攻略が楽勝過ぎた精霊   作:高町廻ル

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ノープランで行こう

「っは……出来た…静粛現界……久しぶりだけど出来てよかった……」

 

 虚華はとあるビルの真ん中に突っ立っていた。

 これまでは己の意思とは別に隣界から引きずられるように地球にやってきていたのだが、今回は自らの意思で士道に会うためにやってきた。

 屋上にある柵越しに下を見ると多くの人達が道を歩いているのが彼女の視界に映った。

 

「……こうやって歩いている人達を見るの久しぶりだなー…」

 

 当たり前の日常を過ごしている人たちがいた。

 だるいなーとか考えながら学校や職場へと歩く人たちがいた。

 朝のさわやかな空気に当てられて、いい事がありそうみたいな根拠のないポジティブに浸る人たちがいた。

 そしてそれらの日常はこれからもずっと続いていくと何の根拠もなく思っている人たちが沢山いた。

 

「いいな……」

 

 彼女は少しだけ潤んだ瞳でそう言った。瞳には目の前に映る風景だけでなく、かつて映っていた何かも映していた。

 

「とにかくラタトクスとコンタクトを取らないと、そう言えばあのマンションって精霊が住んでたはず……行くか」

 

 そう言って次の行動方針を決め、そして屋上から下の階段に繋がる扉に向かおうとするのだがそこで自ら服に気が付いた。

 

「うわまずい…っと」

 

 そう言うと彼女の霊装が輝くと、先ほどまでのドレスに白衣という異質な装いから、白いシャツの上に茶色いコート、ジーンズ、おしてキャスケットという落ち着いたシックな感じの服装に早変わりした。

 

「制服やスーツの人達がいたから平日っぽいけど…この服なら職質とかされないよね…?」

 

 そんな事を言いながら建物の外に出るために行動を起こす。

 

 

「着いた、多分ここだ」

 

 短期間の邂逅した時の記憶を頼りにしながら昨日のマンションにたどり着いた虚華。前に来たときは暗かったためある程度しか分からなかったが恐らく間違いはないだろうと考える。

 精霊として備わっている身体能力を極力使わずに徒歩で目的地まで行った。下手に目立つ行動を取ったり、霊力を使うとASTに捕捉されるか空間震が発生してそれどころではなくなるからだ。

 

「平日だけど不在とかじゃないよね…?」

 

 そう言いながら彼女は施設の中に無造作に入る。

 今頃は監視カメラにいきなり前兆もなく未封印の精霊の姿が映ったものだから、フラクシナスや地上にあるラタトクス関連の施設はすったもんだになっているはずだ。

 一方でそんな事など知りようのない彼女からすれば対応が遅いなくらいにしか思えない。

 

「ここで間違ってないよね?」

 

 初めて訪ねた際は夜中だったため、いまいち記憶が不明瞭になってしまっているためか不安になってしまう。

 すると奥の扉からガチャリと言う音が聞こえる。

 

「……誰?」

「ラタトクス機関の者です。今は司令が不在なため少しだけ待ってはもらえませんか?」

 

 スーツを着た人間が現れて、極力丁寧かつ棘を感じさせないように気を遣っているのが分かる感じて話しかけてくる。

 

「はい、今は学校ですもんね。分かりました」

 

 これはある程度予想が出来る事だったため、素直に了承する。相手はその対応に少しだけ緊張感が抜けた面持ちになる。士道のように未知の恐怖に応対できる神経など普通の人間は持っていないのだ。

 そんな事は虚華も分かっているためか、目の前の相手に恐怖の対象として見られていたとしても特段傷つきはしない。きっと士道だが特別なだけなのだ。

 

「ここで待っていればいいですか?」

「それは……」

『今から士道の通う学校まで案内するから付いてきてもらえるかしら』

 

 彼女の質問に対してそこまで考える余裕が無かったのか言葉に詰まってしまうのだが、そこでスピーカーから琴里の声が響く。

 どうやらこのイレギュラーな事態でも素早く学校から抜け出したフラクシナスに乗り込んだようだった。

 

「妹さん、いや別に学業を優先してもらっても…そこまで迷惑をかけるわけにはいかないし……」

『静粛現界したならあなたはまだASTに捕捉されていないわ、デートするならこれほど条件がそろっている事はそうないわ』

「デートて…」

 

 学生の本文は勉強である事など百も承知ではあるのだが、この機会を逃せば次に邪魔が入らないベストコンディションでデートができる機会はそうないだろう。

 何よりも封印の具体的な方法は教えていないが、一応デートに対してある程度前向きでいてくれている相手に深い事を考えさせる時間を与えたくないというのもあった。冷静に考える時間を与えて無駄に詮索をされて非協力的になられても困るのだ。

 

「…学校の皆さんに迷惑が掛からないなら…」

 

 あまり気は乗らないようだったが、相手の提案なのだから彼女は首を縦に振るほかない。

 

 

「本当に一体何なんだっ」

「すまない、授業前だというのに呼び出してしまって」

 

 士道と令音は学校の廊下を早歩き、ちょっと走ってそうだけど言い訳次第では歩いているとも言えなくもないスピードで疾駆していた。走る中で令音からインカムは受け取っている。

 彼の直感でしかないのだが、虚華は意味もなく人を傷つけるような存在ではないと思ってはいるのだ。それでも何か一つでも間違えればこの学校にいる多くの人達に被害者が出かねない。

 

「妹さんの入れる紅茶って凄く美味しい」

「このくらいレディの嗜みよ、コツはお湯で蒸らして最後の一滴まで出し切る事かしら」

 

 物理準備室の扉を開けるとそこには机に座って紅茶とお菓子を楽しんでいる虚華と琴里の姿があった。

 二人のほのぼのとしたやり取りに、うっかり士道は緊張感が削がれてずっこけそうになってしまうのだが何とか気合で踏ん張ってみせた。思っていた以上に攻略対象がフレンドリーだった。

 部屋に入ってきた相手に気が付いた虚華は椅子から立ち上がって頭を下げた。

 

「ごめんね士道、授業中に呼び出す気は無かったんだけど…」

「あぁ、大丈夫だ。それより警報が鳴らなかったんだが空間震は……」

「気合で静粛現界」

「そんな事が出来るのか……」

 

 何というかあまりにもあっさりと言うものだから呆れるほかなかった。

 そこで相手の背後にいた琴里が自分の服を指さして何かのジェスチャーをしていた。

 

(制服…?)

 

 彼は何故妹が中学の制服をここで見せつけているのかその意図に気が付かなかったのだが、ボケッと考えている内に大事なことを思い出した。

 オシャレ目的なのか、霊装を着て街中にいるのをおもんばかったのかは不明なのだが、普通の人間らしい装いをしていたのだ。十香が見よう見まねで来禅高校女子用制服を模写していたため、それと類似した技術だと考えられる。

 

「虚華のその服良いな、似合ってる」

「ん?そう?霊装でぶらつくと目立つからなんだけどありがとう」

 

 オシャレ目的ではなかったようだが機嫌はよさげにしている。服飾のチョイスを褒められて悪い気はしないという事か。

 そしてサラッと言ったがあいては霊装が街中では普通ではないという常識自体は備えているようだった。

 

「えっとここに来た理由というか…一応昨日した約束の件なんだけど」

「ああ、そうだった。その…えっとデートなんだよな…」

 

 改めてデートしますよと言われると流石にこれまで幾度となく修羅場を経験して慣れてきた彼でも恥ずかしくなってしまう。

 それと同時に彼が考えたのは学校にどのように説明しようかという事なのだが、その思考を察してか令音がフォローを入れる。

 

「シン、学校の事はこちらで処理しておくから行ってくるといい」

「ありがとうございます」

 

 決して気兼ねなくとは言えないが、取りあえずここから彼の仕事が始まるのだ。精霊をデレされてキスをして力を封印するという世界を掛けたデートが始まる。

 

 

(いざデートをするといっても何も考えてなかった)

 

 虚華を引き連れて街中に繰り出したのはいいものの正直ノープランだったのだ。これまで無計画だったり、アドリブまみれのデート自体は別になかったわけでは無いのだが、虚華のある一言が彼を追い詰めていた。

 

『せっかくだからラタトクスの仕込み抜きで遊びに行こうよ』

 

 彼女はいたずらっ子のように下をちろりと出してそう言ったのだ。彼女には士道の後ろ盾の組織の正体は既に筒抜けだ。

 前に琴里が力を逆流させて封印が解けた事があった際も、何をやってもラタトクスの意図でしょうと指摘された事があったのだ。

 実際の所、あれは琴里が恥ずかしくて素直になれないための照れ隠しであったが、やりにくいことには変わりない。

 

(気まずいわけじゃないけどだんまりは不味いよな……)

 

 今話題を提供しなくては後々話題を切り出しづらくなってしまうのは間違いないため、何とかしなくてはいけないと少し焦ってしまう。

 ふと歩いていた彼の視界にファミレスが映った。そこから彼が連想したのはこんな一言だった。

 

「あ、そうだ、食事とかどうだ?」

「お腹空いてるの?まさか朝を抜いたとか?」

「……いやそうじゃないんだけど」

「……あ…もしかして要らない事を言っちゃった…?」

「いや思い付きだからそんなわけじゃ……」

 

 忘れそうになるが今は十時台、本来であればまだ二限目の授業を受けているはずなのだ。よほどの腹ペコ早弁マンでもない限り空腹になる時間帯ではないだろう。

 彼の中では基本的に精霊というのは大なり小なり食べ物につられやすい気質を持っている。少なくとも彼はそう思っていた、だが思えば食べるのが好きというよりは彼が腕を振るって用意してくれたり、一緒に居られる時間が好きなのかもしれない。

 料理を作るという行為は相手のことを考える行為の一つなので、自分の事を考えてくれるその事実そのものが嬉しいのだ。

 士道はそんな心の機微など気が付きようもない。

 

「あれって何?」

 

 二人の間に流れる雰囲気が気まずくなったのを察してか、虚華は目に入った物を質問する。案外行動原理は似ている二人なのかもしれない。

 

「あれはタピオカミルクティーだよ」

「タピオカって何?」

 

 虚華はタピオカという単語にピンとは来ずに首をかしげる。どうやら最近流行ったものには疎いようだった。

 

「前に気になって調べたんだが、芋の一種らしいな。美味しくて甘いって結構流行ったんだよな」

「ほー、いつの間にかそんなミルクティーが流行ってるんだ」

 

 店先のサンプル品を彼女はまじまじと見て興味深そうにしている。ミルクティーは知っているがそれに浮かんでいる謎の黒い粒に興味津々な様子だ。

 

「とは言っても全盛期よりは廃れているんだけどな」

「悲しい…やっぱり永遠なんて無いんだ……せっかくだから買お…う…」

 

 そこで彼女の言葉が詰まってしまう。士道はそんな様子に不審さを感じる。

 

「どうした?」

「お金持ってない……」

「あー…ラタトクスからお金は貰ってるから気にしないでくれ」

 

 他人からお金を用意してもらっているなど男の面子的には口にするべきではないだろうが、金銭面で不安がっている相手を安心させることが出来る一言はこれしか思いつかなかったのだ。

 

「美味しい…んだけど甘すぎる…喉が焼けそう…」

「そうか?口に合わなかったか?」

 

 二人分のそれを買ってその場で立ち飲みしたのだが、士道とは違って虚華は口に広がる味に難色を示した。機嫌が悪いというわけでは無いものの気分が良さそうとは言い難いそんな感じだった。

 

「……嫌いなら無理して飲まなくていいんだぞ」

「でも飲み切らないとせっかく買ってもらったのに勿体ない」

「そうだとは思うけど…でも無理してまで飲むことは無いと思うが…」

 

 お金を払ってもらったのに廃棄してしまうのはあり得ないという彼女の理論には、常に家の台所や冷蔵庫を取り仕切る士道にとってはとても共感できる理屈ではある。

 しかし口に合わないものや嫌いなものを無理してまで喉に通して欲しいとまでは思ってはいない。

 そんな事を考えている間にも彼女はストロー越しにちびちびとだが飲んでいる。しかしその表情には苦悶が滲んでいる。

 

「甘すぎる…どうしよう…よく士道は飲めるね……」

「…そんなに驚くようなことじゃないと思うが……」

「じゃあ……」

 

 彼女の持っていた透明なカップに入ったそれをずいっと相手に向ける。その行動に最初彼は何をされているのか分からなかった。

 

「…?…何を……」

「あげる…っていうか元々士道のお金だけど…捨てちゃうのは勿体ないでしょう」

「ぅ……」

 

 相手の意見におかしなところは特にないのだが、士道は節約とか勿体ない精神よりも頭に浮かんでしまった事があったのだ。

 間接キスという相手の口を付けたものに己の唇を付けるという行為だ。普段であれば何とか表情に出さないようにする事も出来たのかもしれないのだが、今は精霊とのデート中であり、キスによって相手の力を封印しなくてはいけないという使命を課せられた彼には否が応でも唇関連の事を意識してしまうのだ。

 

 

「……?…ああそういう…」

 

 士道が自分の差し出した飲み物に躊躇いを見せているのを最初は不審に思ったが、すぐさまその理由におおよそのあたりをつける。

 

「あれだけ女の子に囲まれているのに間接キスで動揺するの…?まさか経口部分の細菌を気にするような潔癖症じゃないんだろうし」

 

 彼女の嘘でしょ?みたいな反応にうぐ…と詰まってしまう。その反応に士道は少しだけカッとなるが、口から出るのは極力棘を無くした感じの声音。

 

「わ、悪いかっ?」

「いや別に悪いわけじゃないけど純情すぎると思うよ。女なんてよほど大嫌いな相手じゃない限り間接キスで気持ち悪がったり、勘違いとかしないから。もしかして意外と女性に夢見がち?」

「夢見がち…?」

 

 呆然としている相手を見てどう説明したらいいのか悩んでいる感じて首をかしげていたのだが、すぐに思いついたことを彼女は口にした。

 

「例えば…そうだね…性欲は男だけで女性には存在しないと思っているとか」

「せ、せいよく」

 

 その一言に彼は衝撃を受けた、目の前の女の子からそんな単語が出た事もだが。

童貞の彼には自分の中の昂ぶりを自覚することは出来ても、相手の中に存在する快楽に関連するリビドーの事など想像できるはずもない。

 

「いやそんなはずは―」

 

 脳裏に浮かぶのは彼にとっての純情さの塊である十香。

 その幻想を守るために何とか否定しようとするのだが、そこでふと脳裏に浮かんだのは鳶一折紙、何の脈絡もなく下着を脱いだり媚薬を飲ませてくる精神異常者だった。

 そして彼女は相手の言葉が詰まった事を見逃しはしなかった。

 

「心当たりあった?」

「……………………」

「まあ取りあえず飲みなよ」

 

 士道は黙って力なくうなだれた。

 そして二人分のタピオカミルクティーを飲んだ。とても美味しかったはずなのだが、幻想を砕かれて動揺している彼の記憶にはいまいち定着しなかった。

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