夏の合宿が終わった。しかし、暑い夏が終わったところで、ウマ娘達の熱量は更に増すばかりである。
何せ秋にはクラシック最終戦の菊花賞がある。シニア級でも天皇賞秋が控えている。噂によると、ウインタードリームトロフィーへの練習も本格化しているらしい。
そんな状況を表すように、右を見てみれば、メジロマックイーンがゴールドシップと走り込みを行い、その後ろではまた、別のウマ娘が登坂訓練を行っている。ウオッカとダスカは、既にマックイーンとの並走でダウンしていた。
左を見てみれば、今度はトウカイテイオー、ナイスネイチャ、リオナタールやらが全力で練習場を駆け抜けていた。他にもクラシック級であろうウマ娘達が、明らかにトウカイテイオーを意識しながら体を動かしている。
そしてトレーナー達も、そんな彼女らを激励し、時には叱咤し、お互いにああでもないこうでもないと激論を飛ばし合っている。
ふらっと学園内を歩いてみれば、
『やはりトウカイテイオーが三冠だと思うよー』
『いやいや、リオナタールじゃない?』
『私がテイオーに勝つんだけど?』
『マックイーンの春秋連覇を見たい』
『いや、マックイーンは私が抜く』
『WDTでは本命はスペシャルウィーク先輩だろうなぁ』
『いや、シンボリルドルフ先輩が本命だと思うよ。強いし』
『マルゼンスキー先輩も外せないよー』
『WDT。取らせて頂きますからね』
『何をいってるんですカー!私が勝つに決まってマース!』
だの、話題が尽きることもない。
何ていうのだろうか。タヌキの私が言うのもなんであるが。皆がそれに向けて進んでいるあの感じ。私も前世で経験したことがある、この感じ。
メニューはこれがいい、戦法はこれがいい、他の馬がどうだ、俺の馬の調子はこうだ。馬場は今回こうらしい。賞金はこれだけ出るらしい。クラシック三冠か、それともか。言い合い、罵り合い、取っ組み合い、馬とぶつかり会い。菊花賞というレースは三〇〇〇メートル。これは前世も今も幸いに変わらない。
時間にすれば、たった180秒前後の、ウマの、ウマ娘達の一瞬の煌めきのようなレース。
だが、そこに至るまでの数年、数か月の努力と涙と汗は祭りの前みたいな喧噪であろう。
クラシック三冠目の菊花賞。本命はトウカイテイオーと言われている。しかし、本来のトウカイテイオーは足を骨折してしまい、出ていない。正直判らない。だが、仕上がりから見ても本命であることは間違いないであろう。
しかしだ、ナイスネイチャの熱い想いも負けてはいない。心の底から湧き上がる『勝ちたい』という想いは、テイオーにも負けていないだろう。
そして時折名前が出るリオナタール。ダービーでテイオーに迫ったあの脚は本物であろう。彼女も練習場でよく見るが、気合がノリに乗っていて飛ぶ鳥を落とす勢いだ。
そしてシニア級に目を向けてみれば待ち構えるのは天皇賞。筆頭はやはりメジロマックイーンであろう。ただ、他のウマ娘達も侮れない。何せ距離が距離だ。中距離で速い娘らも確実に獲りに来るであろうことは目に見えている。しかし。
『メジロ家の名に懸けて、先着を許すことはありえません』
静かに語ったマックイーンの目は、爛爛と輝いていたことを覚えている。
さらに、ドリームトロフィーシリーズでは、昨年までトゥインクルを走っていた主役級のウマ娘達、スペシャルウィーク、エルコンドルパサー、グラスワンダーといったウマ娘が走るとのこと。シンボリルドルフ危うしか、なんて言われてもいる。
おそらく、どのレースでは誰が大本命か、なんていうのは誰の目からも明らかであろう。客観的に見たときに、どうなるか。そんなものはウマ娘も、トレーナー達も百も承知なのであろう。
だが、この熱量。この喧噪。間違いなく、彼女らにとって祭りと言えるのではないだろうか。誰よりも速く走りたい。誰よりも勝ちたいと、熱い想いを秘める彼女らにしかなしえない、そんな祭りの前のようだ。
今はただ、それを楽しもうと思う。熱く燃えるこの場に場違いなタヌキにだって、それぐらいは許されるはずであろう。
■
テイオーの脚はどうなのか。そう言われれば多分大丈夫。と答えるしかない。幸い、私を構っている時や練習中、あと合宿中も特に脚に不安を覚えているわけではなかった。ただ、沖野氏に教えられたメニューは毎日しっかりとこなしているようで、柔らかかったテイオーの体が、更に柔らかくなっていく様をみるのは、実に面白かった。
ただ、180度開脚をしながら私の腹を吸わないで欲しい。実にこそばい。
ちなみに、合宿中にではあるが。
「いやー、タヌキ吸いっていいね、ゴルシ」
「いいだろー?なんかもう、どーでもよくなってくるんだよ。あ、マックイーンには秘密な?あいつに知られると多分ずーっとやってっから」
「判ったよー」
という会話があった。だからか知らないが、マックイーンが居ない時には代わる代わる腹に顔を埋められていた。あのスカーレットもウオッカも、そしてエアグルーヴやナリタブライアンですらだ。
「…あぁ…これは安らぎます…」
と、完全に蕩け切っていたエアグルーヴの、目尻が下がっただらしない表情は必見だと思う。ただ、ナリタブライアンは、なんというか…残心の武士のような、すっきりとした顔をしていたので、少しばかり拍子抜けだ。どうせなら蕩けてほしかったのだが。
話が逸れたが、ともかくとしてトウカイテイオーは無事に菊花賞を走れることであろう。一番人気で一番注目株のクラシック2冠ウマ娘。それが菊花賞に殴り込む。一つ私の夢が叶った瞬間である。
ただ、それは、言ってしまえば他のライバルたちのマークを一身に受けるということだ。戦法からコース取り、体力やスピードのデータを研究しつくされた上で、彼女は菊花賞に挑まねばならない。
私自身も、トウカイテイオーが骨折で欠場した菊花賞、しか知らないのだ。
まさに夢。菊の夢と言える瞬間が、一刻一刻と近づいている。
嗚呼、非常に楽しみである。…ただ、最近そのせいかウマ娘達との交流が少ない。飯の準備も、ほとんどが沖野氏になってしまっている。まぁ、不満は無いのだが。
「天皇賞秋まで…モフモフは…我慢します…!スイーツも…!」
と、血涙を流す勢いで宣言をしていたマックイーンのことは、忘れられない。
■
そして迎えた菊花賞当日。久しぶりに私はマックイーンの腕に抱かれ、レース場にいた。そのマックイーンの顔を見上げてみれば、もうこれでもかというほどの笑顔を浮かべている。
「もっふもふーもっふもふー…!」
小さく歌まで歌っていらっしゃる。それならばと鼻でほほを撫でると、くすぐったそうにしながらも、更に目尻が下がっていた。
「だらしねぇなーマックイーン」
「…久しぶりなんですもの。モフモフ」
「気持ちは判るけどよー。別に練習上がりにポン吉を撫でるくらいいんじゃねーの?」
「だ、ダメなのです。モフモフを始めてしまうと、なぜか簡単に門限の時間を迎えてしまって…」
確かにマックイーンは練習終わりになると、門限ぎりぎりまで私を構っていた記憶がある。合宿でもぎりぎりまでこちらの部屋に居て、私を撫でていた。確かにそれはモフモフを我慢します、と宣言する理由にはなるか。
ちなみに、私がなぜレース場に入れたかといえば、ついに、正式に『スピカの保護動物』と認められたからに他ならない。保護してるのなら目を離すわけにもいかないよね。と言った具合だ。もちろん暴れたら出禁になるそうであるが、そこは中身が人なので問題ないであろう。
などと考えていたら、ついに、いよいよテイオーの出走の時間が近づいてきた。ということで、ターフへと出る通路まで、マックイーンとゴールドシップでお見送りに来たわけなのだが、その道中で、テイオーは2人のウマ娘達に話しかけられていた。
2~3会話をしたのちに、彼女らは、テイオーにこう、宣言をしていた。
「テイオーより先にゴールするよ。私」
「テイオーには絶対に負けない。先にゴールしてみせるから!」
テイオーはその言葉に、満面の笑みを浮かべていた。そして。
「…そうこなくっちゃ!ボクだって負けるつもりは無いからね!」
そう言いながら、ネイチャとリオナタールと握手を交わしていた。そして、握手の手が離れると、リオナタールとナイスネイチャはターフへと飛び出していった。
「彼女たちは、きっと手ごわいですわね、テイオー」
マックイーンはそう、ぽつりと呟く。
「そりゃあね。みんながこの菊の冠を目指している。ボクだって、ネイチャだって、リオナタールだって。他の娘達だってそう。でも―」
テイオーはそう言うと、マックイーンに笑顔を向けた。
「ボクが負ける訳ないでしょ?だってボクは、最強無敵のテイオー様なんだから」
そう言って駆けだした時、はたとテイオーは足を止めて、私を見た。
「見ててね、ポン太。あと、二人とも、見送りありがとう。勝つように祈ってて!」
そして、彼女は鼻息荒く、一度だけ此方を振り返ると、靴を鳴らすようにしながらターフへと駆けだしていった。
うーん、あのテイオーの癖。夏前ぐらいから見受けられるようになったけれど、どこかで見たような、見てないような。
「さ、テイオーの雄姿を観客席からしっかりと見ましょうか」
「おー、そうだな。おい、ポン吉。しっかりと声だして応援しろよー?」
…そうは言われても私、狸なんですよね。無理なことは言わないで頂きたいものだ。
最後、少々駆け足ではありましたが私自身が満足したのと、
元々菊花手前で終わる予定でしたのでこの話を以て完結とさせていただきます。
今後ですが、タヌキ爺さんは今後ものんびりとウマ娘と過ごしますし、トチノオーさんはウマ娘になりません。
ただタヌキを出して、あと、わしの考えた馬。と考えて始めたのがこの物語でした。
お楽しみいただけたのであれば幸いです。
短い間でしたが、お付き合いいただきましてありがとうございました。