「無事でよかったわ」
四人が収容されたフラクシナス内部で彼らを待ち構えていたのは琴里のその一言だった。
「凄い…ASTよりも設備が充実してる…」
「なにこれ…漫画みたい…」
何時もここに入り浸っている士道は驚かないが、鳴村姉妹は恋菜を介抱しながらも何が何やらと言ったリアクションを取っている。
「ありがとう琴里―」
感謝の言葉を述べるのだが、ふと士道は周りを見渡すとある人物だけがここにいない事に気がついた。
「―じゃなくて虚華はここにいないのか!?」
「すまないシン。彼女は霊装の力でテレポートがキャンセルされてしまって連れてこれなかった」
彼の問いかけに対して申し訳なさそうに答えたのは令音だった。
いくらフラクシナスに搭載されている顕現装置をもってしても精霊の持つ防御力を貫通する現象を起こすのは至難の業だったのだ。
いまだに目の前の圧倒される光景を前に凛院が抜け出せていない中、彼女に声をかけたのは神無月だった。
「久しぶりです鳴村さん」
「え…へんたい…隊長!?」
「今変態と言いそうに…いえ言いましたね…」
彼女は突然現れた元上司を前についうっかり心の中で言っていた事が漏れてしまう。
指揮官としての能力、魔術師としての力量の高さは直属の部下であったからこそ誰よりも彼女は理解できていた。
そして同時に知ってもいた、話がまともに通じない変態が自分の上に立っているという事実に。
(結構カッコイイ…)
一方で目の前の男の性格など知らない真院はそこそこ顔がイケている大人な男性という印象を受けた。本当に外ズラは文句なしなのだ。
そんなやり取りをしていると士道はモニターの一つに写っている妹(自称)が戦っている姿を拾う。
「あれは…真那……」
「ええ、真那はあそこでバンダースナッチ達を足止めしてくれてるわ」
琴里は映像の通りの説明をする。今フラクシナスが到着できたのはあそこで足止めをしてくれている彼女のおかげなのだ。
映像越しに映る映像は決して真那が不利な風には見えないのだが、ある程度揃えられたバンダースナッチ達が距離を取りながら連携して倒す事が困難なようで足止めを食らっていた。
「考えられるのは真那を足止めしその間に我々か虚華を討つ事だが…それならばエレンやアルテミシアが出てこない理由が分からないな…」
令音は他のモニターに映っている虚華とブレンダーの戦いを見ながら言う。
もしここでフラクシナスやラタトスクに大打撃を与えたいのならば出てこないのはおかしいし、精霊の命を狙うのであれば絶好の機会なのにだ。
実際のところはブレンダー自身が精霊を一対一で倒してこそと思っているのと、そもそもDEMの上層部はいう事を聞かない都合の悪い存在である彼女をここで使い捨てられればいいと思っているのだ。
「まさか十香たちを…」
「それはないわ、皆は地上にあるラタトスクの基地で保護しているもの」
士道の懸念だったが琴里はあっさり精霊たちの安全を保障した。そして言葉を繋げる。
「現状の問題はあの二人の戦いを止めさせることなんだけど…」
モニターに映っているのは虚華へとブレンダーが無茶苦茶に斬りかかっているという状況だった。
現状はどちらが優勢かというわけではないものの、この状況がいつまで続くか分からないため今すぐにでも手をうたなければいけない。
ここでマイクが戦場の音声を拾う。
『いいか、この力は相手を切りつけるだけにしか使えないわけじゃない。こういう使い方もある』
するとメスで自分自身の掌を切り裂いて呟く。
『覚悟は出来ているか?』
◎
戦場に沈黙が降りていた。
空中に罠を設置するような特殊能力を相手が持っていない事など重々承知しているのだが、それでも下手に動けばやられてしまうかもしれないという見えないプレッシャーによってブレンダーは隙なく構える事しか出来ない。
これまで切り裂いた対象の存在を自由自在に改編するという当たれば一撃必殺足りうる攻撃を起点に常時優勢に立ち回ってきた虚華。
ブレンダーはあまりに大きなその技のせいで、自分自身に改編能力を適応するという手までを想定できなかったのだ。
「どうした?来ないのか?」
金縛りにあっている相手を見て口を開く虚華。
「その程度で退くわきゃねーだろがァ!?」
自分が軽く見られているという事実に屈辱を感じるブレンダーは吠えながら飛び込んでいく。
並レベルの魔術師であれば視認する事すら不可能な速度で敵の目の前までそれこそワープと勘違いするほどの速さで近づき、レーザーブレードを相手の首元に向かって斜めに振り下ろす。
だが、ガン!と何か硬い物にぶつかる音がする。レーザーブレードは物を切断する事に特化した高熱と切れ味が自慢の武装なのに切り裂くことなく引っかかってしまう。
「なに……?」
相手は何もしていなかった。ただその場に立ち尽くして真正面から攻撃を受けただけ。
仮に相手の肌が切り裂けないほどの硬度を持っていたとしても、切り降ろす勢いに押されて後ろに後ずさってもおかしくないのだが、それを許さないほどの筋力を得ていた。
「残念だったな」
虚華はそう言ってガシッとレーザーブレードの刃をその手で掴んだ。
そしてもう片方の手を人を殴るために五本の指全てを折って拳の形を作る。
「食らっておけ」
彼女はそう言って拳を躊躇いなく相手に向かって放つ。
ブレンダーはとっさにレーザーブレードを手放して両手をクロスして防御の形を作る。
「ぐふっ!?」
だが相手の拳はその防御の上から潰す勢いだった。単純に鎧の耐久力に顕現装置が生み出す防御力と痛覚の減衰、そして念力をまとう事による硬度増量によって理論上大抵の攻撃は難なく防げるはずだった。
だが相手の放つ拳の惰力はそんな理論など無理矢理吹き飛ばしてしまう威力だった。
「うぐ…ギぎ……」
腹部を貫かれて唸りながらうずくまっているブレンダー。
そんな彼女を見下ろしながら先ほどそのうずくまる原因を生み出した相手は呟く。
「残念だが…ここで未来への災いの芽の一つを摘み取らせてもらおうか…」
その言葉を受けて自分が地面を見てしまっている事に気が付いた。
トラウマを払拭するために五年もの歳月をかけてきたというのに自分の努力の全ては精霊という力の権化を前に無力だった。
「ぐふっ…はぁ…あはは……」
「?」
くぐもった笑いを漏らす相手に虚華は不審そうな視線を送る。この状況で何が相手を笑わせているのか理解できなかったのだ。
「何がおかしいんだ」
「結局よぉ、たかだか人間じゃテメエらバケモンには勝てねえって事なんだよなぁ…」
「かもしれないな…だが今更それに気が付いたところで手遅れだ…」
言外に人ではないという扱いを受けた事に慣れたはずなのに若干だが傷ついてしまう。それはきっと恋菜に再会した事と、士道やラタトスクの面子と邂逅した事でまるで自分が普通の女の子であるかのように錯覚してしまったのだろう。
あれが例外中の例外なだけで、本来世界が彼女に向ける視線はいつだって世界の異物であるという事実だけだ。
「だからよ……」
ブレンダーは虚ろな感じで呟きながらゆらりと立ち上がる。
「アタシは人間やめてやんだよ!?」
彼女がそう叫んだと同時に頭から小さな爆発のようなものが発生して血が噴き出してその場に倒れこんでしまう。
「な…んだと…」
突然叫んだと思ったら頭から血を噴き出してその場に倒れこんでしまった相手を見て呆然としてしまう虚華。
先ほどまで精霊を殺すための執念だけで生きていると言っても過言ではなかった相手が、目的を目の前にして自ら命を絶つという行動を取った事が理解出来なかったのだ。考えられるのは精霊によって手を掛けられるくらいなら自ら命を絶った方がマシだと考えたのだろうか。
「…そうか…終わったか……」
彼女は目を見開きながら頭部から血を流す遺体を眺めながらそう淡々と締めくくった。
だがその表情は目的を成し遂げたのとは対照的に鬱々としたものだった。
当初の目的を完璧な形で完遂することは出来なかった。
そして何よりも彼女は人と触れ合えるそんな世界を夢見ていたのだから、それが自分にとっても、そして世界の誰からも害悪であると断じられるような人物であろうと、無条件にいなくなって欲しいとまで考えるほど心が腐ってしまっているわけでは無い。
「こんなことを言える身分では無いが…安らかに眠ってくれ…そのうち私もそちらに行く…地獄でお前に謝ろう…」
相手を顔の傍に膝を突いて顔に右手かざして瞼を降ろして目を閉じさせる。そして謝罪の言葉を投げかける。
目の前にいる女性の命を絶ってしまったのは自分の責である事を誰よりも自覚してそんな言葉を選んだ。
そして顔に添えていた手を離そうとした瞬間それは起きた。
「地獄に…行くのは…テメエが先だァ……」
「……なに…」
遺体から離そうとしていた彼女の腕が物言わぬ存在になっていたはずのブレンダーの手によってガッシリと掴まれた。
彼女は頭から血を流しながらも上体を上げて、目の前に憎き敵と同じ高さの目線に合わせる。
「言っただろ…?…人間じゃ…精霊には勝てない…な、らぁ…もぉうこんな人間の体…なんざ…捨ててやる…も、うどうにでもなれ……」
「いっつ…」
これまで感じたことの無い万力によって腕を掴まれる。それによって生まれる痛みによって顔をしかめてしまう。
自分自身の身体能力を極限まで引き上げているというのに、その防御力を無視して痛みを感じるシナプスを強制的に刺激して来る。
「なんだ…この力はっ…!」
相手の手を振り切ろうとするのだが、やはり相手が発生させている万力が逃げることを許してはくれない。
彼女の経験から想定していた魔術師の持っている力を遥かに超えている。
「ぐふふあはは…イイ表情すんじゃねーかよ」
相手が分かりやすく焦っているのを見てブレンダーは楽しそうに笑い始める。
そして更に相手の腕へと力を加えていく。するとミシミシと人体から発生してはいけない不気味な軋む音が生まれる。
「こいつ…」
「いいねえ…さいっこーな気分だ…一緒に地獄に堕ちようぜぇ……」
そしてべキリ…と見た目の華奢さからは想像できないほど強靭さを得ているはずの細腕がブレンダーの握力によって握りつぶされてしまう。