「これどうぞ」
「これはどうも有難うございます、おいしそうだ」
緑谷引子は美味しそうに自分お手製のクッキーを食べる目の前の青年を不思議な心持ちで見ている。
代表の神代表悟は世界でも有数の企業の最高経営責任者である。
元は資源採掘とリサイクルエネルギーを専門に行っている企業だが、そのノウハウで作られた大型家電や便利道具などが一般には有名であった。
そんな大企業の代表がこんな庶民の作ったクッキーをうまそうにパクついている……。
(日頃どんな食生活なのかしら……)
そんなふうに代表を見ていると、代表も引子をじっと見ていた。
「あの、なにか?」
「いや、引子さんも随分と痩せましたよね?」
「気づいてくれてありがとう!もうすっかり一番痩せてた頃まで戻ったの」
代表の言葉に嬉しそうな顔をする引子。
ゼログラビトン6を出久が居ないときに使っていた彼女はすっかり昔の体型を取り戻し、息子に最近お母さん変わったねと言われ、本人が一番凄い変化をしているのになにを言ってるのだろうと引子はその時思ったものだ。
「これだと周りの奥様方に詮索されそうですね」
「そうなのよ……だから近所の古くからの付き合いがある所はアレがあるって言っちゃって、何回か利用してもらったけど……よかった?」
「ええ、勿論出久君が居ないときはどうぞご自由にお使いください」
「よかった。結構な頻度で友達に使わせちゃったから、代表さんに確認しないといけないと思ってたの」
「真面目ですね引子さんは。頻繁に見れない出久君の栄養管理もしっかりしていただいて、本当に頭が下がる思いです」
ニコニコ笑う代表に、今度は真面目な顔になる引子。
「それで? なんで今回出久はあんなボロボロになっていたの?」
「はい、それなんですけど……」
代表は今日の事出来事を説明する。
「……つまり、今日本格的に始まった戦闘訓練で出久が相手との訓練に嬉しすぎて頑張りすぎちゃったってことなの?」
「ええ、以前から出久君の身体作りの面倒を見てた方でして。個性が発現した出久君の為に本人が負傷していた身体を元に戻すため、一時離脱してからのコーチングでしたから……お互いに盛り上がってしまった感じですね」
「確か代表さんが紹介した人でしたっけ?」
「はい、まさか出久君の個性がある程度身体を鍛えないとわかりづらいものだとは俺も思いませんでしたから……紹介した人物も流石に負傷した身体で本格的な個性の訓練は難しいと思ったんでしょう」
実は現在出久は既に公的機関に個性が発現したことを提出している。
しかし提出した個性は“筋肉量に対して、一定割合の筋力が上乗せされていく”とワン・フォー・オールを譲渡されたとパッと見た感じではわからないようなブースト系統の個性の情報を提出しており、公的に記録された個性名は“筋力強化”と名付けられていた。
嘘に真実も混ぜることで嘘だとわかりづらくする……。
これはワン・フォー・オールの危険性を危惧していたオールマイトに代表がその秘密を隠すために提案したバックストーリーの為であった。
ある日ヘドロ事件の出久の行動に感銘を受けた代表は、まず身体作りの為に専門家を紹介。
そして専門家の指導の元、身体を作ったらどうも筋肉量に対しての筋力の出力が大きく、調べると、それが個性だと発覚。
そして専門家の人は最近負傷してリハビリ中だったが、負傷した身体では出久の成長に間に合わないとリハビリに集中するため一時離脱。
そして今日、満を持して訓練に再会した専門家と出久のプルスウルトラ的なトレーニングのお陰でこうして出久がぼろ雑巾になったと代表は説明したのだ。
「……出久も身体がほんとに大きくなって、もうちょっと落ち着きが出ると思ったら……中身は全然変わんないわねぇ」
「男の子って意外と根っこの部分で変えられない所ってあるもんですよ?」
「あら? じゃあ代表さんもそういう所があるのかしら?」
「そうですね……俺って結構その場のルールとか最低限は守るんですけど、ふと気がつくとしっちゃかめっちゃかにしてしまう時があるんですよ」
そう言って代表は何か心当たりがあるかのように苦笑した。
その後引子と代表は雑談に花を咲かせてから少しして、緑谷家から代表はお暇していった。
それからの出久は毎日毎日ボロボロになりながらオールマイトとの訓練と、代表からマイナーだけど実践的な拳法を教わりながら最後の一ヶ月を過ごす。
そして遂に雄英高校の受験日になった。
「出久~……そろそろ時間でしょ~」
「はーい!」
二日前に代表とオールマイトからの指示で、蓄積されている見えない疲れやダメージを抜くためにタップリ休養した出久は余裕をもって準備をして着替えていた。
「まさか学ランが着れなくなるとはねえ……ホントに大きくなっちゃって」
「いやあ……最後の方の学校とか教室にいづらくていづらくて」
そう言って苦笑する出久。
しっかりとした栄養管理とハードなトレーニング、そしてゼログラビトン6の隠された機能による骨格や骨盤の矯正を続けた結果。
顔つきがあまり変わらなかったが出久の身長は180センチの大台に乗り、脱ぐと同級生が引くレベルの筋肉が搭載された身体つきになってしまい、中学三年の冬ごろから今まで着ていた学ランがついに入らなくなり、三学期の辺りから学校の許可を貰って私服で登校していた。
一人だけ私服の凄いマッチョがいる教室はお通夜状態に。
かつて虐めていた出久がマジで恐ろしくなった一部の生徒は時期的に丁度いいと自宅学習に逃げたものや、誠心誠意謝って関係の修復を図ったものなどが現れる状態まで発展することになった。
結局受験日は代表がパパッと出久の身体に合わせたオーダーメイドのスーツとコートを準備したのでこれを着ることになったが。
「何かいままで中学生だったと思えない迫力だわ……他の受験生の子達は大丈夫かしら?」
「そうかなぁ? 雄英を受けるんだからきっと僕より凄い学生ばかりだと思うけど」
引子は息子のスーツ姿に周りの受験生が萎縮しないか心配し、若干自分の評価の低い出久は、ずれた事を言っている。
「そうかしらねえ……まあ貴方も受験頑張りなさい」
「うん、いってきます!」
貴方より凄い生徒ってどんなレベルなの?……と引子は思ったが、そんな他の受験生を心配してしまうほど息子が成長したと思い直し、出久を見送ったのであった。
個性 筋力強化
筋肉量に対して、一定割合の筋力が上乗せされていく個性
例に上げるなら100キロの物を持ち上げる筋肉をつけていると、個性によって一割の筋力の上乗せが行われ、100キロを持ち上げる筋肉で110キロの物が持ち上げられるということである。
これは個性が強くなれば一割から二割、二割から三割の筋力の上乗せに変わっていく可能性がある……と、公的機関に出久は申請している(勿論嘘だが……それを虚偽だと確かめる術がないので調査ができない)