そうは言われても私、狸なんですよね   作:灯火011

15 / 22
タヌキのダービー

 さて、トウカイテイオーが皐月を獲り、メジロマックイーンが天皇賞を獲った4月が終わった。トウカイテイオーはといえば、日々、スタミナの増強とフォーム改良に勤しみ、メジロマックイーンも気づけばフォームの改良と、そしてテイオーと同じようにスタミナの増強へと練習の舵を切っていた。

 

「テイオー。私の走り方を教えたのです。テイオーの走り方も教えていただけません?」

「んー?マックイーン、キミさ、体硬いじゃん。無理だと思うなー?」

「なっ!?やってみなければわかりません!」

「んー…じゃあ、まず前屈やってみて?」

「こう…でしょうか?」

「まだまだ硬いねー。ほら、ボクがやるとこんな感じ。このぐらいになるまでまず柔軟しないと、ボクの走り方は無理だと思うよー?」

「う…。わかりました。まずは柔軟から始めさせていただきます」

 

 こんな会話をしていたことを覚えている。はて。一体マックイーンに何があったのであろうか?テイオーもそうだが、いきなりこう、フォームの改良など行うものなのであろうか。そう思いつつ、彼らの練習をベンチから見守っていたわけだ。

 

「タヌ吉」

 

 マックイーンはそう私の名前を呼びながら、私の隣へと座る。そして、いわゆるお座りの格好で待機していた私の頭を軽く撫でてきたので、私もまけじと頭をマックイーンの手に押し当てるように、首を捻る。

 

「ふふ。相変わらず人懐っこいですわね」

 

 いえいえ。処世術ですので。そう想いを込めて一鳴きする。

 

「笠、ありがとうございました。お陰様で天皇賞を獲ることができました」

 

 いやいや。私の笠なんて大したことはないんだ。ただの縁起を担いだもの。実力のある君が、しっかりと練習をしたから掴んだ栄光だ。タヌキである私に出来たことなんて、せいぜい祈ったことぐらいだ。

 

「それで、できれば新しい笠を編んでほしいのです。天皇賞秋を獲れるように。…って何を私は語っているのでしょうね。タヌ吉に言葉なんてわかるはずありませんのに」

 

 確かにタヌキには人の言葉は判らぬ。だが私の中身は人間だ。判った、そういうことであればゲンを担ぐためにももういっちょ笠を編もうじゃないか。とはいえ、トレセン学園には竹は無いことは、散歩をしていてよーくわかっている。

 

「でも、もしいただけたのならすごくうれしいですわね。できれば、テイオーの分も一緒に」

 

 そう言いながらマックイーンは、私の頭を撫で続けてくれている。これは一つ、頑張らねばなるまい。…しかし下手に学園の外に出る訳にもいかないし、材料をどう手に入れるか。悩みどころである。だがまぁ、所詮私はタヌキだ。気楽にいくとしよう。

 

 ということで、まずはマックイーンに甘えることにする。

 

「わわっ!?タヌ吉!?…まったく、甘えん坊なのですから」

 

 私はマックイーンの太ももの上に登り、こてんと横になる。お腹を見せてモフられ体勢というやつだ。マックイーンは最初こそ驚いたようだが、笑顔を見せて私の腹をモフってきた。そうだ、撫でろ撫でろ。やはり美少女は笑顔でなくてはね。

 

 

 そして、時が流れて5月。ついに日本ダービーの当日を迎えた。東京優駿。東京競馬場で行われるそれは、馬と馬主にとっては非常に意味のあるレースである。『最も運のある馬が勝つ』なんて言われてはいるが、実際の所、競馬は実力と運で結果が決まるため、あながち嘘でもない。

 

 私がトチノオーの馬主であった前世、あの馬は見事にそれを獲ってみせた。あの末脚には驚いたものだ。出遅れかと思うぐらいのスタートで最後尾に付いたくせに、第四コーナーを抜けたときには既に先頭。後続を突き放すなんて芸当はなかなか出来るもんじゃあない。それにあの時の騎手はこうも言っていた。

 

『出遅れって言われてますけど、スタートは完璧でした。狙って追い込みの位置に付いたんです。この馬の脚は変幻自在ですね』

 

 まさに最強の馬。そう感じさせたあの日の思い出だ。

 

 さて、そんな記憶に思いを馳せつつ、私はこれまた部室で彼らの活躍をただ待つのみである。やはりどうしてもレース場に動物の入場はダメ、ということらしい。

 

『ポン太はどうしてもダメー?トレーナー。せっかくならポン太にボクの走りを見せたいなーって思ったんだけどねー』

『トレーナー…タヌ吉はつれていけませんの?』

『いやぁ…こればっかりはどうも…』

 

 今回ばっかりはトウカイテイオーのダービーということで、私も少し抵抗した。まぁ、抵抗したと言っても沖野氏の足元にすり寄り、そして下から沖野氏の顔を見上げて目を合わせただけだ。

 

『う…お前もそんな目で見るなって…』

 

 結局、レースに連れていかれずに、名残惜しそうに出発する彼女らを見送った私である。仕方ない、所詮タヌキだもの。前世の競馬場もペットは絶対入場禁止であった。ならばこちらのレース場もそうであるのは道理である。

 ただ、今回は少し今までと状況が違っていた。

 

「やっほー。久しぶりだねー。タヌキさん」

 

 以前にお芋をいただいたウマ娘さんとお留守番である。名前はナイスネイチャというらしい。

 

『ネイチャー。ボクの走りをテレビで見せてあげてー』

『ナイスネイチャさん。お世話、お願いいたします』

 

 そんな風にお願いしていたテイオーとマックイーンがちょっと微笑ましい。とはいえ、この子はナイスネイチャであったわけか。実際のお馬さんは、惜しいところまで来る馬というイメージがあった…などと思いつつ、とりあえずは足にすり寄っておこう。

 

「お?おお?相変わらず人懐っこいねぇ君。それとも私を覚えてくれていたのかな?」

 

 そう言って、ナイスネイチャは私の脇を手で持って、持ち上げた。そしてその整った顔が、私の目の前に大きく映された。いや、テイオーもマックイーンも、ゴルシもスカーレットもウオッカも、あのエルというウマ娘も、フクキタルも本当に全員素晴らしく整っている体と顔を持っている。ウマ娘はアイドル、というのも頷ける。

 

 そんな彼女らと触れ合えるタヌキの体は、実に最高だと言えよう。

 

 ただ、それはそれとしてレース場に入れないのは少し残念だ。何せ私は馬が好きである。馬が走るその姿、迫力にとりつかれていたと言っても過言ではない。せっかくウマ娘の世界に来たのであれば本気で走り競い合う彼女らの走りを見てみたいと思うのは道理である。まぁ、テイオーとマックイーンがあれだけ推しているので、そのうち学園の特例とかでレース場に入れるようには、ならないか。決まりは決まりだ。

 などと一人考えを巡らせていた時に、急にナイスネイチャが笑顔になった。

 

「ん~~~~!可愛いっ!あぁー、テイオーありがとう!この子とお留守番なんて最高じゃん!」

 

 そう言いながら私の腹を顔に押し付けるナイスネイチャ。ゴルシも同じようなことをして来たのだが、流行りか何かであろうか?くすぐったいのだが、まぁ、ものすごい幸せそうな笑顔が一瞬見えたので、我慢するとしよう。

 

「あー…ゴルシが言ってたタヌキ吸いってサイッコー…」

 

 それは一体なんだ。というかゴールドシップ。君は何を誰に伝えているんだ。

 

「ってぇそうじゃない!ごめんねタヌタヌ」

 

 タヌ…もう良い、みんな好きに名前を呼んでくれ。別に気にしてないぞ、と一鳴きしておく。

 

「あははは…お腹すいたよねー?ニンジンとお芋が好きなんだってー?」

 

 ネイチャはそう言いながらロッカーへと歩みを進め始めたので、その後ろをポテポテと付いていく。そういえば最近食いすぎたのか、高尾の山に居たときよりも体が重い気がするのだ。うーん、食いすぎ甘えすぎも問題だなぁと思う。

 

「おー?ごはんってちゃんと判ってるのかな。ほら、たーんとおたべ」

 

 ネイチャの言葉と同時に、目の前に置かれるお皿。中身はカリカリのドッグフードにニンジン、そしてふかし芋。いつものメニューだが私としては大満足である。体重という言葉が一瞬浮かんだが気にしないこととしよう。では、頂きます。

 

「おー、勢いよく食べるねぇ。あせるなあせるなー?お前だけのごはんだぞー?」

 

 判ってはいますが、どうしても本能なのか早食いになってしまう。と、ふと視線が気になって少しだけ視線を上げてみれば、そこには中腰でこちらを見て、口角があがり、目尻が下がったナイスネイチャがこちらを見つめていた。

 

「いやぁー。こりゃスピカのみんながタヌキにやられるわけだわ。可愛いねぇ」

 

 そういって頂けるとタヌキ冥利に尽きます。そう意味を込めて一鳴きすると、今度は頭を撫でていただけた。

 

 そうしてモフりモフられつつ、ナイスネイチャと親睦を深めあい暫く経った頃。ついにテイオーの出走時間が近づいてきた。

 

「あ、そろそろだねー。えーっと、リモコンは…お、やってるやってる」

 

 部室のテレビの電源をネイチャが入れると、ちょうどトウカイテイオーの姿が大写しになっていた。ほー、これが勝負服という奴か。テレビで見ると、また一層とかっこいいというか、キマっているというか。

 

『さぁ、次のウマ娘をご紹介いたしましょう。今回の一番人気、文句なし、トウカイテイオー!』

『仕上がりは非常にいいですねぇ。しかもここまで無敗。シンボリルドルフに続く無敗のダービーウマ娘、ひいては三冠ウマ娘になってくれる期待が高まりますねぇ』

『本当にその通り!元々素晴らしい素質を持っているとの評価でしたが、前回の皐月は走法を変えながらも勝利!今回のダービーではどのような…』 

 

 そんな風にテイオーが紹介される姿を見ながら、心から祈る。どうかケガをしないように。どうか菊花を走れますように、と。

 

「はぁ…いいなぁ、テイオー。ケガが無ければ私だって…」

 

 悔しそうな声が私の耳に届いた。あぁ、そういえば、ナイスネイチャの実馬もケガで皐月とダービーは回避するしかなかったんだったか。ウマ娘になってもその運命が付いて回るなんて、なかなかシビアな世界である。しかし、そうなるとトウカイテイオーはどうなるのだろうか。今日のダービー、勝てたとして果たして菊花賞を走れるのだろうか。

 

 そして何より、私の勝手な願いが叶ってよいのだろうか。と思ってしまう。

 

 目の前のナイスネイチャは実馬と同じように、ケガで欠場している。我ながら最低だが、その事実は今の今まですっかり忘れていたし、前にネイチャに会った時、ケガをしていることに全く気づかなかった。

 実際、好きな馬の運命は変わってほしいとは思う。だが、きっかけが無ければ思い出せない馬の事を忘れているなんて、都合のいい話ではないであろうか?などと考えてしまう。

 

 彼女らは生きている。そして私は前世の馬の話を知っている。やるのであれば、全部の馬のケガの回避をなんて思うかもしれない。だが、同時に私は我儘だ。私が好きな馬が勝つ姿を見たい。だからこそトウカイテイオーが菊花賞を走る事を祈った。

 

 その結果かどうかは知らぬが、今、トウカイテイオーの走りが変わった。ケガを回避するという方向に歴史が動いているのかもしれない。その影響かもしれないが、マックイーンもフォームを変えようとしているのかもしれない。

 

 だが、それでもし菊花賞をトウカイテイオーが走り、引退せずにマックイーンがターフに残り続けたら。本来活躍する馬達が埋もれるということになるのではないか。

 

 あぁ、堂々巡りだ。嫌になるものだな。

 

 とりあえずはナイスネイチャに甘えよう。中身は人間だといっても私はタヌキだ。タヌキの本分は食う寝る遊ぶ、甘える。それ以外のことは専門外であろう。

 

「ま、でも…菊花賞では負けないよ。テイオー。あんたに全力で当たってやる。…あんたより私は上なんだって、証明してやる」

 

 その声に顔を上げてみれば、強い光が灯った瞳でテレビを睨むナイスネイチャがいた。…案外私の思っていたことは傲慢であり、そして杞憂なのかもしれない。がんばれ、頑張ってくれナイスネイチャ。テイオーは、強いぞ。

 

 

 レースの結果は大方の予想通りであった。日本ダービーをトウカイテイオーは、無事に先頭で走り抜けた。結果だけを見れば前世の歴史の通りである。しかし、前回の皐月と同様にその勝ち方は全く別の物であった。第三コーナー手前までは集団の後方についていたのだが。

 

『さぁだがしかし他のウマ娘もゴールに向けてスパートをかけ始めています。先頭から後方まで20バ身ほど、さぁ、第三コーナーを回り第四コーナー。ここでトウカイテイオーがものすごい勢いで大外から先頭に並ぶ!!並んだと思ったら突き放す突き放す!ホームストレートに最初に入ったのはトウカイテイオー!後方追い込みは追いつかない!差し込みも間に合わない!これはすごいぞトウカイテイオー!いや、しかし2番手リオナタールも必死に追い込む!トウカイテイオーリオナタール!リオナタールかトウカイテイオーか!外からトウカイテイオー伸びる!伸びる!伸びる!しかしリオナタールも負けてはいない。あと百メートル!リオナタール苦しいか!だがまだ粘る!さぁどっちだ、どっちだ!トウカイテイオー!トウカイテイオーが前だ!無敗でダービーを走り抜けましたー!』

 

 第四コーナーを抜ける手前から、トップに躍り出たのだ。そして驚くことに、2着のリオナタールとの差がクビ差。前世の馬の記録は4馬身差の圧勝劇のはずだったのに、だ。

 

「はぁー…やっぱりキラキラしてるなぁテイオー。ダービーウマ娘、あこがれるなぁ」

 

 ため息を吐きながら、そうテレビ越しにテイオーを見つめるネイチャの顔は暗かった。キラキラ具合ならウマ娘さんたちは全員同じなんですけどねぇ、と思いながら、私を撫でているその手を軽く甘噛む。貴女もキラキラしてるよと思いを込めて。

 

「わわっ!?なぁにー?噛むなんて悪い子だねー?ほーらほらほらほら」

 

 すると、コロンと転がされてお腹をわしゃわしゃされ始めた。ただ、ネイチャの顔には笑顔が浮かんでおり、私のモフモフをご堪能していただけているようだ。そう。ウマ娘さんたちはそういう笑顔が素敵なんですよと、鳴いて答える。

 

「おー?気持ちいいのかー?ここか、ここがええのんか?」

 

 笑顔を浮かべて私をさらにモフるネイチャ。ふふふ。やはりモフは世界を救う。

 

 そして、無事にライブを終えて帰宅したトウカイテイオーは、私が心配していた故障の一つも見つからずに、レース翌日から菊花賞へ向けての練習を始めていた。

 

 …おめでとう、トウカイテイオー。君の努力の賜物で、夢の扉は開かれ続けている。ここからだ。願わくばそのまま、菊花賞を走り抜けれますように。

 




Wiki風③

トチオトメ(欧字名:Totiotome、■■■■年4月16日生まれ~)は、日本の競走馬。

日本競馬が誇る至宝、トチノオーの初年度産馬の一頭。世界の怪物と言われた父、トチノオーの血を濃く受け継ぐ馬の一頭である。

主な勝ち鞍は菊花賞、有馬記念、鳴尾記念など。

■■■■年、年度代表馬となる。翌年も多くのレースに出場するも、他のトチノオー産馬に最終直線で競り負けて2着3着が続いた。トチノオーの頑丈さを特に引き継いでおり、生涯戦績は41戦7勝ながら故障は無かった。

他に有馬記念4年連続3位という偉業(?)も成し遂げており、過去の名馬「ナイスネイチャ」を思い起こさせたため、別名は「善戦ホース(ガール)」と呼ばれることもあった。

――――――――――

トチオトメ「いやぁ。兄妹の中じゃあ私は下っ端よー。あはははは…」
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。