そうは言われても私、狸なんですよね   作:灯火011

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帝王、そしてタヌキの独り言

 トウカイテイオーに抱きかかえられてメジロマックイーンとゴールドシップの練習風景を眺めていた。そう、そうだ。やっぱり年代可笑しくない?だって実馬では、ゴールドシップってマックイーンの孫であったはずなのだ。

 

 まぁ、そこは改めて考えても仕方がないか。私だってタヌキなのに中身が人間という特殊なモノなのだから。

 

 しかし、こうやってウマ娘達の練習風景を見ていると、前世のトチノオーの事を思い出す。奴はいったい今、どうしているだろうか。故障せずに無事に引退を迎えただろうか?何よりも、凱旋門を獲り、そしてその血を世界に轟かせただろうか?などと感傷に浸っていると。

 

「あ!テイオー!タヌ吉を独り占めとはズルいですわよー」

 

 そう言いながら、今度は飲み物と氷をもってメジロマックイーンが近くに寄ってきた。ふむ。テイオーとマックイーンの2人が揃ったか。ならば丁度いい。

 

「わわっ!?ポン太!?」

 

 私はテイオーの腕の中で少し暴れて、地面へと落ち、四つ足で衝撃を吸収しながら着地。そして近くに置いてある私お手製の籠へと駆け寄る。

 

「ポン太…?」

「あ、うん。ボクがつけたタヌキの名前だよ?」

「なっ…タヌ吉はタヌ吉です!勝手に名前をつけるなど!」

「ケチケチしないでよー。マックイーン。タヌ吉って名前だって勝手につけたんじゃーん」

 

 彼女らのじゃれ合いを小耳に挟みつつ、私は籠から、お土産の2つの竹笠を引っ張り出し、マックイーンとテイオーの元へ駆け寄って一鳴きする。

 

「あら?タヌ吉。その…小さな笠はなんですの?」

「だーからポン太!あれ、なんか咥えてるね?」

 

 早く受け取って。そう意味を込めながら首を上に振る。私の動作にテイオーとマックイーンは顔を見合わせたものの、笑顔を浮かべて私の竹笠を受け取ってくれた。

 

「頂けるんですの?ありがとうございます。タヌ吉」

「わぁ、くれるの?ありがとうポン太ー!」

 

 笠にはいろいろな意味があるが、この笠には想いを乗せている。

 

 竹細工は、一つ一つの竹を編み上げて完成させる。故に、一つ一つの努力が実るように。そして、笠というのは裾が広がっている。故に、その努力が末広がりに実るように。彼女らの行く末に幸運があるように。

 

 どうかマックイーンも、テイオーにも精一杯頑張ってほしいものだ。

 

「お?マックイーンにテイオー。何やってんだー?」

「ゴルシー。ポン太からこれもらっちゃったー!」

「わたくしも頂きました」

「っへえー。竹笠かぁ。お前確かに編んでたもんなぁ」

 

 ゴールドシップ。申し訳ない。君には作っていないんだ。そう謝罪の意味を込めて、足にすり寄る。

 

「お?お?なんだなんだ?」

 

 代わりにゴールドシップには、しっかりと私のモフモフを堪能していただき、お土産の代わりとして受け取っていただこう。

 

「ははは、なんだよポン太。くすぐってーなー。なぁマックイーン。こいつ持って帰っても…」

「ダメに決まってるでしょう!タヌ吉は私のものです!」

「ゴルシにマックイーン?ポン太はチームのペットだよ!」

 

 私がゴルシの足にすり寄る間にも、彼女らはじゃれ合いを続けている。なんというか、見ていて非常にかわいらしい。

 

「はいはい、タヌキに構うのは良いが、休憩終了だ。もう十周走りこめー」

「はーい。わかったよトレーナー。んじゃ、またちょっといってくるねポン太ー」

「ああもうっ!ゴールドシップ!持ち帰ってはいけませんよ!?」

「ははは!持って帰るなんて事はしねーよー。ってか十周は長くねー?」

 

 素直に走り出すテイオー。怒りながらも駆けだすマックイーン。ぶー垂れながらその後を追っていくゴルシ。三者三様の様を見せながら駆けだす彼女ら。タヌキである私が出来ることと言えば、一つ鳴き声を出すことによって見送るだけだ。

 

「っしゃああマックイーン!この周回私が勝ったら隠してあるスイーツ食っちまうぞー!」

「は!?何を言って…というか何で知っているんですの!?待ちなさいゴールドシップ!」

「あ、じゃあボクもー!」

「テイオーまで!?ふざけるのも大概にしなさい!」

 

 元気で結構。頑張れーと意味を込めて一鳴きしてベンチの上で後ろ脚をたたみ、前足を伸ばして座る。犬で言うところの『お座り』の形だ。それにしても、ウマ娘さんをじっくりモフれないというのは何とも落ち着かない。最近ずっとモフモフと処世術をしていたので、高尾駅の時のようにだらだらとしていた頃の過ごし方を忘れてしまっている。

 

「トレーナー。遅れてごめんなさい。って何この毛むくじゃら」

「トレーナー!悪いな遅れちまって!お?こいつぁ、タヌキじゃねーか!」

 

 その声に首をひねってみれば、そこには2人のウマ娘がジャージ姿で歩み寄ってきていた。片方は栗毛のツインテール、片方はショートの黒髪と言った具合であろうか。

 

「おう。スカーレットにウオッカ。用事は済んだのか?」

「ええ、お陰様で。私もウオッカも無事に」

「スカーレットがちょっと時間掛かったけどなー」

「はぁ?それはあんたが急にいなくなるからでしょう!?」

「だーから悪かったって言ってんだろー?」

 

 スカーレット?ウォッカ?…もしかして、ダイワスカーレットとウォッカか?多分、こっちのツインテールの方がダイワスカーレットだろうか。ゴルシに負けず劣らずのかなりのグラマラスボディっぽいことがジャージの上から見て取れる。対して、ショートの方がウォッカであろう。ボーイッシュなのは、ダービーを勝った馬の魂を引き継いでいるからであろうか?

 

「全く…それで今日のメニューは?」

「時間も少ないから、今日の所は二人は坂路登坂を2本。あとは時間までコースを周回しててくれ」

 

 そうやってしげしげと二人を見つめていたわけだが、ウォッカが正面から私に歩み寄り、そのまま私の脇に手を入れると、私の視界は宙に飛んでウォッカの顔が同じ高さにまでになった。

 

「お前、大人しいなぁ。トレーナー。このタヌキはなんなんだー?」

「ああ、そいつはマックイーンが持ってきたスピカのペットだ」

「マックイーンが?珍しいわね」

「捕まえてきたのはゴールドシップらしいがな」

「あぁ、納得」

 

 足をとりあえずジタバタさせて、小さく鳴いておく。お見知りおきを、と意味を込めて。

 

「こいつ大人しいなー!全然暴れねー」

「本当ね。ってウオッカ!時間無いんだからさっさと練習するわよ!」

「いっけね。じゃあなタヌキ!」

「ちゃんとアップしてから坂路行けよー」

 

 しかし、こう見ると沖野氏のチームスピカはなかなかの面子ではないだろうか。奇跡の名馬トウカイテイオー、最強のステイヤーメジロマックイーン、奇想天外猛獣ゴールドシップ、女王ダイワスカーレット、そして64年ぶりにダービーを獲った牝馬のウォッカ。正直このメンツ、5人が同じ場所で走っていると思うだけでも、ロマンが溢れすぎる。そういえば部室のロッカー、それ以上に数があったはずである。他にもウマ娘が所属しているのだろうか?

 

「さぁて、これで今日は全員か。あとは仕上げのストレッチを入念にさせて…スぺは休みだが食いすぎないように連絡を入れておくか…あとはスズカにも連絡して…」

 

 ぼそぼそと独り言をつぶやく沖野氏。ベンチの上からではその表情を伺い知ることは出来ないが、声色は真剣そのものだ。やはり、この男。胸に秘めている想いは熱いらしい。

 

 そして、彼らの鍛錬が終わった後。

 

 「はー、タヌキってこんなに柔らかいのねー…」

 とダスカを笑顔にし。

 「うぉー!なんだなんだ!人懐っこいなぁ!」

 

 と飽きるほど鼻をウォッカのほっぺに擦り付けた。タヌキながら、処世術にももう十分に慣れたものだ。その後、沖野氏が買っていたドッグフードとニンジンを頂きつつ、ブラッシングを皆から受け、今に至るわけだ。マックイーンは最後まで。

 

『なぜ寮がペット禁止なのでしょうか…タヌ吉。また明日…』

 

 などと悲しげな顔をしていたので、もちろん一鳴きして大丈夫と伝えることも忘れはしない。

 

 

 ウマ娘の練習に付き合い、その後十二分にモフられた後。私はスピカの部室に一人…いや、一匹で静かに丸まっている。

 

 そして、一匹になるとふと、今までの事を思い出す。高尾に降りてからというもの、人と関わり、そしてなんとか生きてきた。

 

 こちらに来て、生まれてすぐ、優しい両親と出会った。彼らがしっかりと私を育ててくれたおかげで、山を下りることが出来た。人里に降りてからは、最初はおばちゃんや警察官に助けられた。あの人たちがいなければ今頃野垂れ死にであったであろう。そしてテイオーと出会った。彼女との出会いが無ければ、ここがウマ娘の世界だなんて、全く思いつきもしなかったであろう。テイオーの縁でマックイーンとも出会い、その後にゴールドシップとも出会い。その出会いのおかげで、今こうして安定した場所で、安心して寝ていられる。

 

 人間であれば当たり前。しかしそうはいっても私はタヌキなのだ。吹けば死ぬような命。永らえさせていただけるのは、非常に有難い。

 

 嗚呼、こう一人になると想ってしまう。トチノオー。お前は今何をしているのか。

 

 私は、俺は、お前に夢を見た。

 

 …お前と出会う前の俺は、正直クズもクズだった。そりゃあそうだろう。独身、嫁なし、子供なし、好きなことは馬、競馬。仕事こそ定年までやり通したけれど、ただそれだけだ。町の色なんて灰色だった。空なんて、ただの黒い闇だった。実際、お前を手に入れた金だって、老後の資金が足らないからと、ギャンブル気分で突っ込んだだけなんだ。

 

 だけどなトチノオー。お前と出会ってから、俺の世界は変わったんだ。

 

 80を過ぎて出会った連中のおかげで、俺は人生で初めて満足感を得ていた。

 

 気のいい牧場主、情熱あふれる調教師、勢いのある騎手、そして世話焼きな牧場スタッフの連中。そしてお前。皆と交流を持つうちに、俺は人生で初めて満足感を得ることが出来たんだ。

 

 牧場主や調教師と衝突することもあった。だって私は老後資金が欲しくてやったギャンブルの余り金で馬を買ったつもりでいた。地方で走ってくれればせいぜいかと。しかし牧場主たちは、それじゃあ勿体ないと。中央でこの馬は走らせないとダメだと。80の爺と、50過ぎのおっさん、30の若者で取っ組み合いの喧嘩すらしたものだ。最後には『じゃあわかりましたよ!もし負けて金が回収できなかったら俺らが買い取る!爺さん!これでも俺らを信じてはくれんですか!』という熱意に負けた。

 

 方向性でも揉めに揉めた。クラシックまでは同じであったが、その後、休ませるという牧場側と、いや、こいつならどこまでも行ける!という私の意見の対立だ。結果的に私の意見が通ったが、決まるまで毎日のように激論を飛ばしたものだ。

 

 そしてトチノオーをレースに出すたびに、それらの小競り合いや、罵り合い、取っ組み合いの激論を思い出していた。そして、レースで勝つたび、私たちを見る外部の目が厳しくなることも。他の馬主とも激論を交わしたことだってある。

 牧場主らとはトチノオーが勝つたびに喜びを分かち合った。お互いに見せなかったが、私は家に帰ってうれし泣きを毎回していた。彼らもそうだったと信じたい。

 

 思い起こせば、至極幸運な事だったと思う。

 

 騎手は20代と若かった。調教師も30代。牧場主ですら50代。他の親友とも呼べる馬主達ですらも俺より若い。だが、俺たちは、いや、私たちは、トチノオーという夢を追うことで心を通わせていた。だから、私が死んだとしても。それは別れじゃない。

 

 別れなんかないのさ。なぁ、トチノオー。

 

 だから一つ、もし、私の想いが通じているのならば。

 

 なんとか、トウカイテイオーを菊の舞台まで連れて行ってやってくれ。

 

 俺らの世界では、トウカイテイオーは骨折でその舞台にすら上がれなかった。その歴史を変えてはいけない、というのも判る。だが、前世でお前に夢を見たように、今私はトウカイテイオーに夢を見ている。あぁ、そうだ。私の我儘だ。ひどいだろう?

 

 でも、それでもいいというのならば、お前が良いというのなら。

 

 …なぁ、トチノオー。

 

 そう、堂々巡りの思考を回していると、うとうとと瞼が落ちてきた。

 

 そして意識が途切れる寸前。

 

―あの馬の鼻息と、2回、蹄鉄で地面を蹴る音が―

 

 

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