりにもいじられるものだからついつい大声で反論をしてしまう。
その仲の良い友達同士が作る空気が面白いのか凛院は口に手を当ててくすくすと笑っている。
するとそれをモニター越しに見ていた神無月はふとつぶやく。
『彼女は鳴村凛院…元ASTの隊員で…私の元部下ですね…』
『そうなの?』
いきなり出て来たその情報にまず琴里が食いつく。
『ええ、彼女はとても優秀な魔術師でしたが…例の一件で折れてしまい…後方支援に回ったと聞いてます』
『虚華と関わった魔術師の多くが退職したという一件だね』
令音は神無月のその説明を補足するように情報を付け足す。
彼はその説明を受けてしみじみと言った感じで言う。
『当時は部隊員の四分の一が退職願を出してきて大変でした……』
「ところで二人はどうしてここに?」
「よーく聞いてくれましたっ」
凛院は恋菜からその質問に対して嬉しそうな表情を作り、真院の肩に手を添えて顔を近づけながら言う。
「姉妹デートでーす!」
「ただの買い物だよ…遅くなったから食べて帰ろうとしてただけ」
嬉しそうな姉に対して、妹は少しウザったそうな感じで答える。だが凛院は心奥底から嫌っているというわけでは無く、ちょっと呆れたような仕方ないなと言った雰囲気を醸し出している。
「ところで連れのその人は?」
「ん…えーっとね…」
真院からの質問に恋菜は答えにくそうにした。
今更だが、本来の目的は士道や令音の知り合いについて聞きたい事があるというものだった。だがそんな言いふらしがたい内容をこの場で口にしてしまうのは憚られてしまう。
そもそもそんな事を忘れてこれまで遊び惚けていたのも中々の問題ではあるのだが。
『士道!困ってるんだから適当に嘘をでっちあげて誤魔化しなさいよ!』
「…わ、わかった」
これまで内輪で盛り上がっていたため黙々と料理を口に運ぶほかなかった士道だが、妹に叱られてその重かった腰を上げることになる。
だがしかしその必要は無くなってしまった。
突然の爆音がとどろいたのち辺り一帯を土煙が覆った。
爆風が晴れて士道は何とか視界を確保する事に成功するのだが、そこはもう既に彼の知っている世界ではなくなっていた。
「なんなんだっ」
彼は今の今まで煌びやかで明るかった空間が突如として荒廃と化してしまったのに愕然としてしまう。
「真院に恋菜ちゃん無事!?」
「大丈夫お姉ちゃん」
「私もなんとか……」
一方の凛院の焦った声に二人は何とか返事をする。
だが焦っているのは彼女だけでなく、この場にいた一般人も驚愕や戸惑いをあらわにしており、何をしたらいいのか分からずにあたふたとしていた。
『これは魔力反応…魔術師です!』
士道のインカム越しに聞こえたのはそんな情報だった。
そこでデパートの一角を瓦礫へと変えた張本人がこの場に現れた。奇麗だったフロアは既に瓦礫にまみれて汚れてしまっており、その上を通ればじゃりじゃりと音が生まれる。
確実に誰かが一歩ずつ間合いを詰めてきていた。
「よー久しぶりだなぁ…御守恋菜……」
そこに現れたのはブレンダー・ラストだった。