攻略が楽勝過ぎた精霊   作:高町廻ル

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今よりもきっと

「虚華っ!」

 

 士道はモニターに映っている光景を見て声をあげる。

 メスで自分を切りつけたかと思ったら、精霊とはいえ規格外の身体能力を得てブレンダーを圧倒し始める。そして相手が自分の敗北を察したのか不気味な笑い声を上げて突如自決をしたかと思いきや、唐突に意識を取り戻して虚華の腕を握りつぶしてしまったのだ。

 

「どいう事なの?あの胸糞魔術師……突然息を吹き返したかと思ったら腕力だけで精霊を圧倒してるわよ……」

 

 目の前に映る状況に混乱を極めているのは彼だけでなく、司令官モードの琴里もまた信じられないと言葉に窮する。

 自分自身が精霊であるからこそ分かってしまう。

 精霊の持つ身体能力は顕現装置の生み出す魔力程度で互角に渡り合うのは、エレンのようなもはや人間を辞めたような存在でなければ不可能に近い。

 

「……そう言う事…なるほど…ブレンダーはここで死ぬ気という事ですか…」

 

 誰もが目の前の現象の解析に苦慮していると、口を開いたのは神無月だ。

 

「何か心当たりがあるの?」

「あくまで予想の範囲でしかありませんが…」

 

 彼は琴里からの質問に言い出しそうにしながらも答える。

 

「恐らくですが…脳や体の機能を体内に埋めた機材によってその人が持つ潜在能力を無理矢理に拡張…そのような使い方をすれば臓器を消耗品として使うようなものです。まさしく命を削って捨て身の戦法…それによって強化された精霊の身体能力に追いついたという事でしょう」

 

 神無月はあえて真那の事は口にせずに説明をする。

 ブレンダーは真那と同じで体の多くを顕現装置を扱うために捧げているというだけだった。

 普段はそれほど機材に頼らずに、本人の資質だけで魔力を生成して戦っている。だがこの土壇場に追い込まれて彼女は体に埋め込まれた最後の一手を使ったという話だった。

 まさしく人間である事を捨てた一手だった。

 

 

「いっつ~…!」

「どうだ…同じ場所まで這い上がってきてやったぞ…」

 

 腕をへし折られた痛みによって瞳に涙を僅かに溜めながら唸っている虚華。

 そんな相手のリアクションを見て歪んだ口元で嬉しそうに笑っている。

 

(こいつイカれてる!?)

 

 彼女は戦慄にも近い感情を感じていた。

 相手を見れば全身から現在進行形で出血をおかしてしまっていた。このまま力を使い続ければ死んでしまうのは目に見えていた。

 つまりブレンダーは仮に自分が死んでしまったとしても、目の前の憎き敵に対して一秒でも長く生きてその屍を見ることさえ出来ればそれでいいのだ。

 ブレンダーは既にへし折られて元に戻すのが不可能なほどにぐしゃぐしゃになった腕にさらに力を加えて、もう片方の手を握りしめて殴りかかろうとする。

 だがそこで虚華は掴まれていない方の手にメスを生み出すと、もう片方の肩にそれを突き刺す。すると肩口に滑らかな断面を残して腕をすべて切り落とされる。

 

「チィ…」

 

 思いっきり自分の拳を振り回したがそれは空を切ってしまう。既に引っぱっても重みが無くなってしまった片腕を忌々しそうに見ながらブレンダーは舌打ちをする。

 

(イカれているか…それは私も同じか…)

 

 ふと虚華の脳裏に浮かぶのは士道が自分の狙いを知ったあの悲しそうな顔だった。

あの時の彼も今の自分と同じようなことを思って嫌悪したのだろうかと、そんな事を戦場で敵を前にして考えてしまう。

 彼女の切り落とした肩口にメスを刺すと傷口が光始め、前と変わらない腕が再生する。手をぐーぱーと開閉して感触を確かめる。

 そして直後に息を荒くして肩が上下に激しく動き始める。ここで初めて見せる消耗している明確な証だった。

 

「はあ…はー…ふーっ…」

「なるほどなあ…やっぱその強化技は負担が大きいようだな」

 

 それを見て初めて相手の明確なウィークポイントを見つけて興味深そうな反応を見せる。

 これまで無敵としか思えなかった相手が見せた弱み。人間の驚異の粘りが見せた細い勝利を手繰り寄せることが出来る勝機だった。

 

「どーいうカラクリだぁ?自分を対象にする改編が負担か?それとも一つの対象に複数の改編を重ねがけるのが無理なのかなぁ?どーやらオマエの死期も近いようだぞぉ…?」

 

 相打ち覚悟の正気ではない状況下でありながら、確実に相手を絶命に追い込むためか頭の片隅では冷静な殺意と分析力を残していた。

 

(この辺が私の引き際なのか…だけどせめて恋菜に害する存在を一つ削ってやる。私だけでは絶対に死なない)

 

 このような状況に陥って何故か冷静だった。

 

『虚華が今日、デートに乗っかってきたのは力を封印させて弱体化をしてから自殺するためなんだろ……』

 

 かつて自分の事を救い出そうとした少年の顔が浮かぶ。誰よりも優しくて、そして誰よりも損な役回りばかりを演じてしまう尊い道化師。

 

『俺が…俺達が虚華の生きる希望を持たせる……』

 

 こんなどうしようもない自分を見捨てることなくぶつかってくる、呆れてしまうほどの頑固者。

 実際の所彼から生きる希望を持たせるデートとやらを受けてはいないのだが…精神的に気持ちは伝わっている。

 

(案外悪くなかったな。恋菜、士道、そしてみんなと一緒に居られた時間は至高だった)

 

 だからこそ思う。きっと目の前にいる魔術師をここで取り逃がしでもしたら、虚華の大好きな人たちの災いになるだろう。

 

「ああ…一緒に死んであげる…だからかかって来い」

 

 

「琴里ッ!今すぐにあそこへ連れて行ってくれ!」

「ダメよ!何の対策もしていないのに飛び込ませるなんて出来ないわ!」

「でもこのままじゃ…!そうだ!六喰の力で…!」

「士道一人に何が出来るのよ!?いくら精霊の力を使ってもブレンダーをどうにか出来るはずがないわよ!?」

 

 五河兄妹は強い口調で言い合ってしまう。

 精霊の命は絶対に救わなくてはいけない。だが同時に五河士道の命は将棋でいうところの王将であり絶対に取られてはいけない。だがその王を守る駒が今ここには無いのだ。

 いくら彼が精霊の力の一端を扱えるとしても一流の魔術師に通用しないのは、エレンと対峙した経験から嫌というほど痛感している。プロが扱うレーシングマシーンを持っていてもそれを十全に扱えるわけも無いのだ。

 真那はバンダースナッチを引きつけられている最中。他の封印精霊たちはまだここにたどり着くには時間がかかりすぎる、それまで二人の戦いが長引いている保証はどこにもない。

 ブレンダーを倒しながらも、虚華を封印しつつも、士道の安全もキチンと確保する。その全ての条件をクリアするのは至難の業だった。

 このように手をこまねている間もモニターに映っている戦いは激しさを増し、いつ二人の命に決着がつくのか分からない綱渡りな状況が続いている。

 

「令音…何か手はないかしら……」

「困ったね…せめて真那がいれば…それに神無月はこの船から降りられないからね…」

 

 無自覚なのか強がりのメッキが若干剥がれてしまった琴里だが、令音はそれを指摘すことなく返答する。

 そして帰ってくるのは人員そのものが足りないという厳しすぎる現実だった。

 精霊を保護するという題目で動いている組織であるためか、戦艦の性能は圧倒的なものがあるのだが、配備されている個人戦闘用の鎧型の顕現装置も、そしてそれを扱える人員もギリギリの数で回しているのが現状だった。

 

 

 場面は再びデパート屋上の遊園地エリア。

 

「ああ…私が一緒に死んであげる。だからかかって来い」

「たまんねぇよなぁ!?」

 

 相手の覚悟を決めた表情と構えを見て、ブレンダーは叫びながらもレーザーブレードを構え、それを突き出しながら一直線にまるで銃弾かのように飛び込んでいく。

 一方相手は唯一無二の武装であるメスを取り出して受ける構えを見せる。姿勢を低くして膝を突いてメスを地面に刺す。

 

「まーた目くらましかぁ!?」

「まさか、それでは芸がないだろう」

 

 刺した先から地面にあたるコンクリートが盛り上がって、それがまるで大蛇かのようにうねりブレンダーに向かって四本のそれが襲い掛かる。

 

「ウザってぇ!」

 

 ブレンダーは叫びながらもコンクリート塊を紙一重のタイミングでかわすとかわしざまにブレードを突き刺して、そのまま切り裂きながら真っ直ぐに敵に向かって飛び込んでいく。

 

(やはりコンクリートの物質を強化するのでは殆ど足止めにならないか。やはり煙のように流動体の方が有効か?いや何度も同じ手はくわないだろう)

 

 簡単に倒せると思ってはいなかったものの、ここまで効果が薄いとさすがに戦略の練り直しを要求される為、少しでも観察して対抗策を得ようとする。

 虚華はおおきく振りかぶってくる相手のブレードを大きく後ろに下がってかわす。逃げた先には観覧車がある。

 

「逃げの一手じゃ勝てねーぞ!」

 

 何度躱されてもその執念が衰えることはなく、むしろ燃え盛る炎に油を注ぐがごとくテンションを上げてくるブレンダー。めげることなく再びブレードを握りしめて飛び込んでいく。

 相手に攻撃が当たる間合いまで接近すると思いっきり横切りをかます。

 だが虚華はその一撃に対して右手に持っているメスを観覧車を支える巨大なポールに突き刺す。するとメスが刺さっているはずなのにまるで滑るかのように動き出し虚華の体ごと上へと移動する。

 一方で空ぶった一撃はポールを真っ二つにした。だが観覧車が倒れることは無い。恐らくは虚華が倒れて地上に甚大な被害を出さない為に観覧車の形をその力で無理矢理固定しているのだ。

 周りに対して考えもなく攻撃を振りまく姿を見て観覧車の一番上に立っている彼女は咎める。

 

「危ないだろう、観覧車が落ちたらどうする気だ」

「へっ!人様らしく振舞ってんじゃねえ!」

 

 相手から忠告にもなんてことはないだろうといった感じで返す。目の前にいる敵さえ倒せれば周りにいくつの屍が積み重なろうが構った事ではないのだ。

 ブレンダーは空高く飛び出して、相手のいる観覧車の頂点よりもさらに高い位置に陣取る。そして腰に付けているレーザー銃を取り出して真下に向かって撃ちこんでいく。

 相手の攻撃は虚華を殺す一撃を狙っているのではなく、どちらかと言えば足元を崩して隙を作るのを狙っているようで、狙い自体は甘い部分があった。当然その狙いが分かっていれば問題はなく観覧車の乗客部分を渡りながらもそれらを簡単にかわしてしまう。

 

「えっ……」

 

 だが突如足場にしていた観覧車が傾き始めたのだ。自身の力で構造そのものを固定していたはずなのに何故か崩れ始めていた。

 

(なんで……)

 

 その原因を探るために上にいたブレンダーから視線を外して下を見ると、観覧車を設置していた地面に接している土台部分がレーザーによって蜂の巣にされていた。本体は破壊出来ないが、地面との接点をボロボロにして足元から崩してきたのだ。

 

「くっ」

 

 盲点を突かれて悔しそうに唸るが、そのままにしていたら観覧車が傾き切ってデパートの階層を貫いて地上へと甚大な被害を出してしまう。

 彼女は慌てて観覧車にメスを突き刺して個体を気体に変換する。すると観覧車は消滅して辺りに霧のようなものが生まれる。

 だがその隙をずっと待っていたブレンダーはレーザーブレードを地面に着地した瞬間の虚華の胸元へと突き込んでしまう。

 

「げふっ!」

「取ったっ!!」

 

 ブレンダーの一撃は生命の急所を確実に捉えてしまう。それは人間であれば決着がつくはずの交錯だった。

 だが虚華は人間とは比べ物にならないほどに強力な力を持つ生命体なのだ。貫かれているはずなのに相手の足はまだしっかりと地面を踏みしめていた。

 

「何で死なねぇ…」

 

 確かな手ごたえとは裏腹に相手が絶命をしている様子がない。

 すると霊装が光り輝いていた。厳密には霊装自体ではなく、その中で何かが強く光り輝いているのだ。

 

「まさか…」

「先ほどの…メスを…体に刺した、ままだった…からな…」

 

 息も絶え絶えではあったがそれでも確かな意思を持って返す。

 腕を治した際に使っていたメスを消すことなく、そのまま刺しっぱなしにしたまま戦闘を継続していたのだ。それによって本来であれば致命傷で命が刈られていたかもしれないはずの一撃を受けながらも命を繋いでいるのだ。

 驚いてしまい硬直してしまったブレンダーのその隙を見逃さなかった虚華は、素早くブレードを持つ手を殴って弾いて、得物を胸から無理矢理抜くことに成功。

 

「ッ!テメエっ!」

「隙、だらけ」

 

 自分が見せてしまった一瞬の空白を突かれてしまい歯噛みしてしまう。すぐに立て直して殴りかかろうとしたのだが、それを許す虚華ではなく相手が構えるよりも先に右拳が相手の顔へと突き刺さる。

 

「ぐっぶっ!?」

 

 ブレンダーは悲鳴にも近い声を出すのだがギリギリ踏ん張って膝を突くことだけは拒否する、それと同時にカウンター気味に何とか掴みかかろうとする。

 だがそれよりも先に虚華の蹴りがモロに入ってしまい相手の体を吹き飛ばす。

 吹き飛ばされた相手の体はジェットコースターのレーンに叩きつけられて接触部分が凹み、彼女の体は重力に引きずられて自由落下して地面に叩きつけられてしまう。

 

「が、くぁ……!」

 

 ブレンダーは直接与えられた攻撃と地面に叩きつけられた痛みによって弱々しく唸る事しか出来ない。

 そこで地面に倒れていた彼女の耳が誰かの足音を拾う。誰かというのは正確な表現ではないのかもしれない、この場にはたった二人しかいないのだから。

 その足音の主を彼女は俯いていたが分かっていた。俯きながら苦々しそうな表情で呟く。

 

「クソッタレが…」

「安心しろ…余計な苦みも…辱めも……与える…つもりはない…お前はここで終わるんだからな……」

 

 どちらも既に満身創痍でもう意識を保つのも一苦労といった様相だった。

 だがまだギリギリ動ける虚華に対して、ブレンダーはこのまま放っておいたら出血多量で死んでしまうだろう。

 そこで彼女はメスを生み出して相手に向ける、弱り切った今の相手であればそれは通ると考えているのだ。

 

「次に…目を覚ました時は…きっと…今よりもきっと…マシな―」

 

 彼女のそのセリフは最後まで告げられることは無かった。彼女の胸に衝撃があったかと思うと、そこから強い痛みと灼熱かのような熱さが溢れる。

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