星井美希に転生したけど765プロがない件について 作:naonakki
ことりさんの言葉が私の中で反響していく。
ライブ配信が……切れていない?
数秒かけてその意味を理解してばっとパソコンの画面を付ける。そしてことりさんの言った通り、ライブ配信が切れていないことを確認してしまう。
全身に冷たい何かが走ったような感覚に襲われ、頭が真っ白になってしまう。
私は先ほど、女の子が好きだと言う発言をしてしまっている。
聞かれてしまった? ……いや、もしかしたら聞かれてないかも。
絶対に聞かれていると確信しつつも僅かな可能性にかけ、画面を見る。視聴者数が見たことの無い数値になっており、今もどんどんとその数値が増えている。その数は既に二十万を超えている。
明らかに異常だ。
コメントの数も凄まじい速度で流れていき、肉眼で追うことが困難なほどだ。嫌な予感をヒシヒシと感じつつ、意を決して、コメントのいくつかを確認する。
『あ、やっと配信の切り忘れに気付いた』
『まさか美希ちゃんが百合だったとは(歓喜)』
『キターーーーーー』
『これはガチのやつ』
『記念日ですね』
『配信切れ忘れからのとんでもないカミングアウト……流石美希ちゃん。一生ついていきます』
『間違いなく伝説になる』
『この前の謝罪動画といい、一体いくつの伝説を作るのか』
『俺と美希ちゃんが結ばれる未来が崩れ去ってしまった……』
『……え、じゃあ私がミキミキちゃんと結ばれる可能性もあるということ?』
『美希ちゃん以上にアイドルに一生懸命な人なんているの?』
一部のコメントを確認した私は机にがんと音を立てて突っ伏してしまう。
結論、完全にばれている。
「……終わった、なの」
まだライブ配信が続いていることも忘れて無意識の内にそんな言葉が漏らしてしまう。
『むしろ始まったと思う』
『やっぱりA-RISEの綺羅ツバサさんが恋人の筆頭候補かな?』
『間違いない』
『というか携帯電話持っているけど誰から電話かかって来てるんだろう? その人が教えてあげたんだよね? ……もしかしてその人が?』
『……これ、ラブライブで美希ちゃんに打ち勝った人が美希ちゃんの相手にふさわしいってならない? そんなことが可能かは知らないけど』
『なるほど。死ぬ気でラブライブ頑張ります』
そんなコメントが流れるが私は気付かない。
頭の中では様々な思考がぐるぐると渦巻く。
全世界に私が百合であることが発信されてしまった。
そのことを改めて実感した私は感じたことのないほどの羞恥に襲われる。高熱でも出ているのかと思うほど顔は熱くなる。
発散しようのない羞恥の感情に頭を抱えて「あうううー」と声を上げてその場で悶えてしまう。その様子もライブ配信を通して発信され、さらに視聴者を盛り上げることになるのだが、やはりそれにも気付かない。
……どうすればいいんだろう?
最早、思考することを諦め、ぼうっと未だに増えていく視聴者とコメントの数々を視界に収めながら他人事のようにそんなことを思う。
私は携帯電話を耳にあてたままであり、ようやく電話の向こうでことりさんが必死に声をかけてきていることに気付いた。
「美希ちゃん! 色々大変だと思うけどとりあえずライブ配信を切って!」
その言葉で我に返った私は、急いでライブ配信を切った。
今度こそしっかりとライブ配信が切れたことを確認する私だったが、取り返しのつかないことをしてしまったことから、現実味が無くどこか夢の中にいるような感覚に襲われる。
シンとした静けさが室内を襲う中、電話越しにことりさんの声が聞こえる。
「あ、あの、美希ちゃん」
「……あ、ことりさん。ライブ配信切り忘れてるの教えてくれてありがとう。それであの……」
ことりさんからしたら、私が百合であったなんて衝撃以外の何でもないだろう。思い返せば、私とことりさんと初めて会った時は、男子に絡まれていることりさんを救うために腕を絡めたりしている。そんな行動の一つ一つが私が百合であることが分かった今、ただの下心に満ちた行動であったという風に映るだろう(実際下心もあったわけだし)。軽蔑されてもおかしくないだろう。
そんな私ができることは唯一つ。謝る事だろう。
「……ごめんなさい。私が女の子が好きだってこと隠していて」
ことりさんからの返答は無い。電話越しにことりさんは息を吞み何か考えているようだ。
何を言われても私はそれを受け入れて向き合う必要がある。
ことりさんからの返答を待つまでの時間が永遠にも感じるほど長く感じる。
「……あ、あの! 私は全然いいと思うよ! む、むしろ嬉しいというか、その……」
しかし、ことりさんからの言葉は私の予想していたものとは違った。上ずった声で緊張と羞恥が混じったような感じ。そこに軽蔑や侮蔑の感情は一切感じられなかった。
「……嬉しい? どうして?」
「え、あ、あの、その、な、なんというか……と、とにかく私は良いと思うから! だから気にしないで! そ、それじゃあ!」
ことりさんは、もう限界だと言わんばかりにこちらの反応を待たずして通話が切れてしまった。ツーツーという電子音を聞きながら私はまたも思考が停止してしまう。
…………え、どういうことなの?
ことりさんの言動が全く理解できない。その後もしばらく考えたが納得のいく答えを見つけることはできなかった。
幸いなことは、ことりさんが私に対してそこまで不快感を抱いていなかったようであること。もし、ここでことりさんから「もう二度と関わらないでね」なんてことを言われたら立ち直れなかっただろう。ことりさんは百合に対してある程度理解を持ってくれているようだ。
しかし、世間は私のことをどう思うだろうか?
スマホを取り出し、SNSでの反応を確認するべくアプリのアイコンをタップしようとして動きが止まる。
怖かった。
指が震えていることに気付く。ようやく私はアイドルとして活動していくことに本気になれた。念願だった初ライブも控えている。この一連のことですべてが台無しになったとしたら。拭いようのない不安と恐怖に襲われる。
……でも、こんなことで終わらせたくないの。
アイドルとして活動することは今の私の全てである。どんな困難が待っていたとしても絶対乗り越えてみせる。
深く息を吸い、ゆっくりと吐き出す。
そして私は意を決して、アプリのアイコンをタップした。
突如としてライブ配信が終了してしまい、シンとした静寂が辺りを包む。
あまりの衝撃に誰も口を開かない。その中でいち早く口を開いたのは優木あんじゅだった。
「……まさか、美希ちゃんが女の子が好きだったとはね」
「……ああ、驚きだな」
そこに反応したのは、統堂英玲奈である。普段、感情を表に出さない英玲奈だったが、今はその表情は驚きに包まれている。
A-RISEの三人は、以前星井美希から宣戦布告返しをされ、アイドル結成から最も熱量を持って活動を実施していた。今日も朝早くから練習を行っていた。
そしてライバルの星井美希が夜にライブ配信することが分かり、ツバサの提案で敵情視察も兼ねて練習終わりに三人で一緒に見ることにしたのだ。
あんじゅも英玲奈もツバサがただ星井美希の配信をライブで見たいだけであるということは理解していたものの、敢えてそこは指摘せずに提案に乗ることにした。ツバサが星井美希を最大のライバルであると同時に大がつくほどのファンであるということは理解していたからだ。
本人がそう言っているわけではないが、「聞いて、美希ちゃんがね……」、「ちょっとこの美希ちゃん可愛くない!」なんてことをうんざりするほど聞かされている二人にとってはツバサが星井美希の大ファンであることは火を見るよりも明らかだった。
というわけで部室でパソコン越しに三人でライブ配信を見ていたのだが、そこで星井美希がライブ配信を切り忘れるというミスを犯してしまう。何事もなければ良かったのだが、そこで星井美希が女の子が好きであると言うことが発覚してしまう。そして今に至るわけだ。
あんじゅも英玲奈も気まずそうにツバサの方を見つめる。
ツバサは、感情が抜け落ちたようなぽかんとした表情を浮かべたままパソコンの画面を見つめているだけであり、何を考えているのか分からなかった。
この様子にあんじゅと英玲奈はどうしたものかと困り顔を浮かべお互い顔を見合わせる。
百合営業という言葉があることからもアイドルファンにとって百合というのはある程度理解もあり需要もある。しかし、あくまで友達以上恋人未満のプラトニックな関係が丁度よいと言われている中、星井美希の言葉のトーンからして恐らく本気の百合であることが分かる。
これに対してファンがどう受け止めるかは未知数である。
沈黙に耐えかねたあんじゅは、星井美希に対してSNS上でどのような反応なのか確認することにする。
「……うわ、凄いわね。まだライブ配信終了から少ししか経っていないのに、すごいコメントの数よ」
そのコメントの数は既に四桁に到達しており、今も毎秒コメントが更新されているような状況だ。あんじゅはそのコメントを流しで確認していく。
するとファン達はほとんどが星井美希に対して好意的な印象をもっているようだった。
……いや、好意的なんてレベルじゃないわね、これは。
ファン達の多く、男性も女性も関係なく歓喜しているコメントで溢れているのだ。まさにお祭り騒ぎである。中には「どうせやらせだろう」などの批判的なコメントも無いことは無いが、ほんの一握りである。それを圧倒的に上回る好意的な見方をされているようだ。
そしてあるコメントが多くの支持を受けピックアップされている。
『女の子が好き、美希ちゃん以上にアイドルに一生懸命な人。つまり、ラブライブで優勝すれば美希ちゃん以上にアイドルに一生懸命と言う証明になる。つまり付き合えるということだよね?』
そんな内容だった。
そして、そのつぶやきに対するコメントはこんな内容だったりする。
『ということは最有力候補はA-RISEの綺羅ツバサだったりする?』
『SNSや美希ちゃんに対するコメントを聞く限りツバサちゃんも美希ちゃんの熱狂的ファンであることは間違いないしね』
『美希ちゃんとツバサちゃんがイチャイチャ……有だ』
『尊すぎる……』
『他のスクールアイドル達もやる気を出しているご様子』
『でもそんな下心剥き出しだと美希ちゃんに勝つことは不可能。つまり元からアイドルに対して真摯で実力あるツバサちゃんしか可能性は無いという事。宣戦布告したくらいだし』
まさか同じグループのリーダーが星井美希の相手の第一候補に任命されているとは思わなかった。これを本人に伝えていいのかと思案するあんじゅだったが、どうせばれるだろうし、早い方がいいだろうと結論付ける。
「あ、あはは~、ツバサ。あなた、美希ちゃんとお似合いだってSNSで話題になってるわよ? ラブライブで優勝すれば美希ちゃんと付き合えるみたいな流れになってるみたいね。完全にフルハウスね」
努めて明るく冗談ぽくそんな風に声をかける。英玲奈はハラハラした様子でツバサを見つめる。
当のツバサはそのあんじゅの言葉に反応し、ギギギと壊れたロボットのようにその顔をあんじゅに向ける。
その異様な光景に軽く恐怖心に襲われるあんじゅだったが笑顔は崩さない。アイドルとして笑顔の練習をしていて良かったと心底思うあんじゅだった。ちなみにどう見てもあんじゅの笑顔は引きつっていたが、英玲奈は突っ込めなかった。
「……ラブライブで優勝すれば、美希ちゃんとイチャイチャできるということ?」
「「…………え?」」
ツバサが放った言葉の意味が一瞬理解できずにあんじゅと英玲奈の口から同時に間抜けな声が漏れる。
……もしかしてツバサ、まんざらでもない?
そんな予想が二人の頭に浮かんだ次の瞬間、極めて真剣な表情にシフトチェンジさせたツバサが一気にあんじゅに詰め寄る。あんじゅはツバサの予測不能な行動に「ひっ!?」と恐怖の声を漏らすが、構わずツバサはあんじゅの両肩を掴み、その顔を近づける。
「……さっき言っていた言葉は本当?」
「……え、ええ。……ほら」
鬼気迫るように謎の圧力を感じさせるツバサの言葉にあんじゅはそう答え、スマホの画面を見せつける。
画面を確認したツバサはゆっくりとした動作であんじゅの肩から手を放し、一歩下がり俯いた。
その様子を訝し気に見つめるあんじゅと英玲奈。
やがてツバサが顔をあげ二人を見つめる。その表情は覚悟を決めた女の顔であった。
「実は二人にも言っていなかったけど、美希ちゃんは強力なライバルであると同時に大ファンなのよ。……いや、もう大好きと言っても過言ではないわ」
知っている。とは突っ込めないほど重い雰囲気を醸し出している為、二人は黙って続きの言葉を待つ。
「私はアイドルが大好き。誰にも負けたくはない。誰よりも努力をしてきた自信はあるしこれからも努力を続けるわ。でも同じくらい美希ちゃんも大好きよ。美希ちゃんを誰にも渡したくない。だから改めて誓うわ。私は美希ちゃんにラブライブで絶対に勝つ。そして、私こそが誰よりもアイドルに一生懸命で、美希ちゃんの相手にふさわしいという事を証明して見せるわ!」
そう宣言するツバサはこれまで見たどのツバサよりも確固たる意志を持ち、底知れぬ力強さを感じさせた。そのツバサの目はここではない、どこかを見つめていた。
あんじゅと英玲奈は互いに軽く顔を見合わせ、頷き合った。
「ええ、私も応援するわ! 頑張りましょう!」
「……そうだな、元よりラブライブで優勝することを目標にしていたんだ。頑張ろう」
二人は考えることをやめた。
ツバサが今以上にやる気を出したのならそれでいいじゃないか。そんな結論に至ったのだ。
二人はツバサについていくとツバサがリーダーになった時から決めている。だからこそツバサがセンターに立つことに不満はないし、二人もツバサを支えたいと考えている。ツバサこそが一番のアイドルであるというとこは二人も心の底から信じて疑っていない。二人は隠れたツバサの熱狂的なファンでもあるのだ。
なんとかまとまり穏やかな雰囲気が流れる中、スマホで星井美希の反響ぶりを見たあんじゅが英玲奈の方を見つめる。
「……ねえ、英玲奈。私達、百合営業してみる?」
「……なん、だと?」
ちなみにこの直後、興奮したツバサがSNS上で、『絶対にラブライブで優勝します』とのコメントを投稿したせいで、SNS上でさらにお祭り騒ぎが加速したのはまた別のお話。
しかし、これは何も綺羅ツバサだけに限った話では無かった。
星井美希にラブライブで勝つと言うあまりにも高すぎるハードルが要求されているにも関わらず、熱狂的ファンかつスクールアイドルに所属する全国の女子生徒は自分こそが星井美希にふさわしいとやる気に満ち溢れていくことになる。
それほど星井美希は人々の心を掴んでおり、大きな存在になっていたのだ。
そしてそれは、μ'sのメンバーも例外では無かった。
美希ちゃんのライブ配信を終えた後、私は高鳴る鼓動を感じていた。
今の私の心の支えであり、全てである美希ちゃん。
ファンの一人として支えていこうと決めていたが、美希ちゃんが女の子が好きだと言うことが分かった。
そして私は、先日よりμ'sというスクールアイドルに所属することになった。しかも指導役として美希ちゃんとの関りもある。
トクン……と一際大きく心臓が跳ねた。
これは運命に違いない。
必ず……。
……どうなってるの?
私は、スマホに映る画面を凝視していた。完全に混乱していた。
『ラブライブの優勝者は星井美希の恋人に! 最有力候補は綺羅ツバサか!? 綺羅ツバサもやる気に満ち溢れている様子! 他のスクールアイドルの実力者達も燃えている様子!』
そんな記事が画面に映っていた。
このコメントに対し、膨大な返信コメントが返されていたが、確かなのは、ラブライブでの優勝者は私と恋人関係になることが確定事項になっているということである。凄い盛り上がりようで私のフォロワー数もどんどんと増えていっている。メッセージも多く来ていたが、どれも私を支援するようなコメントばかり。批判的なコメントがあまり無かったことは良かったと胸を撫でおろしたが、事態は予想していなかった方向に動き出していることは明白だった。
……もう寝るの。
色々なことが起こりすぎて疲れ切った私は、現実逃避するようにベッドに横たわり目を閉じた。疲れ切った私はすぐに眠りに落ちた。
この日以降、私の生活が激変することになることはこの時の私は理解していなかった。
久しぶりです。すみません、相変わらず投稿が遅く。。