はたと気づけば、私は病室とはかけ離れた場所に寝かされていた。
良く言っても絨毯、悪く言えば落ち葉の上の腐りかけの絨毯だ。真っ暗だったために何も見えないが、近くでは何か動物の赤ん坊が泣くような声も聞こえる。
実際、死というものはこんなものかと思いながらも、トチノオーは凱旋門とったのかねぇ、とか、そういえば賞金は牧場主に寄付したが、無駄遣いしてないだろうなぁ、とか、脈絡もない思考を続けていた。すると、なんと、周囲が明るくなってきたではないか。
もしやこれが天国入りとかいうやつか…?などと期待をしてよーく目を凝らしてみれば、目に映るのはけむくじゃら。地面は落ち葉。空を見てみればどんよりな曇り空が遠くに見える竹林であった。
そして私自身に目を落としてみれば、なんとこれが同じくけむくじゃら。『うわあああ!?』と声を上げたつもりが「ピイイイイ」とか細い、それこそ動物の赤ん坊のような声しか出てこない。
するとがさりと、今までよっかかっていた絨毯が動き出し、なんとパカリとその一部が割れ、舌の様なぬらりとしたものが私を舐めてきたではないか。大パニックである。
しかし、されるがままにされていた私の目に、その舌のようなものを仕舞う、狸の顔が映った。と、同時に、よくよく見れば周りのけむくじゃらも、狸の子ではないかと気づいた。
…そして、私自身の体もそのタヌキの子であることに気づくまでには、さほど時間はかからなかったのである。
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かくして病室で死んだらタヌキになっていた私であるが、幸いにしてタヌキの言葉は理解することが出来た。どうやらこの大きなタヌキ、というか私の母にあたるタヌキであるらしい。『あんた変わった子ねぇ』と暫くしてから言われたことが印象に残っている。
というのも、狸というのはヒゼンダニの影響で疥癬という病気にかかることがある。これ、実は狸にとっては致命傷で、しかも馬にも移す可能性があるということで生前、トチノオーのいた牧場では『絶対に狸を馬に触れさせるな』と言われていたほど。そう、馬好き的な私としても、そして、タヌキになった私としてもこの病気は絶対に避けたい。ということで、今世の母に、開口一番『毛づくろい教えて!』と嘆願した私なのだ。さらにはエキノコックスにも感染する可能性があるので、『食べ物は果物と菜だけ欲しい』とお願いなどもしたものだ。
流石に首を傾げていたが『まぁそういうお願いならいいよ』と快く快諾してくれた母には感謝の念しかない。
などといっていたら時は過ぎ、タヌキとなって2か月。どことなくほかの兄妹も巣立ちを意識して狩や収集などを父母から教わっている。
私も例にもれず、山のビワやブドウ、山菜などを軽くつつき命をつないでいる。このまま順調に成長すれば、おそらくは冬には巣立ち。なにはともあれ自分の力で生きていかねばならんのだ。
という感じで一念発起し、タヌキながら生前の家業であった、竹細工なんかを時間のある時に編んでいる。小さな手ではあるものの、幸いにして最低限物はつかめる。歯もある程度は丈夫であり、倒れている竹の切り出しに使える。食料集めもそこそこに、このタヌキの体で竹細工をどこまでやれるかと試していたところ、そこそこの大きさの竹傘(頭に被る三角のもの)を1か月程度で作ることが出来た。
母にプレゼントしたところ『これは日差しが避けれていいものね』とお墨付きを頂いた。幸い、巣立ちまであと3か月はある。父にも何か細工でプレゼントをしようと心に決めた。
父へのプレゼントは籠にした。翌年、また子供が産まれるだろうから、その餌集めに活用してくれと言葉を添えて。ただ、完成までに2か月かかってしまった。そう、もう旅立ちの時が近い。
母は『あなたは変わっているけど、頑張って生きてね』と。
父は『いいものをくれたな。ありがとう。会えることはないと思うが、達者で』と。
そう言葉を贈ってくれた。その言葉を胸に、私は第二の人生の始まりを過ごした巣を、母と父を、巣立ったのだ。
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巣立った、とはいえ、まず気になるのは生き残れるのか、ということと、はたしてここはどこの何なのか、ということである。
まず季節はもう冬だ。食料には困る時期なので、どうにか食料を確保したい。というか本来は冬眠を行うのだろうが、私にできるかわからない。せめて雪など降らねば幸いだと思う。
そして、ここがどこか、そして何の時代か、ということだ。
そもそも地球なのか、日本なのか、過去の江戸とか室町か、昭和平成令和の近代日本か、はたまた私が過ごした■■という時代なのか。そもそも人間はいるのか。
いや、ひとつ訂正しよう。人間は間違いなくいることは確かだ。何せ、この巣の近くには『林道』がある。轍までついているので、おそらくは車が通っている林道であろうとは思う。…車をまだ見たことはないが。
まぁ、ひとまずの方針としてはその林道を歩いてみよう。その先にまた道があれば、また考えよう。何もなくても、また、考えようじゃないか。
そう思っててくてくと、四つ足で地面を蹴りながら歩き始めた。巣を離れ、藪をかき分け、その途中に生っていたホオズキを口に含み、腹を少し満たしつつ、そして林道へと歩みを進めた。
しげしげと道を眺めてみても、やはり、どう見てもこれは人の手が入った道だとは思う。切られた草に轍があり、そしておそらく足跡の様なものも残っている。問題はどちらに行くかだ。左は下っている。右を向けば登っている。
…まぁ、難しく考えることはないか。とりあえずは下って様子を見てみよう。そう思いながら私はこれまた、てくてくと林道を下って行った。
そして、林道を下り始めて数日。タヌキの足では牛歩の歩みという感じで、全く風景が変わらない、などと思っていたら、道端にペットボトルが落ちていた。
『おお!人間の痕跡ぃ!』とタヌキ語で叫んでしまったのは仕方がないことだ。
さて、ペットボトルが落ちていた、ということは、少なくとも近代、昭和からこっちということだ。更にラベルを見てみれば、日本語表記で三ツ矢。場所もほぼ日本で確定であろう。
これは良い、ということで人里を目指して邁進していくことに決めた。何せこちらは中身日本人の皮がタヌキなのだ。
うまいこと人間の懐に飛び込めれば、食と住には困ることはないであろう。
足取り軽く、私は林道を下って行った。
そして、さらに数日たった時、私はついにアスファルトの道路に足をつけていた。見慣れた、しかし真新しい看板には「八王子」の文字。これで確定した。どうやらここは日本の、東京の、八王子であるらしい。
こりゃあいいと思う反面、都心部に近いだけあって、『駆除』の2文字も脳裏に浮かぶ。まぁ、ただ人間と接触しただけではもちろんその可能性もあるわな。と思っていた私は、巣立ちの前に一つ、竹細工を編んでいた。
それは、小さな籠である。
小さな籠を咥えたタヌキが近づけば、まぁ、多少は警戒心は無くすかなという算段だ。私はアスファルトの道を、てくてく、てくてくと歩いていく。
しかし不思議と車は通りすぎるが、人間そのものとは出会わない。まぁ、まだアスファルトになったとはいえ東京の田舎のほう。下手な地方より人は居ないのだ。焦らずいこうじゃないか。
そう思いながら、通り過ぎた軒先の干し柿を拝借しつつ、歩みを進める。てくてく、てくてく、てくてく。そうやってまた数日が過ぎたころ、今度はまた別の看板が視界に入ってきた。
『高尾駅』
…鉄道の駅名である。しかも高尾駅ということは、中央本線ではないか。中央本線と言えば、あの府中、競馬場に直行で行ける。タヌキになったとはいえ、元は馬主。それに、活躍している馬を見ればここが何年の東京なのかもすぐにわかるぐらいには、競馬の知識に明るい。ま、とはいえ、高尾駅に行けばそんなことをしなくても大体の年代は判るであろう。
まず、昭和だとすると電車や車がそもそも古い。平成前期もそうだ。しかし、平成後期となるとアルミの電車になり、令和ともなれば車にハイブリッドが入るのが当たり前。
なのだが、先ほどから私の横を通り過ぎる車を考えると、おそらく平成後期から令和あたりなのだろうと思う。ハイブリッド車が通り過ぎるからね。
つまりここは、本当に近代の東京なのであろう。スマートフォンが当たり前に使われている時代といった具合であろうか?まぁ、確証を得るためにも高尾駅に向かってみるとしようじゃないか。
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高尾駅に向かうと決意を固めて数日後。私は無事に駅に到着することが出来た。道中「かわいいタヌキだー!」や、「わぁかわいい!」などの声をかけていただいたので、頭を差し出して撫でさせておいた。戦利品はミカンとバナナ。上々である。
そして年代も大体確証を得た。全員持ってるものがスマートフォンだ。ただ、一つ気になるのは、駅に近づくにつれて道路に妙な表記がされ始めた点であろう。
車道は判る。歩道もわかる。しかし、その間にあるこの…もう一つのレーンは何だ?車道より幅が狭いのに、制限速度は上であるし、全く前世の記憶にないものだ。まぁ、そのうち判るだろうと割り切ってはいる。
さて、年代も判った、そして場所も判った。となれば、ここからすることは食と住である。幸いにして人通りはそこそこ多いので、ミカンやらリンゴやらを頂いている。実際食はこれで確保されたと言ってもいいだろう。
次いで住であるが、これは近所にあった交番の軒先を貸していただいている。
いや、貸していただいているというか勝手に入っている。
幸い何もしないと思われているらしく、そして、犬のように「おすわり」だの「おて」だのをしているもので、暫くおいてみるかと判断していただけたようだ。などと思いにふけっていたところ、近所のおばさま方に声をかけられた。もちろんすり寄っておなかを見せる。処世術という奴だ。
『あらー、ふっかふかになって!タヌキちゃん、ミカン上げる』
『私が洗ったんです。このタヌキ、頭いいんですよね。洗っていても暴れないんですよ』
『あら、そうなの!?いいこねぇ!』
ちなみに私は一度、このおばさまに洗われている。汚いわー!とのことで連行された。
ついでに病院にも連れていかれ、例のエキノコックスとダニの検査まで。幸いにそれらには感染していなかったようで、安心してここでぐうたらできるというものだ。
そうやって腹を見せておばさま方になでくりなでくりされていると。
「ワァ!タヌキ!?ボクにも見せてー!」
驚くような声が聞こえてきた。いいぞいいぞ。撫でやがれ。私に食と住をくれればいくらでも!そう、調子に乗ってその声の主を確認した私は、ビシリと固まった。
「わぁ!キミ!おっとなしいねー!ねえ、この子の名前はなんていうの?」
『あらー!ウマ娘のお嬢さんもタヌキの可愛さがわかるのねぇ!』
『名前は無いんです。交番に最近住み着いたタヌキなんですよ』
「へぇー!キミ!ボクはトウカイテイオー!っていってもわかんないかー!あぁー、でもふっかふかだー!」
馬の耳を持ち、尻尾も馬、しかし、その体は人間で、整いすぎた顔を持つ。
そんなウマ娘が、私の腹をなでくりなでくりと笑顔を浮かべていた。
―ええ、本当に?馬じゃなくウマ娘?あの、私が若いころにやったあのアプリの?―
固まる私がそう考えていると、普段全く意識していなかった交番のポスターに目がいった。
『交通安全!ウマ娘は急に、止まれない!』
ポスターの中で、ウマ娘シンボリルドルフが、妙にかっこいい笑顔を浮かべていたのだ。