星井美希に転生したけど765プロがない件について 作:naonakki
俺……いや私は星井美希である。
星井美希。
人気アニメ、アイドルマスターの主要キャラの一人である。
そう、それはあくまでアニメのお話だったはずなのだ。
そんなアニメの世界に俺は転生してしまったらしい。それもとびっきりの美少女にだ。物心ついた頃にはなぜかそのことをはっきりと自覚していた。
転生前の俺は社会人(男)であり、アニメを見るのが割と好きだったのでアイドルマスターのことも知っていた。というか結構好きだった。
なぜこんなことになったのかは分からないし、分かるつもりもない。
星井美希に転生したということは、ここは当然アイドルマスターの世界だろう。
……なら満喫するしかないじゃないか。
好きなアニメの世界のキャラと触れ合えるなんて最高じゃないか。
しかしアイドルマスターのことは好きだったが、かなり昔に一度見たきりだったので記憶が曖昧な部分が多い。こんなことならせめてもう一周しておけば良かった。
星井美希は天才肌だったイメージがあるが、具体的にいつからアイドルになり、その真価を発揮したのかは忘れた。
そうであれば備えあれば憂いなし。いつでもアイドルになれるように努力をしておこう。
というわけで、私は三歳という年でアイドルについて勉強し始めた。
有名なアイドルがテレビに出ていれば、その所作や表情、動きを録画し、何度も見て分析し、観察した。当然、発声練習やダンスレッスンも行った。
前世はあまり努力が長続きした試しがなかった為、すぐに飽きが来ないか心配していたが杞憂に終わった。
というのも、この星井美希は天才と言わざるを得ないほどの学習能力を持っているのだ。一度見た動きはどんなに難しいものでも大体真似できるし、歌についても同様だ。
どんどんとスキルアップしていくことに楽しみを覚えた私は、寝る間も惜しみ、益々アイドルの深みにはまっていった。
月日は流れ、私は中学生になった。
髪を金色に染めたその容姿はかつてアニメで見た星井美希そのものであった。
小さな顔にクリッとした瞳、そして中学生とは思えないプロポーションを兼ね備えた私は、まさにアイドルになるために生まれてきたと言っても過言ではないだろう。
しかし何もかも順調とはいかない。
抜群の美少女に成長してしまったことで周りの男子が放っておかなかったのだ。下心剝き出しの目を向けられることになるが、正直これがかなりきつかった。というかキモイ。
星井美希として成長してきたこともあり、女性として生きることに抵抗はほとんど無いが、男を好きになることはなかったし、これからも好きになることはないだろう。というか普通に女の子が好きだ。そこだけは男としての前世の感覚を強く引き継いでいるようだ。
……と、話が逸れてしまった。
とにもかくにも、アイドルとして自分を磨き続けた結果、自分で言うのもなんだが、見た目のみならず、その実力もプロのアイドル顔負けというレベルに達している自信があった。
でもそれを知っているのは家族も含めて私だけだ。あくまで私がその実力を発揮するのは、アイドルマスターの主人公である天海春香を始めとした仲間たちと共にと決めていた。
そして私の記憶が正しければ中学生の時には、既にアイドル事務所である765プロに所属していたはずだ。
はずなのに……。
どうして何も起きないまま中学校を卒業しようとしてるの?
……完全におかしいなの。
どこで間違えた……?
アイドルの募集情報については常に目を光らせていた。765プロの存在があれば、すぐにでも応募するつもりだった。
しかしどんなに調べても765プロは見つからなかった。
代わりに世の中ではスクールアイドルなるものが流行り始めていることが分かった。どうも部活版のアイドル活動のようなものらしい。
私も一瞬興味を持ったけど、そのレベルの低さにすぐに興味が失せた。やはり私はプロの世界でこそ羽ばたく存在なのだろう。
しかし、その私の青春は飛び立つことなく終わろうとしていた。
……こんなのってないの。
当たり前だ。私はこのためにこの十年間あまりを独りで一流のアイドルになるべく費やしてきたのだ。
いや、もしかしたらどこかに765プロはあるけど私が探せてないだけかもしれない。だとしたら、こっちから存在をアピールするしかない。
ちょうど今の世の中では動画を通してアイドル活動を発信する動きが活発になってきている。
そこに私の動画を投稿すればいい。今の私ならすぐに有名になるだろう。
765プロに行く前に世間に私の実力を見せることになってしまうがやむを得ない。
せめて星井美希という名前が世間に公表されるのは765プロに入ってからだというところは譲りたくなかったので、黒髪のウィッグを被り変装はしておいた。
というわけで早速動画を投稿してみた。
曲は誰でも知っている有名曲にしてみた。そっちのほうが話題性があると踏んだからだ。そしてインパクトを与えるために素人目にも分かるほどの難しく、しかし可愛く人を惹きつける振り付けを考えた。自身の将来もかかっているのでかなり真剣に考えた。その甲斐あってかかなり自信ありだ。
そして765プロから声を掛けてもらえる可能性を少しでも高めるために動画の概要欄に「中学三年生ですが、プロを目指してます」とだけコメントしておいた。
動画は見事に世間の注目を集めることに成功した。
投稿した動画は、瞬く間にその再生回数を伸ばしていき、その数は千、万、十万……とうなぎ登りだった。
コメントの数も凄まじく、十個ほど読んだところで他を読むのは諦めた。
しかし、それらのコメントはどれも私への称賛に類するもので正直嬉しかった。
望んだ形ではなかったが、これまで努力した結果が報われたのだ。当然と言えば当然なのかもしれない。
これがアイドル。皆に楽しんでもらって、自分もそれを見て嬉しくなる。
改めてアイドルというのはみんなを幸せにする素晴らしいものだと実感した。
765プロに所属できなかったことでモチベーションが下がりつつあったが、これによって一気にモチベーションが回復させることができた。
そして動画を投稿した次の日には、とうとうランキングでも一位をとった。
二位と大差をつけた文句なしの一位だった。
ちなみに二位は、『A-RISE』というアイドルグループだった。どうも最近女子高生や女子中学生に人気のスクールアイドルのようだった。試しに一つだけ動画を見てみたが、元々動画のランキングで一位を取っていただけあって、他のスクールアイドルとは一線を画す実力だった。三人のグループだったが皆動きも歌も悪くない。全員の魅力を存分に伝えることができていた。特に真ん中のショートヘアの子からは絶え間ない努力が窺えた。
私はスクールアイドルでも実力がある人達もいるんだと認識を改めることにした。
……はぁ、早く765プロでアイドル活動したいの。
それからは、そんな淡い願いを胸の内に秘め、日々を過ごしていった。
しかし、念願の765プロから声がかかることはなかった。
代わりに他のアイドル事務所からスカウトはいくつもきたがすべて断った。
後はスクールアイドルの強豪校らしいUTX学園というところからも是非うちに来てほしいというコメントもあったが断った。そもそもプロを目指したいと言っているのに、なぜスクールアイドルにならなければならないのか。
それからも私は諦めずに定期的に動画を投稿し続けた。
……さて、今日も張り切って練習しましょうか。
見慣れたダンスレッスン室に踏み入れ、ストレッチを開始する。
まだ練習まで時間があり辺りはシンとしている。私はこの朝独特の清々しい雰囲気に包まれた静かな空間を密かに気に入っている。
ストレッチ後は、昨日練習して課題ありと判断したステップを復習していく。
その時だった。
ドタドタとこの学園には珍しく慌ただしい音を立てて近づいてくる音が聞こえてきた。
「ツバサ!! いる!?」
ドアを乱暴に開けて姿を現したのは同じグループのあんじゅだった。
はぁはぁと荒い息を吐くその様子は。普段の落ち着いた彼女の様子からはかけ離れていた。なぜかその手にはパソコンを持っている。よほどの緊急事態でもあったのだろうか。
「どうしたのあんじゅ? ドアを乱暴に開けたらだめじゃない。」
「あぁ、もう、その様子じゃやっぱり知らないみたいね。説明は後にするからとりあえずこれを見て!」
そうやって半ば無理やりパソコンを開いてこちらにその画面を見せてくる。
あんじゅの様子を訝しげに思いつつも、画面に視線を移す。そこには、一人の女の子が映っていた。
非常にスタイルがよく、彼女の純真無垢な笑顔は見ているだけで惹きつけられるようだった。
そんなことを思っていると曲が流れ始める。最近世間で流行った有名曲だ。
そして彼女は踊り始めた。
私はその姿に心を奪われてしまった。
画面の中の女性が、舞うたびに、歌声を聞くたびにどんどんと引き込まれていく。
見たことのない難解なステップを軽々こなし、完璧な音程で歌い、豊かな表情を浮かべるその姿はまさしくアイドルの中のアイドルだった。
気づけば動画は終わっていた。そのことに気付くのさえ数秒かかった。
それほど私の意識は深みへとはまっていた。
私の中には、同じアイドルとしてこの女の子に対するとめどない敬意とそれと同じくらいの畏怖を感じていた。
それはそうだ。見た感じ自分たちと同じくらいの年齢と思われるが、アイドルとしては既にプロの領域に達している。……いや、プロの中でも間違いなくトップレベルの実力を持っている。
私は幼少からトップアイドルを目指すべく努力をしてきた。
だが私とこの女の子の実力差は天と地だ。
だからこそ、この女の子が本当に凄いという事が分かってしまう。
「……この人は?」
ようやく私は声を出すことができた。しかしその声は震えていた。
「……誰かは知らないわ。完全に無名の子らしいわ。昨日、動画を投稿したみたいなんだけど、あまりにも完成されたダンスと歌声だったでしょう? すぐに話題になったってわけ。……しかもこの子はまだ中学三年生らしいわよ。信じられないけど本人がそう言っているわ。」
……は?
……中学生?
あり得ない。
それが最初に出た感想だった。
むしろ高校生だとしても信じられないくらいだ。
あれほどまでに完成された実力をまだ体が完全に出来上がっていない中学生が身に付けられるとも思えなかった。
……もし、本当に中学生だとしたら神が与えたとしか思えない天賦の才があるとしか考えられない。あるいはこの子自身が実はアイドルの神様ではないだろうか。そんなことを考えてしまう。
「まあ驚くわよね。私も昨日見たときは驚いたもの。……それでこの子についてだけどもう一つ情報があるのよ。」
「……何?」
「この子プロを目指すらしいわよ。昨日、動画を投稿したばかりだけど既にこの子の実力に目を付けたいくつかの事務所が早速スカウトのコメントを送ったらしいけど、全て断ったらしいわ。」
「……つまりスクールアイドルとしてラブライブで優勝を目指すということね。」
「……ええ、そういうことよ。」
今、アイドルのプロになる道は基本的に二つあると言われている。
一つ目は、アイドル事務所の育成学校に通い、そこで将来有望だと認められること。
二つ目は、アイドル事務所から直接スカウトされるパターンだ。
だが、来年以降からはもう一つの方法が生まれる。
まだ公式には発表されていないが、すでにその噂は広がりつつある。
その方法とは、スクールアイドルとして成果を残すこと。
ここでいう成果とは、来年から開催されるというラブライブの優勝を指す。
ラブライブとは、全国のスクールアイドル同士がぶつかり合い、その頂点を決める大会だ。
ラブライブで優勝出来ればそのスポンサーであるアイドル事務所に入りプロとして活動できる権利が与えられるのだ。
そして今、この方法でプロになるのが誰なのかと世間の注目を集めている。
この方法でプロになることが、名誉であり最も華があるとさえ言われているからだ。
その為、この謎の女の子がその道でプロのアイドルを目指すことは別に不思議でもなんでもない。むしろこれほどの実力の持ち主だ。その道を選ぶのが必然とさえ思える。
だがそれは来年に私たちの前に立ちはだかってくるということを意味している。
「……二人とも来ていたか。……その動画を見たか。」
そこに最後のメンバー、英玲奈が現れる。クールキャラが売りの彼女だがその表情には動揺と焦りが浮かんでいる。
だがそれはそうだ。私たちはラブライブの優勝の最有力候補だったのだ。
しかし、それは昨日までの話。このままでは私たちはこの謎の女の子に完膚なきまでに敗北するだろう。実際に動画のランキングでも私たちは二位に転落してしまっている。
彼女と私たちの実力差は明確。例えこれから努力してもその差を埋められるとは到底思えない。
……何を弱気になっているの?
私は困難な壁にぶつかるたびにそれを乗り越えてきた。
高校卒業後はプロになるつもりだった自分は、むしろこのそびえ立つ壁を乗り越えなければならないのではないだろうか。
それを成し遂げてこそ私は、胸を張ってプロのアイドルになれる。
先ほど私はこの女の子をアイドルの神様だと表現したが、これはまさしく神からの試練なのかもしれない。
無理だと思ったらそれまで。必ず彼女に勝ってみせる。
……それに案外、私以外にも彼女を超えようとする子も現れるかもしれないしね。私も負けてられないわ。
「確かにこの子は凄い……。でも関係ないわ。私たちはこれまで通りに私たちにできることをしていきましょう。……勿論、この子に負けるつもりなんて毛頭ないわ。」
そんな私の言葉に二人は驚いたような表情を浮かべる。しかしすぐに私と同様に挑戦的な笑顔を浮かべてきてくれる。
「……そうね。ツバサの言う通りね。」
「……ああ、必ず勝とう。」
それから私たちは、すぐに自主練を開始し、その内容にこれまで以上の熱を込めるのだった。
「亜里沙ー。夕食にするから用意を手伝って。」
作り終えたおかずをお皿に盛りつけながらそう声をかける。
……ふふ、今日の夕食は自信ありよ。美味しいって言ってくれると嬉しいわね。
地毛である輝くような金色の髪をポニーテールに纏めているそれが本人の意思を反映するかのようにぴょこぴょこと揺れる。
しかしいくら待っても亜里沙からの返事はない。いつもは「は~い」と可愛らしい返事をしてくれるのに。
……何かしてるのかしら。
仕方ないので直接呼びに行くことにする。
部屋の扉をノックをしても返事がないので、「入るわよ」と言い、部屋に入っていく。
私と同じく金色のふわりとした髪を持つ亜里沙は、イヤホンをしながら自分の机に向かい合うように座っており、パソコンの画面を注視していた。目をキラキラさせながら画面を見続けるその様子からよほど面白いものを見ているのだろう。
邪魔したくはない気持ちはあるものの、このままではせっかくの夕食が冷めてしまう。
「ほら亜里沙、夕食……よ……。」
しかし、亜里沙が見ているパソコンの画面をちらっと見て固まってしまう。
どうも亜里沙は女の子が躍っている動画を見ていたようだ。どこかの公園で、ホームビデオか何かで撮っているようなので、プロではないのだろう。
しかし、その踊りのあまりの完成度には目を見張るものがある。
自分も過去にバレエをやっており、踊りについては知識があるし、ある程度の自信がある。
最近スクールアイドルというものが流行っており、女子高生がアイドル活動をしているが全員素人にしか見えず、正直馬鹿にしていた。
しかし、この子は違う。年齢は恐らく自分と同じくらいだろう。もしかしたらスクールアイドルなのかもしれない。
だとしたらスクールアイドルに対する認識を改める必要がある。
……凄いわ、こんな子が日本にいるなんて。
気付けば私もその子が躍る姿に釘付けになっていた。
そしてあっという間に時間は過ぎていき、動画は終わった。
ここまで感動したのはいつぶりだろうか。今の私の心の中は彼女の踊りをもっと見てみたいという欲求でいっぱいだった。
「……ハラショー。かっこいい……ってお姉ちゃん!?」
うっとりした様子で画面を見つめていた亜里沙がようやく私の存在に気付いたのか、そのくりっとした可愛い目を大きく見開く。
「亜里沙、夕食の時間よ。準備を手伝ってちょうだい?」
「え、あ、ごめんなさい。つい夢中になっちゃって。」
「ふふ、いいのよ。それに私もちょっと見たけどこの子凄いわね。有名な子なのかしら?」
しゅんとする亜里沙の頭をよしよしと撫でながらそんなことを聞いてみる。後でさっきの子の動画を色々見てみようかななんて思っての質問だ。
「凄いよね!! 私感動しちゃった! ……でも誰かは分からない。無名の子だって。でも来年から高校生だからスクールアイドルになってプロになるってみんなが言ってるよ!」
「……え、今中学生っていうこと? ……信じられないわね。」
てっきり自分と同じ年齢位だと思っていただけにかなり驚いた。
というか中学生でこれだけの踊りを踊れるものなのかしら。
……スクールアイドル、ね。
そういえば私の学校にも昔はスクールアイドルをしていた子達がいたっけ。
もう少し早くこの子が出てきてくれてたら或いは私も……。
そんなことを思いながら、愛しの亜里沙と共に夕食の準備へと向かっていった。
初めて動画を投稿してからも定期的に動画を投稿したが、結局765プロの存在を確認できないまま無情にも時は流れていき、私は高校生になった。
ちなみに高校は家から一番近いという理由で普通の公立の高校に入学した。
ここはアイドルマスターの世界ではない。
そう結論付けるしかなかった。
動画を投稿し続けたことで私は有名になった。動画サイトのチャンネルの登録者数も百万人を超えたし、アイドル業界で私を知らない人はいないだろう。
それでもなお、765プロの存在が影も形も見えないというのは、ここがアイドルマスターの世界じゃないと判断せざるを得ない。
もしかしたらアイドルマスターの世界だけど、何かが狂って765プロの事務所が存在しない世界になってしまったのかもしれない。この場合、アイドルマスターに登場していたキャラ達はどこかにいるということになるが、これまで一度も会ってないし探しようもない。試しにネットで知っている限りのアイマスのキャラの名前で検索をかけたが、成果はなし。
まあ、どちらにしても765プロに入れないことに変わりはない。
そうなるとこれから私はどう生きていけばいいのかという疑問が残る。
765プロがないならばこのまま別の事務所に所属し、アイドルとして生きていくことが順当だろう。
これまでアイドルになるために人生を捧げてきたのだ。今更別の道に進むつもりはなかった。
しかし、妙なのが動画を投稿するたびに、スクールアイドルでのラブライブの活躍を楽しみにしてます。といったコメントがよく来るのだ。
なぜか世間では、私はラブライブとやらのスクールアイドルの全国大会で優勝し、プロのアイドルを目指すということになっているらしい。
そしてプロのアイドル事務所からもラブライブでの優勝を果たした後は、是非うちに来てくれというコメントが来る始末。
どうしてそうなったのか分からないが、プロのアイドル事務所も含めて皆がそう言うからには、私はスクールアイドルになろうと思う。
最終的にプロのアイドルになれるならば別にいいかと考えたし、ファンの要望に応えるのもアイドルとしての務めだろう。
でもそれならいつか推薦が来てたUTX学園とやらに行っておけば良かったと後悔している。スクールアイドルの強豪校ということは設備も整っているだろうし。しかし一度断ってしまった手前、そこには行きづらかった。
まあ、別にどこの学校でもやることは同じだろう。
スクールアイドルは、曲、衣装、ステージの全てを自分たちで用意しなくてはいけないらしいが、その問題は既に解決している。
というのも毎回、既存の曲や私服で動画を投稿していたら、是非この曲を使ってくださいと作曲してくれた視聴者がいたのだ。
それがなかなかにいい曲だったので喜んでその曲を使わせてもらったら、作曲をしてくる視聴者が続出したのだ。今では毎回視聴者の送ってくれた曲を選定し、使わせてもらっている。
衣装についても同様だ。是非この衣装を使ってくれと衣装の写真を送ってくれる視聴者が続出した。しかし衣装に関しては、実物を送ってもらうとなると住所ばれするし、何より顔も知らない人の手作りというのは抵抗があったので遠慮していた。
しかし、ある衣装がとても私の好みであり、どうしても着てみたくなったことがあった。
そこで、その人にだけ個別に連絡をとり、電話で会話してみた。
その人は女性であり、とても甘い声で聴いているだけで耳がとろけそうだったのを覚えている。ちなみにその人のアカウントの名前は、『ミナリンスキー』さんだった。
電話でしばらく会話して、信頼できる人と判断したので住所を教え、衣装を送ってもらった。それからも定期的に衣装を送ってくれるので大変助かっている。
毎回電話でお礼は言っているものの、いつかミナリンスキーさんには面と会ってお礼をしなくてはと心に誓い、毎回その衣装を着させてもらっている。
後はステージをどうするかだが、まあこれはどうとでもなるだろう。周りの男子に適当に「お願い♡」とでも言っておけば用意してくれるだろう。
本当、美少女って無敵だと思う。この体に転生してからつくづく世界は不公平だと痛感させられる。
そういうわけで、私は高校生の入学式の日、のんびり歩きつつ学校に向かっていた。
桜の並木道であり、舞い散る桜の中を歩くのはなんだか感慨深いものがあった。
しかしその道中、事件は起きた。
「わわわわわ!? 遅刻だ遅刻ー!!」
「だからあれほど目覚ましはかけたかと確認したではありませんか!」
「うぅぅ、目覚ましはかけたけど知らない間に止まってたんだもん……。」
「どうせ穂乃果が寝ぼけながら止めたのでしょう!」
「わーん、ことりちゃーん。海未ちゃんが虐めるよー。」
「……あはは。」
やけに響く声が聞こえてくると思ったら、前から三人の女の子が慌てたように走ってくる様子が見えた。あの制服は音の木坂学院のものだろう。
どうも遅刻になりかけで急いでいるらしい。ていうかもしかして私もヤバイ?
そんなことを思いながらも、全員文句なしの美少女であった為、何となく目を奪われていると既視感があった。
……んん??
あの三人、どこかで見たような気が……。
何だったか……。
……あ。
「ちょっと待ってください、なの!!」
気づけば私は大声を出し、その三人の前に立っていた。
三人は突然現れた私に驚き、急ブレーキをかけてくる。
が、間に合わず。
「うわああああ!!」
私の前にいた淡い茶色に髪色を染めたサイドテールが特徴的な女の子がその顔を青くし叫びながら向かってきて、そのままゴチンと鈍い音が辺りに響いた。
……めっちゃ痛い、なの。
おでこに激痛が走る中涙目になりつつ、同じく目の前でおでこを押さえて「うぅぅぅ~」と悶える女の子をよく観察する。
……間違いない。
「……あの、突然ごめんなさいなの。でもあなたの名前を聞きたいの。」
「ふぇ? 名前? ……高坂穂乃果ですけど。」
おでこを押さえて戸惑いつつも、そう答えてくれる。
決まりだ。
ここはアイドルマスターの世界じゃない。
ここは『ラブライブ』の世界だ。
そしてこの高坂穂乃果こそ、ラブライブの主人公だ。
とういうか、視聴者からのコメントでラブライブ という単語が出た時点で気付くべきだった。
なるほど、そりゃ765プロがあるわけもないし、ほかのキャラに会えるわけもない。
生まれて十五年でようやく合点がいった私は目の前の三人の存在を忘れて一人思考に耽ってしまった。
だからこそ目の前で、一人の女の子に「この声もしかして……」と、呟かれたことに気付かなかった。
……なるほどなるほど、ここはラブライブの世界だったんだねー。
ここで私は膝をガクリと折り、その場に崩れてしまう。
心優しい三人はそんな私を心配そうに気遣ってくれる。
しかしそんな三人に気を回す余裕はない。
……だって。
俺、ラブライブ全然知らねえよ。
うん、知ってはいる。知ってはね。
でもアニメは見たことはないし、どんなストーリーかも分からない。
ただ有名な作品だったので全員の顔は何となくは覚えている。そして主人公である高坂穂乃果のみ名前も覚えていた。
しかしその程度。それ以外の情報は知らない。
まあ、ラブライブというタイトルがついているくらいなのだから、スクールアイドルとして切磋琢磨していくようなストーリーだとは想像できる。
でも本来この世界には異物でしかないはずの星井美希という存在はそんなスクールアイドルの世界に影響力を持ちすぎてしまっている。
このままではラブライブの本来のストーリーを滅茶苦茶にしてしまう恐れがある。……いや、アイドル業界でこれだけ有名になってしまったんだ。既に狂い始めている可能性の方が高いだろう。
……どうしよう?