日本ウマ娘トレーニングセンター学園。正式名称はそう言う場所らしい。恐らく元ネタは前世の「トレーニング・センター」であろうか。
私はマックイーンの家でタヌ吉、などあだ名を付けられた後に一夜を過ごし、そして朝に起きてみればブラッシングをされてつやつやモフモフに磨きをかけられて、マックイーンと共にそのトレセン学園の敷居を跨いでいた。
学園に着くや否や、早速、と言わんばかりにマックイーンはトレーナーの元へ足を運び、私はその腕に抱えられたままであった。その間。
「おはよーマックイーン!って、あれ?何もってんの?え!?タヌキ!?」
とか
「おはようございますマックイーンさん!おお!?タヌキ!タヌキじゃないですか!私にもだっこさせてくださーい!」
だとか
「おはよーマックイーン。って、うぉおおお!?タヌキだあああ!タイシン、ハヤヒデ!タヌキがいるよおおお!」
だの色々と注目の的になってしまったのは、仕方がないことであろう。
確かに前世でタヌキを抱えた美少女がいたら、私だっておそらく二度見はする。
そうしているうちに、マックイーンはドアの前で足を止めた。【チームスピカトレーナー控室】なんて書いてあるので、ここがそのトレーナーがいる場所なのだろう。
「沖野トレーナー。失礼いたしますわ」
ノックを2回。私を抱えながら、見事な所作である。そしてマックイーンはノブを捻り、ドアを開き、さっと頭を下げた。
「おはようマックイーン。朝早くからどうしたんだ?」
マックイーンが頭をあげると同時に、男性の声でそう言葉が飛んできた。私は顔をそちらに向けると、天然パーマのツーブロックの男性が、白い棒…タバコじゃないな、あれは飴か。を咥えながら、椅子に座って書類整理をしていた。服も黄色をチョイスしているとは、なかなか変わった人物のようだ。
「おはようございます。トレーナー。昨晩ご連絡した件なのですが」
そう言いながらマックイーンは私をずいっとトレーナーの前に差し出す。どうも、初めまして。ウマ娘と馬が好きな無害なタヌキです。と意味を込めて一鳴きだけしておく。
「…あぁ!そういえば。そいつが噂のタヌキってやつか。確か高尾のタヌキ、だっけ?」
「ええ。そうなのです。少し前にゴールドシップが保護いたしまして。それで、トレーナー。チームで飼うことはできないのでしょうか?」
トレーナーはマックイーンの言葉に、少し悩むそぶりを見せた。
「まぁ、確かにチームの規約上、ペットを飼ってはいけない、ということは無い」
「それでは!」
マックイーンの声に喜びが混じる、が、トレーナーは待ったをかけた。なお、その間、マックイーンに抱えられてトレーナーとマックイーンの間で宙ぶらりんの私である。
「しかし、寮ではペット禁止だろう?学園的にNGな気はする。一度申請はしてみるが…あとは学園の判断にゆだねる形になるとは思うぞ」
「それでかまいませんわ。もし、ダメであっても、メジロ家で保護する予定ですので」
「それなら最初からその方がいいんじゃないか?」
あぁ、マックイーン。なんて優しいんだ君は。野生の私をそこまで面倒見てくれるなんて。それはそうとしてそろそろ下すか、抱きなおしてくれてもいいんだが。
「ゴールドシップさん、トウカイテイオーさんに良く懐いておりますの。それに」
マックイーンの伸ばしていた腕が引き戻され、私は再びマックイーンの胸へと戻る。と思ったら、マックイーンがほほを摺り寄せてきたので、負けじと頭を摺り寄せる。
「これだけ可愛らしいんですもの。皆のモチベーションが上がりますわよ」
にっこにこのマックイーン。それを見たトレーナーは、仕方ないといった風に眉尻を下げると、ため息を一つついていた。
「ま、俺としちゃあちゃんと世話してくれていれば文句はないさ。とりあえず今日の所は俺が預かっておくよ」
「ありがとうございます。トレーナー。では私は授業に参ります。よろしくお願いいたしますね」
「はいよ」
そういってマックイーンは、私をトレーナーの机に置いて、トレーナー室を去っていった。残されたのは当然、トレーナーこと沖野氏と、私タヌキの一人と一匹である。どうすればいいものか、と、沖野氏の顔をじっと見る。
「さて、どうするか…?」
そう言いながら、沖野氏は私の頭を撫でる。無論、男性とはいえ、処世術は忘れない。頭を擦り付けたのちに、ごろんと仰向けになって腹をしっかりと見せる。
「おー?おっ前人懐っこいな。ほーら、わしゃわしゃわしゃわしゃ」
そうだそうだ、好きなだけ撫でんしゃい。ふっかふかのつっやつやだぞ。
「ほー、こいつぁいい感触だ。確かにあいつらのメンタルケアに役立つかもな。ひとまずは、たづなさんとルドルフの許可を得るとしますかね」
言いながら沖野氏の手は止まらず、そしてよく表情を見ればうっすらと口角があがっている。ふっ。モフモフに負けなし。
■
沖野トレーナーにモフモフの魅力を伝えた私は、その数時間後、沖野氏に抱きかかえられながら理事長室へと向かう道中にいる。というのも、沖野氏、どうやって学園に許可を頂くかを考えてくれていたようなのだが、
「ま、見せた方が早いか。じっとしててくれ」
と、笑みを浮かべていたのだ。その笑みがどういう意味なのかは正直判らないが、どこか確信めいたものは私も感じ取ることが出来た。
その道中、沖野氏の同僚のトレーナー、『おハナさん』という方と丁度行き会うこともできた。
「よう、おハナさん。相変わらずトップチームのトレーナーさんは不機嫌そうな顔をしてるねぇ」
「なによ。相変わらず気楽そうね?…って、あら?何を抱えているのかしら」
「あぁ、マックイーンがタヌキを拾ってきてな。ペットにしてくれって懇願されたんだ」
「メジロマックイーンが?あの真面目そうな娘が」
そう言いながらおハナさんと呼ばれたトレーナーは私に視線を落とした。どうも。無害な毛玉です。
「あー、まぁ、実際に拾ってきたのはゴールドシップなんだがな。ははは」
「あぁ…それで。それにしてもタヌキとは珍しいわね」
なぜか妙に納得された。と、同時に、おハナさんが私の頭を撫でようとしてか、手を伸ばした。と、沖野氏がひょいと私をおハナさんに投げた。
「わっ!?」
沖野氏の手を離れた私は、おハナさんの肩へと着地。落ちないようにひしっと四つ足で踏ん張る。しかし、いきなり投げないで頂きたい。
「触りたいなら好きなだけ触りなって。そいつめちゃくちゃ大人しいからさ」
沖野氏はいい笑顔を浮かべていた。それに対しておハナさんは少しむっとした顔になりながらも、私はしっかりと抱いてくれていた。お礼を込めて鼻でほほを撫でておく。
「本当に大人しいわね。それに、人懐っこいタヌキだこと」
「だろう?ああ、それで、たづなさん知らない?こいつ飼っていいか聞きたくてさ」
「それなら、理事長と一緒に生徒会室にいるわ。ルドルフもいるから丁度いいんじゃない?」
「生徒会室?」
「ええ。私も含めてトゥインクル・シリーズファン大感謝祭と、サマードリームカップの事前打ち合わせをしていたわ。今、ちょうど話し合いが終わったところなの」
そう言いながら、おハナさんは私を沖野氏の手の中に戻していた。なるほど、この2人はなんだかんだ軽口を言い合う中であるようだ。
「そりゃいいことを聞いた。ありがとうおハナさん」
「気にしないで。あ、でも、許可が降りたらまたそのタヌキを撫でさせなさいよ」
「お安い御用さ」
そう言って沖野氏は手を振りながらその場を離れる。沖野氏に抱かれたままの私は、その肩越しに、ちょっと寂しそうにしているおハナさんが見えてしまった。見えてしまったので、またお会いいたしましょう、と意味を込めて一鳴きだけしておいた。
少しだけその表情が明るくなったのは、見間違いではないであろう。
■
沖野氏に生徒会室に連れてこられた私は、早速というか、理事長、たづなさん、シンボリルドルフが囲む机の上に置かれている。まぁ、とはいえ私は野生のタヌキ。特に気にもせず毛繕いをしているが、もちろんそれは、グータラ処世術の前準備である。
「驚愕っ!?本当に大人しい!」
「わぁ…かわいいですね。沖野トレーナー。どこで拾って来たんですか?」
「ふむ…これは純情可憐なタヌキだな。それに人懐っこい」
手を出して私を撫でる理事長、それを遠めに、目を輝かせている女性がたづなさん、腕を組んで、少し離れた位置に座っているのがシンボリルドルフという面々らしい。
「本当に大人しいんですよ。ペットにしたいと申し出たのはマックイーンですね。拾ってきたのはゴールドシップらしいのですが」
「ふむ…チームのペットか。なぁたづな。学園の規約はどうなっていた?」
そう経緯を説明している沖野氏を横目に、各々を観察しながら、まずは理事長へと歩み寄る。処世術はまず頭から陥落させるのが鉄則だ。
「むっ!?どうしたタヌキ!…おお、これは見事なフカフカではないか!」
そう言って、手に頭を摺り寄せた私を撫でる理事長と呼ばれている女性は、女の子と言ってもいいぐらいの子だ。栗毛というか、金髪の髪に白いラインが入っている変わった髪色をしている。頭の上に帽子をかぶっているのだが、そこにはなぜか猫が乗っかっている。この猫はどこか、もふもふライバルの香りがする。奴もそう思ったのか、にゃあ、と一言こちらに鳴いていた。だが私は猫言葉は判らぬ。
しかし理事長の表情は満面の笑みだ。これは勝ったかもしれない。
「寮の方ではペット禁止ですが、他では特に規約は確認できません」
「なるほど…承知!では、精査して追って結果を伝えよう!」
たづなさんと呼ばれた女性は、緑のスーツが良く似合う妙齢の女性といった具合の人である。それでいて物腰が柔らかで、やり手の秘書さんという感じであろうか。そして、理事長の横から手を伸ばして、さりげなく私を撫でる手つきもどこか優しい。だが、その目尻が下がっている事を私は見逃さない。
「許可は頂けないので?」
「いい毛並みですね。癒されます。…その、チームでペット、という前例がありませんからね。でも、悪いことにはなりませんよ」
そしてシンボリルドルフ。高尾の交番で見た『交通安全 ウマ娘は急に 止まれない』のポスターの姿が非常に印象深かったのだが、今、こうしてみてみると物腰落ち着いた女性、という感じだ。制服を着ているからか少し幼く見える。いや、しかしこう見ると、髪の色なんかもあの名馬、シンボリルドルフと同じである。鬣は黒く、額に白い三日月、体の色は栗毛。それをよく表している髪の色だ。
ただ、少しテーブルから離れた位置にいるため、私をもふもふしてはいない。私の魅力が十分に伝わっていない気がする。
「沖野トレーナー。前例が無く、手続きがかかるだけにすぎません。それに、ウマ娘からの提案を、この学園が却下するはずがないと思いませんか」
しかし、話の流れが少し読めない。私がペットになるのはOKなような、NGなような。そんな玉虫色の会話の流れだ。
「暫定!!それまではぜひ!沖野トレーナー!キミの元でタヌキを預かっていてほしい!もし、ウマ娘に実害もなく、ウマ娘達のモチベーションが上がるというのであれば、その評価を元に、正式に理事長として私が許可を出そう!」
「と、言うことです。沖野トレーナー。大人しい子ですし、大丈夫だと思いますよ。しばらく世話をお願いいたしますね?」
なるほど、つまり、実質これは許可。チームスピカのペットで問題ない、ということであろう。お礼を込めて一鳴きしておく。と、同時に、どこか寂しそうにしているシンボリルドルフと目が合ってしまった。
「それでは理事長、たづなさん、生徒会長。これで私は失礼します。良い返事をお待ちしております」
「うむ!」
「また撫でさせてくださいね」
そういう声と共に、沖野氏は私を抱きかかえようと手を伸ばしてきた。が、残念。そうは問屋が卸さない。
「お、おい、大人しくしろって」
その手を体を捻って抜け出し、そのままの勢いでシンボリルドルフの胸元へと飛び込んだ。
「わっ!?」
「あら」
「おお!」
三者三様の驚き方をする女性陣。だが私の目的は…さぁ、シンボリルドルフ。君が寂しそうにしていたことは判っている。そうだ。君は私を撫でることが出来なかった。
―――だからしっかりとモフりたまえ。こちらは最高のもふもふ具合なのだ!
一方その頃
「タヌキさん、大丈夫かなぁ…」