ソードアート・オンライン ~剣の世界で弾を放て~   作:レゾナ

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第11話

レン達は問題のダンジョンに向かったのだが、ユリエールの向かう場所にレン達は疑問を抱いた。

 

なぜならそこは第一層、黒鉄宮《生命の碑》の地下にあったからだ。

 

どうやら攻略の進み具合で開放されるタイプのダンジョンだったらしい。

 

そしてこのダンジョンのモンスター達のレベルは六十層に匹敵している。

 

しかしその程度ならレン達には何の問題もない。

 

アスナはレベルは87、シオンは少し低いがそれでも高い84。

 

レンとキリト、フィリアに至ってはレベル90を越えている。

 

安全マージンは充分に取れている為、五人は悠々と先へと進む。

 

「ぬおおぉぉぉぉぉぉりゃああぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

久しぶりに二刀流装備のキリトが両手の剣を振るうたびに、モンスターが吹き飛び

 

「……ふっ!」

 

レンがそう気合を込めて剣を振るい、モンスター達はどんどんその姿を散らしていく。

 

そしてその場で出会ったモンスター達を倒しで一息ついたキリトは

 

「そういえば……レンは《銃》スキルは使わないのか?」

 

レンにそう言った。

 

キリトの疑問も誰もが思った事だ。レンにはこのSAOにおいて投擲スキルではない遠距離攻撃のスキルを持っている。しかし七十四層でのボス戦以外でレンが《銃》スキルを使う所を見ていないのだ。

 

「ああ、《銃》スキルは使わない。というより使いたくない」

 

「何でだ?あんなチートのような武器を…ってやつか?」

 

「いや……まあ、いつかは話すさ」

 

レンはそう言って剣を納刀する。

 

キリトはとりあえず納得して背中にある鞘に剣を納刀する。

 

先ほどまでの光景を完全武装でいつでも加勢に入れるようにしていたアスナとそのアスナに手を引かれているユイ。

 

そしてキリト達の進み方向とは違う方向を警戒しているフィリアとシオンも思わずキリト達の方向を見てしまう。

 

先ほどまでの二人を見たら誰もがこう思うだろう……

 

『この二人、組ませたらモンスターが哀れに思えてくる』と……。

 

なぜならキリトは二刀流スキルを存分に使い、そして今までの鬱憤を晴らすかのように戦っているのである。

 

レンはいつも通りに戦っているが、それでも彼の剣幕には恐れる物を感じる。それはひとえに後ろでアスナに手を引かれているユイの存在が大きいのだろう。

 

レンは大の子供好きである。その子供がモンスターに襲われたらと考えるといてもたってもいられなくなるのであろう。

 

そしてアスナ達と共に金属製の鞭を持って戦闘準備をしていたユリエールも言葉を無くしている。

 

「な、なんだかすみません。任せっぱなしで……」

 

「いいんですよ、キリト君のあれはもう病気みたいなもんですから……」

 

「レン君に至ってはユイちゃんを守りたいだけですから」

 

「なんだよ、ひどいなぁ……」

 

「シオン、変な事を言うな」

 

アスナとシオンの言った事にキリトとレンは唇を尖らせながらそう言った。

 

一息つくと、ユリエールは右手を振ってマップを表示してシンカーの現在地を示すフレンドマーカーの光点(ブリップ)を示した。

 

この地下ダンジョンはマップがないため、光点(ブリップ)までの道は空白だが、すでに全体の距離の七割は来ていた。

 

「シンカーの位置は数日間動いてません。多分、安全エリアに居るんだと思います。そこまで到達できれば、あとは結晶で離脱できますから……すみません、もう少しだけお願いします」

 

ユリエールが頭を下げると、キリトが慌てて手を振り

 

「い、いや、好きでやってるんだし、アイテムも出るし」

 

「そうか?俺はロクな物が来ないが……」

 

「何かいいもの出てるの?」

 

「おう」

 

頷きながら、キリトはウィンドウを手早く操作した。

 

すると、ドチャリという音を立てて赤黒い肉塊がキリトの手中に出現した。

 

そのグロテスクな質感に、アスナは顔を引きつらせて

 

「な……ナニソレ?」

 

とその肉塊を指差した。

 

すると、キリトは目を輝かせて

 

「カエルの肉!ゲテモノなほど旨いって言うからな、あとで料理してくれよ」

 

「絶、対、嫌!!」

 

反射的に拒否すると、アスナもウィンドウを開いた。

 

結婚したことにより、キリトと共通化したアイテム欄の《スカベンジトードの肉 ×24》という文字列をドラッグ。

 

そのまま容赦なくゴミ箱マークに放り込んだ。

 

「あっ! あああぁぁぁ……」

 

情けない声を上げて顔を俯かせたキリトを見て、ユリエールは我慢の限界に達したようでお腹を押さえて笑い声を漏らした。

 

その途端

 

「お姉ちゃん、はじめて笑った!」

 

ユイが嬉しそうに叫んだ。

 

ユイも満面の笑みを浮かべていた。

 

それを見たアスナは、そういえば…と、思い返した。

 

昨日、ユイが発作を起こしたのは軍に捕まっていた子供達がレンによって救いだされて、安堵から全員が笑っていた時だった

 

どうやら、ユイは周囲の人の笑顔に敏感らしい

 

それはユイの生来の性格が理由なのか、あるいは今までずっと辛い思いをしてきたからなのか……

 

アスナは思わずユイを抱き上げて、ギュッと抱きしめて、この子の横では常に笑顔で居ようと、心に誓った。

 

そして、アスナは視線を上げて

 

「さあ、先に進みましょう!」

 

シンカーを助けるために、歩を進めた。

 

 

 

 

ダンジョンに入ってからしばらくは水中生物タイプがメインだったモンスター群は、階段を降りる度にゾンビやゴーストといったオバケタイプに変わっていった。

 

そのモンスター群にアスナとシオンは顔を青ざめたが、キリトとレン、フィリアは気にせずに次々と瞬殺していった。

 

アスナとシオンは「こ、怖くないの?」とフィリアに聞いたが

 

「私、現実世界じゃホラー映画って大好きだったのっ!」

 

と、ホラー映画の良さを二人に説いていた。

 

それを聞かされた二人は耳を塞ぎながら何とか耐えていた。

 

そして時間があったら、サポートに徹してユリエールのレベルアップに協力したい所だが、今はシンカーの救出が最優先事項である。

 

時間はあっという間に経ち、二時間が経過した。

 

マップに表示されている現在地とシンカーの位置は着実に近づき、何体目かわからない黒骸骨剣士と鎌を持ったゴーストをキリトとレンが倒したその先に、暖かい光が見えた。

 

「あっ、安全地帯よ!」

 

アスナが言うとほぼ同時に、索敵スキルで確認したらしいキリトとレンも頷いて

 

「奥にプレイヤーが一人居る。グリーンだ」

 

「うん、間違いない」

 

「シンカー!!」

 

二人の言葉に我慢しきれなくなったのか、ユリエールは名前を呼ぶと、鎧を鳴らしながら走り出した。

 

各々の武器を持って周りを警戒しながらレン達も慌ててユリエールの後を追う。

 

右に湾曲している通路を数秒間走っていると、十字路とその先に小部屋が見えた。

 

部屋は暗闇に慣れていた目がかすむほど明るく、入り口部分に一人の男性が立っていた。

 

逆光のために顔は見えないが、五人に向けて激しく両手を振り回していた。

 

「ユリエーーーール!」

 

こちらの姿を確認したのだろう、男性は大声でユリエールの名を呼んだ。

 

ユリエールも左手を振りながら、さらに走る速度を上げた。

 

「シンカーーー!」

 

ユリエールが涙交じりに男性の名前を叫ぶと、その叫びにかぶせるように

 

「来ちゃだめだーーっ!!その通路は……っ!!」

 

男性の絶叫が聞こえ、アスナはギョッとして走る速度を落とした。

 

だが、ユリエールには聞こえていなかったらしく、部屋に向かって一直線にユリエールは駆けていった。

 

その時だった。

 

部屋の数メートル手前で、六人が走っている通路と直角に交わっている通路の右端死角の部分に、突如、黄色いカーソルが一つ出現した。

 

キリトとレンは素早く索敵スキルで名前を確認した。

 

表示されているのは《The Fatal-scythe》

 

運命の鎌という意味なのだろう固有名を飾っている定冠詞。

 

それは、ボスモンスターの証だった。

 

「だめーーーっ!ユリエールさん、戻って!!」

 

アスナが絶叫するも、ユリエールは止まらない。

 

黄色いカーソルは、すっと左に動き始め、十字路へと近づいてきた。

 

このままでは、出会い頭にユリエールと衝突するだろう。

 

あと数秒も猶予はない。

 

「くっ!」

 

「間に合え!」

 

その時、アスナとシオンの隣を走っていたレンとキリト、フィリアが消えた……様に見えた。

 

この三人の敏捷値はほぼコンプリート状態と言っても過言ではない。

 

それと相まって筋力値も高いためにここまでの瞬間移動のような速さを実現したのである。

 

瞬間移動のような速さでユリエールの前までやってきた三人。

 

まずレンが左手で剣を抜いて地面に突き立て、キリトは右手の剣を地面に刺して、左手で剣身を支えた。

 

フィリアはユリエールさんを抱きかかえて剣を抜き、キリト達と同じように剣を地面に突き立てて無理やりスピードを落とす。

 

その直後、凄まじい金属音が響き、大量の火花が散った。

 

空気が焦げるほどの急制動をかけ、十字路のギリギリ手前で止まった四人の直前の空間を重い地響きを立てながら巨大な黒い影が横切った。

 

黄色いカーソルは、そのまま左の通路に飛び込むと十メートルほど進んでから止まった。

 

姿の見えないモンスターがゆっくりと振り向き、再び突進してくる気配がした。

 

フィリアはユリエールを離して、剣を地面から抜いた。

 

レンは既に剣を抜いて左側の通路に向かおうとしている。

 

キリトも剣を抜くと、フィリアと視線を交わして、左側の通路に飛び込んだ。

 

それを見たアスナは十字路に近づき、ユリエールを抱き起こして交差点の向こう側へと押しやった。

 

ユイを降ろしてユリエールに預けると、アスナは

 

「この子と一緒に安全地帯に退避してください!」

 

と、短く叫んだ。

 

ユリエールは蒼白な顔で頷くと、ユイを抱えて部屋へと向かった。

 

アスナはそれを見送ると、愛剣を抜いてシオンと共に三人を追いかけた。

 

その先には、両手に武器を構えて立っている二人と右手に剣を持つフィリアの姿が見えた。

 

その三人の先に、身長二メートル半はあろうかというボロボロの黒いローブを纏った人型の姿があった。

 

フードの奥と袖口から見えている腕には、濃密な闇がまとわりついて、蠢いていた。

 

暗く沈んでいる顔の奥には、生々しい血管が浮いている眼球があり、ギョロリと三人を見下ろしていた。

 

持っている武器は、右手の長大な黒い鎌。

 

だが、凶悪に湾曲している刃からは、ポタリポタリと赤い雫が滴り落ちていた。

 

見た目は、いわゆる死神の姿そのものだった。

 

(だけど、レベル的にはたいしたことないはず!)

 

アスナはそう思いランベライトを、シオンはルナティック・ルーフを構えた。

 

その時

 

「アスナ、シオン。今すぐ安全エリアの三人を連れてクリスタルで脱出しろ」

 

と、キリトが掠れた声で言った。

 

「え……?」

 

不思議に思ったアスナが反射的に聞くと。

 

「こいつはヤバい……俺とキリトの識別スキルでもデータが見えない……強さ的には多分、九十層クラスだ……」

 

「「…………!?」」

 

レンの言葉にアスナとシオンは、息を呑んで体を強張らせた。

 

その間にも、死神は滑るように空中を移動して、四人に接近してきている。

 

「俺達が時間を稼ぐから、早く逃げろ!」

 

「き、キリトくんたちも…一緒に!」

 

「後から行くから、早く……!!」

 

「あまり長くはもたない、早く!」

 

「レン君……!」

 

「早く行って、レンの言った通り長くは持たないから!」

 

最終的な離脱装置の転移結晶だが、万能の道具ではないのだ。

 

クリスタルを握り、転移先を指定。

 

そして、実際にテレポートが完了するまでに数秒のタイムラグがある。

 

その間にモンスターの攻撃を受けると、テレポートはキャンセルされてしまうのだ。

 

パーティーの統制が崩壊して勝手な脱出をする者が出ると死者が出るのは、それが理由なのだ。

 

アスナとシオンは迷っていた。

 

四人が先に転移してからでも、三人の脚力ならばボスに追いつかれることなく安全エリアに到達できる可能性もある。

 

だが、先ほどのボスモンスターの突進速度は恐ろしいものだった。

 

もし、先に脱出してキリトが現れなかったら……

 

アスナにとって、それだけは耐えられなかった。

 

そしてシオンも同じである。彼女にとってレンはこの世界での希望なのだ。

 

アスナはチラリと視線を小部屋の方に向けた。

 

(ごめんね、ユイちゃん……ずっと一緒だって、言ったのにね……)

 

アスナは心中でそう呟くと、ユリエールに向けて

 

「ユリエールさん! ユイを頼みます! 三人で脱出してください!」

 

それを聞いたユリエールは、凍りついた表情で首を振って

 

「いけない……そんな……っ!」

 

「はやく!!」

 

その時だった。

 

ユラリと鎌を振りかぶった死神が、ローブの裾から瘴気を撒き散らしながら恐ろしい速度で突進してきた。

 

それを見たキリトは両手の剣を十字に構えてアスナの前に仁王立ちになり、レンはキリトの前で膝を突いて、剣を地面に突き立て、それを腕で支えた。

 

アスナはキリトの背中に抱きつき、剣をキリトの二刀に重ねた。

 

フィリアはレンの剣と十字になるように重ねて防御の体勢を取る。シオンも崩れないように槍を地面に突き立てる。

 

死神はそんな三人の武器を意に介さず、大鎌を五人の頭上目掛けて叩き降ろした。

 

赤い閃光と途轍もない衝撃が、五人を襲った。

 

アスナは自分がグルグルと回るのを感じていた。

 

最初に地面に叩きつけられ、跳ね返り天井に激突、そして再び床に落下した。

 

衝撃で呼吸が止まり、視界が暗くなった。

 

アスナは朦朧とした意識のまま、自分とキリトのHPバーを確認した。

 

二人とも、一撃で半分まで削られていた。

 

シオンも自分とレン、フィリアのHPバーを確認するとアスナ達同じ位に減っていた。

 

無情なイエロー表示は、次の一撃には耐えられないことを意味していた。

 

立ち上がらないと、アスナは本能的にそう思っていたが、体が動かなかった。

 

その時

 

トコトコ、と小さな足音がアスナの耳元で聞こえた。

 

はっと視線を向けると、この先に待ち受けている危険を知らないで進む子猫のようなあどけない歩みが視界に入った。

 

細い手足に長い黒髪…………それは、安全地帯に居たはずのユイだった

 

恐れなど微塵も感じてない視線で、死神を見据えていた。

 

「ばかっ!! 早く逃げろ!!」

 

「危ない、ユイちゃん!」

 

「逃げろ、ユイ!!」

 

「逃げて、ユイちゃん!!」

 

「そんな所に行ったら!!」

 

必死に上体を起こそうとしながら、五人は叫んだ。

 

その先では、死神が重々しいモーションをしながら再び、鎌を振りかぶっていた。

 

あれほど広範囲の攻撃に巻き込まれたら、ユイのHPは間違いなく消し飛ばされるだろう。

 

アスナもどうにか口を動かそうとしたが、唇が強張って言葉が出なかった。

 

だが次の瞬間、信じられない現象が起きた。

 

「だいじょうぶだよ、パパ、ママ、お兄ちゃん、お姉ちゃん」

 

言葉と同時に、ユイの体がフワリと宙に浮いたのである。

 

ジャンプしたのではない……まるで、見えない翼を羽ばたかせたように移動し、二メートルほどの高さで止まった。

 

そして、余りにも小さいその右手をそっと、宙に掲げた。

 

「だめっ……! 逃げて!! 逃げてユイちゃん!!」

 

アスナの絶叫をかき消すかのように、大鎌が赤黒い光の帯を引きながら、容赦なくユイに向けて振り下ろされた。

 

凶悪な鋭い刃が、ユイの小さな白い掌に触れる……と思われた瞬間……鮮やかな紫色の障壁に、大鎌は阻まれて、大音響を伴って弾かれた

 

ユイの掌の前に浮かんでいるシステムタグを見て、アスナは愕然とした。

 

【Inmortal Object】

 

そこには確かに、そう記されている。

 

不死存在……それは、プレイヤーが絶対に持つはずのない属性であった

 

すると、黒い死神がまるで戸惑っているかのように目をグリグリと動かした。

 

その直後、アスナを更に驚愕させる事態が起きた。

 

ごうっ!! という響きを起こして、ユイの右手を中心に紅蓮の炎が発生したのだ。

 

炎は一瞬広く燃えたかと思うと、一気に収束して細長い形に変わり始めた。

 

炎はあっという間に巨大な剣へと、形を変えていった。

 

焔色に輝いてる刀身は炎の中に現れると、延々と伸びていった。

 

ユイの右手に現れた巨大な剣は、優にユイの身長を超える長さになった。

 

まるでマグマのような輝きが、狭く暗かった通路を明るく照らした。

 

剣の炎に煽られるように、ユイの着ていた分厚い冬服が一瞬にして燃え散った。

 

その下からは、ユイが最初から着ていた白いワンピースが露出した。

 

不思議なことに、ワンピースもユイの長い黒髪も炎に触れているのに一切影響を受けていない。

 

ユイは自分の身長を超える剣を、ぶん、と一回転させて……ほんのわずかな躊躇いも見せないで、火の粉の軌跡を描きながらユイは《ザ・フェイタルサイス》に切りかかった。

 

あくまでも、システムが規定されているアルゴリズムに従って動かしているはずのボスモンスター……その血走っている眼球に、アスナは明らかに恐怖の色を見たような気がした。

 

炎の渦を身に纏ったユイが、轟音を伴いながら空中を突撃していった。

 

ザ・フェイタルサイスは自身よりも遥かに小さいユイを恐れるように、巨大な鎌を前に掲げて防御姿勢を取った。

 

ユイはそこに向かって、真っ向から巨大な炎の剣を思い切っり振り下ろした。

 

激しい炎を噴出している剣が、掲げられていた鎌の柄とぶつかった。

 

止まるかと思いきや、ユイの火炎剣が途轍もない熱で金属を焼き切れかのように鎌に食い込んでいった。

 

ユイの長い黒髪とワンピース。そして、ザ・フェイタルサイスのローブが千切れるほどの勢いでたなびき、時々飛び散る巨大な火花がダンジョンを明るいオレンジ色に染め上げた。

 

すると、ごう、という爆音とともに、死神の鎌が真っ二つに切り裂かれた。

 

その直後、いままで蓄積していたエネルギーを全て解放しながら炎の柱と化した巨剣がザ・フェイタルサイスの顔面に叩きつけられた。

 

「っ……!!」

 

五人はその瞬間現れた巨大な火球の勢いに、思わず目を細めて腕で顔を庇った。

 

そして、あまりの眩しさに閉じていた目を開くと、そこにザ・フェイタルサイスの姿はなかった……。

 

 

 

「パパ……ママ……お兄ちゃん……お姉ちゃん……ぜんぶ、思い出したよ……」

 

ヨロヨロと近づいてきた五人に対して、ユイは目には涙を溜めて静かに言った。

 

黒鉄宮地下ダンジョン最深部の安全エリアは、正方形の部屋だった。

 

中央には光沢のある黒い立方体の石机らしき物が置いてある。

 

ユリエールとシンカーの二人には、転移結晶で先に脱出してもらった。

 

脱出を促されたユリエールは最初、脱出することを躊躇い首を振っていたが、五人が「まだやることがある」と告げたら、渋々といった様子で脱出した。

 

ユイは記憶が戻ったと告げた後、数分間は沈黙していた。

 

その表情は悲しそうで、五人は言葉をかけるのを躊躇っていたが、アスナが意を決して話しかけた。

 

「ユイちゃん……思い出したの……?今までの、こと……」

 

アスナが語り掛けても、ユイはしばらく俯いていたが、コクリと頷いた。

 

泣き笑いのような表情で、小さく唇を開き

 

「はい……全部、説明します……キリトさん、アスナさん、レンさん、シオンさん、フィリアさん」

 

その他人行儀で、丁寧な言葉にアスナは胸が締め付けられるような痛みを感じた。

 

それはまるで、何かが終わってしまったという、切ない確信だった。

 

「《ソードアート・オンライン》という名のこの世界は、ひとつの巨大なシステムによって制御されています。システムの名前は《カーディナル》。それが、この世界のバランスを自らの判断に基づいて制御しているのです。カーディナルはもともと、人間のメンテナンスを必要としない存在として設計されました。二つのコアプログラムが相互にエラー訂正を行い、更に無数の下位プログラム群によって世界の全てを調整する……モンスターやNPCのAI、アイテムや通貨の出現バランス、何もかもがカーディナル指揮下のプログラム群に操作されています。……しかし、ひとつだけ人間の手に委ねなければならないものがありました。プレイヤーの精神性に由来するトラブル、それだけは同じ人間でないと解決できない……そのために、数十人規模のスタッフが用意される、はずでした」

 

「GM……」

 

「だな……」

 

キリトの呟きに、レンが頷いた。

 

「ユイ、つまり君はゲームマスターなのか……?アーガスのスタッフ?」

 

キリトの問い掛けに、ユイは数秒間沈黙した後、ゆっくりと首を横に振った。

 

「カーディナルの開発者たちは、プレイヤーのケアすらもシステムに委ねようと、あるプログラムを試作したのです。ナーヴギアの特性を利用してプレイヤーの感情を詳細にモニタリングし、問題を抱えたプレイヤーのもとを訪れて話を聞く……《メンタルヘルス・カウンセリングプログラム》MHCP試作一号、コードネーム《YUI》。それがわたしです」

 

驚愕のあまりに、アスナは息を呑んだ。

 

ユイの言ったことを即座に理解できない。

 

レン達も驚きを隠せない。なぜなら目の前の少女は…‥プログラムされた存在だというのだ。

 

そしてその後もユイの説明は続く。

 

正式サービスが始まった二年前、何が起きたのかはユイにも詳しくは解らない。しかしカーディナルが予定にない命令をユイに下した。プレイヤーに対する一切の干渉禁止……具体的な接触が許されない状況で、ユイはやむなくプレイヤーのメンタル状態のモニタリングだけを続けた……。

 

アスナ達は反射的に、その《予定にない命令》とはSAO唯一のゲームマスター、茅場晶彦の操作によるものだと察した。

 

そしてユイは人々の負の感情を見続け、それに対して自分が何もできないという矛盾した行動の中で徐々にエラーを溜め込んでいって……ついには崩壊を始めようとしていた。

 

そしてそんな中でユイは今までとは違うメンタルパラメータを出すプレイヤーが現れた。そのメンタルパラメータを出していたのが……キリトとアスナである。

 

ユイはそれがどんな物なのかを知る為にキリト達のホームに一番近いシステムコンソールで実体化し、彷徨っていた……。

 

「それが、あの二十二層なの……?」

 

アスナが問いかけると、ユイはゆっくりと頷いた。

 

「はい。キリトさん、アスナさん……わたし、ずっと、お二人に……会いたかった……森の中で、お二人の姿を見た時……すごく、嬉しかった……おかしいですよね、そんなこと、思えるはずないのに……わたし、ただのプログラムなのに……」

 

涙を目元いっぱいに溢れさせて、ユイは口をつぐんだ。

 

アスナは言葉にできない感情に心を打たれ、両手を胸の前でぎゅっと握りながら

 

「ユイちゃん……あなたは、ほんとうのAIなのね。本物の知性を持ってるんだね……」

 

アスナが囁くように言うと、ユイはわずかに首を傾げて

 

「わたしには……解りません……わたしが、どうなってしまったのか……」

 

ユイがそう言った時、今まで沈黙していたキリトとレンがユイに近付いて

 

「ユイはもう、システムに縛られるだけのプログラムじゃない。だから、自分の望みを言葉にできるはずだ」

 

「そうだ……ユイは本物の知性と感情を得たんだからな」

 

そこまで言うと二人は目配せして頷き、視線の高さをユイに合わせて

 

「ユイの望みはなんだい?」

 

「言ってごらん?」

 

柔らかい口調で問い掛けた。

 

「わたし……わたしは……」

 

ユイはそこで一旦区切り、大きく息をすると

 

「ずっと、一緒にいたいです……パパ……ママ……お兄ちゃん……お姉ちゃん……!」

 

顔を上げて、自分の素直な気持ちを告げた。

 

そのユイの言葉にアスナは、溢れる涙を拭いもしないでユイに駆け寄ってユイの小さい体を両腕で力強く抱き締めた。

 

「ずっと、一緒だよ……ユイちゃん」

 

アスナに少し遅れて、キリトもユイとアスナを抱き締めた。

 

「ああ……ユイは俺達の子供だ。家に帰ろう。みんなで暮らそう……いつまでも……」

 

そしてそれを見ていたレンもユイにも顔を見えるように姿勢をそのままにして

 

「俺もだ……一緒に遊びたいときは一緒に遊んでやる……」

 

そう言って頭を撫でた。

 

そしてシオンとフィリアも

 

「私も……ユイちゃんと一緒にまだまだ遊びたい……!」

 

「私もよ……!」

 

そう言った。

 

しかしレンが頭から手を離すのと同時に、首を横に振った。

 

「え……」

 

「もう……遅いんです……」

 

ユイの言葉に、キリトが

 

「なんでたよ……遅いって……」

 

とユイに訊ねた。

 

「わたしが記憶を取り戻したのは……あの石に接触したせいなんです」

 

ユイはそう言いながら、部屋の中央にある黒い立方体を指差した。

 

「さっき、アスナさんがわたしをこの安全地帯に退避させてくれた時、わたしは偶然あの石に触れ、そして知りました。あれは、ただの装飾的オブジェクトじゃないんです……GMがシステムに緊急アクセスするために設置されたコンソールなんです」

 

ユイの言葉に何らかの命令が込められていたかのごとく、黒い石に突如数本の光の筋が走り、ブン……と音を立てて表面に青白いホロキーボードが浮かび上がった。

 

「さっきのボスモンスターは、ここにプレイヤーを近づけないようにカーディナルの手によって配置されたものだと思います。わたしはこのコンソールからシステムにアクセスし、《オブジェクトイレイザー》を呼び出してモンスターを消去しました。その時にカーディナルのエラー訂正能力によって、破損した言語機能を復元できたのですが……それは同時に、今まで放置されていたわたしにカーディナルが注目してしまったということでもあります。今、コアシステムがわたしのプログラムを走査しています。すぐに異物という結論が出され、わたしは消去されてしまうでしょう。もう……あまり時間がありません……」

 

「そんな……そんなの……」

 

ユイの言葉に、アスナは抱き締めながら首を振り

 

「くそっ!ここまできて!」

 

レンは拳を地面に打ちつけ

 

「なんとかならないのかよ!そうだ!この場所から離れれば……」

 

キリトは一縷の望みを賭けて、部屋の外に視線を向けるが、ユイは黙って微笑みを浮かべるだけであった。

 

「パパ、ママ、お兄ちゃん、お姉ちゃん、ありがとう。これでお別れです」

 

ユイはそう言いながら、その白い頬を再び涙で濡らした。

 

「嫌! そんなのいやよ!!」

 

アスナは涙をながらに、必死に叫んだ。

 

「これからじゃない!!これから、みんなで楽しく……仲良く暮らそうって……」

 

「暗闇の中……いつ果てるとも知れない長い苦しみの中で、パパとママの存在だけがわたしを繋ぎとめてくれた……」

 

涙を流しながら叫ぶアスナを、ユイはまっすぐ見つめていた。

 

そして気づけば、その小さな体を光が包み始めていた。

 

「ユイ、行くな!!」

 

キリトはユイの手を握りながら、必死に叫んだ。

 

そのユイの小さい指が、キリトの手をゆっくりと握った。

 

「パパとママのそばに居ると、みんなが笑顔になれた……わたし、それがとっても嬉しかった。お願いです、これからも……わたしのかわりに……みんなを助けて……喜びを分けてください……」

 

そう言ってる間にも、ユイの黒髪やワンピースが端から朝露のように儚い光の粒子となって少しずつ消え始めていた。

 

ユイの笑顔もゆっくりと透き通り、重さがアスナの腕の中から消えていく。

 

「やだ!やだよ!!ユイちゃんが居ないと、わたし笑えないよ!!」

 

「ダメだよ、ユイちゃん!」

 

「行かないで!!」

 

フィリアとシオンも涙を流しながらユイの存在を確かめるようにアスナと一緒に抱きしめる。

 

アスナはまるで子供のように泣きながら、首を振った。

 

そんなアスナを見て、ユイは溢れる光に包まれながら、ニコリと笑った。

 

そして、透き通っている消える寸前の手がアスナの頬に触れて

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……ママ、わらって……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう囁くような声がアスナの頭の中に響くと同時に、ひときわ強く光が飛び散り、消えた時には……アスナの腕の中に、ユイの姿はなかった……。

 

「うわあああああ!!」

 

アスナは悲しみが堪えきれなくなり、叫び声を上げながら膝を突いた。

 

そのまま石畳の上にうずくまり、アスナは子供のように大声で泣いた。

 

涙が次々と地面に滴り落ち、弾けた涙の粒がユイの残した光の粒子と混じり合いながら消えていった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの後の話をしよう。

 

キリトとレンは諦めていなかった。

 

ユイが起動した管理者権限が切れる前になんとか割り込んでユイのシステム本体を切り離し、オブジェクト化する事に成功したのだ。

 

ユイの心はアスナが所持する事になった。アスナと一緒ならユイも笑えるから……というレンの提案である。

 

そんなレンは今、五十五層「グランザム」にあるギルド「血盟騎士団」のギルド本部にある団長、ヒースクリフの元に来ていた。

 

「なるほど、そのような事があったのか……」

 

「ああ、でもこの事に関しては口外はしないでくれると助かる」

 

「わかっている、他ならぬ君の頼みだ。口外はしないと約束する……しかし、疑問が一つある。なぜそのような事を私に教える?」

 

「あんたがもっとも知りたがっていた事だと思ったからだよ。じゃあな、ヒースクリフ」

 

そう言ってレンは団長室を退出した。

 

団長室に残ったのはヒースクリフのみ。

 

その中でヒースクリフは顎に手を当てながら考え事をしていた。

 

「レン君……まさか……」

 

そのヒースクリフの仮説を立証する人物はいなくなった為にヒースクリフは確かめる事が出来なかった……。

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