攻略が楽勝過ぎた精霊   作:高町廻ル

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べりーべりーのーさんきゅー

 九十度横になってしまっている視線。

 

―どうしてこんなことになったんだろう?

 

 ふとブレンダーの脳裏に過ぎってしまうのはそんな事だった。

 

「次は顕現装置の限界稼働時間の確認と起動時間に対する稼働効率の反比例性の確認を行います。まだ休憩の時間でありません」

 

 研究員の男性から淡々と告げられるそんな機械的な内容の数々。地面に倒れこんでいる子供に語り掛けるべき言葉ではない。

 この場所は顕現装置の特訓や実験を行っている施設の一つである。

 そこではブレンダーに限らず老若男女様々な人間が、兵器用に限らず身体機能の補助や感覚器官の後付けなどを行うための機材を起動している。

 ここにいる理由は千差万別だ。自分意志で未来を切り開くため、単純に金を稼ぐため、地位や名声を得るため、そして親に売られただけ子供がいる。

 ブレンダーがここにいる理由は問うまでもないこと。

 目の前の研究員の指示に従って何とか彼女は倒れている自分の体を起こす。

 起こすために手を地面につけた時に僅かにだが指に力が入っており、それは何とか心の中で抑え込んでいる怒りや悲しみが漏れてしまっているかのようだった。

 

(くそくそくそくそくそ―)

 

 そして何より俯いてこそいるため見えていないがそこにはまるで泥沼かのような濁った瞳。

 するとその場に突如として現れたのはブロンドの長髪が特徴の美女。

 

「進捗の状況はどうなっていますか?」

「え、エレン執行部部長!何故ここに……」

 

 ブレンダーを相手にしていた男は突然現れた彼女に突如として体を硬直させる。何故ここにいるのか本気で分からないのだろう。ただ分かるのは下手な返答をしようものなら即刻その命は刈り取られてしまうという事だ。

 相手の怯えた反応にもエレンは不快そうなリアクションを取らない。世界一の実力者で血に濡れた道を進み続けてきた自分は、誰からにも畏怖されるべき別次元の存在である自覚がある為むしろそうでなく普通にフレンドリーに接してくる方が不快に感じるくらいなのだ。

 

「ええ、アイクから研究の進捗状況を直接見て確かめてくるように言われましてね。最近この研究施設の業績の伸びが良いですからそのノウハウが分かればわが社の更なる業績向上に役立ちますので」

「…え、ええ…なるほど、そういう事ですね…」

 

 先ほどまでの冷徹に、そして淡々とブレンダーに接していたのが嘘のように怯えた瞳で接する男。

 

「それで何か研究結果の好調さにつながる直接的な要因等はありませんか?」

 

 エレンは本気で調査する気など無いのか、手順を省略するためなのか相手に対してストレートに質問をする。

 その質問を投げかけられた相手は一瞬だけブレンダーに視線を向けた後、すぐさま逸らして何を離したらいいのか苦慮したかのように顔をこわばらせる。

 今この男の研究が捗っているのはひとえにブレンダーの優秀な能力のおかげが多分にあるのだ。そして本人もそれを自覚している。

 だからこそもしそれを口にすれば重要な実験素体が別の人間に渡ってしまうかもしれない、自分の利益が減ってしまうというあまりにも矮小な考えを巡らせてしまったのだ。

 だがそんな小物の考える事などお見通しなのか、一瞬だけ向けた視線の方向へとエレンもまた視線を向ける。

 

「あの子供ですか?」

 

 そう言いながら彼女は俯いたまま直立しているブレンダーの元へと足を向ける。そして相手の顔を見るために彼女自らわざわざ腰を折って見つめる。

 

「…………なるほど、興味深いですね」

 

 エレンは相手の事を一言でそうまとめた。

 彼女の視界に飛び込んできたのは、一見無表情にこそ見えたが目元はひく付き、口元は怒りでぴくついているそんな女の子。堪えていてもまるで表面張力を脱してコップから溢れる水かのように隠しきれない怒りを滲ませていたのだ。

 

「この研究施設の研究状況が良好な理由は把握出来ましたので帰ります」

 

 そう言ってエレンはその場から身をひるがえしていく。その際に顔を僅かにだがブレンダーの元へと向ける、そこには何やら含み気な笑みをたたえていた。

 ブレンダーは何いったい面白いのか分からなかった。

 

 

「やあ、呼びつけてしまって悪かったね」

「…………」

 

 ブレンダーは目の前の椅子に座っている若干くすんだ白髪の男からあまりにもフレンドリーに話しかけられたものだから、結果としてここで何を言い返すのか分からなくなってしまい黙る事しか出来なかった。

 

「ブレンダー・ラスト、アイクを前にその態度は―」

「いいさ、挨拶もなしに呼びつけて畏まれというのも難儀な話さ」

 

 エレンからすれば無視していると取れなくもないため窘めようとしたのだが、ウェストコット自身も崇敬の念を抱いて欲しいなどど考え要るわけでは無いため逆に窘める結果に。

 彼からすれば自分に服従するのかしないのかは関係ないのだ。かつての同志かその他の大勢という括りで分けているに過ぎない。目の前の少女に興味こそ湧いているが、現状はその他大勢という枠から抜け出ているわけでは無い。

 

「君の事は色々と調べさせた。何でも君には顕現装置の扱う才覚を持っていたからDEMに連れてこられた」

「…………」

「そして君の才能を無駄にしない為に両親が強く背中を押したと」

「っ……」

 

 これまで無表情で淡々と告げる。

 ブレンダーは両親という単語には僅かに反応したが基本的に告げられた情報に新鮮味のあるものは無かったため、大きなリアクションは取らなかった。

 

「今告げた事に大きな表面上齟齬はない。だけどまだ裏に隠れされた真実が残っている」

「し、んじつ…?」

 

 だが次に告げられたウェストコットの言葉に、彼女は何か不穏な空気ともいえるものが覇だをなめるのを感じて無視できなものになっていく。

 

「君はね、売られたのさ両親に」

「売られた…?」

 

 売られたと言われても何を意味しているのか分からない。

 

「君のご両親はDEMに多額の金を出資するスポンサーでね。けれどそのポジションに満足できずもっと深い繋がりを作るために君を売ったって話だね」

「う、そ」

「本当」

「…………」

 

 突如として現れた胡散臭い男の言う事など一笑に付して然るべきであるのだが、何故か告げられた情報すべてが現実との齟齬が無い事が理解できてしまった。

 それが自覚できてしまうと胸の中に蟠っていた、頑張って蓋をしていたぐずぐずした感情が増幅したうえで溢れだしてしまいそうだった。

 

(ア、あ…?…何なんだ…私ってナンなんダ……)

 

 まだ自分の両親が娘の事を思ってレールをひいたのであれば我慢も出来たのかもしれない、だが己の利益の為に自分を売ったのだとだとするならこの虚しさをどうやって発散すればいいのだろうか?

 

「自分の気持ちをそこまで偽る必要性はない」

「偽る……」

「決していい子ちゃんである必要性はない」

 

 彼はブレンダーに優しく諭すように言う。

 

「心の中にある本心を自由に解き放てばいい。DEMは全力を持ってしてそれを手伝ってあげよう」

 

 もう戻れない。

 何も描かれていない真っ白なキャンパスを筆によって一度汚してしまえば戻すことは出来ない。

 例えその上から白い絵の具で塗りつぶしても全く同じには戻れない。

 

 

「よく来ましたね」

「は、はいっ。それでどのようなご用件でしょうか…」

 

 公式ではウェストコットの秘書という扱いになっているエレンは社長室へとやってきた、ブレンダーを相手していた研究員を出迎えた。

 一方の相手は怯えて舌が回らないようだった。

噂では名指しでその部屋に呼び出された人間は無事に帰ってくることは無いのだとか。実際にそんな事はあるはずもないのだが。

 

「あなたをここに呼んだのはある人物が用があるからです」

「まさか社長が…」

「そうですね…あながち間違いではありませんが細部は微妙に違いますかね…」

「いったい何が……」

 

 相手は本当に何が何やらといったリアクションを取る。社長室に呼ばれたのにその本人はこの場所におらず、では誰が何のために呼び出したのかその全容が掴めないのだ。

 

 ダン!

 

 突如として発砲音が部屋の中に炸裂する。

 

「グッ…あっ…?」

 

 火薬のにおいが充満していると思ったら彼のどてっ腹に風穴が開いてしまい、そこから熱い赤が流れ落ちていく。

 彼が痛みによって膝を突き視線が地面にしか向かなくなっていると二つの足音が聞こえてくる。

 

「見事に肝臓を一撃で躊躇いなく撃ち抜いている。初めて拳銃と握ったとは思えない腕前だ」

 

 足音の主の一人はウェストコットだった。彼は拍手をしながら引き金を引いた人物を賞賛していた。

 

「ああ、こんなもんなんだ。人を撃つなんてこんなもんか」

 

 凶弾を放ったのはブレンダーだった。

 それに気が付いた男は腹の熱さを忘れて、今度は頭が熱くなってしまう。何故下民であるブレンダーが自分向けて銃口を向けるなどという蛮行を犯すか。

 

「ぶ、レンダー…お前…何を……」

「意外と即死ってしないんだね。映画だと結構ヒットマンが一撃で殺したりするけどフィクションか。てか結構話せるって人間の生命力ってのは黒光りに似ててしぶといんだなァ……」

 

 目の前で流血して瀕死の男性がいるにもかかわらず何とも感じていないかのようにブレンダーは振舞う。男の瞳には少し前まで逆らう事すら出来なかった少女の姿は無くなっていた。

 

「拳銃って意外と反動があるんだね。よくアニメとかで簡単に片手撃ちしてるのを見るけどよくあんなに使いこなせるね」

 

 まだ手が反動で痛むのか手に息を吹きかけながらそう言う。

 

「…いったい…なぜ……」

「目の前にいる彼女の要望はあなたへの制裁との事なので」

 

 エレンはいったい何が起きているのか分かっていない男に淡々と説明をする。

 

「しゃちょーから私が好きなようにしていいって言われて、取りあえずムカついてたあなたを殺したいってお願いしたらこんな舞台を用意してもらったんだ」

 

 どこか嬉しそうな口調でブレンダーは話す。そして銃口を再び男へと向ける。

 それに気が付くと痛みで混迷している意識の中でも何とか口を懇願の形にする。

 

「まっ…たすっ…けっ……」

「さようなら」

 

 そして銃弾は男の脳天に吸い込まれていった。

 

 

 真っ赤な業火によって包まれているラスト家の本邸。それを起こした張本人はまさにその業火の中に鎮座していた。

 

「ブレンダー…すまなかった…だから……」

「謝罪とかべりーべりーのーさんきゅーだし」

 

 ラスト家の当主であり、ブレンダーの父親である男は手を地面につけて必死に命乞いをしていた。彼の隣にはすでに口を開かぬ亡骸となってしまっている妻がいた、ここで判断を誤ってしまえば同じ道を辿る事は間違いなかった。

 今のブレンダーは灰色の鎧を纏っていた。

彼女がもし仮に普通の人間であったのなら、まとうそれの重さのせいで動くことすら出来ないだろう。

 だがDEMのもとで血反吐を吐くほど特訓して来た彼女からすれば、大重量である鎧もまるで紙でもまとっているかのように重さを感じない。

 

「おとーたまもすぐにおかーたまの所に送ってあげるから心配しないで?二人は仲良しだもんねぇ?」

「ち、違うんだ……」

 

 娘の仲良しという単語が何を示しているのか気が付いて、父は震えながらなんとか口を開く。

 仲良しというのはきっと自分を売る事に賛同した事を指している。

 

「私達がしてしまった事は謝る!どれだけ時間がかかっても償う!だから―」

 

 だがブレンダーの握っているレーザーブレードがあっけなく己の父親の首を刎ねた。そしてつまらなそうな表情で言い放った。

 

「だから謝罪とかべりーべりーのーさんきゅーなんだって」

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