結論から言えば戦闘は一方的な結末だった。
精霊の力の権限である天使の力を解放した虚華がASTの隊員たちを一瞬で畳んでしまったのだ。
そもそも精霊の体を守護する強固な鎧である霊装と、世界の摂理を嘲笑うかのように一切合切無視してしまう天使の力。顕現装置というこれもまた世界の摂理を超える機械持っているASTであっても歯が立たない、部隊は既に半壊して隊としての体裁を保ててはいなかった。
『無事な人は今すぐに撤退しなさい!これ以上の戦闘継続は危険よ!』
部隊のリーダーである日下部はこれ以上の損害を出さない為に撤退の指示を出す。負傷して立ち上がれない人がいる中で見捨てるのは心やはり痛むが、どうしようもない事実に直面したとしても上に立つ人間は必ず何かしらの決断を下さなくてはいけない。
『…………』
その声は虚華にも聞こえてはいたはずなのだが、倒れた人間に対して死体蹴りをするわけでもなければ、背を向けようとする相手に狙いを定めるというわけでもなく黙って撤退をしようとする姿を眺めていた。
(…?…さっきまで挑発して来たのに今度は何もしてこない…?)
その対応に日下部は撤退の指示をしておきながら気持ち悪さを感じてしまう。自分の行った事は間違っているのだろうかとただただ疑いばかりを募らせる。だが現状出来る事はいかにこれ以上被害を出さずに逃げるかどうかだ。
『…………ふん』
『あ』
すると虚華はその場から飛び出して遠くに行ってしまった。それが何故なのかはASTの人間には図ることが出来なかった。
「これはどやされるじゃ済まないわね」
「でも死人は出ていません!…悔しいですけどいつもと変わらないですよ…倒せずに精霊の気まぐれで戦い…が終わるのは…」
隊長である日下部は溜息をつきながらぼやく。部下もまた擁護をしようとするのだが、常日頃から感じている
治療用に顕現装置があるとはいえ、多くの負傷者と戦闘装備の多くを失ったという結果は間違いなく失態と呼んで然るべきものだ。
国民の血税が使われておりお偉いさんや顕現装置を提供してくれるスポンサーに説明する事を考えるだけでこれから気が遠くなる思いだった。
(…なにより……)
精霊はまともに話し合いが通じない破壊衝動を抱えた狂暴な生命体だと聞いていたのだが、あの精霊は死なないようにあえて手加減をしているように彼女は感じた。情報として聞いてはいた事ではあるのだが実際にそれを目にすると高い知性を感じた。
何をすれば戦線をコントロール出来るのか、どう動けば相手は混乱するのか。全て分かって動いているように見えたのだ。
(もしかしたら…)
それこそがかつてASTの先輩たちの心が折れた理由なのかもしれないと彼女は思った。
◎
虚華がロストしてからある程度フラクシナスでミーティングを終えた後、五河兄妹は家に帰ってリビングのソファーで休んでいた。
座りながらも士道は脱力した体勢から気の抜けた声を出す。
「デートかー……」
「何よ、いつもとやる事は変わらないわ。会話して、相手を理解して、そして好感度高めてキスをするだけよ」
「そうなんだが…どうにも気合が入りにくいというか……」
「情けないこと言わない!…と言いたい事だけどあまりにもイレギュラーね」
兄の緊張感のない声に妹は叱責をするのだが、同時に相手のその気持ちも理解が全くできないというわけでもなかったのだ。
これまでの精霊はまず対等な立場で会話をする事がまず難しかったのだ。だが虚華は会話する事に問題はないし、見ず知らずの相手である美九がいきなり抱き着いても機嫌を悪くする事無く対応をしてみせた。
そして力を封印される事を了承して積極的にラタトクスや士道と交流を持とうとしているのだ。これまで狂三のように彼に興味を持って、明確な目的を持って接触を計った精霊はいたが、彼女のような悪意や妖しい雰囲気は一切感じなかった。
つまり虚華は封印される為に自ら理解して積極的にデートをしてくれるという事だ。
『ッ』
『どうしたんだ?』
虚華が何かを感じて小さく声を漏らすのを見て士道は心配そうな声音を出す。相手は何度も経験したであろうある現象だった。
『この感じ…隣界に引っ張られる……』
『ッ…消失ね』
琴里は悔しそうな声で言った。もっと会話をして相手の趣味趣向や会話の傾向などを知りたかったのだが、それも神のいたずらによって強制的に中断させられてしまう。
『士道とのデートは了承してくれるでいいのよね?』
『まぁ…デートがなんで封印に繋がるのかよく分からないけど分かった…』
そう言って彼女はその場から消えた。
「まあ兎も角、虚華はいつ現界してもおかしくないから明日からデートプランとかのシュミレーションを詰めていくわよ」
「分かった」
「一層マイリトルシドーシリーズの続編が求められているようね」
「もっと違う方法はないのかよ!?」
琴里は兄の良いリアクションが見れてカラカラと楽しそうに笑った。彼もまた淡くはあるが笑みを浮かべた、少しだけ心の中にある不安や言いようのない脱力感が少しだけだが消えた。
「今日は休んで明日から緊張感を持って行きましょう」
彼女はそう言って締めくくった。一日だけでいろいろなことがあり過ぎたのだ、少しくらいは休んだってバチは当たらないだろう。
何よりも士道は最前線で一番緊張する役割を与えられているのだ。表面上は穏やかでフレンドリーな感じでも、心の中に何を抱えているのか分かったものではないのだ。まだ相手の真意をつかむには不安な要素や欠けている情報が圧倒的に不足している。殆どゼロからスタートするのも同然だ。
するとそこでインターホンが鳴った。
「こんな時間に誰だ?」
「さぁ?ただこんな夜遅くに迷惑ね」
妹のそのリアクションからラタトクスの資格ではないと安心するのだが、夜遅くに訪ねてくるなど普通ではないため二人は別種の緊張感を持っている。
二人は玄関に向かうとドアノブに手をかけてゆっくりと開く。するとそこにいたのは十香だった。
『十香…?』
「こんばんわだ、シドーに琴里」
二人の驚きと困惑の声にも特段不快に思うなりをするわけでもなく、彼女は夜使うのにふさわしい挨拶をする。
「どうしたんだ…ってこんな寒い中じゃあれだな取りあえず上がるか?」
「いいのか?」
「ああ、丁度琴里とも色々と話し終わった後だからな」
「ん……」
士道の提案におずおずとした感じだったが、その後の色々と聞いてから十香は少しだけ言い出し辛そうな雰囲気を醸し出した。
どうやら虚華絡みで何か引っかかる事や気になる事があるんだなと士道と琴里は思い至った。
「美味い!」
「そりゃよかった」
彼女を家の中に入れて、リビングに配置されている食卓テーブルで十香に向かい合う形で五河兄妹が座るという配置で向かい合っている。ちなみに客人の前にはプリンを置いていた。
プリンを食べる手がひと段落したところで琴里は本題に切り込む。
「それで十香は虚華の事で何か気になる事があったのよね?じゃないとこんな夜遅くに訪ねてくるはずないもの」
「うむ…彼女が話すのを見て何か嫌な感じがしたのだ…それが気のせいであったのならいいのだが…」
彼女の食べる手が止まって、美味しさで先ほどまで緩んでいた表情に真剣みが加わったところで口を開く。
「何と言ったらいいだろうか…かつての私のようにどこか投げやりのように感じたのだ…何かが引っかかる……私の勘違いであるのならいいのだが……」
「投げやり?虚華がか?」
「何かがある…と思うのだ…」
十香のその指摘に士道は彼女の何処がといった感じだった。
普通の人と全く同じとは言わなくても、普通に話せて精霊を取り巻く境遇を理解出来ており、封印による危険性を分かって立ち振る舞っているように感じていたのだ。そこに投げやりだったり、やけくそだったりは少なくとも感じなかったのだ。
だが琴里は何か引っかかるものがあるようだ。
「そうね…でも精霊との邂逅には何があるか分からないわ…気が付かなかっただけで十香だけが感じた何かがあったのかもしれないわ…」
妹その言葉に素直にそうだなとは言えなかった、厳密にはそう言いたくは無かったのだ。
「でも俺には虚華が悪い奴には……」
「…それは同感…でも何年も命を狙われて来たであろう相手がいきなり他人に全部を許してくれるとは思わない方がいいわ…」
信じたい気持ちは当然あるが、長年命を狙われていたであろう相手が、はい分かりましたと簡単に力を手放そうとすることの言い知れない危うさにここで気が付いた。
だがそんな不安など精霊攻略という修羅場を何度もくぐり抜けて来た彼からすれば小さな懸念でしかない。
「前に言ったけどとにかく相手に思い切ってぶつかって理解を深めないとな、もし辛い事や苦しい事があるなら全部体当たりで解決するだけだ。それしか俺には出来ないからな」
「シドーもかつてそうやって恐れずに向き合ってくれたからこそこうして私はここにいられる」
「まあプレイボーイとは程遠いけど、それで救われた人はたくさんいるわ。それでこそ士道よ」
その力強い士道の言葉に十香も琴里もどこか嬉しそうだった。
◎
次の日の朝、士道はいつも通り朝起きて、いつも通り朝食を作って、いつも通りに登校の為に精霊たちの住んでいるマンションに向かっていた。
現状新たに現れた精霊である虚華はまたいつ現れるのか分からなかったため、取りあえず警戒だけしてそれ以外は普段通りに過ごす事となったのだ。
「シドー!おはようだ」
「おはよう」
昨日までの悩みは何だったのかと思ってしまうほどに十香は元気な姿を士道に見せていた。
今日は彼女だけでなく八舞姉妹も一緒に居たのだがどうにも様子がおかしい。姉妹というよりは主に耶倶矢に異常がみられた、いや逆に異常が見られ無かったのだ。
「挨拶。おはようございます士道と十香」
いつも通りの夕弦の挨拶。これは特段問題はない。
「…ぁ…おはよう……」
そして耶倶矢のあまりにも大人しすぎる挨拶。いつもであれば「呵々」などとセリフの枕につけて割と痛めな言動をする。周りからは痛可愛いと呼ばれている独特な愛嬌を生み出すのだが、今日は何やら気落ちしている様子だった。
「ああ…おはよう二人とも……」
「む?おはようだがどうしたのだ?」
耶倶矢の異常、いや正常ぶりに同然二人は気が付いていた。いつもの無駄に元気な中二病ガールはどこにいったのかと。
「…え?何を言ってるのかな?私はこれが普通…これが普通…コレガフツウ……」
『…………』
だが耶倶矢はその指摘を受けても虚な瞳で自分に言い聞かせる様に呟くだけだった。
そのあまりにも異常な光景に士道と十香は黙り込んでしまう。
「実は―」
すると二人の傍に寄ってきた夕弦は耶倶矢には聞こえない大きさのひそひそ声で何があったのかを話始める。
どうやらあの日、虚華に中二病的なふるまいは黒歴史であるとハッキリ言われてからどうにも調子が上がらないとの事だった。
これまでは周りがいくら思っていてもどこか容認していた、それもまた彼女の魅力の一つだと否定することなく納得をしていた。
だが虚華はそんな周りの人達が全力で守ってきたガラスのように危ういバランスで保たれていたハートを無造作に踏みにじってしまった。
彼女はそこまで悪意があったわけじゃないのかもしれないが、こういうのは自分がどう思っているのかではなく、相手にどう思われたのかが大切なのだから。
「なるほど…それは…そうだな……」
士道はそんなことは無い…とは言うことが出来なかった。何故なら今の彼はかつて中二病だったころの自分をネタにされて琴里にいじられているのだから。なによりも中二病が恥ずかしい事であるという自覚があるのだからこそ彼は卒業したのだ。
そう考えると傷口が広く、そして深くなる前に卒業するように促した虚華はまだ良心的なのかもしれない。そんな知り合いを彼は欲しかった。
自分で気が付いて直すのであればそれは問題無いのだが、士道には今の彼女は無理して抑え込んでいるだけのように見えている。
事実として無理をしているし、これ以上精神が乱れれば何が起きるか分からない、そんな事務的な理由だけでなく士道自身もただただ彼女には無理をして欲しくないのだ。
「そういえば聞きそびれていたのだが中二病とは何なのだ」
「心の病」
「なっ…!…耶倶矢は病気なのか!?治さなければ!」
「やっ…今のは忘れてくれ」
こんな時のピュアな十香の優しさがとても辛い。いじられているのは耶倶矢のはずなのに士道もまた辛く、そして恥ずかしくなってしまう。
なによりそんなやり取りを聞いていた耶倶矢は昨日と同様に泣きそうになってしまう。
そんな姿を見ると何か声を掛けなくてはと考えてしまう。
「…なぁ耶倶矢……」
「…はい、何でしょうか?」
「うおおぉ……」
ものすっごく畏まった口調に士道は怯んでしまう。これまで素の口調が出てしまう事は何度かあったのだが、今の彼女はそのどれにも当てはまらないキャラになっていた。
だからといって彼は怯んでばかりもいられない。傷心の精霊をフォローするのは彼に課せられた責務なのだ。
「耶倶矢あのだな、そんな無理をしてもだな」
「無理?何のことでしょうか?」
どうやら彼女はよっぽど意固地になっているようだった。
「虚華に言われたからって無理して自分を変える必要なんてないんだ」
「虚華?誰の事でしょうか?」
「いや虚華を記憶から抹消するな」
中二病という事実を抹消しただけでなく、その心を抉ってきた張本人すらも記憶から抹消しようとしていた。
「うむ…やはり耶倶矢が無理しているのは見ていて辛いぞ……」
「肯定。大人しくいつもの口調を出すまいと戦々恐々としているだけの耶倶矢など見たくありません」
そんなやり取りを傍から見ていた十香は心配そうな声を出す。そしてそれに呼応して夕弦も辛そうな表情に。
「む…っ…ううっ……」
相手の悪意のないそんな心配を真正面から受けて、流石の耶倶矢も無視することが出来なくなってしまう。
他者の言う事をここになって耳に入れることが出来るようになった彼女を見計らって、士道はここで自分の意思を伝えようとする。
「いずれどうなるかは別としてさ、今くらいは自分の本心に正直でいいんじゃないか。それで結果として辛くなったら相談してくれていいから」
「そうだぞ!困ったらいつでもだぞ!」
「同意。耶倶矢が苦しいのであればいつだって胸を貸します」
そんな彼の意見に同意するかのように乗っかる二人。耶倶矢の事を心配する気持ちは決して偽りではない本心だ。
因みに夕弦は胸をドンと見せつけていた、それは姉妹の片割れには存在しない男の視線を釘付けにするそれだ。それが相手に発破をかけるためわざとであるのか、それとも相手の事を考えて無意識下で出てしまったものなのかは彼女にしか分からない。
「…~ッ!」
裏のない疑いようのない優しさを受けて彼女は唸ってしまう。
「…………呵々っ」
『!』
すると耶倶矢の口から使用率の高い単語が飛び出してきて三人は驚いた雰囲気を出す。
「我は風に愛され支配に置く者!かの女の言葉で揺らぐほどやわでは無いわ!!」
(((揺らいでただろ)))
勢いを取り戻した彼女を見て三者がそれぞれそう思った。
虚華を忘れようとするのは止めたが、次は自分にとって都合の悪い事を忘却しだした。脆く崩れやすいお豆腐メンタルガールだった。
◎
朝の一件こそあったがその後は特に問題のない学校生活を送っていた。
だが士道は授業にあまり集中できていなかった。眠たかったり、体調が悪いわけでは無い。今の彼の脳内の思考のリソースの大半はある事で埋め尽くされているからだ。
「…士道」
「…………え?あ、何だ」
隣の席に座っている折紙に名前を呼ばれて彼は驚いて顔を上げて声の主に視線を向ける。無表情ではあるのだが、前の世界の事と合わせてもそれなりの長さの付き合いになるため、相手が心配そうにしているのは彼も分かった。
「授業が終わってからもう三分も経っている、次は理科室に移動」
「え、あっ、そうかそうだったぼーっとしてた…」
「やはり虚華の事か?」
「…………」
折紙が心配こそしているがやんわりとした対応をする反面、十香は周りが自分たちの会話に注目していないのを確認してからストレートに尋ねた。
「ああ」
彼は素直に認めた、ここで無理に隠そうとしても不安がらせるだけで害だけで益は無い。そもそも精霊達にはバレているし、朝も虚華の話題が出たからだ。
「昨日十香に言われた事がどうにも頭から離れなくてな」
「?十香が?」
当然折紙は昨日の件を知らないのだからオウム返ししか出来ない。
「あの後うちに来て、虚華の事で気になる事があるって言われて…」
「気になるって?」
「虚華が投げやりのように感じたって」
それを聞いて折紙はふむ…と言った感じで何かを考え込む。
士道はそんな姿を見て問いかける。
「何か折紙も思う事があるのか?」
「いえ…無い…けど彼女が私のようにファントムから霊結晶を与えられていないのであれば、あれだけ話せて考えられるという事は何処かで人間社会の事を学んでいるはず」
「そういえば二亜の『SILVER BULLET』の事も知ってたよな。それに中二病がどうこうとか百合っ子とか言ってたし、サブカル知識も豊富そうだった」
精霊マンションに来た際も多少至らない点はあったものの、彼女は基本的に落ち着いて闊達とした対応をしていた。少なくとも霊結晶を与えられていない、元人間では無い精霊にはあまり見られ無かった、それこそ狂三のような人間慣れした対応だった。
「こうして落ち着いて生活している今でこそ思うのだが…もし私が最初にシドーに霊力を封印すると言われたら…素直に首を縦に振れたか分からない…もしかしたら警戒してシドーを拒否したかもしれん…」
「十香……」
十香は落ちつた声音であったが少し苦汁を滲ませた表情でそう言った。
だがそう思ってしまうのも仕方のない事だ。当時自分に関わってくるのは命を狙ってくるASTの隊員だけで、身を守ってくれる要である天使と霊装を奪うと言われてはい分かりましたとはならないだろう。
かつての士道は封印の事など全く知らず、ただあの時は必死に相手の事を考えて理解しようと必死だっただけだった。だからこそ彼女も心を開いてくれたのだ。
力を失って以降はラタトクスが保護する約束とはいえ、そもそも己の身を脅かす存在に対して完全に守れていない事は分かっている、それでも封印の道を殆ど迷いなく選ぶのは普通では無かった。
推測でしかないのだが、虚華もまた他者から強い拒否を受けて生きてきたはずだ。
「…………」
そこまで考えると士道はこれから相対するであろう相手がとても異質な存在に思えてしまった。だからと言ってビビってなどいられないのだが。
「シンちょっといいかな」
「うおっ!」
「いつの間に……」
「気配を感じ取れなかった…」
すると彼の背後から声がかけられる。それに驚いたのは彼だけでなく、折紙と十香も話に夢中でその相手の気配を感じ取れなかった。
三人の傍にいたのはこの学校の教員であり、またラタトクスの構成員の一人でもある村雨令音だった。
いつまでも驚いているのも失礼なので気を取り直して質問をする。
「令音さん、何かあったんですか?」
「いやね、シンにお客様が来たから今は物理準備室に通していてね」
「客…琴里ですか?」
彼は自分の思いつく限りあり得そうな予測を口にする。この時間帯にやってきて、令音に話が通っていて、そしてもはや秘密基地と化している場所で待っていると聞いたら彼が思いつく解答は一つだろう。
だが令音は首を横に振って否定する。
「違うんですか」
「半分正解だ、彼女も来ている」
「誰が……」
相手の言い方に、もう一人の来訪者が誰なのか分からなくなってしまう。
一方で折紙は訪ねて来た相手が分かったようだ。
「まさか…」
「想像の通りの相手だよ」
「誰なのだ?」
令音は相手の思考を察する。十香はいまだに分かっていないようだった。
そして令音は教室まで士道を呼びに来た答えを口にする。
「訪ねてきたのは虚華だよ」