星井美希に転生したけど765プロがない件について 作:naonakki
私の同世代でアイドルに最も打ち込み実力を兼ね備えている人が誰かと問われると迷いなくこう答える。
綺羅ツバサさんだと。
実力面だけで言うと絵里さんが上だとは思うが、私がスクールアイドルになりたいと思うきっかけになった人のことを気にしない訳が無かった。秋葉原でA-RISEに宣戦布告された日から毎日A-RISEの動画を見ているくらいだ。日を追うごとに彼女の輝きが増していくのが分かる。その度に私はツバサさんに夢中になっていく。
まあ一言で言うと、私は間違いなくA-RISEの……いや、ツバサさんのファンだ。
しかし、ツバサさんは画面の中の遠い存在。
向こうも私のことを認知しているとはいえ、いつも見るのは画面越しであり簡単に会うことはできない特別な人という認識があった。
それでも同じアイドルの高みを目指す者同士、会って色々語り合ってみたかった。これまで私にはそういった人がいなかったから。そもそもこれまで周りにアイドルをしていることを秘密にしていたのだから当然だが。
綺羅ツバサさんと会えるのはラブライブの大会でだと思っていた。
前置きが長くなったが、要はそんな人と実際に会ってしまった私はどうなるのかというと。
勿論、絵里さんの実力が分かった時と同じ現象が私に起きる。
朝の憂鬱な気分などどこかに飛んでいくというもの。さらにその感動の大きさは思入れのあるツバサさんと会えた今の方が圧倒的に大きい。
……ぎゅっ。
私はおでこの痛みも忘れ感動のあまり声も出せずに静かに綺羅ツバサさんの小さな手を両手で握る。
私はそれはもうキラキラとした瞳で綺羅ツバサさんを見つめる。私の目には綺羅ツバサさん以外は見えていなかった。
……か、可愛いの。
思ったより背は小さい!
顔も小さいし、肌もきめ細かくてとっても綺麗……。
でもなんだか隈がある……寝不足?
……なんて声を掛ければいいのかな?
感動のしすぎで声がうまくでない。
……あぁ、どうすれば……どうすればいいの?
せき止められていたダムの水が決壊するように様々な想いが止めどなく溢れてくる。
あわあわしていると、先にツバサさんが反応する。
「……あ、あの、すみません、困ります」
ツバサさんが困惑したようにそう呟く。
ちなみに私は思い切り顔を近づけているのでツバサさんとの距離は数十cmほど。ツバサさんは困ったように顔を伏せる。
少し前。
UTX学園の制服に身を包んだ一人の少女、綺羅ツバサが秋葉原の町中を駆け抜けていた。彼女は素性がばれぬようマスクを装備している。
世間からは星井美希に次ぐスクールアイドルと呼ばれているわけだが、その慌てている姿からはとても世間を騒がせているアイドルには見えない。
……まさか私が寝坊するなんて。
綺羅ツバサの目の下にははっきりとした隈があった。それはツバサが昨日全く眠れなかったことを意味しているのだが、そうなったのはツバサがSNSで呟いたコメントのせいだった。
『絶対にラブライブで優勝します』
というコメントを呟いた結果、過去一でバズッた。トレンドにも浮上したほどだ。コメント自体はツバサの立場を考えれば特に変わったものでもないのだが、美希が放送事故を起こした直後のことであり、ツバサがそれを意識したコメントであることは誰の目にも明らかだった。それは事実上、綺羅ツバサが星井美希に打ち勝って恋人になると宣言したようなものだったからだ(ツバサもそのつもりで呟いたわけだが)。世間が騒がない訳がなかった。
あんじゅと英玲奈の制止を振り切って呟いたこのコメントだが、時間が経って興奮から冷めた後ツバサは自分がしたことの大胆さに徐々に気付き、羞恥に悶えていた。そして全然眠ることができなかったというわけだ。今日が朝練が休みの日だったことだけが不幸中の幸いだった。
……仕方ないわね。ここは近道するわ。
そして人気の無い路地裏に曲がった瞬間に美希とぶつかってしまったということだ。
……い、痛い。
……うぅ、寝坊した上に人にぶつかってしまうなんて、とにかく謝って相手に怪我がないかも確認しないと。
そう思った次の瞬間だった。
なぜかぶつかった手をぎゅっと握られてしまう。
ここで初めて相手の女の子のことを見たが……距離が近い。
ショートに整えられた茶髪の少女はとても綺麗だった。小さな顔に手入れの行き届いた肌、そして大きなぱっちりとした瞳。美少女と呼んで差し支えないその女の子は緊張した様子を見せつつも、なぜか私にきらきらとした憧れのような視線を向けてきている。
……綺麗な人。
それにどこかで見たような……?
思わず一瞬見惚れてしまうツバサだったが、すぐに我に返って自分のマスクが外れていることに気付き思わず顔を伏せる。
相手が自分を見る目。ここで相手の女の子が自分の熱烈なファンではないかと推測する。その証拠に困ると訴えても相手の耳には届いていない。時折、このようになってしまうファンがいるものだ。
見たところ怪我が無さそうなのだが救いだが、自分の正体がばれたのはよろしくない。
……まずいわね。ここで騒がれると人が集まりかねないわ。
…………仕方ないわね。
ツバサは集中し、アイドルとして綺羅ツバサへと気持ちを切り替えていく。
プロ以上の実力を持つと言われているだけのこともあり、その変化は一瞬だった。
ツバサは顔をあげる。
そこにいたのは遅刻しそうで慌てふためく女子高生ではなく、凛とした佇まいに見る者全てを惚れさすような余裕と妖艶さをあわせた笑顔を浮かべたアイドルだった。
「ごめんなさい、急いでいてぶつかってしまったわ。怪我はないかしら?」
ツバサがそう声をかけると、相手の女の子はさらに目をきらきらさせて感激とばかりにコクコクと頷く。
「……ふふ、良かったわ。もうばれちゃってるかもしれないけど私は綺羅ツバサと言うわ」
ここで女の子がより一層私の手を握る手に力を入れて、「ファ、ファンです!」と力強く答える。
…………ん?
今の声……どこかで……。
一瞬、思考に耽かけるツバサだったが、今は何に対しても動じず常に余裕を持つアイドルしてのツバサ。余計な疑問はそんな私のアイドル像を歪ませてしまう。私は一旦、疑問は横に置きアイドルとしてのツバサを演じ続ける。
「あら、とても嬉しいわ。ありがとう。あなたのような素敵なファンの人達のおかげで私はさらに上に駆け上がることができるわ」
ツバサはそう言って、間近から見つめてくる女の子の視線を真正面から見つめてウインクをする。
女の子は先ほどまであった緊張が自然と霧散していき、代わりに嬉しそうに頬を紅潮させていき満面の笑みを浮かべる。
……さて、そろそろ行かないと本当に遅刻してしまうわね。
「……ごめんなさい、私急いでいるのよ。そろそろ私は行くわ。もし後から実は怪我をしていたことが分かったりしたら、UTX学園のほうに連絡を頂戴ね」
そう言ってツバサは優しく握られている手をほどこうとすると、その女の子にさらに強く手を握られてしまう。ツバサが反応する前に目の前の女の子が口を開く。
「……やっぱり画面越しに見るのとは全然違う……、とっても可愛い! 学校さぼって秋葉原に来たらこんなことになるなんて! これはもう運命なの! もっと……もっと綺羅ツバサさんとお話がしたいな!」
……………………へぇ?
ツバサの頭が一瞬で真っ白になる。
それはそうだ。
目の前の少女が自分が今最も気になっている人の声そのものだったのだから。
「え、あ、え? み、美希ちゃん? いや、でも茶髪だし……、え、でもこの声は……え? これは夢?」
そこにはアイドルとしての綺羅ツバサはいなかった。はわわと慌てふためく年相応の女の子がそこにいた。
対して美希は「茶髪……?」と不思議そうに呟いた直後にようやく自身が変装していたことを思いだす。するとおもむろに美希はウィッグを何の躊躇いもなく外す。同時に美希のトレードマークともいえる金色の髪が宙に舞い踊る。
そして美希は改めてツバサの方を見ると、
「そう言えば自己紹介がまだだったね! 私は星井美希! 綺羅ツバサさん! ずっとあなたに会いたかったの! あはっ☆」
憧れの人が突然現れ、手を握られ至近距離でこんな満面の笑みで自己紹介された人はどうなるだろうか。
完全にオーバーキルだった。
ツバサの思考は完全に停止してしまう。
「……あれ? どうしたの?」
ツバサが瞬きすらせずに固まってしまったので、美希が不思議そうにそう問いかける。それでようやくツバサの硬直が解ける。そして一気にその顔が真っ赤になる。
「……え? え? ほ、ほほほ本当に美希ちゃん?」
ツバサが震える口調でそう問いかける。
「うん! 美希だよ!」
「…………う、嘘でしょう」
あまりの事態にツバサが硬直している時だった。
「……え? 美希ちゃん!? それにあれはA-RISEのツバサちゃんも!?」
ツバサがその声に反応して顔を向けるとそこにはOLらしき女性がいて驚いたようにこちらを見つめていた。それを皮切りにどんどんと人が集まってくる。
「ほ、本当にミキミキとツバサちゃんだ!」
「私見てたけど、二人で手を握り合ってずっと見つめ合ってたわよ……。尊い……」
「昨日のSNSで二人がお似合いってもちきりだったけどまさかもう二人は……」
「それに今は学校のはずじゃ……。まさか学校をさぼってまで二人の愛を確かめあっていたということ……」
「あぁ、神様……、この光景を見れたことに感謝を……」
ツバサの顔から一気に血の気が引いていく。
……こ、これは大騒ぎになるわね。
ツバサは昨日のSNSでの盛り上がり具合から自分たちの行動次第でこの騒ぎがさらに大きくなることを予測する。美希に会えた喜びよりスクールアイドルとして騒ぎを起こしてはいけないという考えがツバサに冷静さを取り戻させる。
「……美希ちゃ……星井さん。ここは冷静に振舞って騒ぎを大きくする前に退散しましょう」
ツバサが小声で美希にそう提案するも、美希は先ほどまでとは一転、一気に不満気になると頬を膨らませる。
「ヤ!」
そして一言そう言ってツバサに詰め寄る。
自分が周りに影響力を及ぼし過ぎると痛感して反省したばかりの美希だったが、それでも美希の目にはまだツバサしか見えてなかった。
そして突然美希が不機嫌になったとことで、折角冷静さを取り戻したツバサも慌ててしまう。それに追い打ちをかけるように美希が続ける。
「私のことは美希って呼んで欲しいの……。私もツバサさんって呼ぶから!」
「もちろ……いや、あの……嬉しいけど、そのね、今はそのそれどころじゃ……」
ツバサがあたふたと言い淀んでいると、美希が悲しそうな表情を浮かべる。
「………………だめ?」
「だめじゃないわ、美希ちゃん」
切なげに上目遣いでそう問いかけられたツバサは、きりっとした表情を浮かべ即答する。
ツバサの返事にパァッと笑顔を浮かべた美希が感極まりツバサに抱き着く。柔らかい感触がツバサの全身を包む。
ツバサの理性が崩れていく。
…………あぁ………いい匂い。
ツバサの意識が遠のいていく。
周囲から聞こえる「きゃー!」という黄色い叫びが徐々に遠のいく。
そして、完全に堕ちようとしたところで。
――はっ、だめよ!
しかし、ツバサはぎりぎりのところで踏みとどまる。
「美希ちゃん! とりあえずここは逃げるわよ! 私の学校に行きましょう!」
ツバサは残った理性を総動員し、急いで美希を引き剝がし、立ち上がるとそのまま美希の手を掴み、強引に引っ張る形で駆けだす。
「やん、もうツバサさん、強引なの♪」
嬉しそうにそう言いながらツバサについて行く美希。そんな美希の言動にツバサはどぎまぎしながら必死に足を動かすのであった。
そしてこの出来事が瞬く間に全国に発信されることになる。
美希とツバサが出会う数時間ほど前。
校門の前で真姫とことりが驚いたように見つめ合う。
今日はμ'sの朝練は無い。つまりこんな朝早くに学校に来る理由はお互い無いはず。朝礼や委員会の仕事があったにしたってあまりに早すぎる時間。シンとした沈黙が辺りを支配する。
「あ、えっと、西木野さん、おはよう」
驚きから我に返ったことりは慌てたようにいつもの柔らかい笑顔を浮かべてそう言葉を投げかける。
「……おはようございます。……南先輩、朝早いんですね?」
対する真姫は懐疑的な視線をことりに向ける。
真姫は美希が来た時のことを思い返す。
……美希ちゃん、南先輩と高坂先輩と仲が良かった。……いいえ、特に南先輩に対して特別な想いを持っているように見えた。二人の間に何かしらの繋がりがあるのは確か。
……そしてこのタイミングでの登校。
真姫に質問を投げかけられたことりは何かを思い出したかのように急に両手を桜色に染まった頬にあてて「えへへ~実はね~」と恥ずかしそうに、しかし嬉しそうに振舞いつつ続ける。
「練習しようと思って早く来たの。早くアイドルとして実力を身に付けないといけないと思ってね」
……やっぱり。
予想していたはずのことりの答えに真姫は焦る。明らかにことりも美希のことを意識しているからだ。
真姫から見てもことりは女の子らしくて可愛らしい。少なくとも不愛想な自分よりは美希ちゃんに相応しいとも思ってしまう。
……そもそもあの日も私は美希ちゃんと一言も話せなかった。
そう考えると上機嫌だった登校時から一転泣きそうになってしまう。
「そう言えば西木野さんはどうしてこんなに早く?」
ことりが真姫にそう質問を投げかけるも真姫はそれに答えられない。
その時だった。
「うぇぇぇんっ!! 絵里先輩ーっ!!!! もう走れないよぉっ!!!!」
穂乃果の断末魔にも近い悲痛の叫びが聞こえた。それは静かな早朝の街によく響いた。
ことりと真姫が驚いて声のした方に視線を向ける。
「こ、こら! そんなに叫ぶと迷惑でしょう! 分かったわ、休憩にしましょう、だから静かにしなさい!」
直後に慌てたような絵里の声が聞こえる。
ことりと真姫の視線の先には、スポーツウェア姿の絵里がいた。その少し後ろには同じくスポーツウェア姿の穂乃果がいた。
絵里がようやく止まったのを見た穂乃果はよたよたと惰性で走りながらこちらに近づいてくる。その穂乃果はスポーツウェアが全身に張り付くほどの汗をかいており、ぼろぼろと涙を流しているその顔には濃い疲労の色が見えている。
どれほどの運動をすればこうなってしまうのだろうか。
真姫と親友のことりですらそんな穂乃果の様子に軽く引いてしまう。
「ぜぇー…………、ぜぇー…………ぐっ、……うぇ……、し、死んじゃう……。え、えり、先輩……、走るの、は、速すぎ……です。それも……一時間以上も、休憩なし……で……」
やがて立ち止まった穂乃果はその場に膝をついて崩れ落ちる。息も絶え絶えのその様子からとてもアイドルを目指す少女には見えない。
「何言っているのよ? あなたが望んだことでしょう? これくらい涼しい顔してこなさないといけないわよ? ちなみに私は全然平気よ。もう一回走って来てもいいくらいよ」
絵里の言葉に穂乃果は顔を青ざめさせる。
「こ、これ以上走ったら穂乃果、壊れちゃうよ……」
「……だから何? それじゃあ、5分後に再スタートね。今度はもう少しペースを上げるからね」
懇願する穂乃果に対し、絵里はそう容赦の無い言葉を投げかける。
穂乃果は「そ、そんな……」と絶望に顔を染め上げる。
「…………そんなに嫌ならやめる? そんなことじゃ美希ちゃんの足元にも及ばないわよ? さっきあなたは死ぬとか壊れるとか言っていたけれど、それくらいやらないといけないのよ? それほどあなたと美希ちゃんの間には実力の差があるの。それを理解しているの?」
冷徹な表情を浮かべそう言い放つ絵里。
そのあまりの迫力に、遠巻きから見ていた真姫とことりでさえ、ごくりと息を吞む。
そしてそんな絵里を目の前にした穂乃果はと言うと。
「……っ」と怯えたようにその大きな瞳を潤ませ涙を流しつつも、やがてその瞳に力を込めて絵里も負けない迫力を纏う。
「や、やりばずっ!!!」
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった穂乃果が叫ぶ。
絵里はしばらく厳しい表情を浮かべて無言のまま穂乃果を見つめた後、ふっと柔らかい表情を浮かべる。
「……ふふ、そうこなくちゃね。でも不思議ね。あなたならそう言うと思ったわ。厳しいと思うけど頑張りましょう!」
絵里はそう言いながら穂乃果の肩を叩きながら、ぱちんとウインクを決める。「絵里先輩……」そんな絵里を感動したように見つめる穂乃果。
「あ、あの……。絢瀬先輩。おはようございます。……穂乃果ちゃんもおはよう」
二人のやり取りが終わったタイミングで今まで遠巻きに見ていたことりがおずおずといった様子で絵里に話しかける。
絵里と穂乃果は驚いたようにことりの方に顔を向ける。
「あら、南さん。おはよう。それに西木野さんも」
「……あ、ことりちゃん。おはよう。西木野さんもおはよう」
絵里は爽やかに挨拶を返しているが、穂乃果の挨拶にはいつもの元気が無い。やはり相当疲れているのだとことりは理解する。
「……おはようございます」
ことりのやや後ろに位置どった真姫は怪訝そうに挨拶を返す。
「あの、二人はいつから走っていたんですか?」
緊張したようなことりがそう問いかける。
まさかこの二人も昨日の美希ちゃんの配信を見て……。
「え? そうねぇ……。5時くらいかしら?」
「……4時半です」
穂乃果がぼそっと訂正した言葉にことりと真姫に戦慄が走る。
今の時刻は6時少し前。本当に一時間以上走っていたらしい。しかもこれからまた走るらしい。正気の沙汰では無い。
「あ、あの……!」
ここで真姫がやや上擦った声をあげながら絵里と穂乃果を見つめる。その瞳には不安と恐れが混じっている。
そんな様子の巻に絵里と穂乃果は何事かと真姫を見つめる。
一方、人と話すことが得意でない真姫は恥ずかしさから若干頬を染めつつも切り出す。
「そ、その……二人は昨日の夜の美希ちゃんの配信を見たからこんなことしているんですか?」
この言葉にことりは真姫の質問の意図を理解し、はっとしたように絵里と穂乃果を見つめる。
しかし、絵里と穂乃果はぽかんとした表情を浮かべる。
「え、昨日? もしかしてまたゲリラ配信があったの? 美希ちゃん……気まぐれで配信するから……そういうところがいいんだけど」
「あうう……。そうだったんだ。昨日は絵里先輩にずっと電話でアイドルとして上達するにはどうすればいいか聞いてたから……。その後はすぐ寝たし朝もすぐ朝練だったし……」
美希の配信を見逃したことを知った二人はショックを受けたように項垂れている。
しかしその二人以上に二人の反応を見た真姫の動揺は激しい。
「え!? じゃ、じゃあ二人はどうしてこんな朝早くに練習を?」
いつも冷静な真姫とは思えないほど取り乱しながら二人にそう問いかける。
「どうしてって……。そんなのアイドルとしての実力を身に付ける為に決まっているじゃない。朝は徹底的に基礎練習。放課後は歌やダンスの練習よ。正直これでも全然足りないくらいだけどね。何しろ目標は美希ちゃんだもの」
絵里は何を当たり前のことを聞いているんだと言わんばかりな様子。
「うん! 絵里先輩の言う通りだよ! 昨日の夜も絵里先輩に相談していた時に早速今日の朝から練習しようってなったの! 凄くしんどいけど穂乃果はやるよ!」
穂乃果は疲れを感じさせないきらきらと希望に満ちた笑顔を浮かべている。
そんな絵里と穂乃果は純粋にアイドルとしての実力を研鑽しようとしていたことが嫌でも真姫とことりに伝わってしまう。
そして二人とも思い出す。美希の言葉を。
『やっぱり付き合うとしたら、私以上にアイドルに一生懸命な人かな……』
まさにその条件に当てはまる人物が目の前にいる穂乃果と絵里ではないかと。
「そ、そう……ですか……」
力なく真姫は尻すぼみにそう答える。
自分の浅はかで欲にまみれた動機でここにいることが途端に恥ずかしくなってきてしまう。その顔がみるみるうちに赤くなっていく。これはことりも同様である。
……そうよ。美希ちゃんが選ぶとしたらこういう純粋に心からアイドルの高みを目指すような人じゃない。今更こんなことに気付くなんて。
誰よりも美希ちゃんを理解しているつもりだった真姫は自分の馬鹿さ加減に嫌気がさす。
「それで西木野さん? さっきの質問の意図は何かしら? 昨日の配信で何かあったの? ねえ、それがこの朝練とどう関係があるの? ねえ早く教えて!」
「そうそう! 何があったの? 教えてよ! 西木野さん!」
落ち込んでいる暇など与えないと言うように絵里と穂乃果が真姫に迫る。その二人の表情はまさに鬼気迫るものがある。二人とも昨日美希ちゃんの配信が気になって仕方がないのだ。
「ヴェェ、あ、いや。その、なんというか……」
急に顔がくっつきそうなくらい迫られた真姫はパニックになりおろおろしてしまう。
ここで絵里が思い出したように「あ!」と口にする。
「もう五分経っているじゃない! ほら高坂さん! 準備する!」
「えぇ!? も、もう少しだけ休憩……」
「だめよ! くっ……、美希ちゃんのことは後で調べるしかないわね。さあ高坂さん、後30分ランニング! その後は筋トレよ! 南さんと西木野さんも朝練に来たんだったら今からでも参加しなさい。さあ! 行くわよ!」
「ちょ、ちょっと待って絵里先輩!? ちょ、本当に早い……。え、ていうか筋トレって何ですか!? 私達アイドルだよーー!?」
「いいからついてきなさい。後、ここからは笑顔で走ること! アイドルはいかなる時も笑顔を絶やさないものよ」
「えぇ!?」
驚愕しつつも必死に絵里について行く穂乃果。そうして二人はあっという間にことりと真姫の前からいなくなってしまう。
「……私達も行こっか」
「……そうですね」
二人を呆然と見送りながらそんなことを呟くことりと真姫だった。
「……なるほど、朝練をしていたの。それで”こう”なっているのね」
朝のホームルームまでもう間もなくといった時間。
元アイドル研究部の部室。そこににこの呆れた声が響く。
そのにこの視線の先には、机に突っ伏しているスポーツウェア姿の穂乃果、ことり、真姫の姿があった。
全員喋る元気も無いのかピクリとも動かない。特に4時半から練習していた穂乃果は重症でこの部室まで自分で移動することすらできずに絵里に担がれて連れてこられたほどだ。
「まったく、これくらいで音をあげているようじゃだめね」
穂乃果と同じ練習をしていた絵里は、程よい汗をかいているのみでまだまだ元気な様子でそんな言葉を漏らしている。
「本当ね。私だって朝練を毎日しているけど、情けないわね。それで? 今日はどんな練習をしていたの?」
絵里に同意するようにそう問いかけるにこ。
「ええと、高坂さんと二人でストレッチをして2時間くらいランニングをして、そこから今までひたすら筋トレよ。腹筋、腕立て、スクワット、プランクとか……」
「は? ……2時間ランニング? 筋トレ?」
絵里の答えににこが素っ頓狂な声を上げる。目を見開き絵里を見つめる。
「え? 何か変かしら? にこもこれくらいしているんじゃないの?」
一方の絵里はにこの驚きように逆に驚いたようににこを見つめる。
「いやいやにこは、1時間程度よ! というか何時起きよ? 睡眠時間は足りているの? 睡眠不足は美容の敵よ」
「大丈夫よ。9時には寝ているから」
「……9時って」
「これくらいの練習量はこなさないと。明日からは全員で朝練をするわよ」
「……うそでしょ。………流石に朝早すぎるわよ。せめて6時とかからなら……。でも練習量が必要なのは確かだし……」
にこは、引きつった顔を浮かべうんうん悩みだす。
少し考えた後、にこはいったん考えるのを止める為かダウンしている三人に顔を向ける。
「それより三人とも、そろそろ着替えないと遅刻するわよ?」
にこがそう言ったと同時にドタドタという足音が部室に近づいてきた。
「たたたたたたいへんですぅぅぅ!!!」
ばんっ! とドアを開け放ってきたのは花陽だった。
花陽ははぁはぁと荒い息をつきながら興奮と驚きから頬を紅潮させている。
「い、いま、美希ちゃんとA-RISEの綺羅ツバサさんのことがネットで話題になっているんです!」
その言葉に動く元気が無かったことりや真姫も含めて、部室にいた全員が花陽のほうに視線を向ける。
「え? 美希ちゃんがなにかあったの? でもA-RISEの綺羅ツバサさんもってどういうこと……?」
絵里がそう質問する。
「そ、それが――」
こうしてμ'sのメンバーにも今朝の美希とツバサのやり取りが知れ渡る事となる。
「……ああ、またやっちゃったの」
私は頭を抱えながらまた興奮で我を忘れてしまったことを悔いていた。
顔からは大量の冷や汗が流れている。
私がいるのは、UTX学園の小奇麗な机と椅子がある一室だった。今私はその椅子の一つに腰かけている。
ここまで私を案内したツバサは「ちょっと待っててね」と言い残し、どこかに行ってしまった。
そして一人残された私は興奮も醒め、自分がしでかしたことを自覚し始めた、というわけだ。
ツバサさんにも迷惑をかけてしまった。
……もっと自制心を保たないと。
そう反省している時だった。
――コンコン
部屋にドアのノック音が響いた。
私が顔をあげると同時にドアがガチャリと開く。
「おい、ツバサ。いきなりこんな部屋に連れてきてどういうつもりだ」
「そうよ。融通がきくとはいえ出れる時には授業に出ないと……」
「いいからいいから! きっと二人とも驚くわよ!」
そんな会話と共に部屋に入って来たのはA-RISEの三人だった。
それを理解した瞬間、私はガタッと音を鳴らし立ち上がる。
そして三人の前まで急いで駆け寄る。
――目をキラキラと輝かせて。
「わぁっ! A-RISEの三人が目の前に……。夢のようなの……」
さきほどまでの反省はどこへやら。またもや我を忘れて子供のようにはしゃいでいた。
そして美希を前にした英玲奈とあんじゅはと言うと、目をまん丸に見開き言葉を失ってしまう。
「ん~、やっぱり三人とも画面で見るより直接見た方がずっと可愛いの~!」
きゃっきゃっと盛り上がる美希を前にようやくあんじゅと英玲奈がぽかんと口を開く。ちなみにツバサははしゃぐ美希をうっとりと見つめていた。
「……ど、どういう状況なんだ。ツバサ」
「……星井美希さんよね? どうしてここに? ……というか学校は?」
英玲奈とあんじゅが信じられないものを見るような様子でツバサに問いかける。
無理も無かった。もう間もなく学校が始まる時間に突然、ツバサに付いてくるよう言われて訳も分からずここに来たのだ。するとそこには世間を賑わせている星井美希がいたのだから。
「ええ。美希ちゃんよ。さっきたまたま会って、ファンの人達から逃げる為ここに連れて来たの。そして美希ちゃんは色々あって今日は学校に行きたくないんですって」
ツバサは自慢げに二人にそう答える。
「……いや、え? どういう意味かよく分からないんだが」
「これツバサが暴走してないかしら……。昨日のテンションそのままよ……」
怪訝な表情を浮かべる二人に対し、ツバサは続ける。
「だからね、折角の出会いだし、一緒に合同練習をしたいなと思ったのよ。 今から! どう、美希ちゃん?」
「ツバサさん! それって最高なの!!」
ツバサの提案に当然私も飛びつく。
A-RISEの三人と練習。同じ高みを目指す者同士のそれはきっと素晴らしいものになるだろう。
「二人もいいでしょう? 貴重な機会ですもの。きっとこの経験は今後に活きるわ。学校には私から伝えておくわね」
意気揚々とそう話すツバサ。
「……」
「……」
結論から言うと、私とツバサさんは怒られた。
あんじゅさんと英玲奈さんはそれは怖かった。
特にツバサさんは隣で見ている私が震えあがるほど厳しく怒られていた。
個人的な考えで学業を疎かにしようとするとは何事か、しかも他校の人まで巻き込んで、と。
正論過ぎてツバサさんは何も言い返せず、最終的には酷く落ち込んだ様子で「……ごめんなさい」と謝罪していた。
二人は私にも厳しく、そんなに元気なら遅刻してでも学校に行くよう促されてしまった。ぐうの音も出ない。
ただ昨日の私の事故配信を見ていたようでそれが原因で学校に行きたくないのであれば無理はしないようにとも言ってくれた。ただ、ここでさぼって練習はだめだと念押しされた。
二人とも優しい人なのだろうと判断した。二人のおかげで私の暴走もようやく止まった。
「二人ともありがとう! 美希、学校に行くね! A-RISEの人達はみんな良い人だね! あんじゅさんと英玲奈さんも美希のお姉ちゃんになってもらいたいくらいなの!」
二人の手を取って思ったことをそのままに笑顔で伝えると、あんじゅさんも英玲奈さんも神妙な顔つきで
「……ツバサもこれにやられたんだろうな」
「……末恐ろしい子ね」
とそんなことを呟いていた。意味はよく分からなかった。
というわけで結局私は学校に行くことになった。
さっきふたりにはああ言ったが、最悪である。
ただ嬉しいこともあった。
放課後に合同練習すること自体は二人も大賛成であり、今日の放課後にまたUTX学園に来ることになったのだ。
今日の放課後が今から楽しみだ。
そして私は学校まで来ることになった。
ちなみにここまでは三人が用意してくれたリムジンによって送迎してくれた。リムジンなんて初めて乗ったが、色々凄かったとだけ言っておく。流石はお嬢様学校である。
授業中の為、静かな正門を眺める。
はぁ……とため息をつく。
放課後の楽しみができたとはいえ、やはり憂鬱なものは憂鬱だ。
昨日の全国への暴露事件から初めて色々な人の前に姿を現すことになるのだから当然だ。
ネット上では好意的な反応が多かったが、果たして現実はどうか……。
私は、緊張で高まる胸に手を当て意を決して門をくぐり、教室に向かった。
そして……。
「私、美希ちゃんの事もっと好きになっちゃった……。ずっと応援しているね!」
「美希ちゃん! 女の子が好きだったんだね! 実は私も……」
「ねえねえ! やっぱり綺羅ツバサちゃんが本命なの!? もう私それが気になって昨日寝れなかったんだから!」
「アイドルの女の子じゃないとだめなの……?」
私のもとに休み時間のたびに女の子が次々と押し寄せて来た。ネットでの反応そのままであった。いや、寧ろそれ以上。
これまでも私の周りにはたくさんの人が来てくれていた、しかし今日の皆の目はこれまでと違う気がする。
これまでは友達の延長上、そのような距離感であった。
しかし、今日の皆はなんというか、友達のラインを超えた好意を伝えてきているような気がする。
なんか、こう……目にハートが見えるような気がすると言うかなんというか……。
……あれ?
もしかして美希……。
…………女の子にモテる?
お久しぶりです……。
最終投稿が2022年8月でしたので実に3年近くぶりです。
もし続きを待っていてくれた方がいましたらすみません。
大変お待たせしました……。