「美味しいなこのピザは!」
「ふむん……」
十香は士道と別れた後、精霊の住んでいるマンションに帰宅して同じ施設に住む仲間と食事をとっていた。
その隣には六喰も無表情気味だがそれでも少しだけ高揚している感じで咀嚼をしていた。
八舞姉妹もまたテーブルに並べられているピザに手を伸ばしていたのだが。
『あっ……』
ふと、二人の手が重なった。それはまさに一心同体とも言えるほどお互いの事を理解し、そして趣向も同じだからこそ起きた現象。
「あ、どうぞ…」
「譲渡。耶倶矢の方が先に触れていました」
頬を薄っすらと赤らめながらもお互いに譲り合う二人。もしこの場に美九がいたら大興奮間違いなしだろう。
付き合いたてのカップルか、もしくは付き合う寸前の男女の様な初々しいやり取りをする二人。
そんななか四糸乃は思った事をふと口にした。
「七罪さん、よく六人分も冷凍ピザを買っていましたね……」
『七罪ちゃんてば大食漢?』
この場には十香と四糸乃だけでなく、七罪と八舞姉妹の二人に六喰の計六人がいた。
例の美味しいピザとは七罪が用意した冷凍食品なのだが、突発的なピザパーティーであってもすぐさま用意するのは簡単なことではないだろう。つまり彼女は常日頃からそれだけの冷凍食品をストックしていたという事だ。
「…う、うん…もしかしたらいつの間にか私って忘れられて食事とか無視されちゃうかもしれないから…念のために……」
『……………………』
全員がそのネガティブな想定に何を言っていいのか分からなくなってしまう。流石にそこまで士道やラタトクスの面々が薄情ではないと思っているが。
そのやり取りで皆が思い出してしまったのは、今こうしている間も士道やラタトクスは新たな精霊とコンタクトを取っているという事実だ。そして考えてしまう、今自分たちはここで呑気にピザを咀嚼していいのかという事だ。
分かってはいる。こうやって精霊たちが気兼ねなく暮らせる空間を作る事、そしてそれを楽しんでもらう事こそが彼らの望んでいる事だというのは。そこに負い目など感じてはいけないし、感じるなどとても失礼だ。
だがそう考えてしまう事を止めることが出来ない。
誰もが同じことを考えている沈黙の中、口を開いたのは十香だった。
「……むぅ…シドーは大丈夫だろうか…」
精霊達を自分と同じように助けてやって欲しいと願っているし、実際に士道もそのために動いている。だがそのたびに苦渋の決断を迫らせたり、傷だらけになる事に対して心苦しくなってしまっている。
「ふむ…主様であれば大丈夫だろう。不安に思うのは分かるが送り出したのであれば十香、お主は信じて然るべきだ」
悩みの中にいる十香に声をかけたのは六喰だった。
彼女はかつて自分の家族が、己の知らない所で独自のコンテンツを築き上げており、それを心細く感じ信じきれなくなり精霊の力を使って無理矢理にでも自分の側に押し留めようとした。
だが士道の傷つきながらでも彼女に対しての真っ直ぐな訴えを受けて、もう少し周りの事を信じようと思ったのだ。
いまだに家族や絆について考えてばかりで答えは出ないが、それでも必死に模索し続ける事こそがあの日家族にした行動への報いになると信じて。
するとそこでぴんぽーんっと外部からの来訪者の訪れを教えてくれるチャイム音が部屋に鳴り響いた。
「…?…こんな時間に…?」
「疑問。既に外は真っ暗です」
八舞姉妹は既に日が落ちて多くの人達は家に帰って夕食なり家族だんらんを楽しんでいるであろう時間に訪ねてくる人がいる事に不信感を。
精霊用のマンションは常にラタトクスが常に厳重な警備態勢を敷いているため、あからさまな不審者であれば一瞬でつまみ出せれているはずで、ここのチャイムを鳴らせるという事は精霊達にとって顔見知りの人物だと考えられた。
「……もしかして士道じゃない?」
「そうですね…士道さんが帰ってきて十香さんに話に来たんじゃないかと…」
『あーら、士道ちゃんったら直接乗り込むだなんてだ・い・た・ん』
「主様はお主と別れてそれっきりだったからの」
七罪はこの場で考えられる来訪者の予想を口にする。それに乗っかるのは四糸乃、よしのんそして六喰。
「おお、そうか!無事だったかっ」
十香はルンルン気分な感じで相手の顔を見る事の出来るインターホンに駆け寄っていく。
「シドー無事だったか!」
まだ相手がその人であるのか分かってすらいないのに、既にその気になっている十香はそのままろくに確認もせずに声をかけてしまう。
そこに映っていたのは皆の予想したとおりに士道その人だった。ただしその表情にはどこか緊張があった。
「ああ、俺だ。悪いけどオートロックを開けて欲しいんだが」
「…?…どうした…何か嫌な事でもあったのか…?」
それを素早く察した彼女は心配そうな声色を出す。
「…それは…あとで話すからとにかく―」
「そんなまどろっこしいことしなくてもいいでしょ、ああいやちょっとあなた達の話を聞いてみたいだけだよ」
「お前は……」
士道があまりにも歯切れも悪い態度に業を煮やしたのかカメラの死角から顔を出したのは虚華だった。
それを見た十香はすぐさま目の前に現れた存在の正体に気が付いた。個人差こそあれど淡く輝く服に独特な雰囲気は間違えようもなかった。
「精霊…どうなっている……」
ただ出てきたのは呆然とした呟きだった。
「あ、これいい茶葉だね…それにクッキーも甘くしっとりとしてて美味しい」
「口にあって何よりだ」
このようなパターンも一応想定して用意されていた応接室に通された虚華は、そこに置かれていたソファーで出されたお茶を楽しんでいた。
そんな呑気な感想に律儀に対応するのは士道だった。
配置は虚華の体面に士道と琴里の二名。ソファーに座っている精霊を隙なくじっくりと見つめているのは封印された精霊達。
ピザを食べていた面々だけでなく、琴里は勿論折紙や美九に二亜も現状の説明と連絡を受けてこの場に集まっている。
『…………』
皆が一応に隙を見せまいと見つめていた。
「そんなに怖い雰囲気出さないで欲しいんだけど、ほらここは可愛い新人って事で一つ」
明らかな緊張ムードに虚華は冗談を口にして場を和ませようと画策するのだが、そう簡単に未知の精霊を受け入れろと言っても無理があった。
「ならならっ!新人という事は後輩!後輩さんは先輩の言う事は絶対!年功序列なんですよぉっ!!可愛い子は大歓迎ですぅ」
そんな中、相手のフランクな雰囲気に気が付いたのは美九だった。
意味不明な理屈を持ち出して虚華の隣へと飛び込んでいき彼女に抱き着いた。
「ちょっと!?何してんのよっ」
あまりにも大胆な行動を見て琴里は慌てて声をかける。もしこれで機嫌なり信頼がガタ落ちする事でもあったら最悪だ。
相手は未封印の力を全開に扱える未知の精霊に対して、ここにいる面々はラタトクスの秘密兵器によって力を殆ど取り上げられて強めの人間程度でしかない。この場で未封印の精霊が暴れでもしたら精霊達の安全だけでなくこの住宅街の人達の安全すら危うい。
そこまでを考えての焦りだったのだが。
「うわー大胆…これが噂に聞く百合っ子ってやつ?…そういうのって本でしか見た事無かったんだけど実在するんだー…フィクションって何なんだろ」
驚いた感じではあったものの、相手の機嫌は特に機嫌が悪くなるわけでもなく普通のテンションを維持していた。彼女に不機嫌な感じはなくあくまでニュートラル。
『琴里…当然気が付いているとは思うが今の彼女は特に不機嫌さを隠しているわけでは無いよ。上機嫌でも無ければ不機嫌でもないあくまで中間、ただあえて言うなら機嫌は僅かに上向いているが』
通信機越しに精霊の精神状態をモニタリングしている令音がインカムに情報を入れる。
いきなり面識のない場所と人達に囲まれて、その上抱き着かれているというのに落ち着いた雰囲気は崩さない。
「ほーう?どうやらその手のサブカル知識は豊富なようだね。ならおねーさんも自己紹介をしちゃおうかな?」
相手の持つどこか緩い雰囲気を俊敏に感じ取った二亜はいまだに抱き着かれたまま相手に、彼女は胸にばしんと手を当てて自己紹介を始める。全く揺れなかったのは誰も指摘しなかった。
「私の名前は本条二亜、きょーちゃんと同じ精霊ね。とは言っても力は封印されたり奪われたりで精霊の絞りカスだけど……」
「封印……」
相手はあだ名には触れず封印という単語に興味を示した。そもそもラタトクス機関の精霊保護思想や封印そのものについて興味が引かれたからこそここにやってきたのだ。
そして相手に自己紹介を続ける。
「一応現役の漫画家でペンネームは『本条蒼二』ね」
「へ…?…本条蒼二って『SILVER BULLET』の…?…まさか女性だったの?え、ホント?」
虚華は周りに視線を巡らせると皆は首を縦に振った。
「あ、やっぱりご存じだった?雰囲気的にもしかしたらって思ったんだよねー」
二亜はここまでの虚華の立ち振る舞いや闊達とした喋り方から、ある程度人間として知識を持っていると考えていた。
同じ事に気が付いた折紙は声をかける。
「…………質問いい?」
「はいどうぞ?えーっと……」
「鳶一折紙」
「はい折紙さん」
折紙は自分の名前を名乗ってから質問を再開した。
「あなたは『ファントム』という存在に霊結晶を与えられた?」
「ふぁん…?…なにそれ…漫画の設定?」
ここにいる一部の人物が薄々勘づいている精霊の正体、だがいまだに確定した事ではないため不安を煽らないように黙っている事項。精霊とはファントムと呼ばれる存在に霊結晶を与えられた元人間説。
把握できている範囲でも折紙、二亜、琴里、六喰、美九は人間として生まれて後天的に精霊になっている。
精霊として人間社会の知識をほとんど持っておらず、また右も左も分からない存在とはとても思えなかったための質問だったのだ。
ここで相手がすっとぼけたり嘘をつくメリットは皆無なため、どうやら本気で相手は質問に対してピンと来ていないようだった。
「ごめんなさい、ちょっとよく分からないかな、そのファントムとか…ごめんなさい望んだ答えを返せなくて……」
相手は少なくとも人間として生まれ落ちたという記憶は持っていないという事だ。折紙は相手のその言葉に首を振って謝る。
「くくっ…ワンピースの上にあえて羽織るミスマッチな白衣…我と同じ波動を感じる……」
相手がフレンドリー気味な雰囲気を感じ取った耶倶矢が気になった事を口にする。どうやら霊装とはいえ、普段着が白衣である事が彼女のセンサーに反応したのだ。
それはマッドサイエンティストな風味を感じる装い。
そう、やっと見つけた自分の同志を。
「……ああなるほど中二病?…そういうのって早めに卒業しておかないと後々黒歴史になるらしいから気を付けた方がいいよ。ああ、ちなみにこれは霊装であってあなたと違って私はそういう傍から見てて恥ずかしいのじゃないよ」
「……………………」
一撃で黙らされてしまう耶倶矢。そして目に涙が浮かんでしまう、だが何とか気合で零れる事だけは耐えきってみせる。
周りはフォローをしなくてはいけない事は分かってはいたが、相手に対してこれまで何となく思っていた事をズバリ言ってしまったのでどう動けばいいのか分からなかったのだ。
「…よしよし」
「うっ…ゆずるぅ…きょうかがぁ…きょうかがぁ……」
苦しい空気の中、最初に硬直から抜け出したのは夕弦で、よしよしと頭を抱き寄せてあやしていく。
その優しさに目のダムが決壊してしまう。いつもであれば嫉妬の対象であるその母性の塊が今はハートにひびが入っている彼女を優しく包み込む。
そこまでやり取りをしたところで、士道は質問ばかりで客人が話の主導権を握れていない事に気が付いた。
「そう言えば虚華は精霊の皆に色々と聞きたいんだよな、ごめん質問攻めみたいな格好になって」
「ううん。いきなりよく分からないのが現れても困るだろうし、別に迷惑とか思ってないから」
穏やかな雰囲気でウェルカムな感じを醸し出していく虚華。
最初こそ緊張していたこの場の雰囲気だったが、徐々に空気も柔らかさを感じる者へと変わっていった。
「あ、じゃあ聞きたい事なんだけどいいかな」
「ええ勿論ラタトクス機関の分かる範囲でなら」
虚華はここで聞きたい事を質問する事にした。琴里もまた精霊の意思は尊重する構えだ。
「えっと…妹さんも……」
「違うわよ!そういうのじゃ無いわよ!?」
司令官モードを中二病で括られそうになって慌てて弁明に入る。
だがそのムキになり気味の返事に虚華は何かに気が付いたようにハッとし、そして優しい瞳になって何も言わなくなる。
琴里は相手のその態度に顔を真っ赤にするのだが、大声で怒鳴る事だけは何とか耐える。
そんな態度を知ってか知らずか相手はそれ以上の追及は行わずに考えていた質問をする。
「じゃあ、封印されると実際にどれくらい力を失うの?」
「…そうね、精神状態にもよるけど…トップアスリート並みの身体能力まで落ちるわね」
仮に何もせずにトップアスリート並ならそれはそれでとんでもない事だが、騒がれない様に力の使い方や世界の常識はキチンと教えていくつもりだった。
「天使や霊装は?」
「例外を除けば、精神状態によって顕現したりするけれど、それでも大体本来の十分の一程しか使えないわね」
その回答に興味深そうにふむと考えている虚華、そして質問を重ねる。
「それじゃあ、封印された事で弱体化した隙に殺されかけたりしたことはある?」
『…ッ!』
その内容に琴里や士道だけでなく周りの精霊達もまた体を固くしてしまう。
答えだけで言えばその危険はある。
かつての士道は六喰との対話の中で、封印して力を取り上げることが結果として精霊を危険に晒す事になると思い悩んだ。事実DEMは何をしたいのか不明な得体の知れない組織で、いつでもラタトクスや精霊の寝首をかこうと奸計を張り巡らせている。
士道は自分がしたいから助けるという答えを出したが、それはあくまで六喰は本気で人と関わりたくないというわけでは無いという前提があったからだ。
本当に人との関りを絶ちたいのであれば地球の周りを漂う事はせずに人力ではやってこれない彼方の星にでも行ったはずだ。
「ああ、やっぱだろうなーとは思ってたけどあるんだ」
彼女は周りの反応を見てさもありなんといった感じだ。想像できない話といったわけでは無かったのだろう。
会話の空気から突っ込まれたくない内容に差し掛かっているのを感じた十香は慌ててセールスポイントを口にする。
「たしかにそういう事もあるが楽しい事もいっぱいだぞ!」
「例えば?」
「ご飯とか美味しいぞ!」
「あ、そう……」
「学校に行ったりするのはいいぞ!」
「それは、そうかもしれないね」
「友達を作って遊ぶのは楽しいぞ!」
「うん、知ってる」
「むぅ……」
「あ、なんかごめん…」
十香は頑張って話題を振っていくのだが、イマイチ盛り上がらない虚華との会話にどうしたらいいのか分からないといった感じだ。
士道は十香の頑張りを見てはいたが、やはり黙っているのは失礼だと感じて正直に話す。
「…何度もある」
「そう、まぁ弱った精霊なんてASTやDEMからすれば格好の得物だろうからね」
相手の返事から彼は一つ引っかかった事があったため質問をする。
「DEMを知ってるのか?」
「何度も命を狙って来たからね。あいつらは精霊だけじゃなくてそれに関わった人も容赦なく狙うような奴らだし」
そう語った彼女の瞳は何か痛みを堪えているようだった。周りにいた人たちはその雰囲気を感じたが相手の機嫌を悪くしてはいけないため黙っていた。
DEMはただ顕現装置を開発出来るという事だけでなく、企業単体で過剰に戦力を保持するなど後ろ暗い事をたくさん抱えている。上に立つ人間は明らかに人が持つ倫理観を逸脱しているし、目的の為であれば精霊のせの字も知らない人間でも容赦なく手をかけるだろう。
「虚華…あのだな…俺は……」
「いいよ封印の件」
「……へっ?」
「どうやるのか知らないけど封印お願い」
相手から到底信じられないようなセリフが出てくる。意外な回答に彼は驚いたリアクションしか出来ない。
命を取られるかもしれないリスクを承知で封印オーケーの同意が出たのだ。
「へ、ホントに?」
「うん、やってみる価値はあるかなって」
琴里は相手が了承した事に信じられないといった感じだ。これまでの会話で封印によって大きく弱体化するデメリットを埋めることが出来る魅力的なメリットを提示出来ていたとは思えなかったのだ。
だが同意が得られるのであればそれに越した事はない。そう考えて彼女は話始める。
「なら士道とデートをしてもらうわ」
「は?」
提示される唐突なイベントに虚華はポカンとしてしまう。