呪霊操術を使っていたら嫌われた件について   作:久生蟷螂

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任務

 2018年6月18日。京都府○○廃病院にて二級呪霊の発生を「窓」が確認。祓除の為、只野礼司準二級呪術師及び三輪霞三級呪術師を派遣。

 

 

夏の日差しが段々と厳しくなっている6月の真っ只中に居る俺にとって任地である廃病院に向かう車の中は、至極快適な環境だった。車の中にはクーラーも効いており、そこから送られてくる冷風は自分の肌に当たると、冷んやりとして気持ちいい。昨日は比較的任務が少なく、従って、睡眠時間を多く取る事の出来た俺の頭脳もいつもより正常で明瞭な思考をする事が出来る。その脳をもって今回の任務の資料の整理を俺はやっていた。

どうやら高専から数㎞先の廃病院にて二級呪霊一体が発生したらしい。既に被害者も出ているらしく、肝試しの為に安易に近づいた20代の若者三名が行方不明になったのだ。廃病院は閉鎖されてから久しく、不審者の侵入を阻む為の柵も錆びついて、機能しておらず、ほぼ無防備の状態だったそうだ。つまり、興味本位で入ろうとする馬鹿共を止める策は無かったという訳である。そして、二級呪霊となると術式を持たないとはいえ、そこそこの強さだろう。しかも場所は廃病院。其処で亡くなった人々の無念も深いだろうから、今まで相手にしてきた同級の呪霊よりかは強くなっているかもしれない。それになにより……

「只野さん!二級の案件ですが一緒に頑張りましょう!」

…此方の戦力が非常に心許ない。

 三輪霞。自分と同期の三級呪術師だ。入り込んだ者をフルオートで迎撃する簡易領域を形成出来る門外不出の剣技の流派であるシン・陰流を扱って戦うのだが、三級という階級が示す通り、まだまだ未熟な呪術師だ。スカウトの形で高専に入学したらしいが、それは呪霊が見えるからだろうか?

そう言う俺は彼女より一つ階級が高いだけの準二級呪術師だろうと他の人からよく言われるのだが、それは上層部の圧力の所為だ。なんでも昨年、俺と同じ呪霊操術を使う呪術師夏油傑が京都と東京に使役する大量の呪霊をばら撒いて大規模なテロを起こしたことから、上の俺に対する警戒が厳しいらしい。それなら始めから四級呪術師のままにしておけば良かったのにと俺は思うのだが、そうすると強い手札となる呪霊が手に入らないので、逆に今のままで良かったと今は考える様にしている。そう言えば、と思い自分の使役する呪霊を確認し始める。取り込んだ呪霊の特徴などを全て書き込んだメモ帳を取り出してページを捲り始めた。

今現在使役する呪霊は以下の通り。

 

二級呪霊 白鯰

     虹龍

     髪切

     磯撫

     鬼熊

三級呪霊 89体

四級呪霊 97体

総勢191体もの呪霊を操れる訳だが、この内まともな戦力として機能しているのは五体の二級呪霊のみであり、他の186体の呪霊は攻撃を受けた自身の身代わりや牽制にしか利用出来ない。更に呪霊の強度自体が脆いので消費が早い。しかも頼みの綱の筈である二級呪霊も、術式を持たず、呪力とガタイを活かした肉弾戦でしか活躍出来ないという体たらくであり、少しでも術式を使える呪霊を取り込みたいというのが、最近の自分の課題であり、欲求でもある。今回の廃病院での任務にて二級呪霊がもし、術式を使える様な強力な呪霊に変化していたらと考えていると、急に制服の袖口を引かれた。慌てて横を見やると三輪が頬を膨らませて、如何にも怒っているという様子で此方を見ていた。

「只野さん。何ボーっとしているんですか?もう任地に着いていますよ!」

 

そう言えばそうだったか。ふと外を車の窓越しに見ると目的地の廃病院が目の前にその不気味な姿を言い知れない圧迫感と共に見せていた。その様子に少し胸が締め付けられ、不快な気持ちになったが、直ぐに気を取り直して。

「ごめん。考え事をしていたんだ。とっとと行こう。」

「もぉ〜いつもそうですよ。早く行きましょう。」

常に考え事に没頭してしまうのは俺の悪い癖だ。

小さい頃から一人だった俺はその寂しさを紛らわす為に、頭の中に一人入って思考に没念していたのだ。そうすれば、他人に関わる面倒な事はせずとも孤独の事を忘れる事が出来た。…皆俺を煙たがっていたので、これ位しかやる事が無かったのだ。今もこうして一人物思いに耽っている。既に補助監督に帳を降ろしてもらい、三輪と共に廃病院に走って突入している最中もだ。廃病院の内部に入ると、その場の空気が今までのものとは全く違うモノに変化した。

ソレはとても冷たく、不気味な空気だった。今まで多くの呪霊相手して来 きたが、それでもこの場の空気は異様だった。誰も寄せ付けない様な凍てついた氷の様な異質な空気。ソレに俺は体がガチガチと震えていたが、その一方で、これ程の場所に巣食う呪霊ならば、相当強いのだろう。祓いがいがある。そういう武者震いの類の心の興奮が体を突き動かしていた事もまた、事実である。それから俺は三輪の方を見やった。彼女もまた、病院内の空気の異常さを肌で感じ取ったらしく、青白い顔をして汗をかきながら走っている。普段は明るく、お喋りな彼女が押し黙る様子を見ると改めて今回の任務の異常さを理解した。病院の受付所だったと思わしき場所を通り抜けて、二人で暗い廊下を走っていると、急に後ろから女性の声が聞こえた。 ……肩が、ゾクリとした。

 

『ネぇ、ワ、わタ、わたシ、私綺麗¿』

 

綺麗でハッキリとした声だったが、それが逆に、この状況下では、恐怖心を抱かせずにはいられなかった。ふと三輪の方を見やると彼女は既に全身から冷たい汗を流していた。俺は、思わず心配になって声をかけた。

「三輪さん。大丈夫ですか?」

「は、は、はい!わ、私は大丈夫ですよ!私はこれでも呪術師ですし、怖くなんてないですから!」

どこからどう見ても怖がっているだろうという野暮なツッコミは敢えてせず、彼女と一緒に振り返ってみる。

 

……今まで俺たちが走っていた廊下にコートを着た女性の姿をした呪霊が何かを持ってポツンと一人、立っている。しかも、その呪霊と俺たちの周囲の環境がまるで変わっていた。これまで俺たちがいた筈の清潔感の残る病院の廊下が四角い石をはめ込んだ道に変わり、壁が道と同じ様な石で作られた四角錐の形をした柱の立ち並ぶ異様な場所に様変わりしていた。そして何より、場の空気が今までよりも更に重くなっていた。その空間の中心に立つ女性の呪霊は、先程の質問をしてから何もして来ない。その様子は一見すると無防備に見えるが、油断は禁物だ。今は呪霊に対する攻撃は控えつつ、現状の把握に努めよう。

さて、今、あの呪霊は何を行なっているのだろうか⁈

俺たちは今、ソイツが展開したと思われる領域の様なものに囚われている。では、ソレは一体何なのか!呪霊の展開する領域といったらまず真っ先に領域展開というものが思い当たるが、その可能性は限りなく低い。何故なら領域展開というものは呪術戦の極致に当たるものであり、当然ながら使用可能な呪術師や、呪霊の数は限られている。あの呪霊の様なそんじょそこらの野良呪霊が簡単に扱える代物ではない。それに何より領域展開はとてつもなく呪力を食う。アイツは、俺たちの背後から気づかれもせずに近づいた。そうしたら後は自身の術式を使えば簡単に俺たちを始末出来た筈だ。それなのにそうしなかった。それは何故か?答えは簡単だ。

それはアイツの展開する領域そのものが術式だからだ。

差し詰め、あの呪霊の領域は恐らく簡易領域だろう。しかも、三輪さんが使う様なものとはまた違った代物だ。これもまた推測になるが、さっきあの呪霊が行なった質問に答えない限り、俺たちも、引いては呪霊本人も攻撃が出来ないのだろう。

質問に答えない限り、互いに不可侵を強制する簡易領域を展開する。

なかなか面白い術式を持つ呪霊じゃないか。

これは何としても取り込みたい。その為に、俺は隣にいる三輪に支援を求めようとしたが、したのだが……

 

「ね、寝ている?いや、気絶か。」

 

三輪さんは驚いたことに気絶してしまっていた。恐らく、呪霊にビビりすぎたのだろう。今まで三級の呪霊を相手にして来た彼女は、あの呪霊に純粋に恐怖したのだろう。彼女を放置して、目の前の呪霊について考える。

アイツは術式を持つ点から少なくとも二級呪霊を超えている。等級は準一級位だろうか?しかも、質問の内容からアレは口裂け女の仮想怨霊ではないか?姿が女性だと思われる事もそれを補強していた。そして、結論に至る。アイツは準一級仮想怨霊の口裂け女だろう。

一通りの考察を終えたら、後は行動だ。まずは、口裂け女の質問に答える。

「まぁ、普通だな。ふ、つ、う。」

すると、その言葉に彼女は明らかに反応した。…どうも混乱しているらしい。領域らしきものも解けた。これはチャンスだ。そう思って、手持ちの呪霊を呼び出した。

「白鯰。」

その言葉と共に、白く、流麗な形をした鯰の様な呪霊が虚空から現れた。まずは、相手の攻撃手段を探る。その為に、頑丈さでは一級呪霊にも匹敵する二級呪霊の白鯰を出して口裂け女の方へ突進させる。彼女は、白鯰が自身に向かうのを見て、困惑しつつも左手に持つ何かを握る。すると、白鯰の周りに、幾つもの巨大な握り鋏が現れて、それを切り裂こうとしたが、白鯰の余りの硬さに弾かれ、挙句の果てには自身に対する体当たりを許してしまった。ぶっ飛んだ口裂け女は、直ぐに体勢を立て直そうとしたが、それは為せなかった。

「鬼熊。」

俺の言葉に反応して、暗闇から、身の丈十尺はあろうかという熊の呪霊が現れ、口裂け女に対して猛烈な殴打の連撃を加えた。しかし、彼女も去る事ながら、鬼熊を鋏による挟撃で怯ませ、その隙にその脇から逃げ出したが、直後に、強烈な衝撃を受けて、再び、吹き飛ばされた。犯人は俺自身だ。彼女が鬼熊の脇から抜け出してから直ぐ様、脚に呪力を流して飛び蹴りを加えたのだ。更に俺は、ふらつきながらも立っていた口裂け女の胴に呪力を流しつつある拳をフルスロットルで叩きつけた。

 

…その瞬間。拳が赤黒く光った。

 

黒閃‼︎‼︎‼︎

 

打撃との誤差10万分の1秒以内に呪力が衝突することで攻撃の威力が2.5乗される現象、黒閃を、俺は彼女に容赦なく打ち込み、完全に戦闘不能に陥らせ、いつものようにソレを呪霊玉に変換して、キャビアの様なそれを一気に飲み込んだ。…当然の如く、それに味は無い。だが、

 

これで術式を持つ呪霊を仲間に引き込んだ。それと同時に俺の欲求も満たされた。ふと気絶していた三輪さんの事を思い出して、彼女の方向へ、視線を向けると、彼女は驚いたことにまだ気絶している。そんな彼女に呆れつつも、俺は彼女を自分の背中に乗っけて外で待っているであろう補助監督の元へ、ゆっくり一歩ずつ歩き出していた。

昼の太陽の放つ日光が扉から差し込んで自分の目を射た。

 

それは、とても眩しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

___________解説

 

只野礼司

準一級仮想怨霊の口裂け女を手に入れてルンルンな京都校の二年生。

気絶した三輪霞に驚き、呆れつつもしっかりと運んだ優しい男。

無意識のうちに黒閃を口裂け女に叩き込み、危うく祓いかけた。

実は、人並み外れた呪力のコントロールの才能を得る代わりに味覚を失う天与呪縛持ち。

上層部からありもしない噂を流され嫌われた男。

三輪霞

口裂け女にビビり、気絶した。あんまり活躍出来なかったよ。

だが、自分をしっかり運んでくれた只野に対して好感度が上がった。

と同時に噂が嘘ではないかと疑い始めた。

口裂け女

圧倒的被害者。原作とほぼ同じ強さを持って生まれたにもかかわらず、開始早々に只野に捕まり、白鯰の体当たりや鬼熊の殴打、只野本人の蹴りに加え、黒閃まで受けて死にかけた。彼女は泣いていい。

白鯰

格上の呪霊の攻撃を弾き、更にぶっ飛ばした化け物。

お前は本当に二級呪霊か?

鬼熊

二級の仮想怨霊。妖怪である鬼熊に対する恐れが産んだ呪霊。

筋肉質の体を生かした肉弾戦が得意。ただし、只野本人は黒閃一発で瀕死に追いやった。

 

 

 

 

 

 


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