爺と俺の出会いはなんてことのない、競りでのことさ。
正直に言う。俺は他のウマって奴らよりも頭がいい。だからそこら辺の事はよーく認識していたんだ。競りに出ると何かヒトって奴らのために動かないといけない。そして、運が悪けりゃ殺される。だが、それを判っていない仲間は言う。
『オレは人乗せるらしい』
『オレは走るらしい』
『オレはわからん』
だが、そういう奴らの後ろでヒトが言う。
『こいつは牧場で働いてもらう』
『こいつは良い馬だ。競りだな』
『こいつは食用だ』
ヒトとかいう奴らの意思で決まる俺たちの運命。競りに出るかどうかも、こいつらの意思で決まっちまう。俺の命は吹けば消えるもんだ。そう思っていた。
だが、俺はどうやらそこそこ体の出来がいいらしいかった。
「お前は競りだな。買い手がつかなければ食用かねぇ」
マジか。生き残る可能性があるとはいえ、死ぬかもしれない微妙な所。とはいってもここから逃げ出すことも出来ない。これをヒトは確か…嗚呼、無常とでも言うのであろうか。とりあえずは、死ぬまで餌とやらをたらふく食ってやろう。そう思ってオレは口を動かしていた。
そしていよいよ俺の競りの日。前の奴らがかなり良いモノらしく、かなりの高値で取引されている。数千万やら数百万やら。数字は俺には判らないが、それでもなんとなく判るもんだ。
そしていよいよ俺の番。ま、諦めていくしかないわなと覚悟を決めて表へ出る。
そして、競りが始まった。が、声を上げる人は居なかった。そうか、俺は食肉行きか。食われて終わるとは、まぁ、らしいっちゃらしいな。そう諦めかけたとき。
「■■■万」
顔を上げた。そこには、他のヒトとは違い、しわくちゃの爺さんが座っていた。
『■■■万、■■■万、■■■万。■■■万で決定』
タン、と響く木槌の音。どうやら俺は、最低限生き残ることが出来たらしい。
■
しわくちゃのヒト、爺さんは変わった奴だった。他のウマには落札した奴らは毎日会いに来ないにも関わらず、俺には会いに来てくれていた。
『うらやましいなぁオマエ』
などとほかの奴らに嫉妬されたこともあるが、そんなことはどうだってよかった。爺に拾われた命、この爺のために使ってやろうと心を決めていた俺だ。それに、この爺は笑顔が良い。
「お前は可愛い馬だなぁ」
そう俺を撫でながら見せる笑顔がたまらなく良い。撫でろ撫でろ。好きなだけ撫でてくれ。毎日のようにその笑顔を見せてくれる爺に、俺も出来る範囲で応えた。
爺が来たと判ればそちらに出向き、頭を下げて撫でてもらう。そしてしっかり食って大きくなれよと言われれば、しっかりと飯を食う。
そしてある時、俺は住処を移された。どうやら今までのは基礎的に俺らを育てる場所であったらしい。体がある程度出来た俺は、ヒトを乗せて走るための場所に移されたわけだ。
いろいろやることが増えたが、俺は頭がいい。ヒトが俺にやらせたいことの理解なんていうのは朝飯前だ。水に入り足を動かし、坂を上り、長距離を走り、砂を走り、追いかけ追い越され。人を乗せる訓練、なんてのもやったりした。ただ、他のウマがなんで嫌がるのか全く分からなかった。
ともかくも全てを全力でやった。もちろん、生き残る目的もあったが、俺がしっかりと練習する様をみると爺が、終始笑顔を浮かべていたんだ。その顔を、ずっと見ていたかったんだ。
そして訓練を続けていたある時、俺がどうやら正式に走る場所が決まったという話を、ヒトがしゃべっているのを聞いた。
『爺さん、俺ぁ此奴が中央で走る馬だって確信しとるんすよ!G1だって勝てる。あの凱旋門だって!』
「私もそう思いたい。だが、もし負けてしまったら私はこいつの維持費を捻出することすら難しくなる」
『爺さん!俺からもお願いします。こいつはダービーで収まる器の馬じゃない。大人しくて従順でしかもおっそろしく走るんですよ!?』
「そうはいってもな…」
『懐事情が問題なら、もし負けたら俺が面倒見ます。だから首を縦にふっちゃくれませんか?』
「そこまで言うのなら…」
爺は俺を長く世話したかったらしい。その気持ちはうれしかった。だが同時に、少し悔しかった。あの爺、俺がほかの奴らに負けると思っているらしい。これでも真面目に訓練をやってきたんだぞ。負けるわけがないじゃん、と。
そう思った翌日、またあの爺は笑顔で俺を撫でに来た。その翌日も、翌々日も。そして、いよいよ、俺が走る前日にも爺は俺に会いに来た。
「私は馬に憧れ続けている。お前が中央で走ることですら夢のようだ。トチノオー。できれば、できれば。しっかりとケガをせず生涯駆け抜けてほしい。しかし、それ以上に、三冠を。クラシック三冠、春三冠、秋三冠…夢を見させてはくれまいか」
そんなことを爺は俺に語ってきた。しかもいつもの笑顔じゃない。覚悟を決めた男の顔であった。ただ、三冠、という言葉の意味は判らなかった。俺は頭がいいといっても、ヒトほど頭がいいわけじゃあない。
だが、爺の言いたいことは俺には伝わった。
『お前は負けるな。勝ち続けろ』
そういうことだろう?なぁ爺。お前さぁ、俺でも判るよ。よっぽどの浪漫があるじゃないか。いいぜ、守ってやる。約束だ。俺を救ってくれたお前との、絶対に破られることのない、俺だけの約束だ。
判るかわかんねーけど、合図を送っておくぞ爺。
鼻を鳴らし、首を横に向けて、脚を2回鳴らす。
ヒトがよくやってるだろ?余裕だって鼻を鳴らす事。
ヒトが、よくやってるだろ?なめんなよって、首を横に向けること。
ヒトがさ、よくやってるだろ?出来るんだぜって、脚を軽く鳴らす事。
そして迎えたデビュー戦。俺は負けるはずがない、そう思っていた。だがやはり簡単ではなかったのは確かだ。最後のゴール手前の直線。前をふさがれて、思うように走れずに負けそうであった。なんとか首を突っ込んで勝てたのだが、最初から爺の約束を破るところだ。
次のレースでは俺は負けないようにと考えた。俺の上に乗っているヒトも俺と同じ考えだったようで、ほかのウマの一番後ろに引っ付いた。そしてここぞという時に、上のヒトから合図が来る。だがまだだ。俺の脚ならここじゃない。このカーブじゃない。最後の直線の手前。そのカーブに入るところから一気に…こう走る!
上のヒトは驚いていたようだが、すぐ俺に合わせてくれた。そして大外を回って他の奴らを一気に抜いた。後ろをちらりと見ると結構離れていた。どうだ爺。そう俺は喜んで爺の元に駆け寄った。
やはり、爺は笑顔を浮かべていた。よくやったと、撫でてくれた。
そしてその後もレースは続き、約束の通り、俺は負けずに三冠とやらを獲ることが出来たらしい。爺が泣きながら俺に抱き着いてきたもんで、びっくりしたが、約束を守れたんだなと俺も嬉しくなった。
だがその後、爺に癌とやらが見つかったらしい。1年経たずに死ぬとか。
「俺はあと一年たらずで死ぬらしい。後の事はこの牧場に任せるから安心してくれ。まぁ、なんだ。人生の最後にお前という馬と出会えたこと。本当に感謝するよ。そのうえで一つお願いだ。トチノオー。俺に、史上初、有馬三連覇の夢を見せてはくれまいか」
そう爺は俺に語り掛けてきていた。そうだな。生き物っていうのはいつか死ぬ。別に死ぬのは悲しい事じゃない。ただ、そうだな、見たいってんなら見せてやる。
―これからも負けないトチノオー様を、お前の目に焼き付けやがれ―
…だから獲ってやったぞ、凱旋門。いやぁ、まさかフランスのレースとは思わなかった。だが俺はお前の馬だ。たかだか速いだけの馬に俺様が負けるはずがねぇんだよ。
見てるか爺。なぁ。俺はあんたに恩を返し続けてやる。あんたが嫌だっていっても、どこまでいっても追いかけてやる。あの世で待ってろよ?
■
『ポン太ー?』
トウカイテイオーはそう言いながら、部室のドアを開けていた。だが、いつものテーブルの上にタヌキは居ない。
『ご飯だよー?あれー?どこに隠れたのー?おーい!』
そう言いながらテイオーはドッグフードの乗った皿を片手に、タヌキを探す。ロッカーの上や机の下などを見て回るが、なかなか見つからない。
『どこにいったんだよーもー…あ、いたいた』
テイオーの視線の先に、窓の下に置いてある椅子の、更にその下で丸くなって寝ているタヌキがいた。
『ふふ、寝ちゃってる』
優しい手つきでタヌキを撫でるテイオー。そして、その横に置いてある小さな籠が目に入った。
『キミって不思議だよね。タヌキのくせして籠とかさー』
しげしげと籠を見るテイオー。
『ま、でもキミがここにきてから、みんな笑顔になっているからいいかなー』
へへへと笑うテイオー。そしてそっと、タヌキを起こさないように皿を置く。
『さって、ポン太も寝ちゃってるし…寮に帰ろう。あー、ダービー、勝てるかなぁ』
そう独り言をつぶやきながら、テイオーは部室のドアノブに手をかけた。
『…いや、何を弱気になってるんだボクは。勝つためにフォームの改良をしたんだ。勝たないと、嘘だよね!』
そういってテイオーは鼻息を荒くする。
一瞬、首を横に振り、横目でタヌキを確認し、笑顔を浮かべる。
そして2回。靴の位置を直すようにその脚で地面を鳴らすと、勢いよく部室を飛び出していった。
雑誌コラム風①
トチノオーの走りの特徴は逃げ・先行・差し・追込と活躍した馬であること。そしてそのペースにある。第三コーナーまでは抑えて走り、第四コーナーに入る前から爆発的とも言える末脚でロングスパートをかけていく。更に言うと、差し、追い込みのように脚を溜めていた場合は、暴力的とも言える加速で一団を置き去りにする光景が良く見られた。かといって、逃げや先行の場合はそもそも第四コーナーまでついていける馬がいない。無尽蔵と言えるスタミナとその頑丈な足腰もこの馬の特徴であろう。
なお、21冠というレースを獲ったトチノオーであるが、レコードはわずか3つ。そのレコードも、2着がレコードペースで追いついてきたところを二の足で突き放すという離れ業を成し遂げた上でのレコードタイムである。
そのため、レコードタイム以外のレースでは、トチノオー自身は本気を出していないのではないか、と未だに言われることも多い。
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トチノオー氏「結構本気だったよ?確かに追いついてこないときは最後緩めたけどさ」
タヌキ氏「スヤァ…」