どうも、先日指導していたアマチュアウマ娘に薄い本に発展する寸前まで追い詰められた変態(変態じゃない)トレーナーもどきで御座います。
そんな、お縄が迫ってこないかドキドキしている俺だが、今日は遂に祭理ちゃんもといハマノパレードの初レースがやって来てしまった。
市が企画しているちっぽけなイベントだが、気を抜いてはいけない。
入場ゲートをくぐり今日の会場である300mトラックがある場所に歩むと多数の話し声がガヤガヤ言っている。
チラッと見ると選手家族、その手のファン、市の役員共でごった返しになり混沌を極めいた事に驚いた。
「へぇー、非公式の見栄え無さそうなイベントでも来る奴は来るんだな」
生憎俺はファン休止前はアマチュアのレースにはそこまで縁が無く、行くとしてもゲストにスター選手がやって来る時ぐらいだったので特に思い入れも無かった。
さて、そんな運動場の隅にもたれかけて携帯をポチポチしていると今日の主役が手を振ってこっちに来た。
「あ、トレーナーさんだ!おーい」
駆け寄って来た栗毛がチャームポイントの少女は俺の隣に寄って、いつもみたいに元気いっぱいの顔を覗かせた。
「ねぇトレーナーさん。遂にレースだね、レース!」
「ああ、そうだな。今日も元気全開で一位取って皆んなの度肝を抜いていこうか」
「うん!ドギモでもシリコダマでも取ってっちゃうぞー、おー!」
彼女のモチベーションをちょっとでも上げて、レースの結果を少しでも良くしようと考えたが上手くいった。
モチベは結構必要だぞ、某有名プロボクサーだって減量中に好物のアイスが食べれなくて大切な試合に負けちまったという噂がある程には。
っと、そうそう忘れてた。コレを祭理ちゃんに渡して置かないと。
俺は腕に下げた大きな紙袋を彼女に差し出す。
「祭理ちゃんこれ、プレゼント」
「え?何、すっごい気になる!開けてもいい?」
「勿論、今回のレースの為に仕立てて置いたのさ」
祭理ちゃんが凄い食い付きを見せる。さぁ早く開けてもっと喜んじゃって下さいな。
「これって、まさか...」
「そう、勝負服。この年齢というかレースに場違いかもだけど、受け取って貰えるかな?」
普通こんな物を貰って嬉しくないウマ娘などいるのだろうか?
それに勝負服はスターの証の様な物。テレビで見る彼女達と同じ服を着れるなんて歳の若い子にとって光栄な筈だ。
「本当にこれ、わたしがもらっていいの?」
「ああ、これは祭理ちゃん専用に特別に作った奴だ。企画、考案、デザイン、制作全て俺。この服で勝利の女神を呼んであげて」
「わぁぁぁ...」
こんな高度な技術一体何処でと思った諸君、ブラックリストを舐めてはいけない。
学校の長期休暇中に有名な勝負服の仕立て屋に弟子入りしていた俺にとってこんなのは朝飯前だ。
多方向に迷惑かけた分、俺のスキルは一級品だっての。
「おっとそろそろ準備の時間だ。祭理ちゃんの良い走りを楽しみにしてるよ。頑張ってね」
「はーい、まつりがんばりまーす!」
こんな事をしてたらレースの時間が迫るアナウンスが響く。
急いで祭理ちゃんを準備室に送ってやり、俺は観客席に着く。
もう俺のやれる事は一つもない。後はトラックを走る彼女を見守るのみ。
俺に見せてくれよ祭理ちゃん、君の全てを始めるレースを。俺との絆という道のスタートダッシュを。
遂にレースが開幕した。
どっかから録音したのか分からん、ノイズ音が混じった粗悪なファンファーレがスピーカーから会場に広がる。
それと共に出てきた少女達は当然だが、小ちゃい。だって小学生低学年だからね。
今日走ってくれる子供達は全部で六人。
分けられたレーンギリギリに並ぶ中に一人すっごい目立った娘が居た。
赤を基調とし、所々にあしらわれた金の帯はイギリスの近衛兵を彷彿とさせるその姿。
それは俺が祭理ちゃんに渡した勝負服そのものであって、当然衣装を纏っている少女は一人。ハマノパレード。
「え、何あの子?勝負服着てるんだけど、もしかしてプロだったりして?」
「何かヤベェ子居るけど、アレ何なん?」
「親の気合い入り過ぎじゃない?究極の応援じゃん」
これを見た観客の感想は千差万別。だが、言いたい事は一つ。
『あの娘は誰だ?』
一瞬で多くの観客が自身の娘の応援を忘れ、彼女の事を話題にし始める。
これが会場を釘付けするという事なのだろうか。
彼女の行方を誰もが無意識に見守った。
そして、トラック傍の係員がスターターピストルを点に掲げ、会場に緊張が走る。
パンッ!
軽い破裂音めいたスタートの合図が選手の耳に入った途端、一つの赤い線が留まった空気を切る。
その線を生むのはこれまた先程の少女。
一気に何バ身も離された他選手は追いつこうと必死だが、その差が埋もれる事は無かった。
そして、どんどん離していく人影を後ろに見て彼女は勝利を確実にする為にもっと加速をかける。
五人がカーブに差し掛かる時彼女は直線半分に、五人が直線半分に到達すると彼女は反対側の直線半分に、五人が反対側の直線半分に着くと彼女五人の一番後ろにいる子の後ろに張り付く。
単なる思い出作りで来た少女を、軽い夢を持って出場した少女を、自分の強さを見せる為に来た少女を一人の少女の努力と絆が壊して、砕く。
大人げない?悪いが、彼女は子供だ。
彼女は知らぬうちに他人の純子な心を歪め、嘲笑った。
相手を周回遅れにして圧倒的な力を見せつけたその姿はまさに韋駄天。
そして、300mのトラックニと三分の二周分の独壇場は彼女の大勝で幕を閉じた。
勝者の名はハマノパレード。
俺の愛バの初戦初勝利だ。
出番終わりの会場。まだレースは次の年代の部が走っている為、観客はまだ席に付いている。
俺はもう用が済んだので会場外で着替え終わった祭理ちゃんと帰宅準備を始めていた。
「うふふ。一位、一位♪まつりが勝った」
「おうおう、よかったね祭理ちゃん。こんなレース俺も初めてだよ」
「そうだね、わたしも夢中で走ってたら後ろの子に追いついちゃってびっくりしたもん」
俺も正直、ここまでのワンサイドゲームは初めて見た。
まるでレベルが違がった。赤子の手を捻るという言葉が似合わない位簡単に祭理ちゃんが勝利を飾った。
同年代で祭理ちゃんを止められる奴は果たして居るのだろうか。
この子なら、このまま成長していけばプロの世界に行けるかもしれない。
軽い冗談で言っていた言葉が正夢になる可能性が高まってきた。
なら、俺はその夢をもっと現実に寄せていくだけだ。
彼女の思いはまだゴールテープを切る気はない様だしな。
この際、二人三脚でもハリボテ四脚でも構わなねぇ。行けるところまで行ってやるよ。
「よぉし!祭理ちゃんこんな大賞を初レースで決めていくなんて俺も嬉しいよ。なので...祝勝のご褒美をあげちゃいます!」
「え⁉︎ご褒美?やったぁ!トレーナーさん、何をしてくれるの?」
「うーむ、そうだな。祭理ちゃんの好きな物でいいよー」
「ヴェ!な、何でもいいの⁈」
「まぁ、常識の範囲内でお願いします」
「んー、そうだなぁ...楽しいのにしたいなぁ」
今回は太っ腹過ぎたかな?
まぁ、いいや彼女のモチベーションはいつでも大切!良いに越したことは無い。
今日、スタートのマーチが響いた。その福音は何処までも伝い響き、それと共に深紅と漆黒の二人が駆け出した。