そうは言われても私、狸なんですよね   作:灯火011

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トウカイテイオーと3時の怪物

 チームスピカの部室にお世話になって数日間。

 

 朝起きればマックイーンが

 

『おはようございます。タヌ吉。最高級のドッグフードをご用意いたしました!』

 

 と張り切って私に餌を出してくれる。最初は私中身は人間の爺なんだが、などと思ってみていたが食べてみると案外と旨い。カリカリしたもの、もこもこしたもの、それでいて素朴な味。毎日食べても飽きない味という奴だ。加えて必ずニンジンもついている。この人参、おいしいので非常に有難い。

 

 お礼がてらに足元に駆け寄り、モフモフを堪能していただく。

 

『あぁー…モフモフです。モフモフ…』

 

 幸せそうな顔をしながら私を堪能するマックイーン。美少女の笑顔など、タヌキ冥利に尽きすぎる。ただし、視線は上にあげない。何せ今彼女は制服なのだ。

 

『さぁタヌ吉、ブラッシングの時間ですよ』

『おっはよーポン太ー!あ、おっはよーマックイーン!』

『おはようございます。テイオー。でもタヌ吉です!』

『えぇー!?いいじゃん!ポン太ー!』

『あ、こらテイオー!これからブラッシングをするのです!タヌ吉を離しなさい!』

『ええ!?今日もブラッシングするの!?こんなにモッフモフだよ?』

『モッフモフを維持するのですから当然でしょう!』

 

 さぁ、テイオーも部室に来ていよいよやかましくなってきた。このポン太タヌ吉戦争は毎日のように起きている。かと思えばゴールドシップはポン太、タヌ吉など全く呼び名が安定しないし、ダイワスカーレットやウォッカなどは更に別の名前で私を呼んでいる。

 

『朝から元気ねぇあなたたち。おはよータヌタヌ』

『タヌタヌはねーだろタヌタヌは。マックイーン、テイオーおっはよーう』

『はぁ!?ウオッカ!?あんたねぇ!無いとは何よ無いとは!』

『いーや、絶対タヌタヌはねぇって』

『あんたの「たぬぬん」よりはいいと思うわよ?』

 

 ダスカはタヌタヌ。カッコいいボーイッシュなウォッカはまさかの「たぬぬん」である。ギャップがまた一つ、可愛いじゃないか。

 

『あぁ!?たぬぬんいいじゃねーかよ!』

『タヌ吉です!』

『ポン太ー!うわっ、ウオッカ!ポン太とらないでよー!』

『お前だけのもんじゃねーだろー?たぬぬんは皆の物だー!』

 

 まぁ、確かに私は誰のものでもない。誰のものでも無いが、我思う、故に我在りということで、私は私だけの物。ひとまずは降ろしてくれると助かるな、などと思いながら、彼女らの腕の中で彼女らのじゃれ合いを眺めていると。

 

『お前らー!タヌキの相手はほどほどにしろー!本番が近い奴らもいるんだ!着替えて集合!急げー!』

 

 沖野氏の声が部室の外から響いてきた。その声に彼女らの耳と尻尾がピンと立つ。そして彼女らは私を地面に優しく置くと一気にコースへと飛び出していった。

 

 そんなこんなの日々を繰り返している間にも、ライスシャワーに再び出会い、

 

『タヌキさんもっとモフモフになってる…可愛い!』

 

 などと言われて小一時間構われたり。

 

『あー…癒されるわぁ…リギルにもペットを申請しようかしら…』

 

 などとおハナさんにモフられたり。

 

『タヌキ、可愛いな。うん、実に可愛いな』

『でしょー?カイチョーもそう思うでしょー?』

 

 と、ルドルフとテイオーの関わり合いを見たり、なかなか充実した生活を送っていた。

 

 が、未だにテイオーの足の件は一切解決策が見つかっていない。近寄ってみても『かわいいなぁ』で終わりだ。モフモフもこうなると形無しだ。

 

 そして気づけばトウカイテイオーは、前世の歴史通りに若駒ステークスに出場する。そして見事に快勝を果たした。勝ち方も前世の史実通りで、全く文句なしの勝ち方である。やはり、史実通りになってしまう。私の力ではトウカイテイオーの菊花賞出場の夢はどうにもならないか、などと思いつつ、就寝したその翌日の朝の事。

 

 いよいよ、トウカイテイオーのクラシック三冠が秒読みに入ってきたなぁ、などと思いながらも、そうは悩んでも仕方ないと半ば不貞腐れて、その日はスピカの部室でだらだらと微睡んでいた。そうやって心地よい微睡に包まれながら丸まっている私に、どこからか話し声が私の耳に入る。どうやら、トウカイテイオーと沖野氏が何やら話し込んでいるらしい。

 

 まぁ、盗み聞きするほどのものではないであろう。そう思って、私は改めて寝なおした。至福の二度寝という奴だ。

 

 ■

 

「朝早くからなんだ、と思ったら…どういう風の吹き回しだ?テイオー」

「うん。突拍子もないって分かってるんだ。自分でも。でも、ちょっと話、聞いて」

「判った。一体、何があったんだ?」

「うん、あのね。昨日の夜の話なんだけどさ変な夢をみちゃって」

「夢?」

「そう。夢。でも、ちょっと夢には思えなくて、さ」

 

 

 ――若駒ステークス。すごく気持ちよく勝てたんだ。トレーナーも知ってるでしょう? だからかもしれないけど、夢の中でボクはターフの上からじゃなくて、観客席から見下ろしていたんだ。レース場を。でも、ちょっと可笑しくてさ。ウマ娘が誰もいないんだ。なんだろーこれー? って夢の中でボクは思ったんだ。明晰夢? っていう感じ。

 

 キョロキョロと周りを見渡していたら、そうしたらね?彼が、彼らが、ボクらの前を通り過ぎたんだ。

 

 なんていうのかなぁ…彼ら。4つ足で立っててさ、牛みたいな体なんだけれど、顔はキリンみたい。でも、走る速度はボクたちウマ娘と同じぐらいの、すごい動物。でも、現実じゃあ見たことが無いんだ。

 

 それが9頭。すごい勢いで観客席にいるボクの前を通り過ぎていったんだ。

 

 ものすごい迫力だったよ。土煙を上げてさ、ドドドドってすごい音をさせながら通り過ぎたんだ。もうさ、あっけに取られていたら、場面が切り替わったんだ。

 

『トチノオー!もつれ込んだ新馬戦の勝者はトチノオー!!』

 

 そう、アナウンスが聞こえたと思ったら、一匹?っていうのかな、一頭、っていうのかな?そんな彼がゴールを先頭で駆け抜ける姿が見えたんだ。すごいなぁ、って思っていたら、今度はいきなり違うレース場に立っててさ。

 

『速い速いぞトチノオー!他の馬はついていけない!前評判の馬達をまとめて引っこ抜いたー!』

 

 アナウンスが聞こえると、今度は逃げるそのトチノオーっていうウマ?が見えた。そしたら、場面が切り替わったんだ。今後は中山レース場でさ、皐月賞って文字が躍ってた。

 

『次に紹介する馬は、さぁ、デビュー、若駒、弥生を勝利で飾り皐月を無敗で挑みますトチノオー。どのような走りを見せてくれるのでしょうか?』

『脚質自体は先行のはずですからねぇ。そういえばトウカイテイオーとゴールドシップの血を引いてると聞いていますから、ぜひ、良い走りをしてほしいものですねぇ』

 

 ボクの血?そう思っていたらレースが始まってね?

 

『第4コーナーを抜けて先頭に立ったのは…トチノオー!逃げ馬かと思ったがそうではない!先行だ!トチノオーの足は先行だ!3馬身4馬身と後続を突き放す!2番手追いつけない!追い込み最有力馬も追いつけない!トチノオー!クラシック三冠の一つ目、皐月の冠を今、戴冠!しかもタイムがレコード!新たな3歳の王の誕生かー!?』

 

 先頭でゴールを駆け抜けた、右手を上げたそのウマの上に乗っている人が印象に残ってる。そう思ったらまたボクは別の場所に移動しててさ。今度はダービーが行われる、東京レース場に立っていたんだ。相変わらずのアナウンスも聞こえてきたんだ。

 

『さぁ、次の馬を紹介しましょう。今回の一番人気、文句なし、トチノオー!』

『馬体、毛並み共に非常にいいですねぇ。しかもここまで無敗。ルドルフやディープなどに続く無敗のダービー馬、ひいては三冠馬になってくれる期待が高まりますねぇ』

『本当にその通り!逃げ馬との評価でしたが、前回の皐月は先行策でレコード勝利!今回のダービーはどのような…』

 

 なんとなくだけど、すごいことなんだなって感じ始めたんだ。それと、そのウマってやつが何か判ってきた。多分、ウマってウマ娘と同じ存在なのかなって。

 

『第■■■回ダービー、今スタート…っと!?なんとトチノオー出遅れ、出遅れです!』

『今回はジョッキーが巧いですねぇ。出遅れましたが、なんとか後方につけてます』

『いやしかし、トチノオーの足は先行か逃げ。あの位置ですと…』

『差しになってしまいますねぇ…』

『さぁ第■■■回ダービー、波乱の展開となりました。一番人気トチノオー、出遅れの後方待機となりました』

 

 つい見入っていてさ。出遅れた!?ええーって思ってたらさ。

 

『さぁ各馬第三コーナー…え?なんと!?ここでトチノオーがスパートをかけてきた!しかし馬群は厚いぞトチノオー!おおっと鞍上が大外を回した!』

『あの位置からのロングスパートはゴールドシップを思い出しますねぇ』

『さぁだがしかし他の馬もゴールに向けてスパートをかけ始めています。先頭から後方まで20馬身ほど、さぁ、第三コーナーを回り第4コー…えっ!?トチノオーがものすごい勢いで大外から先頭に並ぶぁなあああい!突き放す突き放す!ホームストレートに入ってもその勢いは増す一方だ!後方追い込みは追いつかない!差し込みも間に合わない!なんて馬だ!なんて馬だ!なんて馬だ!あと100メートル!いまだ脚色が衰えないどころか加速しているぞトチノオー!トチノオー!トチノオー!今!第■■■回ダービーを先頭で駆け抜けた!無敗のダービー馬ここに顕現!2冠目を戴冠ー!』

 

 大歓声が上がる観客席。その声を聴きながらトチノオーを見ると、乗っている人…ええと、ジョッキー?が今度は2本の指を掲げていたんだ。多分あれ、2冠目って意味かな?会長のダービーみたいな感じだったよ。

 

 そして今度、気づけばボクは、京都レース場に立っていた。

 

 クラシック三冠の最後の冠。菊花賞のレース場。その観客席。しかも、VIP席にいたんだ。不思議に思って周囲を見渡すとさ。

 

 一人のおじいさんが椅子に座っていたんだ。

 

「おや、迷子かい?」

 

 わかんない。そう答えるとさ。

 

「一人で見るというのも味気ないもんだ。レースが終わるまで一緒に居ないか?」

 

 いいよ。そうボクは答えたんだ。

 

「なぁ、嬢ちゃん。今回のレース、誰が勝つと思う?」

 

 わかんないや。

 

「私はね、トチノオーが勝つと思うんだ」

 

 トチノオーって、あの強いトチノオー?

 

「あぁ。実はね。アイツ、私と約束してるんだよ」

 

 約束?

 

「クラシック三冠どころか、古馬の春秋三冠を獲るって私とね」

 

 トチノオーって、ウマ…動物?じゃないの?約束って出来るの?

 

「嬢ちゃん、名前を教えてくれないかな?」

 

 トウカイテイオー。

 

「トウカイテイオー?また変わった名前だ。じゃあ、テイオーちゃんとでも呼んでいいかな?」

 

 いいよ。

 

「まぁ、テイオーちゃんぐらいの年頃だとそう思うのかもな。でも、あいつは私とあの日交わした約束を守って、ダービーまで無敗なんだ。だから、この菊花賞の冠も獲るはずなんだ」

 

 そうなんだ。

 

「ははは、不思議そうな顔をしているね。まぁ、80すぎの爺の独り言だ。気にせんでええ」

 

 うん。

 

「素直でよろしい。しかし、トウカイテイオーとは、ずいぶん古い名前を知っているね」

 

 古いの?

 

「ああ、あの馬が活躍したのは私がまだまだ若造だったころの話さ。トチノオーと同じように、クラシック三冠間違いなし、と言われていた馬だった。実際、ダービーまでは無敗だったんだ」

 

 へぇ、すごいウマじゃん!

 

「ああ。だが、結局トウカイテイオーは菊花賞はな、走れずにクラシック三冠は叶わなかったんだ。ダービーの直後に骨折が見つかって、休養しちまったんだ」

 

 え!?

 

「え?って思うだろう?あの時はニュースもやったんだぞ?トウカイテイオー骨折!って。ただの馬の事なのに、すごいだろう?」

 

 う、うん。すごいと思う。…ねぇ、トウカイテイオーってどうして骨折しちゃったの?

 

「諸説ある。が、有力説としては、関節の柔らかさのせいと言われている」

 

 関節が柔らかいとダメなの?

 

「特にトウカイテイオーは柔らかすぎたんだ。それほど大きくない馬体に対して、柔らかい関節を大きく振り上げて、一歩一歩広く広く進んでいったんだ。だから、足への負担が大きすぎた、と言われているな」

 

 そうなんだ…。

 

「まあ、それが事前に判っていたとしても、彼らは動物、馬だ。話が出来る訳でもない、痛みを訴えてくるわけでもない、フォームの改善をしてくれ、なんてお願いをしても聞いてくれるわけがない。仕方のないことだったんだよ」

 

 なんか…すごい残念だね。

 

「ああ、残念だった。でも、それがレースの世界だからね。でも、トチノオーは違うぞ。アレは頭がいい。3コーナー手前までは足に負担を掛けない走法で刻んで、4コーナーを抜けるときに一気に足を振り上げて爆発的な加速をするんだ。しかもジョッキーと阿吽の呼吸でな。だから強いんだ。他の馬では真似ができないらしい」

 

 本当にトチノオーはすごいウマなんだね。

 

「ああ。私の自慢の馬さ。さて、そろそろレースが始まるよ。トウカイテイオー。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ――判ったよ。そう言うと、そこで目が覚めたんだ。

 

 

「だからさ、トレーナー。ボクの杞憂だとは思うんだけど。…ねぇ、トレーナー。正直に言ってほしいんだけどさ、ボクの走りって足への負担、大きいと思う?」

「…まぁ、今まで見た奴らの中でも、かなり足への負担は掛かってるとは思う。お前の小さな体で、ゴールドシップ並みの歩幅。関節の柔らかさから来るモノだろう。その分、関節で衝撃が吸収しきれずに骨に来るっていうお前が見たっていう夢の話は、理屈は通ってるな」

「そう。…あのね、トレーナー。ボクは走りの改良をしたいんだ」

 

 沖野トレーナーは天を仰いだ。そして鼻から息を吸うと、下を向きながら長く、口から息を吐く。

 

「…なるほどな。まぁ、テイオーも色々考えたんだろ?その上で、お前がそう判断したのなら、俺は全力でサポートするまでだ」

「じゃあ!」

「ああ、協力する。でも、皐月、ダービー、菊花賞。この3つ、獲ることは難しいかもしれないぞ?」

「うん。わかってる。わかっているけれど…」

 

 テイオーはトレーナーをまっすぐ見つめた。

 

「舞台に上がれない悔しさより、全力で勝負をして負けたほうが全然マシ!」

 

 テイオーはにこやかに笑う。そして、沖野トレーナーは不敵に笑った。

 

「…よく言ったテイオー!じゃあ、今日から路線変更だ。今まではお前の勝負勘と身体能力頼りの戦略だったが…これからは序盤は抑える走法で行って、戦略的にレースを構築し、最後に本来のフォームで全力を出す、という変則的な戦法を極めるぞ」

「うん!わかったよ、トレーナー!でも、相談しておいてなんなんだけど、どうすればいいのかな…?」

 

 沖野トレーナーは椅子から立ち上がると、右手の人差し指を立てて、こういった。

 

「要はスパートまで省エネの走りをすればいいってだけだ。幸い、ウチにはステイヤーの、つまり省エネでゴールまで走り抜けるプロがいるだろう?」

「マックイーンのこと?」

「ああ。生粋のステイヤーだ。学ぶことは多いだろう」




その頃のタヌキ
「スヤァ…ニンジン…スヤァ」
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