そうは言われても私、狸なんですよね   作:灯火011

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始まり:その男は馬と共にあった

 実家は竹細工屋で、そこそこの儲けがあった。だからこそ、平凡に学生を行い、平凡に社会人になり、平凡に定年を迎えた。妻や子供は居ない。

 

 しかしだ…私の生涯は、馬と共にあった。

 

 とはいえ、育てるわけではなく、まさしく競馬と共にあった。

 

 無論、金は賭けた。しかし、それ以上に、彼らの駆ける姿に、夢を賭けた。

 

 ケガに悩まされながらも復活を遂げた名馬。

 

 異次元の速さを持ちながらもケガで引退した名馬。

 

 不屈の精神を持つ名馬。

 

 絶対的な強さを持つ名馬。

 

 信じられない末脚で他を切り捨てる名馬。

 

 私の夢を乗せていた。彼らの走る姿は、希望だった。

 

 ゲームが出ると聞けば、それすらも買った。

 

 アプリが出ると聞けば、それすらもやった。

 

 そうやって馬に熱を上げ続けた私が、何の因果か。

 

 その日は、有馬記念のウィナーズサークルに乗っていた。

 

 

 ことの始まりはと言えば、退職金を元手に資金運用を行ったことに端を発する。最初は老後資金が増えれば御の字などという簡単な気持ちで始めたそれが、一年で1割増え、二年で10割増えと、爆発的に当たってしまったのだ。無論、税金を差し引かれたが、それを差し置いても手元に残る金は大きかった。

 

 とはいえ、私は独身だ。守る家族も、残す財産も必要ない私が、私にとって膨大とも莫大ともいえる金銭を手に入れてしまったのだ。ならば、と、私は覚悟を決め、好きだった競馬を、今度は自分の手で楽しんでみようと一念発起し、80を過ぎたときにようやく馬主になった。

 

 無論、馬主になったといっても中央で活躍する馬なんて持てるわけがない。その馬に何か運命的なものを感じた、というわけでもない。私の退職金の余剰金であるいくらかの金で競り落としてみようと思っただけだったのだ。もし馬が当たれば御の字、当たらなくても愛でようと。そういう気軽な気持ちでサラブレッドを一頭、手に入れた。

 

 ただ、家は特に広くもなかったので、近くの牧場に金を支払って手入れと育成をしていただいた。月数万の出費であったが、毎日顔を出し、独り身の寂しさと相まって、馬との触れ合いを深めていった。

 

 その中で、名前を地元からとり【トチノオー】と名付けた。地元が栃木県、そして、なんでもいいから一着で走ってほしいという願いを込めた、【王】、漢字で表すなら、栃ノ王。安直だが、年寄りの自分にとっては最高の名前だった。

 

 トチノオーと触れ合ううち、一か月がたち、半年がたちと時間が過ぎていく。触れ合いの中で気づいたが、この馬は相当頭がいい。私が牧場に行けば、それを察して近くに寄ってくる。語り掛ければ、静かに耳を傾ける。餌をやれば、適度に食い、こちらに鼻を摺り寄せてくる。可愛く、そして賢い馬だ。

 

 そしてその頭角を現したのは、育成牧場へと場所を移した時だ。トチノオーは、最初のトレーニングの際、調教師の言う通りにそのメニューを一発でこなしてしまったのだ。そして何よりも、次のトレーニングは何か、ということも理解しているらしく、手綱を引っ張られずとも自ずと次のトレーニング場所へと歩いて行ってしまう始末。調教師も、こんな馬は珍しいと驚いていた。

 

 数日、下手をすれば数か月かかるという騎乗馴致、つまり、人を背中に乗せる行為ですら、最初で慣れてしまっていた。さらに走ってみれば、意思の疎通も完璧。牧場主や調教師が、『こいつはダービー馬かもしれません』と私に、興奮した目をしながら伝えてきた事は今でも忘れはしない。

 

 時は流れてデビュー戦。中央でトチノオーが戦うことを選択した私だが、懐は心許なかった。デビューで勝てればまぁまぁ、オープンで勝ててトントン、重賞で勝てれば儲け。金で馬を切りたくはないが、老後の資金が尽きてしまえばしょうがない。『いやいや馬主さん、この馬はG1ですら取れますよ。もし、勝てなかった際は責任をもって育成牧場で面倒を見る』という熱意のある言葉を牧場主から受け、私はそれならばということでトチノオーを中央に登録したのだ。

 

 デビュー戦の朝、私はトチノオーに語り掛けていた。

 

「私は馬に憧れ続けている。お前が中央で走ることですら夢のようだ。トチノオー。できれば、できれば。しっかりとケガをせず生涯駆け抜けてほしい。しかし、それ以上に、三冠を。クラシック三冠、春三冠、秋三冠…夢を見させてはくれまいか」

 

 無謀な夢をトチノオーに聞かせていた。馬主なら夢を見るであろう、浪漫。負けなしで、G1をかっさらう。一強の時代が来た、などと言われたら馬主冥利に尽きるというものだ。

 

 私の言葉を聞いたトチノオーは、鼻息を一つ出し、首を横に向けて、足を鳴らした。

 

 その意味は当時は判らなかった。が、おそらく『余裕だろ』という意味だったのかもしれない。

 

 なぜならば、そのあとの戦績はまさしく―――化け物だったからだ。

 

 2歳のレース。デビューで先行でハナ差。おお!勝った!そう喜んだ。

 3歳のレースにと挑んだ若駒。ここではなんと、追い込みで2馬身差勝ち。私も、牧場主も、調教師も、そして乗っていた騎手でさえも喜びながらも頭を捻った。『あれ、トチノオーの脚質って何なんだろうか?』と。

 さらに皐月の前哨戦の弥生賞。今度は先行でも追い込みでもなく、逃げでぶっちぎりの5馬身差。騎手と調教師は『トチノオー、すごいすごいと思っていたけれど、とんでもない化け物だった』と興奮していたことを思い出す。

 

 そしてクラシック戦線はと言えば、皐月を先行レコードで走り抜け、ダービーを差し込み横綱相撲、菊花賞は逃げ切り、暮の有馬を追い込んで切って捨てた。

 

 私の口座に金が振り込まれると同時に、私の夢が花開いた。無論、一発屋馬主などと揶揄されることもあったが、まぁ、初馬主でクラシック三冠、さらに有馬など出来すぎた話だったのだ。

 

 しかしトチノオーは止まらなかった。

 

 翌年4歳の大阪杯、天皇賞、宝塚記念をすべて逃げ足で突き放し、そして勢いのまま流れ込んだ秋の天皇賞、ジャパンカップ、有馬記念を今度は追い込みで切って捨てた。

 

 そのころには、トチノオーは『変幻自在の無敗の王者』とまで呼ばれるようになっていた。

 

 有馬記念の後、トチノオーに会いに行ったとき、フン、と鼻息を鳴らされ、足を鳴らされた。

 

 『どうだコノヤロー。お前の言ったやつ全部取ってやったぞ』と言わんばかりに。

 

 年甲斐もなく、大泣きしてトチノオーに抱き着いてしまったのは、仕方のないことだったと思う。

 

 …しかし、順風満帆といかないのが人生だ。有馬記念連覇後、私自身に末期の癌が見つかる。しかも、すでに転移もしていて、なんと持っても一年とのことだ。

 

 ならばと、その癌が分かった足で、病院からトチノオーの元へと向かった。そして、語り掛けた。

 

「俺はあと一年たらずで死ぬらしい。後の事はこの牧場に任せるから安心してくれ。まぁ、なんだ。人生の最後にお前という馬と出会えたこと。本当に感謝するよ。

 そのうえで一つお願いだ。トチノオー。

 

 俺に、史上初、有馬三連覇の夢を見せてはくれまいか」

 

 

 私の言葉を聞いたトチノオーは、鼻息を一つ出し、首を横に向けて、足を鳴らした。

 

 

 その日は、年末の澄んだ青空だった。寒い空気が、病魔に冒されている体に染みた。

 

 そして、その日は、現役最強馬トチノオーの有馬三連覇という夢がかかった日であった。

 

 トチノオーの5歳の戦績もまた無敗。称号も『絶対王者』に変わり、脚質も、距離も、馬場も変幻自在というまさにサラブレッドの王へと進化していた。ただ、凱旋門賞を望む声も多かった。走れば間違いなく勝てると。

 

 だがしかし、私の夢は有馬記念三連覇。あの、誰もが夢を見る有馬記念に、私の生きた証を刻むのだと、実に利己的な我儘を通したのだ。

 

 そして、その結果は、当然のように私の目の前に現れた。

 

 第三コーナーを回るその馬群の大外。最後尾からターフを抉る強い蹴り足で、ヤツが、私が競り落とした馬が。私の夢が。私のトチノオーが!一気に先頭に躍り出たのだ。

 

 沸き上がる大観衆。自然と出る大声。トチノオーはそれに応えるよう、さらにさらに加速していき―

 

 私は、ウィナーズサークルに、車椅子で確かにそこに居たのだ。

 

 

 トチノオーの有馬記念を見た翌日。ついに、というか、やはり、というか、私の体が限界を迎えてしまった。もうベッドからは起き上がれない。忙しなく病院のスタッフが動くさまを目で追うのが限界だ。

 

 お見舞いには牧場主と調教師。そして親友となったほかの馬主たちが駆けつけてくれていた。

 

 そして、一台、設置されているモニターには私の愛馬、トチノオーがいた。

 

「あぁ…トチノオー…ありがとう、ありがとう。夢をみさせてもらったよ。ありがとう」

 

 自然と言葉が出ていた。史上最強の王と呼ばれ、君臨し続ける私の夢。ありがとうという言葉以外に何も出ない。出ないのだが…

 

「俺の居なくなった後、お前は日本競馬を背負うのだろう。だから、俺の夢を一つお前に託す」

 

 視界が暗くなる。もう、私のともしびはきえる。だが、その前に、この夢を託さなくては。この最強の馬に、日本の夢を託さなくては。

 

「凱旋門で、先頭で、ゴールしては、くれ、まい、か」

 

 そういって、私の意識は完全に闇へと旅立った。

 

 私の言葉を聞いたトチノオーが、鼻息を一つ出し、首を横に向けて、足を鳴らす様を、最後に見ながら。

 

 

 

 

 

 

 

 と、いう前世であったのだが。

 

 来世というか、今世というか。私はなぜか今、狸をやっております。

 

「キミってさー、本当にタヌキ?ボクより手先器用じゃんかー」

 

 しかも前世とは違い、馬がウマ娘となっている世界で。

 

 …それはそうとしてトウカイテイオー。竹籠はそう編むものじゃないぞ。言葉は通じないとは判っているが…よく見ておきなさい。こっちを上にして、その下にこう滑りませるんだ。

 

「むぅ。簡単そうにやるよねぇー。ええっと、この竹を上?かぁ。うーん…あ、できた」

 

 あいにくこちらは畜生道。言葉はせいぜいキュイだかしか発せられない。だから、見せてやらせる方法でモノを教えている。まぁ、居心地は良いので今はこれでいい。

 




※トチノオー オリジナル馬
 
 その経歴は無敗。無故障。

 血統は遡れば黄金船と帝王がいる。相当頭がいいせいで、競走馬になれなかった馬の末路をなんとなく察して(愛玩用や騎乗用ならまだいいが、場合によっては…)しまっているため、自分を競り落とした主にはめちゃくちゃ感謝している。


 トチノオー氏「ほーう、あんた俺を選んだあたりやっぱり見どころあんじゃん?いいぜ、三冠だっけか?つかレース全部勝ってやるよ。ケガしねーでな!」

 トチノオー氏「死ぬ?マジ?あんたにまだ恩返しきってねぇぞ?…わーったよ、やったるよ。有馬だろ?ぶっちぎってやる」

 トチノオー氏「最後だってのにまぁたあんたは。…いいぜ、あんたの名前を世界に刻んで来てやる。だからさっさと死んじまえ。…ありがとよ」

 この世界線では凱旋門を獲り、『王』のまま引退。以後種牡馬となってもまた暴れ続けたようである。

 なお、オリジナルウマ娘化は無いです。
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