そうは言われても私、狸なんですよね   作:灯火011

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おとめ座の輝き

 私が思いっきり抱き着いたシンボリルドルフ。一瞬あっけに取られていたものの、ルドルフは目じりを下げて、私を抱き返してくれていた。

 

「これは…うん、心地いいな…」

 

 私を腕に抱き、そして頭を撫でてくれながら噛みしめるようにつぶやくシンボリルドルフ。よほど私タヌキに触りたかったと見える。

 ならばお礼にと、鳴きながら鼻をほほにこすりつけてやる。

 

「ふふふ。あぁ、これは…可愛いな…」

 

 満面の笑みを頂いた。よし、任務完了であるが、まだしばらくこのままでもいいだろう。何せ私は野生のタヌキ。人間の思い通りにはあんまりならない。

 

「あー…これはどうしましょうか?」

 

 そう言いながら頭をかく沖野氏。申し訳ない。できればもうちょっと私はシンボリルドルフと共にいます。ウマ娘の美少女の笑顔をもう少し堪能していたい。そういう意味をこめてひしっと四つ足を踏ん張る。

 

 シンボリルドルフが天を仰いだ。

 

「沖野トレーナー。大変、大変申し訳ないのですが…私の我儘で、もう少しこのタヌキと一緒にいさせていただいても構わないだろうか?無論、マックイーン達の授業が終わる前には戻させていただきます」

 

 シンボリルドルフはそう言いながら顔を正面に戻した。が、その表情は目じりが下がって可愛いと言える笑みを浮かべていた。

 

「それは構いませんよ」

 

 沖野氏はそれを見て、しょうがないなと言った風に肩をすくめた。 

 

「ふふ…それなら大丈夫ですね。理事長もそう思いませんか?」

「同意!それでは我々は退散するとしよう!会長!ほどほどにな!」

「では、失礼いたします。あ、生徒会長。書類は明日でもかまいませんので」

 

 理事長とたづなさんはそう言葉を掛けながら、生徒会室のドアを開け、去っていった。そして、それに続くように。

 

「あ~…。生徒会長。それでは私はチームルームにおりますので」

 

 そういって沖野氏も生徒会室から退室していき、残ったのはシンボリルドルフと私、タヌキという、1人と1匹である。とりあえずは頭をほっぺにこすりつけておくことにする。

 

「っ…。君は本当に人懐っこいな…!」

 

 わしゃわしゃと、私の頭と背中を撫でるシンボリルドルフ。その顔には笑みが浮かび、非常に満足そうだ。うん、沖野氏の腕を振り払って、ルドルフの胸に飛び込んだ甲斐があるというものだ。

 遠くから、まさにモフれなくてしょんぼりと言った風な視線を送られてしまっては、モフられタヌキとしてはたまったもんじゃない。処世術は完璧でなくてはならないのだ。などと考えていたら、脇に手を差し込まれて、空中にぷらんと体が浮いた。

 

「タヌキと聞いたときはびっくりしたが、こうも間近で見るとここまで可愛いものか…」

 

 ルドルフはそう言いながら、私をしげしげと見つめる。かと思えば今度は、私を自らの膝に置くと、今度は私の頭から背中、そして尻尾を撫で始めた。

 私はとりあえず落ちないようにと、ルドルフの膝の上で軽く丸まる。ついでに気持ちが良いので、鳴き声も添えて。

 

「あぁ。うん。こんなタヌキがチームにいたら、相当モチベーションが上がるだろう」

 

 お墨付きを頂いた。それならば非常にタヌキ冥利に尽きます。そして、より皆を虜に出来るように、もっともっとモフモフを精進しましょう。

 

 

 『沖野トレーナー。大変申し訳なかった。抑えられなかった』

 

 そのような言い訳をしながら、私をチームスピカの部室まで送り届けたシンボリルドルフ。その背を、沖野氏の腕の中で眺めながら、私はこれからの事を少し考えていた。

 

 さて、いろいろとありすぎたが、当初の目的であるトレセン学園への潜入は果たした。しかもペットとして、という破格の立場を手に入れている。これによって、食、住、更にお手入れまで安定して手に入れた、ということになる。

 

 少なくとも、野垂れ死には無くなったわけなので、非常に安堵することが出来る。

 

 まぁ、外に出たときに空を飛ぶトンビやら鷹、あとは野良の動物やらには気を付けないといけないとは思うが、そこはなるべくウマ娘に引っ付いて行けば、問題ないであろう。

 

「さぁて、じゃあマックイーン達が来るまで机の上で大人しくしててくれよ」

 

 そう言いながら私を机の上に置く沖野氏。かしこまりました。と意味を込めて一鳴きしてからコロンと横になる。

 実はシンボリルドルフからニンジンをおやつとして食べさせていただいたので、結構お腹が苦しいのである。苦しい時は横になるに限る。

 

 というのも、トレセン学園のニンジンは美味しすぎた。正直、やめられないとまらないトレセンニンジン。といった具合に。

 

 やはりウマ娘が食べるということで、品種改良が前世より進んでいるのであろう。ジューシーで、甘くて、それでいてニンジンの香りがする別の食べ物といっても良い。

 

 また食べたいなーなんて思いながら横になっていると、ガチャリと扉が開く音が耳に飛び込んできた。

 

「トレーナー!授業終わったよー!」

「お待たせいたしましたわ。トレーナー」

 

 その声に顔を向けてみれば、テイオーとマックイーンの二人の姿を捉えることが出来た。むくり、と起き上がり、一声鳴く。私の声が聞こえたのか、テイオーとマックイーンの耳がピン!と伸びた。

 

「この鳴き声って…わぁー!タヌキー!ひっさしぶりー!すごい!モフモフだー!」

 

 私の姿を確認するや否や、テイオーが手を伸ばして脇に手を入れ、私を掲げ上げた。相変わらず綺麗で美少女な元気娘である。そして、掲げたのちに、胸に抱きかかえられ、頭にほっぺをこすりつけられた。うん、好きなだけモフっていいぞ。

 

「タヌキじゃありませんわ!タヌ吉です!」

 

 そう言いながらテイオーに食って掛かるのは、今朝まで一緒にいたマックイーン。テイオーに食って掛かりながらも、抱きかかえられる私の背中を優しく撫でている。

 

「タヌ吉!?え、マックイーン名前つけたの!?」

「そうです!可愛いでしょう?」

「えー?そうかなぁ。ボクはタヌキのほうが可愛いと思うなー!」

「タヌキでは味気が無いではないですか!」

「えぇー!?でも、タヌ吉は無いと思うよー!?」

 

 私を間に挟んでじゃれあい始めた。美少女同士のじゃれあいは見ていて非常に癒される。眼福、眼福。

 などと現状に甘んじていたところ、横から手が伸びてきて、ひょいと、テイオーの腕からすぽっと抜かれてしまった。

 

「ようタヌ吉。よかったなぁ元気になって!」

 

 そう言いながら私を胸に抱えるのは、デカいグラマラスな美人ウマ娘、ゴールドシップだ。君もタヌ吉と呼ぶのだな。今のところタヌキ名付けダービーは、タヌ吉2票、タヌキ1票といったところである。個人的にはどちらでも構わないのだが、まぁ、確かに愛称があったほうが親しみやすいのかもしれない。

 

「にしても、前にもましてフッカフカじゃね?マックイーン、何かしたんか?」

 

 ゴールドシップの言葉に、マックイーンの目が怪しく、光る。

 

「ふふん。お聞きなさい。我がメジロ家お抱えの獣医に、名門のトリマーをご用意させていただきました。病気は何も心配いらないですし、定期的に検査いたしますので何も問題はありません。そして、このフカフカを維持するために毎月トリマーさんに手入れをしていただきますわ!もちろん、我々も手入れをしっかりさせていただいて、タヌ吉のフカフカを維持してまいりましょう!」

「えっと…マックイーン?」

「マックイーンお前…確かに病気を見てくれって言ったけどさー、それはやりすぎなんじゃね?」

 

 ゴールドシップの腕の中で、彼女らのじゃれ合いを眺めているが、ここで当初の狙いを思い出した。トウカイテイオーだ。そう、私はトウカイテイオーに菊花賞を走ってほしいのだ。

 

「おいお前ら。じゃれ合いもいい加減にしろー!さっさと着替えてグラウンドに集合!」

 

 わちゃわちゃしていたウマ娘達に、沖野氏から声がかかった。そういえばここ、チームスピカの部室であった。

 

「あれ?トレーナー。スカーレットとウオッカはどうしたの?」

「二人は遅れて来るって連絡が来てる。ほら、いいから早くしろー!」

 

 手を叩き、彼女らをせかす沖野氏。その顔は、真面目なトレーナーの顔へと変わっていた。なるほど、スイッチが入ると真面目になるタイプなんだ、沖野氏。

 

「わかったぜ、トレーナー。よっしタヌ吉。お前も一緒に行くぞー!あ、マックイーン。こいつの籠を持って行ってくれ」

「籠?あぁ、これのことですね?」

 

 ゴールドシップの腕に抱えられたまま、私はトレーニングコースへと移動する。道中、やはり他のチームのウマ娘達が私たちを二度見、ないしじぃっと見つめていた。

 ま、腕の中にモフモフがいたらそうなるか、などと考えていたら。

 

「よっし、お前はベンチの上で大人しくしてろよなー。トレーナー、今日のメニューは?」

「タヌ吉、しっかり見ててくださいね。トレーナー。本日のメニューを」

「ほんとキミ大人しいよねー?まっ、見ててよ、テイオー様の走りをさー!」

「今日のメニューは長距離走から始めるぞ。特に三人とも最終的な目標レースが長距離になる。スタミナをつけて…」

 

 沖野氏とウマ娘達は、そういう会話をしながら私がおかれたベンチから離れていった。最初こそ、その練習風景を見ていた私であったが、十分もすれば飽きが来る。

 

 とはいえ、流石ウマ娘養成学校。練習とはいえ本番さながらの競争である。テイオーとマックイーンは追い越し追い越され。かと思えばゴールドシップがロングスパートで2人を躱し。かと思えば、他のチームのウマ娘がそれらをまとめてごぼう抜き。

 

 その表情も真剣そのもので、私をモフっている時とは全く違う顔を見せていた。

 

 なるほどなぁと思う。ウマ娘というのは、競技者であり、アイドルである。という記憶がどこかにあったのだが。この、競争では真剣な表情を見せ、その後のライブで私を撫でているようなときの笑顔を見せる。このギャップにやられる人は多いのであろう。

 

 正直私も、惚れ直した。あの、笑顔で可愛い可愛い言っていたマックイーンの瞳はまっすぐ前しか見ていない。タヌキだー!と、無邪気に笑っていたテイオーの顔は、足を踏み込む度に不敵に笑っている。あのゴールドシップですら、口角を上げて鋭い目をしているほどだ。

 

 君たちに正直に言う。走る姿がかっこよすぎる。そして、普段が可愛すぎる。 

 

 嗚呼、やはり私は、『ウマ』に恋をせずにはいられないのだ。

 

■ 

 

 

 そうやってしみじみと彼らの練習風景を見ていると、視界の端に黒く動くものが見えた。何だろうか、そう思って首をそちらにやってみると。

 

「タヌキさん…」

 

 おお!?いつぞやのコンビニで肉まんをくれたウマ娘さんじゃあないか。さっとベンチから飛び降り、ウマ娘さんの足元にすり寄る。と、ウマ娘さんはしゃがんで私を撫でてくれた。

 

「わ…可愛い…!」

 

 メジロ家ご令嬢の寵愛を受けたパーフェクトモフモフタヌキ。それが私だと自覚はしていますので、どうぞお楽しみください。と意味を込めて、しゃがんでいるウマ娘さんの膝に手をかけてじっと顔を見つめた。

 

「ふっかふかだ。…あ!あの籠…」

 

 どの籠?とウマ娘さんの視線の先に顔を向けてみれば、前々から持ち歩いている籠があった。どうしたんだろうか、と視線をウマ娘さんに戻してみると、少しその目尻に涙が溜まっていた。

 

「よかったぁ…あの時のタヌキさんなんだね…よかったぁ…!」

 

 そう言いながら私を抱きかかえる。どういうことだろうかと混乱しながらも、頭を抱き寄せたウマ娘さんの胸に頭を摺り寄せていた。が、そういえば、と思い出した。

 

「肉まんあげちゃいけないって知らなかったの。ごめんね…」

 

 そうだ、このウマ娘からは肉まんを頂いていたのだ。確かに、この優しい娘さんであれば、この野生のタヌキをよっぽど心配してくれていたのかもしれない。

 まぁ、とはいえ私も食べてはいけないと知らなかったし、なによりその気持ちが有難かった。だからそうだな、私の謝罪もかねて、さぁ、思いっきりモフりたまえ。

 

 前足を動かし、ウマ娘さんの肩より上に登る。そして、ウマ娘の頭を軽く包むように。

 

「わわわっ!?わふっ!?わぁ…前よりもっふもふだぁ」

 

 良いものだろう?などとウマ娘さんとの触れ合いを楽しんでいたのだが。

 

「ライスシャワー!何をしている!」

「ひゃ、ひゃい!?」

「次はお前の番だろう。油を売らずにスタート位置につけ!」

「は、はい~!」

 

 ライスシャワー。そう呼ばれたウマ娘は私を体から降ろし、足早にトレーナーらしき…あれ?おハナさんではないか。

 

「じゃ、じゃあいくね。また会おうね!」

 

 そう小さく手を振るライスシャワー。うーん、実に良いウマ娘さんである。

 

 ああ、そういえば『…相変わらずトップチームのトレーナーさんは』などと沖野氏が言っていたような気がする。と、いうことは、ライス…え?ライスシャワーって、最強の刺客と言われた?ああ、そういえば…あの黒い髪、小さな体。言われてみれば…。いかんいかん、ウマ娘のキャラクターとこちらのウマ娘の姿が本当に一致しない。

 

 いかんせん、前世の、しかも若い頃の記憶だ。点と点は思い出せるが、本当に一致したのはシンボリルドルフぐらいだ。

 

 そんなことを考えながら、私も踵を返し、ベンチの上へと戻る。丁度同時に、トウカイテイオーが飲み物を携えて私の横に座った。

 

「あ、タヌキー。ボクもキミの名前考えたんだよー」

 

 ほう?

 

「ポン太なんてどうかなー?」

 

 そう言いながら私を膝の上に乗せるトウカイテイオー。まぁ、名前はお任せします。そんな意味を込めて一鳴きして、テイオーのお腹に顔を擦り付けた。

 

「わっ、くすぐったいなぁーもう!」

 

 声に顔をあげると、そこにはにっこにこで私を見下ろすテイオーの顔があった。よしよし、ご満足している様子。

 

 それにしても、ここからケガをさせないようにするにはどうすればいいのか?実馬のテイオーのケガは、その柔らかい関節のせいとも言われている。こちらのトウカイテイオーも練習を見る限りでは、小さい体で大きな体のゴールドシップ並に一歩が広い。

 

 それでいて速いということはつまり、体格の割に一歩の衝撃が大きいわけだ。だから、そのダメージが蓄積していって、骨折するのではないか、という考えに思い至ったわけだが…。

 

 そこまで判っていたとしても私はタヌキ。出来ることは本当に無い…か?

 

 ふと、トウカイテイオーの足が目に入る。もし考えが間違っておらず、衝撃が大きい走法だったのならば、そして、今年行われるクラシック戦線、そこで骨折するというのであれば。

 

 今からすでにガタが出ていてもいいはずだ。

 

 私はテイオーの膝を降りると、足首にぴたりとすり寄った。そして体を摺り寄せながらジャージの裾をめくり、直にテイオーの肌を触る。

 

「わっ?なんだよポン太ー。くすぐったいよー」

 

 うーん。気持ち肌が熱いような?でも痙攣はしていないし、私が触ったところも特に痛みもないようだ。私に出来ることは…無さそうか?

 

「よいしょっと。全くもー。本当に人懐っこいんだからー」

 

 そんなことをしていたら、トウカイテイオーに抱きかかえられてしまった。私の夢への道のりは、しばらく遠いらしい。

 

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