士道はフラクシナスから降ろされて廃墟と化した街中を疾駆していた。余り精霊の近くまで戦艦で向かうと相手の警戒を深めすぎてしまうからだ。
耳に付けているインカムからは現在進行形で行われている精霊とASTの戦闘の経過状況の報告が伝えられている。琴里がもたらしたある情報が士道の足を止めてしまう。
『不味いわね…このままじゃASTが全滅だわ…』
「えっ…あ、いやでもドクターは人を殺さないんだろ?」
しかし彼はすぐさま令音がもたらした情報によって全滅という不穏な情報を覆い隠そうとする。
もちろん殺さないのであればいくら魔術師が攻撃を受けても構わないと思っているわけでは無いのだが。
『確かにそうだけど…それでも今回は被害者が出ないとは限らないわ…これまではたまたま運が良かったってだけかもしれない……』
「っ……」
士道の脳裏に浮かぶのはかつて夕焼けの中で折紙を半殺しにした十香が浮かんでしまった。彼女は人を傷つけたくはないと思っていたが、士道が殺されたと思ったときにその事が頭から抜けてしまっていた。
コードネームでドクターと呼ばれる彼女だってどのような思惑を持っていようが、何かしら信念や大切なものを傷つけられて頭に血が上ってしまう事だってあり得なくはない。
そこまで考えると彼の足は自然と動き出していた。そして進んでいくうちに先ほどまで戦闘があったというのにあまりにも静かであるという事に気が付いた。
「なぁ…琴里…」
『ええ…案の定というか…ASTは全滅ね、一応今のところ死人は出てないけど……』
歩いて行くうちに爆発によって生まれたものとは違う、銃弾や何かしらの武器によって叩きつけられたような粉砕痕が残る街中の風景が視界に入るようになった。
既に廃墟となったこの街で人の気配の消え失せた空間であったのだが、
「装い的に魔術師ではなさそうだけど…あなたもしかして一般人?そうなら今すぐここから避難した方がいいけど?」
「な……」
街中を走っていると突如上から声がかけられた。
慌てて士道は声をかけられた方向を探すと三階建てのビルの上にいたのは金緑色の髪に、ドレスに白い白衣のような上着というミスマッチな装いの少女。
外見年齢で言えば高校生くらいだろうか、精霊は霊力のせいで細胞の発達に影響が出てしまい実年齢と外見に齟齬が生じるのだが。
「でも……」
精霊の目に少しだけ険が混じる。まるで目の前にいる存在が理解しがたいかのように隙なく観察している。
「あなたから私と同じ力を感じるなー、見た感じ精霊って事は無いんだろーけど…そういえば魔術師って言ってもその単語を理解できてない風じゃ無かったし」
「っ……」
「試してみるか……」
するといつの間にか持っていたのはメスだった。多くの人は身に覚えは無いが、ドラマなり画像で見た事だけはある代物。
士道は直感で目の前の相手が持っているそれはただの金属の物だとは思えなかった。だからこそ彼の口からこれまでの経験に培われた予測が出てしまった。
「それは…?まさか天使?」
「ほー天使を知ってるんだ?……お前一般人じゃないな」
(雰囲気が!?)
そう言うとメスの一つを士道の足元に向かって投げつける。すると刃が振れた先から地面のコンクリートがグズグズと溶け始めた。
彼は慌ててその場から後ずさってしまった。
「……こ…れは…」
「もう一度聞くけどお前何者?」
明らか彼女のまとっていた雰囲気と口調にスイッチが入ってしまっている。
精霊の腕力によって無理矢理コンクリートが粉砕されたのであれば理解出来る。だが今のはメスを軽く投げて刃が触れただけで地面が溶けたのだ、間違いなく腕力では無かった。
『士道!攻撃されたとはいえ相手が話しかけているのにだんまりはよしなさいよ!』
「わ、悪い」
『…って選択肢が出て来たわね』
琴里は相変わらずアドリブが下手な兄を叱責するが、ここでフラクシナスの顕現装置によって演算された選択肢が表示された。
①「ただ巻き込まれただけの一般人だ!」
②「俺の名前は五河士道、君の味方だ。まずは名前を教えてくれないか?」
③「俺の愛で君のその氷も溶かして見せる」
「総員選択!」
琴里の掛け声と共にフラクシナスのクルーたちは最善だと思う選択肢に票を入れる。
結果は①と②が同票で③が少数意見となっている。
「うーん…①と②はまぁそうね…前者はもう難しいし後者は保守すぎかしら…③は変わり種って感じ……」
「あのー……」
「何かしら幹本?」
クルーの一人が手を挙げて意見をしようとしたためそれを許可する琴里。そしてそれと同時に感じた違和感もあったのだが何なのかは気が付かなかった。
「思った事なのですが、割と闊達に話しますし彼女は思っていたより人と関わっている様な感じがしたので③は難しいかと…疑心を植え付けてしまいましたし…」
「ふむ、なるほど…確かにそうね」
彼のその意見に琴里もまたなるほどといった感じ。
「ところで思ったのだが彼女の名前を聞くのが先ではないのかな?」
令音の冷静な指摘にブリッジ全員が息を呑んだ。思っていたよりも目の前の精霊の行動に気を取られて基本の事が頭から抜けていた様だった。
琴里は慌てて指示を出す。
「士道聞こえていたと思うけど②よ」
彼はインカム越しからの指示に従って会話を開始する。
「俺の名前は五河士道、君の味方だ。まずは名前を教えてくれないか?」
「はぁ…?味方って……あー…名前ね、って何で私が教えなきゃいけないんだって感じなんだけど、あなたが何者かも分からないのに」
先ほど霊力を感じた違和感を相手は見逃す気は無いようだった。先ほどよりも少しだけ厳しさを増した瞳で逃さずに士道を射すくめてくる。
「うっ……」
「あなたって精霊?じゃないよね、ならやっぱり私の寝首をかこうとしている魔術師?」
この質問をしている時点で、彼女は薄々目の前にいる男が自分に対して攻撃的な思考を持っていない事は感じ取ってはいるのだ。
「ち、違う!」
「お、おぉ…分かった……」
先ほどまでどもっていた相手が突如として大声を発したためつい怯んでしまう精霊。そして相手の要求に折れた。
「まあいいか、私の名前はきょうか。うつろの字の虚に、難しい方のはなって読むやつの華ね、お花の方じゃないよ」
「虚華……」
「名前をそれとなく聞いてくるのはいいけど、結局私はあなたへの処遇を決めかねているんだけど?空間震の近辺に来て、こうやって精霊に接触して来るなんて普通じゃ無いもの」
今すぐに攻撃行為を行うような剣呑さは消えたものの、相変わらず警戒モードは継続をしている様子だった。
『不味いわね…相手はただの一般人だとも思ってないわ…少し手詰まりね……』
琴里は唸ってしまう。
相手はこれまで浮世離れした感性を持っていた精霊ではなく、ある程度の会話能力や精霊を取り巻く環境も把握しているのだ。出まかせで突飛な行動なりを取ってもより疑心を深める結果になりかねなかった。
『また選択肢ね、士道会話を数秒繋いで』
「ああ、わか―」
「てか何つけてんの?」
彼が一瞬フラクシナスから通信を受け取って目の前の相手から意識が逸れた一瞬に目の前に移動したのは虚華だった。
スッと右手を相手の左耳に添えると付けていた通信機を抜き取る。
「んな…」
「なにこれ、イヤホン?」
この時士道が驚きと共に感じたのはスッとした鼻梁、パッチリとした目、そして控えめにふっくらとした顔の輪郭、パーツは美人でありながらもどこか愛嬌のある顔立ちをしているなという事だった。
だがそんな思考とは裏腹に今現在置かれた状況は最悪の一途だった。彼から奪ったインカムを虚華は耳に付けたのだ。
『ちょっと士道!?』
「あんた誰?声の感じ的に小中学生くらい?」
『ッ!』
「あなたが一人でこんな通信機を用意したとは考えにくいから裏に大きな組織とか匂うね。そもそも高校生をこんな危ない災害現場に送るなんて正気じゃないよ」
彼女の再び剣呑さの増した声に琴里は反射的に怯んでしまった。相手からすれば怪しい組織が裏にあると思ってしまっている。これではいくら口説こうとも心を開かれる事はない。
「そろそろ話しなよ、別に逃げたいなら逃げたいでいいし、だんまりを決め込んでも背中を撃ったりとかしないよ?」
ここが分水嶺だった。ここで選択肢を間違えれば取り返しがつかなくなる。
士道やフラクシナスのクルーが動揺から動けない中、ここで虚華は薄く溜息を吐いた。
「まぁ、中々いないよね…」
彼女の表情は悲しみ、そして瞳に何かの憧憬を写していた。
これ以上誤魔化そうとしたり、大事な事をぼやかしても相手の機嫌を悪くする一方だと思った彼は年貢の納め時だと感じて話を切り出した。
「話す…よ、何のためにここに来たのか」
「!」
彼女は相手の覚悟を決めたといった声色に少しだけ驚いた表情を作る。
『士道!…ッ分かったわ私達の目的や接触した意図を話すわ……』
琴里はすぐさま止めようとするのだが、今は精霊にインカムを取られてしまっているため静止の声が届かない事を思い出してすぐさま腹をくくった。
『―というわけよ』
「はぁ…精霊の力を…封印ね」
琴里の説明を聞いて虚華は半信半疑といった感じだ。力を封印できると言われてこれまで自分を守ってきたアイデンティティを、はい分かりましたと簡単にうなずいて手放すとは思えなかった。
「俺は…いや俺たちは嘘はついてない…その信じて欲しいんだ……」
士道の真摯な訴え。
「……………………」
だが虚華は黙って何かを考え込んでいる。話を聞いていないわけではない、上の空気味ではあるのだが話を聞く中でキチンと相槌は打っていた。
「多分嘘はついていないんだろうけど…そうだね…うーんどこまで信じたらいいのか……」
『…封印後もラタトクスは…キチンと力を失ったあなたの保護やアフターケアは継続して行っていくわ』
少しでも相手の疑心を紛らわせようと琴里は自分たちは安全ですよアピールをする。
「ん…まぁそれは別に期待してないけど…じゃあ取りあえず封印されている精霊に会わせてよ。そっから考えるからさ」
「えっ…」
それはあまりにも唐突過ぎる提案だった。