「こんにちは、ナナリー」
「……っ!?」
ナナリーがスザクの無事を願っている中、後ろから声がかけられた。
気配には鋭いナナリーがわずかすら気配を感じられなかった。
背筋が硬くなる。
「やっと一人になったね」
いきなり現れたその少年――いや、少年と呼べないほどに幼い。
紛れも無い恐怖に怯えるナナリーを見て嗜虐的な笑みを浮かべる。
「……あなたは?」
「僕の名はV.V.。こっちを向いてくれないかな? 君の目が見えないのは知ってるけど、後ろを向かれちゃ話しづらい」
つかつかつか、と容赦も遠慮もなく足を進める。
「――」
くるり、と向きを変えたナナリーが”違った”。
雰囲気がまるで違う。
さっきはわかりやすい雰囲気――つまりは恐怖があった。
だが、今は悲観しているようで、相手を軽く見ているようなちぐはぐな感じである。
はっきり言うならこういうことになるだろう――
――お前は取るに足らないが、状況は悪い。
「? どうしたのかな、ナナリー。君のどこにそんな余裕があったのか聞かせて欲しいな」
V.V.は戸惑う。
はっきり言って、こんな人間は見たことがなかった。
自分を恐怖する人間は見た。
自分なんてどうでもいいという態度の無知な貴族もいた。
だが、あっさりと切り替わったのはどういうことだろう。
まるで、違う人間が乗り移ったかのように。
「余裕がある――それは本当に好ましいものなのでしょうか? 世界に抗うなら必死にならなければならない。だとするなら、余裕があるということはそれすなわち諦めに等しい――そうは思いませんか? 叔父上」
その疑問すらナナリーにとってはどうでもいいらしい。
こんなことを言いながら、別に語りかけている様子はない。
ただぼ独り言と言った感じ。
目線だって、V.V.を通り抜けてどこかを見ている。
「――っ!? 君に僕のことを教えた覚えはないんだけど」
「赤い紐靴を履いた日は叔父に会う……そういうこともあるでしょう」
さらりと言った。
けれど、この期に及んでナナリーからは威厳とかそういったものが感じられない。
ただ――不可解。
よくわからない。。
「君はどれだけのことを知っているんだい?」
「それは問題ではありません」
目が開いている。
開かないはずのナナリーの目が。
そして、目には凶鳥。
「――は?」
「問題は私すら知らないことがあるということ。世界とはなんとも度し難い。――ああ、ギアスでしたら先ほどの接触で発現しました。元々、力の強いギアスはコードを引き寄せてでも目覚めようとする。実際、兄様のギアスは魔女すら呼び寄せた」
あの日――ルルーシュが魔王の力に目覚めた日。
あの時、まるで魔女が生贄を誘い出すように、もしくは運命がささやくように彼は戦乱へと身を投じた――させられた。
あれは道具でしかない絶対遵守の力が引き起こしたのだとナナリーは断言する。
「何を……言っているんだい?」
「コードユーザーが近くにいる。それで十分。私のギアスは発現してしまった。もう止められない」
まるで、自分が抑えていたかのような口ぶりだった。
「神にでもなったつもりかな? ナナリー」
「叔父上、人間は矛盾なしでは生きられない。人は日々、矛盾を積み重ねていくものなのですよ」
意味の通らないことを言う。
だが、V.V.はびくりとする。
心当たりがあった。
それは……何を犠牲にしても叶えたい願い。
「ナナリー、君は嘘のない世界を否定するのか?」
嘘という概念がない世界。
全てが一つになった世界なら、誰もがやさしくなれる。
自分に厳しいなんて言う人は嘘。
誰もが、自分には甘い。
自分に甘くするように相手に優しくする。
そんな――完全無欠なやさしい世界。
「――人は、その非矛盾とでも呼ぶべき世界に耐えられる精神を持っていない。あなたたちの願いは人を壊す」
「……っ!?」
しかし、前提が間違っている。
人は誰もが一人だ。
隠しておきたい秘密がある。
一人になりたい時間がある。
それがなければ、人は人でなくなる。
「無駄無駄無駄……お母様も、お父様も何をそんなに余裕ぶっているのか――」
「ナナリー……!」
激高したV.V.は懐に手を突っ込み銃を取り出す。
そして撃った。
――撃とうとした。
「危ない目に会うときは目を開いておくといい――ただのジンクスです」
「それが……君のギアス……?」
よくわからない。
ことここに至ってもその印象は変わらない。
ジンクス?
ジンクスを見通すギアス?
なんだ、それは――
――何が出来るのかまるで検討がつかない。
現に今、銃は撃てなかった。
不発だ。
それがナナリーのギアスの結果だということは――まあ、それはそうだろう。
だが、火薬を湿らせたわけでもなければ、物理的に破壊したわけでもない。
こんなのはただ“運が悪い”だけだ。
数万分の一の確率で、不良品がV.V.の手に回ってきただけ。
いや、それよりも知るはずのないことを知っていたことのほうが重要な気もする。
そんなことを両立させてしまうギアス……やはりわけがわからない。
「ぐ……! この! このぉ!」
ガチガチと何度も引き金を引く。
完全に我を忘れている。
まずは不発弾を抜かなければいけないのに。
「それよりもいいのですか? 叔父上――白い服を着ていると……あなたは大怪我する。早くお脱ぎになったほうがよろしいのでは」
「何を馬鹿なことを! お前なんて、僕に敵いはしないんだ。身の程を知れ、ルルーシュに守られているだけの羽をもがれた小鳥のくせに」
V.V.が踏み出した、その瞬間。
天井が崩落した。
「……あ? うわ――」
誰も知らないことだった。
そこは以前にも修理した場所で耐久力が低くなっていたことを。
その時は誰かの悪ふざけでナイトメアに棒を持たせて踊るなんてことをしたせいで、見事にスッポ抜けて直撃した。
そして今、遠くでナイトメアがドスンドスン地面を揺らしている。
行軍行動をしているのだから当然だが――そう、運が悪いとしか言い様がない。
たまたま崩れて、偶然にV.V.が巻き込まれてしまっただけなのだから。
「――ナナ……リー?」
彼の瞳が震える。
別に恋だのそんなのじゃない。
この――まるで世界を支配するかのようなギアスに恐怖した。
衝撃波を操って、天井を破壊したというのなら驚くにも値しない。
だがこれは――
――なんというか、ただの偶然だ。
そうとしか言えない。
だって、天井が崩落したのは自然現象――運が悪かっただけ。
ギアスで操るとは言っても、何を操ればいいのかわからない。
「――ささくれ」
「なんだって? 今、君はなんて言った――」
瓦礫と床にはさまれたV.V.は動けない。
本来なら即座に救出して病院に運び込まなければならない。
血臭が室内にあふれている。
「あなたは不死なのでしょう? けれど、今はその瓦礫に押しつぶされるようにはさまっている。もし、あなたの回復力が状況を無視して勝手に動き出すようなものであれば。潰された足は瓦礫に癒着するように再生するのでは? そして、それを引き剥がすときは、ささくれを引っ張る程度ではすまないでしょうね」
「は……あ――」
想像した。
コードの力など適当なものだ。
だからその時点で手遅れだった。
その瞬間、癒着するように修復した。
ナナリーの言ったように。
「では、さようなら。足は後で医者にでも切り離してもらってください」
「待て――待てよ!」
叫ぶ。
「――」
だが、ナナリーは一顧だにしない。
まだ虫に対する方が感心があると思えるその態度。
「お前……一体なんなんだよ!? この――化け物が!」