艦船達にまともな服を着せたい   作:本間・O・キニー

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ユニコーンにまともな服を着せたい

 固く、その身を閉ざしていたつぼみが、春の陽気に包まれて少しずつ綻んでいくように、その少女は小さく微笑んだ。

 

 ユニコーン。妖精のような白い衣を身に纏い、幻想的な紫の髪を長く伸ばした幼い少女。ちょこんと垂らされたサイドアップが愛らしさを強調している。胸元で固く抱きしめられたぬいぐるみは、彼女の内気な心の表れにも見えた。

 つい少し前まで、その顔は緊張と警戒心に覆われていた。だが今は、その瞳には安心感と好奇心が浮かんでいる。それが好意に変わるまで、それほど時間はかからないだろう。そんな予感がした。

 

 やれやれ、上手くいきそうだ。心の中でこっそりとため息をつく。幼い部下との初顔合わせは、いつでも気の抜けない戦いだった。

 

 艦船(KAN-SEN)は強大な力を持った兵器である。だがどういうわけか、彼女たちの多くは、その力と不釣り合いに幼い心と体を持って生まれてくる。目の前の少女、ユニコーンがそうであるように。

 そんな不安定な子らを従え、導くために、指揮官には彼女らの信頼を勝ち取る義務があるのだ。

 

「あのね、お兄ちゃんって呼んでもいい?」

 

 唐突な要望。しかし、俺は笑顔で頷いた。先程まで、扉の影から覗き込むだけだった子が、自ら「お願い」をしてきている。大きな進歩であった。

 この流れのままに、一気に距離を縮めたい。逸る気持ちを抑えつつ、ゆっくりとユニコーンの方へ歩み寄って行く。

 

 この時、俺は油断していた。どうしようもなく。彼女は幼い子どもだと、まだ咲きかけのつぼみだと、そう信じていたのだ。

 だが、間違いだった。不意に、それまでの奥手な雰囲気を覆すように、ユニコーンは勢いよく駆け寄ってくる。ずっと抱えられていたぬいぐるみが、無造作に放り捨てられる。その裏に隠されていたものが、開放される。

 

 薄い。あまりにも薄すぎる白い衣。肌の桃色までが透けて見える、服としての機能を放棄したような有様。そして、その薄衣に包まれた胸元は、幼い少女という印象を消し飛ばすほどに、確かに女性を主張していた。

 彼女はつぼみなどではなかった。彼女のその一部分は、十分に実った果実だったのだ。

 

 

 

 そして、もはや何度目かも分からない悩みに俺は囚われていた。

 相手はアンバランスに育っている部分があるとはいえ、幼い少女だ。

 誘惑に負けて、そんな少女の白桃に手を出してしまえば破滅。かと言って、正面から「乳が透けてるから服を着替えろ」などと命令してしまえば、幼女趣味の色情魔の誹りは免れない。

 

 やはり今回も他に道は無い。たとえ幼い少女に向けて悪逆非道の限りを尽くそうとも、彼女がまともな服を着ざるを得ない状況を作り出すのだ。

 そうして俺は、幼い少女を陥れる計画を練り始めた。

 

 

 

 香ばしいスパイスの香り。トロトロに煮込まれたチキン。そっと甘みを添えている野菜。無心でスプーンを動かし、カレーを口に運ぶ。

 流石はベルファスト謹製の料理。子供向けの甘口でありながら、大人にも物足りなさを感じさせない、まさに一流の味であった。

 

 別に目的を忘れて昼食に夢中になっていたわけではない。これも策の一部だ。

 右手を動かし続けながら、ちらりと視線を前に向ける。そこには俺と同じく、黙々とスプーンを往復させている少女がいた。

 ロイヤルレディと呼ぶにはまだ遠い、拙い食べ方。カレーがたまに飛び散って、周囲を汚している。それこそが、俺の狙いだった。

 

 カレーで服を汚させる。着替えさせる。大勝利。策はシンプルに限る。

 しかし、それだけでは足りない。過去の苦い記憶が蘇る。ただ着替えに行かせても、似たような服で戻ってくる。その可能性は捨てきれなかった。

 だから、もうひと押しする。

 

「ユニコーン。食べ終わったら、着替えて来なさい。昼からは母港の屋外施設を見て回るから、暖かい格好でね」

 

 こう言っておけば、きっとまともな布の服が出てくるだろう。俺は安心して、カレーに意識を戻す。

 そして、二皿目を平らげ、食後の紅茶を楽しんでいる間に、着替えをしたユニコーンが戻ってきた。

 

「えっと、ユニコーン? なんでさっきと同じ服なんだい?」

「違うよ? これ、さっきのより、ちょっと薄いの」

 

 状況は悪化していた。

 

「他に、もっと厚くて暖かい服は」

「持ってないよ? ユニコーン、暑いの苦手だから……」

 

 正直、この結果を想像しなかったと言えば嘘になる。今までの経験が、走馬灯のように脳裏をよぎった。

 でも信じたかった。こんな幼い少女ですら服のレパートリーがあんな風だなんて、思いたくなかったんだ。ひっそりと心の中で、俺は泣いた。

 

 

 

 次なる作戦。ユニコーンに外套を着せてあげる作戦。それは、意外なことに上手く機能していた。

 いや、普通はこんな簡単な事が失敗する筈はないのだが。何故か俺の脳裏には、外套が突然破けたり暖炉に飛び込んだり次元の狭間に消えていく光景が浮かんでいたのだ。一種の呪いなのだろう。

 

 それはともかく、外套に身を包んだユニコーンとの母港めぐりは、実に順調に進んでいった。

 演習場を見学した。砂浜で波と戯れた。購買部を冷やかして回った。噴水に腰掛けて、一緒にジュースを飲んだ。ユニコーンは、好奇心のままにあちこちを歩き回り、気になる物を見つけては、星空のように煌めく瞳で眺めていた。ちょっとした事でも驚き、喜びの顔を見せた。

 そうしていると、本当に無邪気な幼い少女であった。

 

 そんな楽しい時間も終わり、執務室へと戻ってくる。分厚い扉を引き開ける。そこで、違和感に気付いた。

 暑い。室内から熱気が漂ってくる。暖房の全力稼働する音が響いていた。慌てて操作パネルに向かい、設定温度を下げる。サウナにでもなったかのような空気に囲まれ、汗をぬぐう。

 先ほど部屋を出るまでは、こんな事にはなっていなかったはずだ。何が起きたのだろうか。訝しんでいると、背後から申し訳無さそうな声をかけられた。

 

「ごめんねお兄ちゃん。帰ってくる時、寒いかなって思って、ユニコーンが温度を上げておいたの。もしかして、やりすぎちゃった?」

 

 なるほど。幼い少女のささやかな気遣いが、少々加減を間違えてしまったという事か。それなら仕方ない。悪気は無いのだから。とはいえ、軽く注意しておいた方が良いだろうか。

 どのような態度を取るかを決めかねたまま、とりあえず振り向いた。振り向いて、しまった。

 

 未だに室内には熱が残っている。冬服でいるには暑く、汗が滲む。そんな中に、薄衣一枚に外套を重ねた、暑がりだという少女。

 もはやその布は、完全に服としての役割を失っていた。はだけた外套の間から、濡れた布越しに、裸同然の胸元が覗いている。その瑞々しさを増した肌色の膨らみは、ただただ暴力的であった。抗う事もできずに、俺の意識は絡め取られていく。

 またしても、油断していた。

 

 我に返ると、こちらをじっと見つめる少女と目が合った。外套は既に、床に投げ出されている。汗まみれの上半身を再び視界に入れないよう、意志力を振り絞る。

 幸いにも、ユニコーンは何も理解していない様子だった。俺がずっと視線を注いでいた意味も。その先にあったものも。

 不覚を取ってしまったが、まだ終わってはいない。次の手を考えねば。そんな事を思っていた時だった。

 ふと、恐ろしい考えが頭に浮かんできた。

 

 本当に、あれだけの醜態に、気付かれていなかったというのか?

 一度芽生えた疑念は消そうと思っても消せず、様々な疑問が浮かび上がってくる。いくら子供でも、エアコンを全開になどするだろうか? 同じ服しか持っていないなんて事があるだろうか? 二度の不意討ちは、本当に意識していない偶然なのだろうか?

 本当は、全て見通した上で俺を弄んでいるのではないか?

 

 仮にそうだとしても、俺にできる事は変わらない。ただ、警戒は必要だろう。これが取り越し苦労なら、それに越したことはないのだが。

 得体のしれない不安感を振り払うように、俺は電話を取り出し次の策を開始した。

 

「もしもしベルファスト、この母港に母校を作ろう。もちろん制服を決めて」

「ご主人様の考えていらっしゃる事はだいたい予想ができますが、無理です」

 

 会心の策は、三秒で潰えた。

 

 

 

 スピーカーから大音量で、キラキラした少女の歌声が響き渡る。会議用の大型スクリーンが、ヒラヒラ衣装の少女の決めポーズを映し出している。カーテンは閉じられ、照明は落とされ、薄暗い室内にあるのは音と画面の光だけ。

 今、執務室は俺たち専用のミニシアタールームと化していた。

 

 少女が好きなものと言えば、アイドル。そんなイメージでそれっぽいアニメを視せてみたのだが、想像以上に効いたらしい。ユニコーンは食い入るように画面に没頭している。毎晩のように女児向けアニメの良さについて熱く語っていた軍学校時代の同輩に、今だけ感謝の気持ちを捧げたい。

 

 画面に目を戻すと、アイドルの少女が愛の歌で悪の親玉を改心させていた。アイドルってこういう事もするのか。エンディング曲がフルで流れ、画面が暗転。上映が終了する。

 

「ユニコーン。楽しかったかい?」

 

 確認するまでもない、単なる話のとっかかり。

 ゆっくりと部屋を明るくしながら、ユニコーンの様子をうかがう。少女は余韻に浸りつつも、どこか寂しそうな顔をしていた。楽しい夢から覚めたときの名残惜しさのような。今がチャンスだった。

 

「そうだユニコーン、君に贈り物があるんだ」

 

 疑問を顔に浮かべて振り向く少女の前で、俺はショーを始めるかのような笑顔を作った。用意していた箱を開け、中身を広げて見せる。

 

 出てきたのは、星空を映し出したかのような深い青色の衣装。それを金のラインが飾り立てている。そして胸元を隠すきらびやかな装飾。まさしくそれは、アイドル衣装であった。ベルファストは実に完璧な仕事をしてくれたようだ。

 指示より少し露出が多い気もしたが、まあ許容範囲だろう。

 

「君にぴったりだと思うんだけど、どうかな。着てみてくれないか?」

 

 アニメ視聴で憧れを煽り立てた後で、このプレゼント。夢見がちな少女なら着ずにはいられないだろう。ベルファストに土下座して頼んだ甲斐があったというものだ。

 勝利を確信し、笑みを浮かべて、ユニコーンへと視線を向ける。少女の顔は、今まで一度も見せなかったような表情をしていた。

 

 一言でいうと、ドン引きしていた。

 

「お兄ちゃん、なんでこんなサイズぴったりの衣装があるの? いつ作ったの? 気持ち悪い……」

 

 そうか。女性は普通、男からサイズぴったりの服を贈られたら気持ち悪がるものなのか。

 冷静に考えていれば、その結論にたどり着けていたかもしれない。しかし、焦りと不安、自分が狩られる側かもしれないという恐怖が、俺の思考を曇らせていたのだろう。迂闊だった。

 

 とにかく、このままでは目的を果たすどころか、変質者のレッテルを貼られかねない。衣装を慌ててしまい込み、考える。しかし猶予時間は僅かだった。浮かんだアイディアは、一つしか無かった。

 

「いやな、プレゼントの内容をベルファストに考えてもらったら、あいつ少し張り切りすぎてしまったみたいだ。忘れてくれ」

 

 ごめんなさい。この埋め合わせはなんでもします。

 

 

 

 何を考えるともなく、椅子に身を預け、天井を見つめていた。

 気付けば窓から夕陽が差し込んできている。赤く染まった室内はどこか物悲しく、俺の心を映し出しているようにも見えた。

 負債ばかりが増えていく。ユニコーンの開放的な服をどうにかする事もできていない。万事休すであった。

 

 ふと違和感を覚える。ユニコーンの姿が見えない。小柄な子だから、どこかの影に隠れているのだろうか。立ち上がり、ゆっくりと室内を歩き回る。目当ての姿はすぐに見つかった。

 彼女は応接用のソファーの上で、静かに寝息を立てていた。色々あって疲れが溜まっていたのだろう。それはいい。問題は別にあった。

 

 意外と寝相が悪いのだろうか。彼女の纏う服とも言い難い薄布は、乱れに乱れていた。裾は盛大にまくれ上がり、その簡素な下着も、滑らかなお腹も、全て露わになっていたのだった。

 軽く浮き出た肋骨のその先、急峻な丘のふもと部分が、たるんだ布の塊の下から少し顔を覗かせている。

 

 再び頭の中の声が囁いてくる。寝相の悪さだけでこんな事になるはずがない。これは罠だ。卑劣な誘惑の手口なのだと。

 そうなのかもしれない。彼女は無邪気な少女の皮を被った、悪辣な策士なのかもしれない。

 あるいは、全ては俺の妄想なのかもしれない。幼い子供特有の無思慮と無頓着、それを俺が曲解しているだけ。そうなのかもしれない。

 

 だが、どちらにせよ彼女は危険な女だ。放置するわけにはいかない。これ以上、俺の理性が脅かされないためにも。二度とこんな事が起こらぬよう、手痛い教訓を与えねばならない。

 

 決意は固まった。そっと、手を伸ばした。

 

 

 

 夕陽はいつの間にか沈んでいた。窓の外には闇が広がっている。

 ユニコーンは既に目覚め、こちらをじっと見ている。目尻に涙を浮かべながら。その眼は、まるで夕食にたかるハエを睨みつけるような、そんな眼であった。

 

「ユニコーン、何度も説明しただろう。女の子がお腹を出して寝てはいけない。お仕置きが必要だって」

「だからって……なんで、こんな」

 

 ユニコーンの反応も仕方のない事だろう。きつく胸元に抱きしめたぬいぐるみ。その下に見える部分。そこには隠そうとしても隠しきれない、痕跡が残っていた。俺が刻んだ痕跡が。

 

 そのお腹には、はっきりと描かれていた。「へのへのもへじ」と。

 

 本当は、こんな酷いことをしたくはなかった。しかし、あの時はそうするしかないと思ったんだ。落ち着いて考えてみれば意味のわからない話だ。こんな邪気の無い少女が実は、わざと卑猥な姿を見せてくる腹黒な女だなんて。いや、腹を黒く塗ってしまったのは俺だが。

 

 いずれにせよ、もうどうしようもない。うちの技術部が開発した特別製のマジックは、きっと洗おうが何をしようが当分消えないだろう。彼女がラップ同然の服を着ている限り、あの腹を周囲に晒し続ける事となる。

 俺が出せる助け舟は一つしかなかった。

 

「さっきの衣装、要る?」

 

 

 

 こうしてまた一つの難題が解決した。後は適当に間を置きつつ、あのマジックが消える前に透ける服を禁止してしまえばいいだろう。

 

 また素晴らしき平穏の日々が戻ってきた。いつものように、ベルファストの淹れた紅茶を味わう。

 そういえば、彼女には多大な借りを作ってしまった。一体どんな代価を要求されるのか、正直話すのが怖い。

 そんな事を考えていると、彼女の方から話しかけてきた。思わず震える。だが、その件の話ではないようだ。少しホッとした。

 

「ご主人様、お手紙が届いております」

 

 裏書きを見ると、俺でも名前を覚えているような有力貴族からだった。こんな小規模な母港に何の用だろうか。封を切り、便箋を広げる。堅苦しい時候の挨拶などを読み飛ばしつつ、要件を確認する。だいたいこんな内容だった。

 

「妹分のユニコーンちゃんがお世話になっているので、是非一度遊びに行かせてください」

 

 急に寒気がしてきた。心臓の鳴る音が、はっきりと聞こえてくる。視界が遠くなった。

 文面だけ見れば、普通の手紙だ。だが、あの事件の後だと、その行間から何かがにじみ出てきているように感じてしまう。恐ろしい何かが。

 考えすぎかもしれない。だが、もしそうでなかったとしたら。

 黙ってこちらを見ていたベルファストに、震える声を抑えながら、つぶやいた。

 

「ベルファスト、対空煙幕の張り方を教えてくれ」

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