攻略が楽勝過ぎた精霊   作:高町廻ル

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ここで死ぬ

「え……?」

 

 気が付いた時には自分の視線が上を向いていた。おかしいのだ、先ほどまで確かに前を向いていたというのにだ。

 

「な…ん……?」

 

 何とか首を動かして正面に視線を送るとそこにはバンダースナッチとみられる機体が複数体あった。恐らくだがその中の一体が自分を発砲したのだと彼女は分かった。

 

(いつの間に…気が付かなかった…ステルス性能に特化しているのか…)

 

「あはは…形成…逆転だなぁ……」

「あ…がぅ…」

 

 虚華が薄れそうなる意識の中で必死に分析をしていたのだが、そこで彼女にのしかかる影があった。

 ブレンダーは血まみれになっている顔でも嬉しそうに歪みながらも嗤っていた。そして両手を虚華の首にやって思いっきり締め付ける。

 すぐさま迎撃をしなくてはいけないのだが、大量出血によるダメージと酸素不足による集中力の欠如によって、彼女はまともに思考を回すことが出来ずにされるがままになってしまっている。

 

(あ…死ぬ…?)

 

 ここでやっと自分がこれまで強く望んでいた事象に直面している事に気が付いた。

 恋菜に出会ってから別れるまでの幸せだった僅かな時間。

 そして人と一緒に居ることを諦めた、それこそ死にたくなるほどに長い時間。

最後にラタトスクという精霊との共存を真剣に考えてくれる人たちに会えたほんの一時の時間。

 そしてこのまま何もなければブレンダーは力尽きて死んでしまう。それは決して本意ではない結末ではあるのだがもうそれは相手が選んだ未来であり、これ以上何もしなくていいのだ。

 後は肩の力を抜いてしまえば当初の願いが叶う。

 精霊として初めてクレーターのど真ん中に現れた日から自分は何のためにこの世に存在しているのか、それこそ迎えた夜の数だけ考えてきた事だった。いまだにそれに対する明確な答えは出せていない。

 だが少なくとも自分の死によって助かる人がいるのであれば、空間震によって亡くなってしまった人たちに少しでも浄罪になるのかなと思ってしまう。

 

「死ね!シネってんだよおおお!」

 

 一方でブレンダーはもはや瞳から血を流して真っ赤になってしまい血走ったを超えてしまった形相で、更に首を絞める手に力を入れていく。

 意識がだんだん遠のいていく中で、かつて友人だった彼女の事を思い起こしていた。

 一緒に食事を摂ったり、一緒に本屋や電気屋を練り歩いたり、一緒に漫画や小説を楽しんだりした輝かしい思い出の数々。それは今の虚華という優しい精霊を築いてきたかけがえのないピースたちだ。

 そんな事を想起しているとふと脳裏に浮かんだのは、今の垢抜けて大人になった恋菜の姿だった。

 そこに何があったのかは想像しか出来ないのだが、きっと彼女なりに考えて前に進む選択肢を取った結果なのだろうと考える。

 周りの風景に映る屋上エリアを認識する。

 今の二人で一緒にジェットコースターを楽しむ姿。今の二人で一緒に観覧車を楽しむ姿。売店やゲームセンター内で楽しそうにしている二人の姿なんかも想起してしまう。

 今日一日、会った楽しかった時間を思い出す。

 教室いっぱいの生徒たちがいる中で授業を受けている自分。原稿にトーンを張ったりベタを塗っている自分。放課後にクラスメイト達と街を練り歩いたりする自分。休みの日には街中をぶらりするのも楽しいだろう。そしてのんびり星を見るなんて時間を忘れられて素敵だろう。

 そして一度でいいから何の思惑も裏も表もなくデートなんかもしてみたいなと思う。どこまでも頑固で真っ直ぐな彼なんかにエスコートしてもらえたら光栄だろう。

 

「うっ…!…くううぅっ…!はっ…!」

「コイツ…!」

 

 虚華は相手の手を掴んで何とか自分の首から引き離そうと必死に力を入れる。

 ブレンダーは突如として反抗を始めた相手を見て驚き、そして苛立ちを口にする。

あと少しで落とせたというのに一瞬だけ絞める力を抜いてしまった事で相手に一呼吸をさせてしまったのだ。

 一瞬の隙を突いて何とか酸素を取り入れて僅かに復活した意識ですぐさま虚華は足をばたつかせて相手に蹴りかかる。その内の一撃が相手の腰辺りに当たる。

 

「痛ってえ…大人しくしやがれってんだ…」

 

 ブレンダーは何とか離すまいと粘ってはいるのだがその声は弱々しい。

 既にお互いに限界に近く、力ずくで振り切ることが出来なくなってしまっている。

 

『…………』

 

 そんな硬直が続く中、これまで沈黙を保ってきたバンダースナッチ達が動き始める。そして機体に備え付けられている銃口が虚華とブレンダーに向かって標準を合わせている。

 

(まずい…)

 

 戦場がこれ以上動きそうに無いのを見て、DEMが痺れを切らしたのだ。

 虚華はここで焦って相手の髪を掴んだり、手で顔を押したりとめちゃくちゃしてなんとか振り切ろうとする。

 

「私ごと…殺されるぞ!はやく、ここを…どけ!」

「へっ…願ったり叶ったり…だ…一緒に…しんでやらー…」

 

 それを聞いたブレンダーは首から手を離し、相手の胴体に抱き着いて放すまいとする。

 相手の行動を見て分かりやすく彼女は焦った顔をする。

 

「くっ…くそっ…!」

 

 それはもうこの場で状況を好転させる策を持っていないという事だった。

 

「いいねえ…その焦った顔…ここに来てぇ…自分の命が…惜しくなったってかぁ……」

 

 虚華の表情に焦りだけでなく恐怖や悔恨が混じり始めたのを見て、昂ぶりを超えていよいよ精神的に絶頂すら感じ始めるブレンダー。

 そのようなやり取りをしている間もバンダースナッチ達は着々と準備を行っている。

 既に打ち損じが無いようにありとあらゆる急所に標準を合わせている。だがそれは精霊だけでなく本来であれば味方であるはずの魔術師のそれにも標準を合わせているのだ。

 

(最初からどちらも始末するつもりで…このままでは…)

 

 ここに来てDEMは精霊だけでなく、厄介者になっているブレンダーも事故として処理するつもりなのだと気が付いた。

 組織の全容や内部事情など知りようがないのだが、ブレンダーのあの性格では憎まれたり疎まれてもおかしくはないなという不思議な納得感をここで彼女は覚えてしまう。

 だが今それに気が付いても手遅れというものだった。それは相手だけでなく自分自身についても。

 そしてバンダースナッチ達のマズルフラッシュが炸裂した。

 

「ッ!?」

 

 虚華はそれを認識すると反射的に目をつぶって後はもう運を天に任せる。

 

「氷結傀儡!」

 

 その時彼女の耳に届いたのはある男の声と、とある精霊の持つ天使の力の名前、そして大量の氷塊が突如現れる事による轟音だった。

 突如現れた氷塊が自分を守る盾になっているのだ。

 

「これ…は…」

 

 虚華は目の前で起きている現象を理解する事が出来なかった。そもそも自分以外の精霊が力を扱う場面を目撃したことが無ければ、封印された精霊の力がどのような末路を辿るのかも分からないのだ。

 

「大丈夫か虚華っ!」

「へ……?」

 

 もう既に気を失っているブレンダーにのしかかられている彼女に声をかけるのは士道だった。

 上に乗っかっている相手をそっとどかせて、仰向けに倒れこんでいる虚華の上体を支えて大きな声で話しかける。そんな事をしなくてもそもそもの話意識は保てているのだが。

 よく彼の背後を注視すると何か空間に穴が開いているのが見えた。その力は六喰の精霊の力の一端なのだが彼女がそれを知りようもない。

 

「し、どう…あなた…精霊だったの…?」

 

 彼女はこの場で考えられる可能性の一つを自分の体を支えてくれる相手に向かってポツリと呟く。

 その質問を受けた相手は微妙そうな表情を作る。彼自身が自分に宿る力が何のためあるのか計りかねているからだ。

 

「いや、そういうわけじゃないんだけどな…」

「まだ敵が…あそこにいる…早く…」

 

 そこで彼女は今自分が置かれている状況を思い出して伝える。最初の一射撃目こそ防いだのだがまだこの場所が完全な安全地帯になったというわけでは無い。既に防がれた事は相手も理解して次の手を打つために動き始めるはずなのだ。

 だが彼女の耳に届いたのは次の発砲音ではなく、バンダースナッチ達が爆散する衝撃音だった。

 

「え……」

 

 彼女は自分への追撃者が消えた事に驚きの声をあげる。

 それまで視界を大きく阻害していた氷塊が虚空へと消滅していく。クリアになった視界の先にいたのは魔術師だった。

 

「大丈夫?虚華?」

 

 右手にブレード、左手に銃を持った顕現装置の鎧を纏った凛院はそう言った。

 

 

『彼を守る役目…それ私に任せてくれないかしら?』

 

 戦力が足りず目の前の死闘に対して手をこまねいていいるしか出来ない現状にフラクシナスのブリッジ全員が手をこまねている中、一人の女性が手を挙げた。

 最初にその申し出に反応したのは令音だった。

 

『たしか君は……鳴村凛院だね?昔ASTの魔術師でもあったと神無月から聞いているよ』

『ええそうよ、これだけの設備があるならフリーの装備一式くらいあるでしょう?そこの彼は私が護衛するわ』

 

 凛院は初対面の相手であっても気後れすることなく堂々とした態度で応答する。

 一方の神無月はなるほどいった感じで頷きながら答える。

 

『確かに彼女であれば任せられます』

『お願いしていいんですか?』

 

 士道もまた降って湧いてきた助け船に乗る事にする。

 もう既に凛院が士道について行くという流れは出来上がっている。だが一人だけこの流れについて行けない人物がいた。

 

『お、お姉ちゃん…?何言っているの…?ちょっとおかしいよ……』

 

 彼女の妹である真院だけは何故自分の姉が自ら戦場に出る事に名乗りを上げたのかも、そして周りがそれを了承したのかも分からなかったのだ。

 もう既に今日一日だけで自分の持っている常識では計る事の出来ない現象が多すぎて頭が痛くなってしまっている。だが唯一の家族がモニターに映る危険な現場に飛び込むと聞いてしまえばさすがに首を縦に振るわけにはいかないのだ。

 

『そっか…まだ真院には話してなかったかー…』

 

 あっちゃーといった感じて頭に手を置いて困ったなと言った軽いリアクションする凛院。そして体を妹の方へと向けて優し気に説明をする。

 

『昔は私はドクター…いえ虚華を憎んで殺そうとしてたの』

『え、えっ』

『だけど結局私が弱くて叶わなかったけどね』

 

 それはあまりにも細部が欠け過ぎた不親切極まる説明だ。だがそんな事はお構いなしに説明を続ける。

 

『だけど分からなくなっちゃったんだ。ただの害獣だと思ってた…いや思い込もうとした彼女が私達の変わらない優しさと心を持ってるんじゃないのかって考えちゃってね、そしたら怖くなって戦えなくなっちゃった』

 

 彼女の脳裏に浮かぶのは涙を浮かべて恋菜の体を抱えていた虚華の姿。その時、精霊は自分たちが思っているような存在ではないのだと思ってしまった。そう考えてしまえばこれまで何も感じてこなかった剣も銃も自分の手には途轍もなく重たい存在に思えてしまった。

 多分この説明ではすべてが伝わりきる事は無いだろう。

 

『だからお姉ちゃんはね。あの時自分が感じたそれが正しかったのか確かめるためにもう一度戦うの』

 

 

 決着は既についた。精霊の命は守られてDEMの刺客は全滅という結果に終わった。

 この場所は既に安全が保障された空間になっている。

 

「…………」

 

 虚華はメスを取り出すと自分の胸元に当てる。すると傷口が塞がってこれ以上の出血を押し留める。

だが彼女は全身の傷全てを修復はしなかった。その事を不審に思った士道は相手に声をかける。

 

「だ、大丈夫なのか…?」

「うん…これ以上直すと…余力…無くなっちゃうから…」

 

 何とか立ち上がれるだけの力を取り戻した彼女は気絶してしまっているブレンダーの傍へと行く。そして相手の顔をじっとのぞき込む。

 

「どうしたんだ…?」

 

 士道は恐る恐るといった感じで問いかける。自分の心の中にあるそれが当たらない事を願いながら。

 問いかけられた当の本人はメスを構えながらも、なんてことはないといったトーンで言い切った。

 

「今からコイツを殺す」

 


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