そうは言われても私、狸なんですよね   作:灯火011

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梅雨とタヌキ

 季節は進み、じめじめとした梅雨を迎えたトレセン学園だが、ウマ娘の皆は今日も元気にトレーニングに励んでいる。とはいえ、一部のウマ娘はやる気を失っているようだ。

 

「だっりぃー…ゴルシちゃん梅雨は嫌なんだよなぁ…」

 

 ゴールドシップはその筆頭とも言えよう。暑さと湿気でやられているようである。かくいう私も同様だ。夏毛になった、とはいえタヌキの皮膚は毛皮で覆われている。じめじめとした気候で毛は張り付き、暑さで何もしたくなくなる。梅雨のこの時期でこれなのだから、本格的な夏が来たらと考えると憂鬱にしかならない。

 

「ポン吉よぉ。お前も暑そうだよなぁ」

 

 そういいながらゴルシは私を撫でてくるものの、数回撫でただけで手を引っ込めた。そりゃそうだ。撫でられたら私だって暑いのだ。ゴルシも暑かったに違いない。

 

「あー、お前もあっついな。てか毛皮ってきっつそうだよなぁ」

 

 その通り。きついんですよね。一鳴きして答えておく。流石にこの状況では腕に飛び込むことも、膝に乗ることもしたくはない。しかし、他の皆が練習をしているというのに、君は練習しなくていいのか?

 

「あー、ほら。ちょっとこっちこいって」

 

 ゴールドシップはそう言うと、片手にうちわを取り出して私を待ち構えた。なるほど、そういうことならと近くに寄り、横たわる。

 

「やっぱオメー人の言葉判ってるんか?」

 

 否定はしないよ。そう意味を込めてまた一鳴きしつつ、首を動かしてゴールドシップを見る。その顔は口角があがり、目尻が下がっている。

 

「ま、んなわけねーよな?ほーら、あおいでやる」

 

 そう言いながらゴルシは手を動かし、うちわで私をあおいでくれる。普段、奔放な行動が目立つ彼女であるが、私に対しては非常に優しいし気遣いを感じられる。やはり、地頭が良いのだろうと思う。

 

「はー、気持ちよさそうな顔しやがるなぁ」

 

 そうやって送られてくる風の心地よさにうとうととしながら、私は目を閉じた。

 

 

 物音にふと目を覚ますと、テイオーをはじめとした面々が練習から部室へと戻ってきていた。ジャージからの着替えも終わっており、全員制服姿だ。ただ、沖野氏とゴールドシップだけは既に姿が見えない。先に帰ったのであろうか?

 

「マックイーンもテイオーに続いてフォームの改良をするなんて、いったいどうしたのよ」

「速くなるための方法の一つです。何事もやってみて、良ければ取り入れるという感じですわね。スカーレットさんもウオッカとフォームを学び合ってみては?」

「えー!?オレとスカーレットでかー!?」

「こいつと!?冗談!」

「まぁまぁ、そう言わずに一度学んでみるのも良いと思いますよ。…あら、タヌ吉。起こしてしまいましたか?」

 

 気にせんでええよと一鳴きして、あくびを一つ。そして背を伸ばしてから、お座りの体勢に体の姿勢を変える。すると、マックイーンは優しい顔つきのままで、私の頭に手を伸ばして掌で私の頭から背中までを撫で始めた。うむ。実に心地が良い。

 

「夏毛もいいものですわね…。話を続けますけれど、私もテイオーのフォームを学び始めて、新たな気づきがありましたし」

「例えば?」

「思いのほか、私の体は柔軟性が無いと気づかされました。特に膝と足首周りの靭帯が硬かったのです。今は柔軟を取り入れて、体質の改善に勤しんでいます」

「そういえばマックイーン、タイム上がったんだよね?」

「ええ。1秒近く2000mのタイムがあがりました。全てが、とは言いませんが、脚の柔軟性があがったのも一つの要因かと思いますわ」

「ほぉー」

「へぇー」

 

 そう相槌を打ちながら、お互いを見つめ合うダスカとウオッカ。ま、いいライバルであるし、こういうことでまたお互いを知るのも良い事ではないかと思う。

 

「ま、ボクもマックイーンに走法を学んで、脚の負担が軽くなったことは事実だもん。他の人のやり方を取り入れるっていうのも、やり方の一つだと思うよ」

「2冠ウマ娘のテイオーにそう言われると…」

「うーん…じゃあスカーレット、明日から早速やってみっかー?」

「そうね。あ、でも変なことは教えないでよ!?」

「なんだよ変な事って!教えるわけねーだろー!?」

「あーもー。ウオッカもスカーレットもすぐに喧嘩しないのー!」

 

 いつものように言い合いになるウオッカとスカーレットを止めに入るトウカイテイオーという、これまたいつもの光景である。しかしまぁ、飽きもせずに毎日にぎやかなものだ。

 

「全く、二人とも」

 

 呆れながら優しいまなざしでその「にぎやかさ」を眺めつつ、私を撫で続けるメジロマックイーンお嬢様。高みの見物というやつであろうか。うっすらと口角が浮かび、目尻が下がっている。…いや、むしろこれは私の毛並みを楽しんでいるのか?と思い、コロンと机の上で横になる。

 

「…うふふ、タヌ吉ったら。可愛いこと」

 

 メジロマックイーンは間髪入れずに私の腹を撫で始め、更に目尻が下がった。うん、君は喧騒などは我関せずと私の毛並みを楽しんでいたわけだね。でもまぁ、その顔を見れるのは私の役得というものであろう。ただ、今の時期すり寄る事は暑くてやりたくないので、少しだけ我慢してくれとも思う。

 

「それじゃあ私達は寮に戻るわね」

「それじゃあまた明日ー」

「お疲れ様ですわ」

「おっつかれー!」

 

 ダイワスカーレットとウオッカはそう言いつつ、また、言い合いをしながらスピカの部室のドアを開けて、寮へと戻っていった。その間、私は相も変わらずにマックイーンから撫で続けられている。まぁ…ちょっと暑いけれど、美少女に撫で続けられるのは実に気分が良いものである。

 

「マックイーン?ポン太を一人で撫ですぎじゃない?」

「可愛いからいいのです」

「ま、いいけどさー。それじゃあボクはポン太のごはんを準備するねー」

「よろしくお願いいたしますわ。テイオー」

 

 お、今日の私のご飯番はテイオーらしい。私の飯が入っているロッカーを開けると、早速皿とドッグフードを取り出し、その皿にドッグフードを入れる。続けていつものニンジンを一口サイズに切りわけて皿の中に。最後にデザート的なモノ、今日はリンゴを添えていた。

 

「はいポン太ー。ご飯だぞー」

 

 そして、準備を終えたテイオーは、私の前に皿を置く。同時にマックイーンは撫でる手を引っ込め、私を優しく立たせていた。ふむ。とはいえ最近お腹が出てきているような気がするので、食べる量を調整したいのだが…。

 

「タヌ吉、しっかりとおたべ」

「ほらほらー。ちゃんと食べないとだめだぞー?」

 

 美少女2人にそう言われてしまえば、しっかりと食べるしかあるまい。ふむ、やはりニンジンがジューシーで旨い。そしてカリカリがちょうどいいアクセント。飽きてきたらリンゴを齧って、とそうやって夢中に食べていれば、テイオーとマックイーンはいつの間にか椅子に座り、そして2人ともに頬杖をつきながらこちらを眺めていた。

 

「可愛いですわね」

「ほんと。可愛いよねぇ」

 

 いやいや、君たちこそ、めちゃくちゃ可愛いですよ。そう想いを込めて、一鳴きだけしておこう。

 

 

 腹がいっぱいになり、うとうととしていたらいつの間にかテイオーとマックイーンは部室を後にしていたようである。足元を見てみると、毛布が敷いてある。どうやら2人が寝ている私に気を使ってくれていたらしい。

 時計をちらりと見てみれば、9時を短針が差していた。そろそろ寮の門限が近いなぁと思いつつ、くぁ、と欠伸が出る。一人になったし、さてどうするかと周りを見回してみるが、見えたものは月明かりに照らされるスピカの部室と、静かな外の景色ぐらいである。あとは黒い大きなウマ娘の耳が窓の外で動いているのが見える。

 

 ん?耳?

 

 なんであろうかと窓に近寄ると、そこに居たのは―。

 

「あ、タヌキさん。こんばんは」

 

 ライスシャワーじゃないか。私は窓を前足で開けて窓から外に飛び降り、そしてライスシャワーの足元へと近寄る。さて、今日は何の用事であろうか?などと思っていたら。

 

「随分と細く、ふむ…夏毛になったようだな」

「は、はい。そうみたいです。会長さん」

 

 ライスシャワーのほかにも一人のウマ娘、シンボリルドルフが隣に立っていた。おや、これはなかなか珍しい組み合わせじゃないか。しかしなぜこの時間に2人がここに?と首を動かしてライスとルドルフを交互に見つめた。

 

「申し訳ないな、ライスシャワー。私の我儘に付き合わせて」

「い、いえ。私もタヌキさんに会いたかったので、大丈夫です」

 

 ゑ?私の我儘?などと思っていたら、ルドルフは私の脇に手をそっと添えて、私を抱き上げた。そしてそのまま私の腹に顔を埋める。なんだろう、デジャヴュというやつであろうか。ちらりとライスシャワーを見てみれば。

 

「いいなぁ…」

 

 いいの?これがいいの?私の腹に顔を埋めるのが?そう思いながら視線をルドルフの顔へと移してみると、明らかに口の端が上がっていた。

 

「ふふふふ…タヌキ吸い…ふふふふ」

 

 いや、その、シンボリルドルフ?君はもうちょっと威厳のある人ではなかったか?そう思いつつ少し手足を動かしてみる。

 

「…おっと、タヌキ君。申し訳ないね。ゴールドシップが言っていた通り、いいぞ、これは。ほらライスシャワー。君もやると良い」

 

 そんな酒の酌み交わしみたいな事を言いながら、ルドルフは私をライスシャワーに手渡していた。困惑しながらもライスは私を受け取って、顔の前で私を宙ぶらりんとしている。そういえば私の体重はどんなものなんだろう。10キロぐらいか?そんなタヌキを細い腕で簡単に持ち上げるのだ。やはりウマ娘というのは見た目に拠らない。

 

「ええと、会長さん、どうやればいいのでしょうか?」

「ん?顔を腹に付けるだけだ。ついでにちょっと鼻で息を吸うと幸せに、なれる」

 

 ゑ?聞くライスもライスだが、答えるルドルフもルドルフだ。そして、ライスはその言葉に導かれるように私の腹に顔をぴったりつけて。

 

「――――すぅっ」

 

 吸われた。うーん、これのどこが良いのであろう。私としてはこそばいだけである。それに、ちょっと密着部分が暑いので、ほどほどでやめていただけると助かるのだが。

 

「…さいこうかも」

「だろう?」

 

 いや、本当にこれ最高なのか?まぁ、美少女に顔を埋められているなんてなかなかない事だが…。え、というか、彼女らはもしかしてこのために、この夜遅くに、ここに来たってことなのか?

 などと考えていたら、ライスは私から顔を離して、ルドルフに疑問を呈していた。

 

「で、でも会長さん。素直にテイオーさんにタヌキに触らせてほしいって言えば、こんな時間に来る必要はないんじゃ…」

「…いや、その」

 

 ライスのごもっともな意見に、ルドルフは言いよどむ。そしてほほをかくと少し赤い顔をしながら、だらしない、と言っても良い笑顔でライスに抱きかかえられている私を一撫でする。

 

「こうなってしまうのが、恥ずかしくてな。テイオーに見せられん」

「あー…」

 

 会長さんらしくないかも、なんてつぶやくライスシャワー。ただ、それに付き合ってここにきている君も大概だと思うぞライスシャワー。ま、せっかく来ていただいたんだ。好きなだけモフっていくといい。

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