そうは言われても私、狸なんですよね   作:灯火011

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それからどうした

 トウカイテイオーのウマ娘に腹を撫でられながら、徐々に再起動してきた私の脳であったが、それでも衝撃が大きすぎていまだに混乱の中にいた。

 

 そもそもウマ娘がいる世界ということは、私が夢を見て、焦がれ、夢をつかんだあの馬達はいないということになる。あのトチノオーにも二度と会えないということであろう。まぁ、ただ、終わったことなのでそれはいい。

 

 しかし、馬とウマ娘ではかなり違う。というか別物といっていいだろう。何せ馬は今の私と同じ畜生道。人間の下で育成され、しかし、人間と共に夢を見る。だがウマ娘となればそれは人間と同等に扱われ、それでいて性能は人間の数倍という有様である。

 

 記憶の片隅にある。なんだったか、アプリではヒシアマゾンと成人のトレーナーが腕相撲をするということで、ヒシアマゾンが指一本、成人のトレーナーは両手で対戦し、それでいてヒシアマゾンが快勝してしまっていた。つまり、人間とウマ娘の間にはそれほどの性能差があるわけで。

 

「本当におっとなしいねー。ねえ、この子って何か食べるの?」

『このミカンとかバナナとかの果物をよく食べるわよ。テイオーちゃんもあげてみる?』

 

 いや本当、人類の味方でよかったウマ娘。いやまて、考えるべきはそこではない。

 

「えっ!?いいのー!?」

『ええ。ほら、ミカン。剥いて差し出してみて』

「ありがとう!やってみるよー!」

 

 情報を整理しなおそう。場所はたぶん地球、日本の東京でそんなに前世と変わらない。しかし決定的に違う点として、ウマ娘という存在がいることが確定している。そして目の前にはトウカイテイオー。スマホがあり、車も結構近代的。

 

 年代がおかしくない?トウカイテイオーって平成初期の馬じゃないか?奇跡の復活トウカイテイオー!には胸が熱くなりすぎて夢を駆ける写真集や人形などのグッズをすぐに買いあさったほどだった。

 

 …ん?ミカンを差し出しているのか?ウマ娘のトウカイテイオーさん。手ずからまさか頂けるとは。

 

「わぁ!ほんとだ!食べてる食べてる!」

『かわいいわねぇ』

『本当に人間になついてるわよねぇ』

 

 喜べ喜べ。こちとら冬毛もっふもふのタヌキ様だ。しっかりとトウカイテイオーの手に頭を摺り寄せることを忘れない。サービス精神は明日の食と住に直結するのだ。

 

「かわいいなぁー。あ、あの、トレセン学園の友達って連れてきても大丈夫かな?」

『もちろん大丈夫よ。というか、服装でそうかなぁって思っていたけれど、トレセン学園の生徒さんなの?』

「うん!デビューはまだだけど、きっと活躍する予定だよ!」

『あらぁ!それは良いことを聞いたわぁ!応援するからね!』

「ありがとう!」

 

 ミカンは酸っぱすぎず甘すぎず。実にいい塩梅だ。それにしても、トウカイテイオーは実に活発な女子…女子?牝馬?…いや、この場合はどういえばいいのだろうか?

 改めてウマ娘のトウカイテイオーをしげしげと観察する。夢を駆けるなどの写真集で見るトウカイテイオーは、実に美しい雄馬であり、歩く姿も優雅であった。それをこう、女子にして擬人化すると、美しい毛並みの髪と尻尾、均整の取れた顔に贅肉なんてないような体、そして時折見せる足運び。

 

 似てると言えば似てるし、似てないと言えば似てない。まあ確かに、あのアプリの設定として【別世界の馬】の魂を受け継いだ存在、という話であるので、そこはあんまり考えてはいけない気がする。時系列についてもおそらくは同じであろう。

 

 何せ元人間がタヌキをやっている世界なのだ。ウマ娘がいるぐらいじゃあ驚きはしたけれど絶望はしない。

 

 それに、だ。

 

 

 

 ケガに悩まされながらも復活を遂げた名馬トウカイテイオー

 

 

 

 異次元の速さを持ちながらもケガで引退した名馬アグネスタキオン

 

 

 

 不屈の精神を持つ名馬キングヘイロー

 

 

 

 絶対的な強さを持つ名馬シンボリルドルフ

 

 

 

 信じられない末脚で他を切り捨てる名馬ナリタブライアン

 

 

 

 前世の私の夢を乗せていた、彼らの走る姿は、まさに希望だった。そんな彼らと、また相まみえる、しかも今度は彼らが意思をもって、交流まで出来る。

 

 こんなうれしいことがあるのだろうか!

 

 とまぁ、興奮したところで私はタヌキ。

 

「はい次はバナナ!キミ好きなんでしょー?」

 

 難しいことは考えず、甘んじてトウカイテイオーと交流を図る次第だ。ゆくゆくは他のウマ娘ともお会いしたいものである。

 

 

 ウマ娘の出会いから数日後。

 

 相も変わらず交番前でグータラ処世術を実行していた私であるが、その中で新たな気づきがあった。

 

 まず、謎の道路のレーン。あれは非常に簡単であった。ウマ娘用だ。確かに山からこの高尾に降りてくるまでにあそこを走っていた人影を見ていたが、まさかウマ娘がいる世界とは思っておらず、無意識に「ランニングご苦労様ー」などと思考をしていた。

 だが、ここ数日そのレーンを通る人をよーく目を凝らしてみてみれば、全員、馬の耳と尻尾が生えていた。気づけば早いもので、なるほどなぁと納得した次第である。

 

 更に、例のトウカイテイオーのお友達という人…ウマ娘か、とお近づきにもなれた。なんと、あの【絶対の強さは、人を退屈にさせる】というCMまで打たれた馬、「メジロマックイーン」のウマ娘である。

 

 その出会いというのは、トウカイテイオーが来た翌日のこと。おばさま方に栗をいただき、それをのんびりと食べていた時の事だ。

 

「人懐っこい狸、なんて本当にいるんですの?」

「いるよー!全く疑り深いんだからー!こっちこっち!」

 

 遠くからそんな声が聞こえ、顔をそちらにやると、見覚えのある栗毛のテイオーと、見覚えのないウマ耳を備えた、これまたテイオーに負けず劣らずの美少女がこちらにやってきていた。

 

「お、いたいた!おーいタヌキ―!」

 

 テイオーの元気な声が響き渡る。それならばと、とてとてと、四つ足でテイオーとお連れのウマ娘の元へと駆け寄った。

 

「へへー、どう?マックイーン、人懐っこいでしょう?」

 

 そしてそのマックイーンと呼ばれた美少女は、私を見るや否や。

 

「か…かわいいですわ!」

 

 と大層興奮して手を差し出してきて下さったので、近づいて顔を乗せて差し上げた。見ろこのあざとタヌキの技。そしてぐりぐりと顎をそのままこすり付けるサービスまで実施。

 

「わ…もふもふ!テイオー!この子かわいすぎませんこと!?」

「そうだって言ってるじゃーん。あ、そうだそうだ。はいこれ!」

「これは…ミカン?ですの?」

「うん!剥いて、あげてみて?食べてくれるから!」

 

 いやしかし、マックイーンというウマ娘もこれまた美人。紫がかった尻尾と髪の毛が素晴らしい艶を湛え、スレンダーな体にしなやかな筋肉が見て取れる。トウカイテイオーとはまた違う美人だ。私が人間だったらぜひぜひお近づきになりたい。

 

「本当ですわ!食べてくれましたわ!わぁー…!なんて可愛いの…!」

 

 いやぁ、美人さんにそこまで言って頂けるとは恐悦至極も甚だしい。などと頂いたミカンをもしゃもしゃしていたところ、軒先を貸していただいている交番の中から、警察官が一人、飛び出してきて来たのだ。

 

『いきなりすいません。もしかして、今年の菊花賞ウマ娘のメジロマックイーンさんでは!?』

 

 興奮気味に言葉を発した警察官の焦りようと、そして、そのメジロマックイーンという名前のダブルパンチで私は固まった。

 

 

「え、えぇ。確かに、わたくしが菊花賞ウマ娘のメジロマックイーンですが…」

『うおお!こんな場所でお会いできるなんて!あの、いきなりで申し訳ないのですが、サイン、サインを頂けないでしょうか!?』

「え、えぇ…。構いませんが」

『っしゃあああ!大ファンなんですよ!やったー!』

 

 メジロマックイーン。馬であれば、長距離最強クラスの馬だった。天皇賞連覇の偉業は目に焼き付けられている。いや、しかし、まさか。あのがっしりとした馬体のお馬さんが、ウマ娘になってしまうとこんなに華奢な美少女になってしまうのか…。などと驚いていると、不意に腹に手が回り、視界が一気に地面を離れた。

 

 何が起こった!?と四つ足をばたばたさせていると。

 

「わわっ、暴れないでー!」

 

 頭上から聞こえるのはテイオーの元気な声。顔をそちらに向けると、ニコニコの笑顔のテイオーの顔があった。

 

「いい子いい子。あー。あったかーい。もっふもふだー」

 

 私を抱きかかえながら、私の背中にすりすりと顔を寄せてくるテイオーにこちらもほっこり。美少女に抱えられるというのは実に、畜生道故の役得であろう。

 

 いや、しかし本当に、ウマ娘とはいえ、トウカイテイオーとメジロマックイーンという、当時を知る人であればもう大興奮の馬の2頭が揃い踏みというこの状況。

 

 あえて言わせてもらおう。私の方こそ、ありがとう。

 

 そういう意味を込めて、テイオーのほっぺに鼻をこすりつける。

 

「わー!くすぐったいよー!でももっふもふで気持ちいいー」

 

 タヌキですからね。毛むくじゃらはまかせんしゃい。などとテイオーの腕の中で遊んでいたのわけだが、そうは問屋が卸さない。なにせここには1人の人間と2人のウマ娘がいるのだ。

 

「ところで、よくなついているのですね。このタヌキ。交番で飼われているのですか?」

『あぁー…サイン…家宝にします…。っと、申し訳ありません興奮してしまい。タヌキは居候ですね。野生っぽいんですが、大人しいのと、近所の動物好きなおばちゃんが病院に連れて行って検査をしてくれているのと、何より何も荒らさないから追い払っていないだけですよ』

「そうなのですね」

『あとはやたらと人懐っこいんで、近所の人からも好かれてるんですよね、こいつ。しかもなぜか竹籠を持ってるでしょう?何か変わってるんですよ。あぁ、それで、初対面のメジロマックイーンさんでも撫でさせて貰えるぐらい人懐っこいですよ』

「え、そうなんですの?」

 

 そういってマックイーンは、テイオーに抱えられている私に手を伸ばしてきた。ふむ、つまり私、タヌキを撫でたいわけか。であるなら、抱えられたままでは撫でにくいだろう。テイオー、少し申し訳ないことをする。

 

「わっ!?」

 

 テイオーの腕の中でちょっとだけ暴れて、華麗に地面へと着地。そして、顔を一瞬マックイーンの方に向けて、そうしてもう一度腹を見せる。さぁ、わがままボディを前に我慢は出来まい?

 

「…撫でさせていただけるのですか?」

 

 もちろん、と言う意味を込めて四肢をだらんと地面に投げ捨てる。 

 

「で、では遠慮なく!」

「ボクもボクもー!」

 

 トウカイテイオーも参戦ときたもんだ。―――さぁ、思う存分もふもふするがいい。

 

 

 トウカイテイオーとメジロマックイーンと邂逅してから更に数日過ぎたころ。本格的に冬の寒さが身に染みてきて、タヌキのもふもふ毛皮をもってしても流石にキツい季節にと時間が流れ始めた。

 

 交番や近所の方は毛布などを用意して、少しでも快適にと思っているようであるけれども、流石に中身が元人間であるためにどうしてもコタツやヒーターを求めてしまう。

 

 そして最初の数日こそここにきていたウマ娘のトウカイテイオーとメジロマックイーンであったが、最近はてんで私の所にやってこない。やってくるのは高尾駅を利用する登山客と、また別のウマ娘達だ。

 

 ただ、来ない理由ははっきりしていて、メジロマックイーンは来年の天皇賞へむけて、トウカイテイオーは本格的なクラシック戦線へ向かうために暫くは来れない、なんておばちゃんと話していたことを覚えている。

 

 ―――さて、ここで私は一つ、欲を出した。

 

 と、いうのも、トウカイテイオーという馬。ケガで泣かされ、しかし、有馬記念で一年ぶりに復活した!という奇跡の名馬ではある。ドラマチックで実によい。と思うのだが、それと同時に【菊花賞】でトウカイテイオーが走っていたら、どうなったのか。というIFもまた浪漫がある話であった。

 

 まぁ、IF、たられば、は起きないのが現実だ。

 

 しかしながらここはウマ娘の世界。そして、今、トウカイテイオーは。

 

【クラシック戦線へ向かうためにここには来ていない】

 

 つまり、トレセン学園で本格的に鍛錬を積んでいるのだろう。

 

 つまり、ケガをしていないトウカイテイオーが今まさに同じ時代に生きている。

 

 つまり、ケガをせず、菊花賞を走るトウカイテイオーがいる世界を作る事、も可能ではないのか。

 

 そういう欲が出てしまった。

 

 とはいえ、私はしがない野生のタヌキ。何もできないわなーと思っていたのだが、いやまてよと、やめておけばいいのに余計なことを思いついてしまったのだ。

 

 何せここは高尾駅前。電車に乗れさえすれば、府中へとすぐに出れる。

 

 しかも高尾駅は始発電車が多い。ともなれば、改札を通らずとも、電車の車体の下に潜り込めもするであろう。

 

 そう。思いついた事というのは、『ここから府中にいって、トレセン学園いってトウカイテイオー探せばいいんじゃね?』という、荒唐無稽な考えであったのだ。

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