星井美希に転生したけど765プロがない件について 作:naonakki
女の子にモテる……?
そんな疑念が密かに私の中に生まれた。
同時に全身が高揚感に包まれふわふわとした気持ちになっていく――。
が、しかし。
……危ない、落ち着くの。
私は昂った感情を沈める。
興奮して我を忘れる癖がまた出てしまうところだった。
今朝もそれで怒られたばかりではなかったか。
これまで男の子にはモテまくっていたが、女の子にモテた経験は無い……と思う。
これまでアイドル一筋で来たため、女の子の恋愛感情というものがまるで分からない。
これで舞い上がって勘違いでしたとなれば、今度こそ本当に学校に来れなくなる。
とにかく自分が今置かれている状況が本当に女の子にモテているのか確信が持てないのだ。
そして反応が変わったのは女の子だけではない。男の子もだ。
昨日までは私に何とかお近づきになりたい男の子で溢れていたが今日はそれが全く無かった。
女の子に囲まれている私を遠巻きから尊いもので見るように見つめていたのだ。
本当に意味が分かんないの。
…………だめ。
ミキはアイドル。
ファンが自分にどういった感情を向けているのか把握する必要がある。
ファンの気持ちを知ることで自分がファンに何を求められているのか理解することができるというもの。
といってもどうやって理解すればいいだろうか。
今この場で周囲の人にどうして反応が変わったのか聞いてみる?
……なんとなくだが、それでは完全には理解できない気がする。
根拠はない、ただの勘だ。
信用ができて、もっと私のことを知る人物、そして私の大ファン……。
そんな人に聞く必要がある気がする。
ことりさん……かな。
暫く考えて思い浮かんだのがことりさんだった。
配信事故の時、電話で教えてもらったお礼もちゃんとしてないし。
よし! 今日の夜早速聞いてみるの!
そんな決意を胸に気長に放課後を待つことに決めた。
しかし、現時点でも分かることはある。
周囲から自分に向けられる感情が以前よりも好意的なものであるということ。
この周囲からの感情を理解した時、きっと凄い事が起きる。
不思議とそんな予感がした。
……ドキドキしてきちゃった。
まだ見ぬ未来を想像すると、自然と笑みがこぼれてきた。
というわけで周囲からの反応がガラリと変わった学校生活もあっという間に過ぎ去り、放課後となった。
携帯を見ると、ツバサさんから連絡が入っていた。今朝連絡先を交換しておいたのだ。
連絡内容を見ると、もう間もなくこちらに迎えのリムジンが来るとのことだった。またあの乗り心地最高の車に乗れるとあってテンションが上がる。
いや、そんなことはほんの些細なことに過ぎない。
ようやくA-RISEの三人と練習できる!
……すっごく楽しみなの!
これまで私は何年も孤独にアイドルの頂点を目指してきた。
だから誰かと一緒に練習することが初めてだった。
胸の高鳴りを感じながら既に門の前に来ていたリムジンに躍るように近づいて行く。
ちなみに、門の前にリムジンが停まっているという画は凄く目立ち皆がこちらを見ていた。
学校の前で目立つとまた先生や校長に怒られそうなのでこれはよくなかった。
そんな反省をしながら慌ててリムジンに乗り込むと運転手も察してくれたのか急いで走り出してくれた。
「美希ちゃん! 改めてUTX学園へようこそ。この時が待ち遠しかったわ!」
あらかじめ連絡されていた部屋に向かうとそこには既にA-RISEの三人がいた。
私が姿を現すと同時にツバサさんがこちらに駆け寄りながら満面の笑みを浮かべて歓迎してくれる。
あんじゅさんと英玲奈さんも待っていたというように笑顔で手を振ってくれている。
こうして見ていると本当に3人は、どこにでもいる普通の女の子のように見える。
案内された部屋は奥の壁一面が鏡張りになっている本格的な練習部屋だった。後で聞いたところ、防音性能付きでA-RISE専用の練習部屋らしい。
自宅の庭や人気のない寂れた公園、河原で練習していた自分とは大違いである。
ちなみに今の学校では、使用していない空き教室を使わせてもらえることになっている。
実はこの練習場所で少し問題が発生している。
なのでこの練習環境は素直に羨ましい。
けれど今はそれはいい。とにかく今は今を楽しもう。
「ツバサさん! 美希もずっと楽しみだったの! 今日はいっぱい練習しようね♪」
私も溢れんばかりの笑顔を浮かべてツバサさんにそう返す。
ツバサさんはそんな私を嬉しそうに見つめる。その頬は僅かに赤らんで見えた。
そして、ツバサさんの様子は学校の女子生徒達と同じように見えた。
「……ええ、私もとても楽しみにしていたわ」
ここで私は、ツバサさんの声色とこちらに向けてくるその眼差しに僅かな変化が生じたのを感じとる。
「……あぁ、とても名残り惜しい。でも私はA-RISEのリーダー、綺羅ツバサ。美希ちゃんは最大の推しであると同時に、最強の好敵手……」
ツバサさんは何かを呟いた。
それはあまりに小さな声であり、聞き取ることができなかった。
しかし、それを皮切りにツバサさんの変化の揺らぎは見る見る大きくなっていく。
ツバサさんの纏う雰囲気が変わっていく。
――これは今朝も見た。
ツバサさんは目を閉じると同時に息を短く吐いた。
そして、閉じた目をゆっくりと開き、その瞳が私を捉える。
――――ゾッ。
全身に電撃が走ったような感覚に陥る。
「さあ、美希ちゃん! 今日これからの限られた時間で私達と高め合いましょう!」
そこにいたのは、綺羅ツバサだった。
画面越しに見ていた、あの綺羅ツバサ。
愛おしく、しかしどこまでも貪欲に妖しく光る瞳を見ていると吸い込まれそうになる。
アイドルが目の前にいた。
ツバサさんだけではない。
いつの間にか、優木あんじゅと藤堂英玲奈もツバサに並び立っていた。
二人ともやはり、ツバサさんと同じだった。
先ほどまでとは違う、アイドルとしての姿だった。
「ふふ、今日はよろしくね。ツバサ程じゃないけど私もこの時が来るのを凄く楽しみに待っていたのよ?」
「私も柄にもなくワクワクしているんだ。早く始めよう」
そんなやる気MAXの三人を前にして私は自覚することなくいつの間にかどうしようもなく興奮していた。
この昂り……あの日、A-RISEの三人に宣戦布告された時以来。
……あぁ、やっぱりスクールアイドルになってよかった。
「――あはっ☆ そうだね! ミキも今からドキドキしてきたの! いっぱい楽しもうね!」
その後すぐに練習を開始した。
事前に私はいつもA-RISEがしている日常の練習を経験したいとお願いしていた。自分がいるからと特別な練習は不要だと伝えたのだ。
そんなA-RISEの練習はと言うと。
はっきり言って地道な基礎練習が多かった。
発声練習や細かいステップの一つ一つを丁寧に何度も納得がいくまで繰り返す。
都度、何がいけないのか皆で意見を言い合ったり指摘し互いを高めていく。
妥協は一切なく、1秒すら無駄にするまいとする緊張感が常にそこにはあった。
ライブでのキラキラと輝いていた雰囲気とは一転、泥臭く一歩ずつ前に地道に進んでいく光景が広がっていた。
基礎練習が多いのは自分も同じだったが、互いを支え合う環境というのはいいものだと素直に思った。自分は全ての課題を自力で解決しなければならないからだ。
そして練習の一つ一つがかなり参考になるものが多かった。
A-RISEは定期的にプロのトレーナーにレッスンをつけてもらっているらしい。そこから得た知識や経験を練習に盛り込んでいるらしかった。つまりすべての練習が理論的に効果があると根拠づけられたものなのだ。
一方の私は全てが我流。
幼少の頃からトップアイドルになる為に捧げてきた膨大な経験から直感的に自分が効率的と思う練習を繰り返してきたにすぎない。
といっても、割と早い段階から感覚のみでほぼ思い通りの動きができるようになった為、細かい理屈を考える必要がなかったというのが正直なところ。が、理論に裏付けされた練習というのは中々経験できることではない。自分の練習に取り込みたいと思える練習もいくつかあった。
私は集中力を高め、練習をこなしていった。
しかし一点だけ少し不満があった。
……むー、もうちょっとハードでもいいのに。
A-RISEの三人が用意した練習は少し物足りなかったのだ。
私が参加するからと、優しめのメニューを用意してくれたのだろうか。
そんな気遣いは不要だと言ったのに。
事前にそう伝えた際は、ツバサさんもまかせてと言っていたのに……。
しかし、せっかく用意してくれた練習にケチをつけるのも申し訳ない。
それに価値ある練習に違いはない。しんどければいいというものでもないだろうし。
それならば私は一生懸命に取り組むだけ。
三人は今も大量の汗を流しながら真剣な表情を浮かべて練習に取り組んでいる。そして時間の経過ごとに集中力がどんどんと増していく。本気で頂点を取りに行く、そんな気概を感じた。こちらも負けていられない。
……でもどうして三人ともあんなに汗が出てるのかな? 別にこの部屋暑くないと思うけど。
三人は汗をかきやすい体質なのかもしれない。
そんな三人は私にも度々意見を求めて来た。
感覚派の私の意見は、三人にとっても新鮮なものが多かったらしく、どんな意見でも真剣に貪欲に聞いた。
……まあ、半分くらいはあまりに感覚的過ぎたのか、よく理解されなかったようだけど。
「きゅっとしてぴょーんって飛ぶの!」
あるステップについて何を意識してステップを行っているか問われた時、そう答えたのだが三人の何言ってんだこいつと言わんばかりの表情は普通に傷ついた。
真剣に答えたつもりだったのに……。
暫く練習を行い、休憩時間がやってきた。
ドリンクを持ってきていなかったので自販機に買いに行こうとしたらツバサさん達がくれた。どうもこの練習室の冷蔵庫にドリンクが常にストックされているらしい。学校側が用意してくれているのだとか。なんと羨ましい。
そんなわけで椅子に座りドリンクを飲んでいるとツバサさんが隣に腰を下ろしてきた。
「……ふー、流石、美希ちゃんね。初見でこの練習について来れた人はあなたが初めてよ」
その言葉と裏腹にその顔は驚きはなかった。私が練習に難なくついてくることは予想していたようだ。
ツバサさんはタオルで汗を拭きながら、ドリンクをぐいっと飲んでいる。
息が上がっているように見えるが気のせいだろう。
……ツバサさんのこの言葉。やっぱり練習メニューはミキに気を遣ってたのかな?
「まだまだいけるよ! 楽しいからあっという間なの!」
笑顔で明るく答える私にこちらを見ていた英玲奈さんが歩み寄ってくる。
「……凄いな。本当に余裕そうに見える。慣れている私達でもかなりハードなのに。それにひとつひとつの練習内容の質がとても高い。初めてするメニューも多くあっただろうにまったくもって驚愕だ……」
「本当にね。物覚えがいいなんてレベルじゃないわよ。……ほぼ初見でどんな動きもこなしちゃうんだもの」
そこにあんじゅさんも会話に入ってくる。あんじゅさんが浮かべる表情は驚きを通り越して呆れを孕んでいる。
「……そうよね。もしかして今日した動きも全部過去に練習していたとか?」
ツバサさんが不思議そうにそんな疑問を投げかけてくる。
「ううん、今日初めて見た動きはたくさんあったよ? 三人の動きを見て真似しただけだよ」
私の答えに対し、英玲奈さんとあんじゅさんが圧されたような表情を浮かべる中、ツバサさんは嬉しそうに不敵な笑みを浮かべる。
「……ふふ。流石、ね。それでこそ張り合いがあるというものね」
ツバサさんは称賛と闘争心を携えた瞳でもってこちらを見つめてくる。
……ツバサさん、そんな目で見られたらミキ、おかしくなっちゃうの。
英玲奈さんとあんじゅさんは、そんなツバサさんを頼もしそうに、そして陶酔するような表情を浮かべて見つめていた。
私が嬉しさで全身がゾクゾクするのを感じているとツバサさんがパンッと手を叩く。
「さあ! 休憩はここまでよ! 続きをやるわよ!」
その一言ですぐさま練習が再開となった。
練習も後半という事で、ある曲について通しでA-RISEの三人が踊ることになった。
その曲とは、先日秋葉原のビルの巨大なモニターで見た時に躍っていたものだ。
この曲はまだ公開したばかりの新曲であり、これからまだまだ踊る機会があるそうで練習を欠かしていないらしい。
今日は私がいるから、やめにしようかとも言われたが是非見たいと私がお願いしたのだ。
目の前であの時の踊りを見ることができるなんて機会逃してたまるものか。
「じゃあ見ていてね、美希ちゃん」
「うん! すっごく楽しみなの!」
私の興奮気味の返事を合図に三人がセットポジションに入る。
その瞬間、場の空気が変わるのを感じた。
同時に私の期待もより大きなものに膨れ上がる。目の前で好きなアイドルのパフォーマンスを見ることができる。こんなに嬉しいことは無い。
暫くの静寂の後、部屋に併設された巨大なスピーカーから曲のイントロが流れ出す。
A-RISEの三人の生のパフォーマンスは、やはり圧巻の一言であった。
まるで夢を見ているようだった。
私の五感全てがA-RISEの三人を感じる為に総動員していた。
私は完全にA-RISEに心を奪われていた。
以前もモニター越しに見たはずなのに。
これが直接見ることによってしか感じられない感動。
……ツー
気付けば私の瞳から雫が一筋流れて来た。
しかし、私はそれにすら気付かない。
目の前で曲に合わせて歌い、舞う三人をひたすら感じ続けた。
「――――どうだった美希ちゃん?」
え?
声を掛けられて我に返った。どうもとっくに終わっていたようだ。
感動のあまり放心状態だった。
見ると、A-RISEの三人が私に視線を向けていた。三人とも荒い息を吐きつつも満足げな表情を浮かべていた。どうも本人達にとっても会心の出来だったようだ。
「すっっごいの! ミキ興奮しちゃった!」
私は心からそう声を張り上げると三人の元に駆け寄ると例の如く、興奮を抑えきれないようにはしゃぎまわってしまう。
「ふふ、それはよかったわ。美希ちゃんにそう言ってももらえると光栄ね」
ツバサさんがそう言いながらにっこりと笑顔を浮かべるの見て、私の中の心臓が一際大きく跳ねた。
……こんなの見てるだけなんてヤなの。
「ミキもやる」
私は一言そう言って、その場で目を瞑り集中していく。
三人の戸惑った反応もすぐに感じなくなる。
A-RISEの三人のパフォーマンスが私の意識を極限まで引き上げてくれた。それが生み出す集中力によって、一切の雑念が消えたのだ。
その集中状態で私が思い浮かべるのは唯一つ。
先ほどまでA-RISEの綺羅ツバサが踊っていた新曲の歌と振り付け。
秋葉原と今目の前で見た二度の記憶を鮮明に思い出す。
こと歌と踊りに関しては、二回も見て聞けばほとんどのことは覚えている。
ただこれだけ鮮明に思い出せるのは、やはり気持ちが昂り集中力が増しているからだろう。
その記憶の中の綺羅ツバサを自分に置き換えていく。
最初のイントロから最後の占めまで丁寧に自分のパフォーマンスへと置き換えていく。
――そして完了する。
そして私は瞳を開いた。
「ミキもやる」
そう言ったきり、美希ちゃんは立ったまま瞳を閉じてしまった。
声を掛けてもまったく反応がない。眠っているのではないかと思ってしまうくらいだ。
「どうしてしまったんだ?」
英玲奈も不可解そうにそう呟いている。
「美希もやる……ってもしかして私達みたいに何か一曲踊るっていうことじゃないかしら」
あんじゅの言葉に私も頷く。
「そうね、きっとそうよ。その為に今集中力を高めているのでしょう。……ふふ、楽しみね。今までは画面越しにしか見てこなかったから、直に見れるのは嬉しいわ。……見せて貰いましょう、私達と美希ちゃんとの本当の距離を」
というわけで私達は美希ちゃんの準備が完了するまで待つことにする。
アイドルの綺羅ツバサである今は、決して表に出さないが、――正直怖い。
練習を見ていて分かった。
美希ちゃんは余裕だった。物足りないとさえ思っていそうだった。
今日の練習は、かなりハードなものを用意したつもりだった。現に私を含め、英玲奈もあんじゅもかなりの疲労を見せていた。
だが同時に楽しみでもある。
私の憧れで推しでもある、最高のアイドルがどんなパフォーマンスを見せてくれるのかと。
――ブルッと全身が震える。
これは武者震いか、それとも……。
それと同時だった。
目の前の少女がそのキラキラとした瞳をゆっくり開いたのは。
私はその存在感に思わず息を吞む。
美希ちゃんは、数歩下がりながら一言。
「曲をかけてほしいの」
その言葉を発すると同時に彼女はセットポジションに入った。
その姿を見て私達は動揺した。
――だってそれは。
「……え、美希ちゃん。それって……」
それは、先ほど自分がとっていた姿と全く同一なのだから。
そして美希ちゃんは曲名を指定しなかった。
つまり……。
「え、曲ってまさかさっき私達が躍った……?」
あんじゅが戸惑ったようにそう問いかける。
美希ちゃんは言葉は発さずに小さく頷いた。つまり肯定したのだ。
「い、いやいや、まだあの曲を公表して数日しか経っていないのよ? 練習していたとしても無理よ!」
あんじゅがそう声を荒げて美希ちゃんにそう言う。私も英玲奈もそんなあんじゅを止めようとはしない。
私達も同じ考えだからだ。
確かに練習中の美希ちゃんの物覚えのよさには舌を巻いた。
しかし、一曲を踊るとなると話は別だ。練習での短いステップや動きを真似るのとはわけが違う。
だが、美希ちゃんは動かない。
いいから曲を流せと暗にこちらに伝えているようだった。
「……知らないわよ」
痺れを切らしたあんじゅが曲を流し出す。
何回も何十回も何百回と聞いたイントロが流れ出す。
それに合わせて美希ちゃんが完璧なタイミングで動き出す。
訳が分からない。
……何が起きているの?
…………どうして。
………………どうして踊れているの?
目の前では、楽し気な笑みを浮かべ、正確な音程で歌い、正確な振り付けで踊る星井美希がいた。
細かい部分で多少の粗はある。それでも私からしても踊れると言ってもよいレベルで踊れていた。
あんじゅが言ったようにこの曲自体まだ公表して数日しか経っていない。
……その間に練習をしていた?
いや、でも私達がこのレベルになるまでには相当な時間が必要だった。少なくとも数日の練習では絶対に不可能だ。
ドクン……ドクン……。
やけに心臓がうるさい。
冷ややかな汗が私の顔を伝う。
それなのに目の前の少女から目を離せない。
アイドルとしての魅力が私の心を鷲掴みにしてくるのだ。
美希ちゃんの実力は勿論、格上であることは分かっていた。
しかし、初めて美希ちゃんを見たその時から私達は死に物狂いで練習をしてきた。妥協はしなかった。
だからこそ、美希ちゃんとの実力の差も縮まっているものと確信していた。
しかしこれは……。
A-RISEの三人は、信じられないものを見るように驚愕の表情を浮かべてただただ目の前のアイドルに心を奪われていた。
楽しい! すっごく楽しいの!
見るのもいいけど、やっぱりアイドルしているほうがミキには合っているの!
……それに目の前で三人がミキを夢中になって見てくれている。
直接見てもらえることがこんなにもいいんなんて!
難解なステップを難なくこなしつつ、楽し気に舞い踊る。事前のイメージ通りだ。
……ここの動きはダイナミックに。ここは少しコンパクトにした方がいいかな?
段々曲のリズムが体に馴染んできて余裕が出てきたので、イメージと現実との僅かな乖離を修正していく。
ミキならここの動きはこうしたほうが絶対にいい!
この曲の振り付けはあくまで綺羅ツバサ用に考えられたもの。
慣れてきた私は自分に合った振り付けを考えて即興で組みこんでいく。
これが予想通りしっくりきて私はさらに夢中になる。
……この時間が永遠に続けばいいのに。
そんないつも通りの感想を胸に抱きつつ、最後まで踊り切った。
「……はぁ、はぁ。うーん、最高なの!」
踊り切った瞬間、集中力が霧散しどっと疲れが押し寄せて来た。かなり集中していたようである。これほど夢中になれたのはいつ以来だろうか。
うーん、でもやっぱり難しいから細かい動きが雑だったかな……。
A-RISEの三人のレベルで踊れるようになるにはもっと細かい基礎練習が必要だろう。
でも初めてにしては上出来だったかな。
そんな振り返りをしているとツバサさんがこちらに歩み寄って来た。
「……美希ちゃん。この曲、練習していたの?」
ツバサさんは開口一番そんな質問を投げかけて来た。
「ううん、今初めてだったよ! やっぱりこの曲とっても素敵だと思うな! 踊ってそれがよく分かったの!」
私が興奮気味にそう答えると、ツバサさんはゴクリと喉を鳴らす。
「……美希ちゃん、一度見て聞いただけで、振り付けや歌を覚えることができるの?」
ツバサさんが緊張した面持ちでそう質問を続けてくる。
「うん、小さい頃からずっと踊って歌ってて、それで気付いたらそうなってたの。小学生くらいの時かな?」
「……小さい頃。……ちなみに何歳から、どれくらいの練習をしていたの?」
「えーとね、三歳くらいからかな。寝て、ご飯を食べる時以外は基本ずっとだよ!」
んー、大満足なの!
すっかり暗くなった道を満足げに歩いていた。勿論、例の変装はしている。
帰りも車で送ってくれようとしたが断っておいた。なんとなく自分の足で歩いて帰りたい気分だったのだ。
町の街灯や建物から漏れ出る光がいつもよりきらめいて見えたのは気分が高揚していたからだろう。
ふと、視界の端に見覚えのある姿が映った。
……あれは確か、西木野真姫さん?
それはμ'sの一員である西木野真姫さんだった。
夜の世界でもその真っ赤な髪色は目を引いた。
自分と同じ年のはずだが、大人びていて美人という表現が良く似合う少女だった。
残念ながら以前のμ'sの練習ではほとんど喋れていなかった。
……それはそうと。
どうしてあんなにぐったりしてるんだろ……?
西木野さんの足取りはよたよたとしており、数歩歩いては壁に手をついて少し休む、そしてまた少し歩く、そのくり返しだった。顔色も優れなく、濃い疲労が見て取れる。
大人びた雰囲気はどこにもなく、まるで老婆のようにも見えた。
……うーん、疲れているようだけど挨拶だけしようかな、折角だし。
そう決めて、私は真姫さんに近づいて行った。
前回、三年ぶりに関わらず沢山の感想ありがとうございました!
そして誤字報告頂いた方ありがとうございますm(__)m