星井美希に転生したけど765プロがない件について   作:naonakki

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第六話

 シンとした沈黙が辺りを包む。

 穂乃果とことりを除いたμ'sのメンバーは何が起きているか分からず、全員目をまん丸に見開いて一点を見つめる。

 

 視線を一点に集めている当の本人である美希は、自身の正体がばれていることなどに全く気付いていない様子で、「ねえねえ!」と絵里に迫っている。

 真っ先に反応したのは、花陽である。

 

「――――え、ええええっ!!?? み、みみみみ美希ちゃん!!??」

 

 顔面蒼白であり、信じられないとばかりに普段の花陽からは想像できないほどの、大声をあげる。

 それを皮切りに皆が我を取り戻して一気に騒がしくなっていく。

 

「ちょ、ちょっと、本当に美希ちゃんじゃない!? ど、どうしてここに!?」

「…………え、本物?」

 

 そして絵里はというと。

 オーバーフローした頭が徐々に目の前の現実を受け入れ始め、ワナワナと震えていく。

 

「……ほ、本物の美希ちゃん?」

 

 恐る恐ると言った感じに尋ねる絵里。その姿に先ほどまでの覇気は感じられない。

 

「うん! 美希は美希だよ!」

 

 美希は問われた質問に、何の疑問を感じることなく元気よくそう答えさらに絵里に顔を近づける。絵里と美希の距離はどちらかが少しでも動くと当たってしまうほど。

 

「ちょ、ちょっと! ち、近いわ……」

 

 ようやく現実を理解してきた絵里は、急速に顔を真っ赤にしていきへなへなと崩れていき、ぺたんと女の子座りの体勢でその場に座り込んでしまう。

 

「……え、じゃ、じゃあ、私今まで美希ちゃんに、あ、あんな偉そうなことを?」

 

 絵里は両手で頭を抱えて、ぶつぶつとそんなことを呟く。目尻にはじんわりと雫が浮かんでいる。

 

「え、どうしたの絵里さん?」

 

 私は、なぜか突如崩れてしまい放心状態の絵里さんを前にキョトンとしてしまう。

 それに今気付いたが、μ'sの人たちがなぜか驚きと歓喜を含めた表情で私を見つめている。

 絵里さんのアイドルとしての実力を目の当たりにして、興奮状態だった私も流石に状況がおかしいことに気付き、一気に冷静になっていく。

 

「……あ、あの美希ちゃん。ウィッグ、取れちゃったよ?」

 

 そして、ここでことりさんが私の下まで歩み寄り、そっと耳打ちしてくれる。

 ことりさんの吐息がこそばゆく、一瞬体が強張るがことりさんの言葉を理解し、すぐに我に返り、ばっと視線を髪の毛に移す。

 そこには、さらりとした金色に輝く見慣れた自身の髪の毛があった。

 

 ……いつの間に。

 

 ふと見渡すとすぐ後ろに取れてしまったウィッグが虚しく地面に横たわっていた。ようやく状況を理解した私は、改めて周囲を見渡し、笑顔を浮かべる。

 

「……え~と、というわけで改めて自己紹介! 私は星井美希って言うの! 今日はμ'sの皆さんの指導に呼ばれて来ました!」

 

 そんな私の堂々とした自己紹介にμ'sの人たちは再度、ポカンとした表情を一瞬浮かべたかと思うと。

 

「「えええっ!!??」」

 

 μ'sの人たちのほぼ叫びにも近い驚きの声が、音の木坂の屋上に鳴り響いた。

 

 

 

 

「そう言えば、最初に名乗ってた菊池真というのは誰の事なんですか?」

「あ、あはは、変装している時の私、ボーイッシュだったでしょ? ボーイッシュと言えばその名前かなーって。特に深い意味はないの」

「はあ、そうなんですか……?」

 

 しばらくしてようやく騒ぎが収まり、皆が冷静になったタイミングで、お互いの自己紹介も含めて、ちょうど海未さんとそんなことを喋っている時だった。

 

「小泉花陽といいます。何卒、サインをお願いしますぅ」

「矢澤にこです。私もお願いします、なんでもしますので」

 

 花陽さんとにこさんが、どこから取り出したのかサイン色紙とペンを持って、頭を下げそんなお願いをしてきた。

 一方の私はと言うと。

 

 ……サイン。

 アイドルにとってサインを書くことは大切な活動の一つ。トップアイドルを目指す私がそれを疎かにするわけも無く、完璧にサインを書けるように練習していた。

 だが、当然これまでサインを書く機会があるわけも無く、その練習の成果を発揮されることは無かった。

 ……まあ、何が言いたいのかと言うと。

 初めてサインを書けることになった私はテンションが上がっていた。

 

「えへへ~、しょうがないなぁ」

 

 口ではそんなことを言いつつ、口元がにやけるのを我慢できずにサラサラと書き慣れたサインを綴っていく。

 それを花陽さんとにこさんに渡すと「い、一生の宝物ですぅ」、「あぁ、生きててよかったわ……」と感極まったようにサイン色紙を見つめている。

 そこまで喜んでもらえるとこちらとしても嬉しい限りである。

 そんなことを思っている時だった。

 

「――あ、あの!」

 

 突如大声がして、びくっとしつつ音源に視線を向けると、そこには真っ赤なセミロングボブが似合うμ'sの中でも大人びた雰囲気を持つ少女、名前は確か――、真姫さんがいた。

 真姫さんは、緊張でなのか頬を赤らめていた。その様子は、まるで憧れの存在を前にした小さな子供のようであった。

 私が返事をしようとしたまさにその時だった。

 

「ちょっと、高坂さん! どうして今日来るのが美希ちゃんだって事前に教えてくれなかったのよ!」

「え、ええっ!? わ、私は言おうとしましたけど、絵里さんが遮ってきたから……」

 

 見ると、絵里さんが穂乃果さんの両肩を掴み鬼の形相で詰めている光景が見えてきた。穂乃果さんは、絵里さんの勢いにたじたじしつつも心外だとばかりに絵里さんにそう言い返している。 

 そんな穂乃果さんの言葉に絵里さんは、「……う、た、確かに」と、言うとみるみる力を失っていき「もうお終いだわ……」と呟きそのままガクリと項垂れてしまった。

 

「あ、あの絵里さん。肩から手をどけてもらいたいんですが……」

 

 穂乃果さんが迷惑そうにそう言うも絵里さんは聞く耳もたずの状況。

 絵里さんは何を気にしているのだろうか? もしかして私にきつく当たったことを気にしているのだろうか?

 

「絵里さん?」

 

 私は真姫さんに声を掛けられていることをすっかり忘れて絵里さんの下へと歩み寄っていく。

 「……あ」と真姫さんの悲し気で小さな呟きは私の耳には入らなかった。

 私に声を掛けられた絵里さんはビクリと反応すると、恐る恐るこちらを振り向いてくる。

 今更だけど、会ったばかりの時と随分雰囲気が違う。こちらが絵里さんの素なのだろうか?

 

「あ、あの、失礼なことを沢山言ってしまってごめんなさい」

 

 絵里さんは、ばっと大げさなほど頭を低く下げて謝ってきた。

 

「ううん! 全然気にしていないの! それより絵里さんにどうやってそこまでの実力を身に着けたのか色々聞きたいな!もっと仲良くしてくれると嬉しいの!」

 

 冷静になったとはいえ、私は絵里さんに興味深々だった。これまで私と同世代で私と同等の実力を持つ人は一人もいなかった。

 そんな存在が目の前にいるのだ、本音としては仲良くなり色々アイドルについて語り合いたい。

 一方の絵里さんは、そんな私に「う、うぅ、美希ちゃん!」と、先ほどと逆で今度は絵里さんが私のもとに駆け寄って来て、私の両手を手に取ってくる。

 

「私の方こそ仲良くしてくれると嬉しいわ! 私、美希ちゃんの大ファンなの!」

「えっ! ええとその……」 

 

 急に来られたものでびっくりしてしまう。

 ……それにしても。

 改めて見ると、絵里さんのその小さく、整った彫りの深い顔立ちはまるで有名な芸術家が創った作品のようだった。いい匂いもしてくるし、手はすべすべである。

 途端に緊張してきて、顔に熱が籠っていくのを感じ、思わず目の前の絵里さんに見惚れてしまう。

 傍から見ると、二人の美少女が逢引しているように映り、それを見た何人かが慌ててしまう。

 

「はいはい、とりあえずそこまでにせえへん? 今日の目的は練習やろ? 早く開始しないと日が暮れちゃうよ」

 

 手でパンと叩きながら放った希さんの言葉で私は我を取り戻す。

 

「はっ! そうだよ! 今日は美希ちゃんに指導してもらいながら練習する予定だったんだよ!」

 

 穂乃果さんも思い出したようにそう声を張り上げる。

 

「……れ、冷静に考えたら美希ちゃんに指導してもらえるなんて、贅沢すぎじゃない?」

「幸せ過ぎて罰が当たりそうです……」

「……美希ちゃんが凛達に指導」

 

 にこさんや花陽さんが感激している一方で、短髪がよく似合う元気溌剌という言葉がよく似合う凛さんは二人以上に感激したようにこちらを見つめている。

 おおむね皆から歓迎されているようで嬉しい限りである。

 

 絵里さんとの出会いで忘れていたが、私も今日ここに来た一番の目的を思い出す。

 絵里さんの実力はこの目で見たが、それ以外のメンバーについてはまだ未知数である。

 私も意識を切り替えて集中していく。

 

「――じゃあ、早速始めていこうと思うの!」

 

 

 

 それからμ'sの人たちの練習を見て、私は驚愕することになる。

 

 相変わらず絵里さんだけが、ずば抜けた実力を持っている。練習中の一つの一つの動作を見てもそれが分かった。

 絵里さん以外で言うと、次に実力があるのはにこさんだった。にこさんも相当アイドルとして努力を積み重ねてきたのだろうことが窺えた。

 後は、希さんもある程度練習をしていたのか、その動きは素人のものではなかった。

 それ以外のメンバーについては、最近始めたのであろうことが分かった。

 

 しかし、それにしてはうますぎる。

 一人の例外もなく全員がだ。

 

 確か穂乃果さんの話では、アイドルの練習を始めてからまだ一週間も経っていなかったはずである。μ'sとしての全員揃っての練習は今日が初めてだとも言っていた。

 しかも、私が教えたことはすぐにみんな吸収していく。

 自分で言うのもなんだが、私自身もアイドルとしては天性の才を持っていると思う。

 しかし目の前にいる全員が私と遜色ない才能を持っている、そう判断せざるを得ない。

 これだけの才能があれば、僅かな時間でスクールアイドルとしてすぐにトップクラスのレベルにまで駆け上がることができるだろう。

 そして何より絵里さんもいる。もしかしたらあのA-RISEすらも超えることができるかもしれない。

 

 ……でもそんなことがあり得る?

 

 たまたま集まった九人の少女が全員トップアイドルになるだけの素質を備えている、そんなことが。

 

 ……いや、そうだ。ここは現実であって現実ではない。

 ここは、「ラブライブ!」という作品の世界なのだ。一見、あり得ないような奇跡があり得る世界なのだ。

 恐らくだが、本来の話の流れとしては、急成長したμ'sとA-RISEが競い合う、そんな物語ではないだろうか?

 無論それが正しいかどうかなんて確かめようはない。

 

 個人レベルで言えば、アイドルとして私の方が実力は上。

 私は幼少の頃から果てしない努力を積み重ねてきたのだ。これからもその力関係を覆させるつもりは無かった。

 しかし、絵里さんを始め、これだけの才能を持った少女が九人も集まっているのだ。全員が実力を身に着け、力を合わせたとき、果たして私は私一人の力のみでμ'sに打ち勝つことができるだろうか?

 

 ……っ!

 私は自身の体が震えていることに気付く。その震えの原因が何かは考えるまでもなかった。

 

 見てみたい!

 戦ってみたい!

 成長したμ'sと!

 

 ……やっぱり、今日ここに来てよかったの!

 

 私は決める。

 μ'sが成長できるように、できる限り力を貸していこうと。

 そして想像する。

 そう遠くない未来、A-RISEとμ'sと競い合う自身の姿を。

 それはきっと全身が湧きたつような、スリルがあり、楽しいに違いない。

 

 これからも定期的に指導しにくると伝えると、皆は快く了承してくれた。というかむしろお願いしますと頭を下げられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜。

 私は動画の生放送で、今度行われるライブについて、宣伝も含めて詳細の説明を行っていた。

 視聴者も10万近い人が見てくれている。

 最も、既にチケットは完売している為、宣伝する意味があるかはよく分からないが。

 

「というわけで皆、ライブは絶対盛り上げるから楽しみにしていてね!」

 

 私のその言葉に、目で追い付けないほどのコメントが打たれていくのを見ながら、パソコンの画面を消し、一息つく。

 

 

 

 ……今日は色々なことがあったな。

 

 μ'sの存在。それが私にとって大きな存在になることが分かって本当に良かったと思う。

 そして何より絵里さんとの出会いが大きかった。

 今でも絵里さんの姿を思い浮かべると心臓の鼓動が高まっていくのが分かる。

 

「……綺麗だったな」

 

 無論、絵里さんの事である。

 私は、もうほとんど前世の時に持っていた感情は無くなり、完全な星井美希になっていた。

 しかし、ただ一つだけどうしても消えない感情があった。

 

 それは、女の子が好きという事。

 

 普通、私くらいの女の子になるとイケメンな同世代の男子生徒や年上の男性に恋心を持つのだろう。しかし私は違った。

 とはいえ、これまでの私はトップアイドルになることにしか目が無く、恋とは無縁の生活を送っていた。

 しかし、この年頃だからだろうか、恋をしてみたいと思っている自分がいるのがはっきりと分かった。

 無論、トップアイドルになる為に恋をしている暇は無い。

 

「そもそも、私が女の子のことが好きだなんて皆にばれたら大変なことになるよね……」

 

 だが妄想することくらいは許されるのではないだろうか。

 もし私が付き合うとしたらどんな女性がいいだろうか?

 

 絵里さんみたいに大人な綺麗なタイプ?

 ことりさんみたいに優しいタイプ?

 穂乃果さんみたいに明るいタイプ?

 凛さんみたいにさばさばしたタイプ?

 あるいは……?

 

 でもどうしてもゆずれない点が一つある。

 

 

 

「やっぱり付き合うとしたら、同じアイドルで私以上にアイドルに一生懸命な人かな……」

 

 

 

 自分の大好きなことを共有できる人がいい、それが私の望みだった。

 今それに一番近い人は絵里さんだろう。

 

 ……って、私は独り言を呟いてまで何言ってるんだろ。

 

 恐らくだけど、今日μ'sという超絶美少女に囲まれたせいで、恋煩いを発症させたのだろう。

 ……大丈夫、明日からは切り替えてアイドル活動に集中する。

 そう心に誓った時だった。

 

 私のスマホが鳴り響いた。

 夜遅くに誰だろうと思い着信元を見てみるとことりさんからだった。

 どうしたんだろう、そう思いながら電話にでる。

 

「美希ちゃん! ライブ配信まだ切れてないよ!」

 

 電話に出るや否や、焦ったようなことりさんの声が聞こえてきた。

 

 

 

 …………え?

 




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