ソードアート・オンライン ~剣の世界で弾を放て~ 作:レゾナ
ユイの出来事から数日……キリトとアスナは二十二層で幸せな日々を送っていた。
しかし、そんな日々にも終わりが告げられた……ヒースクリフから呼び出しがかかったのだ。
その呼び出しに応じてキリト達は五十五層「グランザム」のギルド本部へと向かう。
その道中でキリト達はレン達と出会う。
「あれ?レン?」
「キリトか、お前もヒースクリフに呼ばれたんだろう?」
「という事は、レンもか?」
「ああ、シオンにお呼び出しがかかってな。一緒にいるならレン君も一緒に連れてきてくれと書かれていたそうだ」
「……俺たちを呼ぶって事は相当な事なんだろうな……」
「とにかく、団長に話を聞いてみよう」
アスナのその言葉によりキリトとアスナ、レンとシオンは本部へと向かう。フィリアは留守番だろう。
「偵察隊が全滅!?」
「そんな……」
「そんな……事って……」
「っ……」
血盟騎士団の会議室で、ヒースクリフの言葉を聞いたキリト、アスナ、シオン、レンの三人は顔を青ざめた。
「ああ……昨日のことだ。七十五層のマッピング自体は、多少時間が掛かったが問題なく終了し、ボス部屋を見つけた。だが、ボス戦はかなりの苦戦が予想された……」
ボス戦の苦戦はキリト達も予想していた。
なぜならば、今まで攻略してきた数多のフロアのうち、二十五層と五十層のボスモンスターだけは、とてつもない巨体と戦闘力を誇っていて、その二つの攻略において、多大な犠牲が出たからだ。
二十五層の双頭巨人型ボスモンスター戦では、軍の精鋭がほぼ全滅して現在の弱体化の原因となり、五十層の戦いでは、金属製の仏像を彷彿した多腕型ボスモンスターの猛攻に怯んで、勝手に緊急脱出するプレイヤーが続出。
それにより、戦線が一度崩壊したのだ。
もし、援護部隊の到着がもう少し遅れていたら、先発部隊も全滅していたのは間違いなかったのだ。
そして、その崩壊した戦線を独力で支え続けたのが、ヒースクリフなのだ。
クォーター・ポイントごとに強力なボスモンスターが用意されてるならば、七十五層も同じように用意されている可能性が高かった。
「……そこで、我々は五ギルド合同のパーティー二十人を偵察隊として送り込んだ。偵察は慎重を期して行われた。十人が後衛としてボス部屋入り口で待機し……最初の十人が部屋の中央に到達して、ボスが出現した瞬間、入り口の扉が閉じてしまったのだ。扉は五分以上開かずに後衛に位置していた者達が直接の打撃や鍵開けスキルなどを使用しても開かずにようやく扉が開いた時……」
そこで一旦区切ると、ヒースクリフの口許が固く引き結ばれて、一瞬目を閉じてから、口を開いた。
「部屋の中には、何も無かったそうだ。十人の姿も、ボスも消えていた。転移脱出した形跡も無かった。彼らは帰ってこなかった……念の為、基部フロアの黒鉄宮までモニュメントの名簿を確認しに行かせたが……」
ヒースクリフはそこで言葉を区切り、首を振った。
「十……人も……なんで、そんなことに……」
「結晶無効化空間……?」
「多分……前の層のボス部屋がそうだったし……」
「くそっ……こうなる事は予想出来ていた筈なのに……」
キリトの問いかけにシオンは多分と答え、レンは後悔している。
「そうとしか考えられないだろう。シオン君が言ったように、七十四層もそうだったということだから、おそらく、今後全てのボス部屋が結晶無効化空間と思っていいだろう」
「バカな……」
ヒースクリフの言葉に、キリトは嘆息した。
緊急脱出不可能となれば、思わぬアクシデントによって死亡するプレイヤーが出る可能性が飛躍的に高まるのは必然である。
死者を出さない。
それは、このゲーム《ソードアート・オンライン》をクリアする上での大前提である。
だが、ボスを倒さないとクリアは不可能。
「いよいよ、本格的なデスゲームになってきたわけだ……」
「だからといって、攻略を諦めることはできない」
キリトの呟きに、ヒースクリフは目を閉じながら、囁くように、だが、きっぱりとした声で断言した。
「結晶による脱出が不可な上に、今回はボス出現と同時に背後の退路も絶たれてしまう構造らしい。ならば、統制の取れる範囲で可能な限り大部隊をもって当たるしかない。新婚の君達を召喚するのは本意ではなかったが、了解してくれ給え」
ヒースクリフの言葉に、キリトは肩をすくめて
「協力はさせて貰いますよ。だが、俺にとってはアスナの安全が最優先です。もし危険な状況になったら、パーティー全体よりも彼女を助けます」
キリトの言葉に、ヒースクリフはかすかに笑みを浮かべて
「何かを守ろうとする人間は強いものだ。君の勇戦を期待するよ。もちろんレン君とシオン君もだ。特にレン君。君のスキルには期待しているよ」
「ああ、出来る限りの事はするよ」
「攻略開始は三時間後。予定人数は君達を入れて三十八人。七十五層コリニア市ゲートに午後一時に集合だ。では、解散」
ヒースクリフのその一言で会議室に集まっていた全員は部屋を出た。
レン達が帰ってきたのはフィリアの家。実はまだシオンの家には人がごった返しており帰るに帰れなくなっているので未だフィリアの家に匿ってもらっているのである。
「そんな事があったなんて……」
「ああ、今回のボス戦は今までにない位の激戦になるだろうな……」
「うん、まず一つ目の予想としては七十五層がクォーターポイントだって事」
「ああ。二十五層、五十層でも苦戦を強いられたんだ。今回は相当な数の死者が出てしまうかもしれない事も想定して行わないといけない。むろん、死なせる気はないけどな」
矛盾してるかもしれないが皆、そう思っているのである。
「二つ目が相手の攻撃パターンが全く不明な事。偵察隊が全滅したからな」
「ちょっと待って。転移結晶は?持っていっていた筈なんでしょう?」
フィリアの疑問も尤もである。しかしその疑問にシオンが答える。最悪の答えを。
「それこそが最後の理由…………結晶無効化空間」
「そんな……!?それじゃいざって時の脱出が出来ない……!?」
「そうだ……でも、だからって尻込みしてる訳にはいかない。俺は絶対に生き残る!」
「私だって!」
レンとシオンが決意を固めていると
「……レン、私も行く」
フィリアがそう言った。それを聞いたレン達は驚愕する。
「ダメだ、フィリアはまだ……」
「私だってそんなの知ってただ待ってるだけなんて出来ない!お願い……」
フィリアの必死の懇願に
「……わかった、ただし。無茶はするなよ」
レンは折れて同行を許した。
「レン君っ!?」
「フィリアの実力は本物だ。だからこそ同行を許すんだ。シオンだって知ってるだろ?」
「そ、それはそうだけど……」
シオンは口をつむぐ。フィリアの実力は同じ女の子という事を差し引いても高い。その高い実力を養えたのはホロウ・エリアでの戦いの賜物だろうとシオンは考えている。
「……わかった、でも!本当に無茶はしないでね?」
「わかってるわ」
そしてこうしてフィリアの同行も決まり、三人はいよいよ決戦の場へと向かった。
約束の時間になりレン達は転移ゲート前に集まっていた。
そこにいたのはハイレベルのプレイヤー達。それぞれ装備のチェックなどをしているのだろう。
レン達もチェックを欠かさない。
その時、ゲートが光り、新たに二人現れた。
その新たな二人、キリトとアスナの二人を見て、ほとんどのプレイヤーは口を閉じて背筋を伸ばした。
そんなプレイヤー達を見て、キリトはキョトンとした。
すると、アスナが肘でキリトを小突き
「キリト君はリーダー格なんだから、ちゃんと挨拶しないとだめだよ!」
「んな……」
ここにきて、キリトの対人コミュニケーション能力の低さが徒となっていた。
アスナはKOB副団長という立場上、挨拶などはお手の物である。
だがキリトは、そのほとんどをソロプレイヤーとして活動してきたので、どう言えばいいのかわからなかった。
キリトは数秒間考えてから、ぎこちない仕草で敬礼した。
「よう!」
そんなキリトの肩を、誰かが景気よく叩いた。
キリトは聞き覚えのある声に、眉をひそめながら振り向いた。
そこに居たのは、ギルド風林火山のリーダーでカタナ使いのクラインと両手戦斧使いのエギルだった。
「なんだ……お前らも参加するのか」
「なんだってことはないだろう!」
キリトの言い草に、エギルは憤慨したように野太い声を上げた。
「今回はえらい苦戦しそうだって言うから、商売を投げ出して加勢に来たんじゃねえか。この無私無欲の精神を理解できないたぁ……」
エギルが大げさに泣くジェスチャーをしていると、キリトが肩に手を置き
「無私の精神はよーく、わかった。だったら、お前は戦利品の分配から外しておくな」
と言うと、エギルは禿頭に手を当てて
「あ、いや、それは……」
それとこれは別問題らしい。
情けなく口ごもるエギルの姿に、クラインやアスナの笑い声が聞こえた。
二人の笑いは周囲に居たプレイヤー達にも伝わり、全員の緊張が少しずつ解れていった。
そして、午後一時ちょうど……転移ゲートから新たに数名、現れた
真紅のマントに巨大な十字楯を携えたヒースクリフを筆頭に、血盟騎士団の精鋭部隊数名である。
その姿を見て、プレイヤー達に再び緊張が満ちた。
現れたヒースクリフと四人の精鋭部隊は、プレイヤー達の間を通り、まっすぐにキリト達の方へと近づいた。
威圧されたクラインとエギルが数歩下がっているが、アスナは涼しい顔で敬礼している。
立ち止まったヒースクリフはキリト達に軽く頷くと、集団に向き直り言葉を発した。
「欠員はいないようだな。よく集まってくれた。状況は既に知っていると思う。厳しい戦いになるだろうが、諸君の力なら切り抜けられると信じている。……解放の日のために!」
ヒースクリフの演説を聞いて、周辺に居たプレイヤー達が鬨の声を上げた。
すると、ヒースクリフは姿勢をキリトとレンに向けて
「キリト君、レン君、今日は頼りにしているよ。《二刀流》と《銃》。存分に揮ってくれたまえ……それとそちらの彼女は?」
「ああ、彼女はフィリア。今回の攻略に参加してもらう事になった。実力は保証する」
「なるほど。今回の参戦、心より感謝する」
「いいですよ。私の意志ですし」
そしてヒースクリフが二人を見て頷くと二人も頷く。
二人が頷くと、ヒースクリフは背後に振り向き、軽く片手を上げて
「では、出発しよう。目標のボスモンスタールーム直前の場所まで、
ヒースクリフはそう言うと、腰のバックから濃紺色の結晶アイテムを取り出した。
その結晶アイテムを見て、周囲のプレイヤー達からは「おお……」という、声が漏れた。
通常の転移結晶は、指定した街の転移ゲート前まで使用者一人だけを転送するのみだが、ヒースクリフが持っている
しかし、その利便性に比例して希少度もかなり高く、NPCショップでは販売していない。
入手するには、迷宮区のトレジャーボックスか、強力なネームドモンスターからのドロップしかないのだ。
それ故に、入手しても使おうとするプレイヤーはなかなか居ないのである。
先ほどのプレイヤー達の感嘆の声は、非常にレアな回廊結晶を見たというよりは、その回廊結晶をあっさり使用すると宣言したヒースクリフに驚いたというほうが大きい。
そんなプレイヤー達の視線を意に介さず、ヒースクリフは結晶を高く掲げ
「コリドー・オープン」
と、発声した。
すると、持っていた回廊結晶(コリドークリスタル)は瞬時に砕け散って、ヒースクリフの前に青く揺らめく光の渦が出現した。
「では皆、付いて来てくれたまえ」
ヒースクリフは周囲のプレイヤー達を見渡しながら言うと、マントを翻しながら、青い光の中へと入っていった。
するとヒースクリフの姿は瞬時に眩い閃光に包まれて、消えた。
間を置かずに、四人のKOB精鋭部隊も続いて入っていった。
気づけば、攻略プレイヤー部隊の周囲にかなりの数のプレイヤーの姿があった。
ボス攻略戦の話を聞いて、見送りに来たのだ。
激励の声援が飛び交う中、剣士達は手を振りながら光の中へと入っていく。
すると、レンはキリトに近づいて
「先に行ってるぞ……」
そう言ってシオンとフィリアと共に光の中に入っていった。
そして、キリトとアスナの二人が最後となった。
二人は小さく頷きあうと、手を繋いで同時に光の中へと飛び込んだ。
何回やっても慣れない転移特有の軽い眩暈感覚の後、目の前はすでに迷宮区の中だった。
かなり広い回廊の壁際には、太い柱が並んでいて、少し離れた場所には巨大な扉……七十五層迷宮区は、僅かに透明感がある黒曜石のような素材で出来ていた
以前までの荒削りの岩のような素材とは違い、鏡のように磨き上げられている黒い石が直線状に敷き詰められている。
空気は冷たく湿っていて、薄い靄がゆっくりと足下を白く染めている。
キリトの隣に立っていたアスナは、寒気を感じたのか、両腕で自身の体を抱いて
「……なんか……やな感じだね……」
と、キリトに視線を向けた。
「ああ……」
アスナの言葉に、キリトも同意を示した。
ここまでに至る二年間の間、キリト達攻略組は七十四にも及ぶ迷宮区を攻略してボスモンスターを撃破してきた。
さすがに、これほどの経験を積むと、棲家を見ただけでボスモンスターの力量がなんとなく分かるようになっていた。
周囲では、四十人近いプレイヤー達が三々五々固まってメニューウィンドウを開いて再度の装備やアイテムの確認をしていた。
だが、その顔は一様に硬かった。
キリトはアスナを伴い、一本の柱の陰に寄ると、アスナの体をそっと抱き締めた。
そのタイミングで、今まで押し込めていた不安がキリトを襲い体が震えた。
「……だいじょうぶだよ」
気づけば、アスナもキリトを抱きしめていて、耳元で囁いた。
「キリト君は、わたしが守る」
「……いや、そうじゃなくて……」
アスナの言葉にキリトは反論しようとしたが、キリトの唇にアスナは人差し指を当てて止めた。
「ふふ」
アスナは微笑むと、キリトの目を見詰めて
「……だから、キリト君はわたしを守ってね」
と、小さく首を傾げた。
「ああ……必ず」
そう答えたキリトは、一回アスナの体を強く抱きしめてから離した。
回廊の中央では、ヒースクリフが十字楯を音を鳴らして構えていた。
「皆、準備はいいかな。今回、ボスの攻撃パターンに関しては情報がない。基本的にはKOBが前衛で攻撃を食い止めるので、その間に可能な限りパターンを見切り、柔軟に対応してほしい」
ヒースクリフの言葉に、全員が無言で頷いた。
「では……行こうか」
ヒースクリフはそう言うと、無造作に黒い大扉に歩み寄って、中央に右手を当てた。
その時、全員に緊張が走った。
キリトは並んで立っていたエギルとクラインの背後に立ち、二人の肩を強く叩いた。
それに驚いたのか、二人は弾かれるように振り返った。
それを見たキリトは、笑みを浮かべて
「死ぬなよ?」
と、二人に問い掛けた。
すると、クラインは笑みと共に親指を立てて
「へっ! お前こそ!」
と、笑う。エギルは、まっすぐ前を見て
「今日の戦利品で一儲けするまではくたばる気はないぜ」
と、口端を上げた。
二人がそう言った直後、重い響きと共に大扉が開いていった。
それを見たプレイヤー達は各々、武器を抜いた。
キリトは背中から愛剣を二本同時に引き抜き、隣でアスナがランベライトを構えた。
レンは右手に愛剣を、左手には銃「ベレッタ」を持つ。フィリアも自身の持つ剣を片手に持ち、シオンも槍を両手で構える。
そして最後に、ヒースクリフが十字楯から長剣を音高く抜き、右手を高く掲げて
「……戦闘、開始!」
叫ぶと同時に、開ききった大扉をくぐっていった。
それに続いて、プレイヤー達も全員、部屋の中へと突入した。
部屋内部は、かなり広いドームのようだった。
キリト、ヒースクリフの三人がデュエルした闘技場くらい広い。
黒い壁が円弧を描いてせり上がっていて、遥か頭上で湾曲して閉じていた。
三十八人が全員、無事に部屋に走り込んで自然と円陣を組んで立ち止まった。
その直後、轟音を立てて大扉が閉まった。
これで最早、開けることも、脱出することは出来なくなった。
ボスを倒すか、攻略組が全滅するまでは……。
数秒間沈黙が続き全員、広い部屋全体を見回して注意を払っていたが、ボスは現れない。
「おい……」
耐え切れなくなった誰かが、声を上げた。
その時だった。
「上よ!!」
「上だ!!」
キリトの左右に立っていた、アスナとレンが鋭く叫んだ。
それに反応して、全員天井を上げた。
そして、ドームの天頂にソレは張り付くように居た。
巨大な、とてつもなく長く、大きい百足……ソレを見た瞬間、誰もがそう思った……全長は十メートルはあるだろう
複数の体節に区切られているその体は、虫よりかは、人間の背骨を彷彿させた。
灰白色の円筒形をした体節の一つ一つからは、骨剥き出しの鋭い足が伸びている。
その体を追っていくと、徐々に骨は太くなっていき、先頭には、凶悪な形の髑髏が付いていた。
それは人の物ではなく、流線型に歪んでいる髑髏には二対四つの鋭くつり上がっている眼窩があって、その内部で青い炎が燃えていた。
大きく前に突き出している顎骨からは、鋭い牙が並んでいて、髑髏の両側からは鎌状の尖った巨大な骨の腕が生えていた。
「おいおい、あれって……」
レンとフィリアは戦慄する。なぜならあの敵は……ホロウ・エリアでレンとフィリアが最初に倒した強敵だったからである。
視線を集中させると、黄色いカーソルが現れて、モンスターの名前が表示された。
《The Skullreaper》
直訳すると、骸骨の刈り手だろう。
ソレは無数の足を蠢かせながら、ゆっくりとドームの天井を這っていた。
その光景に全員が度肝を抜かれて、声もなく見守っていた。
その時、骨百足は不意に全ての足を大きく広げて、パーティーの中心目掛けて落ちてきた。
「固まるな!距離を取れ!!」
「総員、散開!回避!!」
レンとヒースクリフの鋭い叫び声が立て続けに響き、凍り付いていた空気を切り裂いた。
全員、我に返ったように動き出した。
キリト達も骨百足の予想落下地点から慌てて離れたが、真下に居た三人のプレイヤー達の動きがほんの僅かに遅れた。。
どうやら、どっちに逃げればいいのか迷っているらしく、三人は足を止めて骨百足を見上げていた。
「こっちだ!!」
「ぼけっとしてんじゃねぇ!!」
が、その三人の背後に骨百足が地響きを立てながら落下した瞬間……床全体がまるで、大地震のように揺れて三人はバランスを崩した。
骨百足はそのスキを見逃さず、人間よりも大きな鎌が、横薙ぎに振り下ろされた。
三人は背後から同時に斬り飛ばされて、宙を吹き飛んだ。
そして、吹き飛んでいる間にも、三人のHPバーが物凄い勢いで減っていった。
安全の緑から注意を示す黄色になり、危険を示す赤に入っていき……そして、HPバーが消えた。
ゼロになった瞬間、空中を飛んでいた三人の体は無数の結晶を撒き散らして爆散した。
「……っ!!」
キリトの隣でアスナが息を詰めた。
キリトも、自身の体が激しく強張ったのを感じた。
(一撃で……死亡だと……!?)
キリトは驚愕していた。
ここSAOでは、スキル・レベル制が併用されているために、レベルが上がるにつれてHPの最大値も上がっていく。
そのために、剣の腕前どうこうに拘わらず、レベルさえ高いならば、それだけで死ににくいのだ。
特に、今回集められたプレイヤー達は高レベルプレイヤーだけが集められたために、たとえボスの攻撃とはいえ、数発ならば耐えられる……はずだったのだ。
しかし、それが、たったの一撃で死んだ。
「こんなの……無茶苦茶だわ……」
その光景を見たアスナが、かすれた声で呟いた。
一撃で三人を葬った骨百足は上体を高く持ち上げると、空気を震わせるほどの雄叫びを上げて、恐怖で固まっていたプレイヤー集団目掛けて、物凄い勢いで突進した。
「わあああーー!!」
その方向に居たプレイヤー達は、先ほどの光景を思い出したのか、恐慌状態に陥り悲鳴を上げて逃げ出した。
だが、あっという間に骨百足は追いつき、その凶悪な鎌が振り上げられた。
と、その真下に二つの影が飛び込んだ。
レンとヒースクリフである。
ヒースクリフは盾で鎌を防御し、その隙にレンは《一剣一銃》スキルである銃を右に向けて振り弾を発射した後、剣を縦に振り下ろす。
《一剣一銃》スキル、サザンクロスだ。
しかし、それでスカル・リーパーの攻撃は止まらない。
鎌は二本あるのだ。
左手の鎌でヒースクリフとヨシアキを攻撃しながら、右手の鎌を振り上げて、恐慌状態のプレイヤー達に向けて振り下ろそうとした。
「くそっ……!」
キリトは歯噛みしながら、飛び出した。
まるで宙を飛ぶような速度で一瞬で懐に入り、轟音を立てながら振ってきた鎌を二本の剣を交差させながら受け止めた。
途方もない衝撃がキリトを襲った。
だが、鎌は止まらずに、火花を散らしながらキリトの剣を弾いてキリトに迫った。
(だめだ、重すぎる!)
キリトが驚愕で目を見開いていると、新たに一振りの剣が空を切り裂いて現れて、下方から鎌に命中した。
衝撃音がして、骨鎌の勢いが緩んだ隙にキリトは全身の力を振り絞って骨鎌を押し返した。
キリトの真横に立ったアスナは、キリトを見て
「二人同時に受ければ……いける!わたしたちなら、できるよ!」
と、目に光を伴いながら言った。
「……よし、頼む!」
アスナの言葉にキリトは頷いた。
アスナが隣に居てくれるだけで、無限の力が湧いてくる……キリトはそんな気がした
数秒後、再び骨鎌が横薙ぎに繰り出されてきた。
キリトとアスナは、同時に左斜め切り下ろし攻撃を放った。
完全にシンクロした二人の剣が、二筋の光跡を引いて鎌に命中した。
激しい衝撃がして、今度は骨鎌が弾き返された。
「大鎌は俺達が食い止める!!皆は側面から攻撃してくれ!」
そして……まさに死闘が始まった……。
スカル・リーパーとの戦いは熾烈を極めたが……一時間にも及んだが、勝利した。
まるで無限にも思える戦いの果てに、スカルリーパーは雄叫びを上げてその巨体を爆散させた。
スカルリーパーが爆散しても、誰一人として、歓声を上げなかった。
正確には、歓声を上げる余裕すらなかったのだ。
全員武器も仕舞わずに、倒れるように床に座り込んだり仰向けになって荒い呼吸を繰り返していた。
(終わった……の……?)
(ああ……終わった……)
その以心伝心を最後に、キリトとアスナの繋がりも終わり二人は背中合わせに座り込んだ。
キリトとアスナは二人とも生き残った。
だが、二人は手放しに喜べなかった。
あまりにも犠牲者が出過ぎた。
戦闘開始直後に三人が散った後、ほぼ一定のペースで破砕音が響き渡り、キリトは六人まで覚えていたがそこで無理矢理に止めていた。
「何人……死んだ……?」
そして計算をしてみると……
「十四人……十四人死んだ……」
レン達は戦慄する。
ここは七十五層。このままいけば犠牲者がどんどん出てくるのは目に見えているからである。
そんな中で涼しい顔をしている男がいた。
ヒースクリフだ。
ヒースクリフの表情は穏やかだった。
穏やかな顔で、床に座り込んでいるKOBの団員や他の生き残ったプレイヤー達を見渡していた……暖かく、慈しみの視線……言うなれば、まるで精緻な模型で遊んでる子ネズミの群れを見ているように……。
そう、考えた瞬間……キリトの脳内にある考えが浮かぶ。
(ヒースクリフのあの視線、あの穏やかな表情……あれは傷ついた仲間を労る顔じゃない……ヒースクリフは俺達と同じ場所に立ってない。あれは、遥か高みから慈悲を垂れる神の顔だ……)
キリトは、以前ヒースクリフとデュエルした時のことを思い出した
キリトは、ヒースクリフがSAOシステムに許されたプレイヤーの限界速度を超えた速さを……そして、ヒースクリフの日頃の態度……最強ギルドのリーダーなのに、自ら命令を出さないで他のプレイヤー達に全てを任せて、見守り続けていた。
それは、配下を信頼していたからではなく……一般のプレイヤー達は知らないことを知ってることからの自制だったのでは?。
デスゲームに縛られない存在……だけど、NPCではない……単なるプログラムには、あのような慈悲に満ち溢れた顔は出来ない
NPCでもなく一般のプレイヤーでもないなら、残された答えは一つだけ。
だが、それをどうやれば確認できるのか……確認する方法は、たった一つだけ。
キリトはヒースクリフのHPバーを見つめた。
激戦をくぐり抜けたから、HPは大きく減少していた。
だが、それでも半分を下回っていない。
本当にギリギリだが、ブルー表示を保っていた。
この二年間、ただの一度とて
それは、HPが半分を下回ろうとした直前だった。
もしそれが、HPがイエローゾーンに入ることに恐れたのではないとしたら?
その答えは……
キリトは左手の剣を握り直し、ほんの僅かだが、少しずつ右足を引いて、腰を少し落として低空ダッシュの姿勢を取った。
そして……キリトはダッシュした。
「キリト君っ!?」
その時になってようやく、ヒースクリフはキリトの行動に気づき、その顔を驚愕に染めながら流石の反応速度で左手の盾を構えた
その盾により、弾かれたかに見えたがキリトは少し剣を上向きにする事でヒースクリフの盾に沿うように胸目掛けて、片手剣基本突進技の〈レイジスパイク〉を発動させた
もし直撃しても、ヒースクリフのHPはギリギリでイエローゾーン止まりだろう。
しかし、キリトの剣はヒースクリフの胸に当たる寸前で見えない障壁に阻まれた。
キリトの腕に激しい衝撃が伝わり、紫色の閃光が炸裂した。
そして、キリトとヒースクリフの間に紫色のシステムカラーでメッセージが表示された。
それは【Immortal Object】という、普通のプレイヤーは決して得られない不死を意味するタグだった。
キリトとのデュエルの時、ヒースクリフはこのことが発覚することを恐れたのだ。
「キリト君、なにを……」
アスナが駆け寄ったが、ヒースクリフの前に表示された文字を見て全員固まった。
数秒間、キリトやアスナ。ヒースクリフを含めた全員黙っていた。
そして、表示されていたメッセージがゆっくりと消えた。
キリトは剣を引いて、軽くバックステップして距離を取る。
固まっていたアスナは、数歩下がってキリトの右横に並ぶと
「システム的不死……?……って……どういうことですか……団長……?」
戸惑った様子で、ヒースクリフに問いかけるが、ヒースクリフは答えず、厳しい視線でヨシアキとキリトの二人を見据えていた。
すると、キリトが右手の剣をヒースクリフに向けて
「これが、伝説の正体だ。この男のHPはどうあろうと、注意域(イエローゾーン)にまでは落ちないようにシステムに保護されているのさ……不死属性を持つ持つ可能性があるのは……NPCでもなけりゃ、システム管理者以外は有り得ない。だが、このゲームに管理者(ゲームマスター)は居ないはずだ。唯一人は除いて」
「まさか……キリトまでも気づくとはな……」
そう言ったのはレンだ。
「それじゃあ、レンも……?」
「ああ、最初っから疑問だったんだ……あいつは今、どこから俺達を観察して、世界を調整してるんだろう。ってね……でも、俺達は単純な真理を忘れてた。それこそ、どんな子供でも知ってるだろうことを」
「《他人のやってるRPGを傍から眺めるほど詰まらないことはない》……そうだろう、茅場晶彦!」
その名を叫ぶように告げた。
キリトがその名を言った瞬間、周囲の空気が凍りついた。
ヒースクリフは無表情のまま、二人をじっと見つめていた。
周りのプレイヤー達は、身動き一つすら出来なかった。
数瞬後、アスナがゆっくりと前に出て
「団長……本当……なんですか……?」
と感情が欠落した瞳で見ながら、掠れるように問いかけた。
しかし、ヒースクリフはアスナからの問いかけに答えず、小さく首を傾げると
「……なぜ気付いたのか、参考までに教えてもらえるかな……?」
と、二人に問いかけた。
「……俺が最初におかしいと思ったのは、例のデュエルの時だ。最後の一瞬だけ、あんた余りにも速過ぎたよ」
キリトがそう言うと、ヒースクリフはゆっくりと頷いて
「やはりそうか。あれは私にとっても痛恨事だった。君の動きに圧倒されて、ついシステムのオーバーアシストを使ってしまった」
そう言ってから、レンに視線を向けて
「それで、レン君は?君の事だ、かなり早い段階で気づいていたみたいだが……」
その言葉を聞いてキリト達はレンを見る。
「……最初におかしいって思ったのは五十層での戦いの時。あんたが初めて《神聖剣》を使った時の事だ……なんであんな都合のいい時にそんなもんが出てくるんだってのを思ったよ。そして考えた、あれはつまり……あの時のあの場で戦意喪失して攻略組の皆が戦えなくなったら意味がないと思ったからだろう?」
「確信を持ったのはさっきキリトが言ったデュエルでの事だ。その時にはっきりとわかったよ」
「そういうことか。流石に予想外だったな……」
と言ってから、初めて表情を見せた。
唇の片端を歪めて、ほのかな苦笑を浮かべた。
「予定では、攻略が九十五層に達するまでは明かさないつもりだったのだがな」
ヒースクリフそう呟くと、ゆっくりと周囲のプレイヤー達を見回して、超然とした笑みを浮かべ。
「……確かに私は茅場晶彦だ。付け加えれば、最上階で君たちを待つはずだったこのゲームの最終ボスでもある」
周囲のプレイヤー達に、驚愕の事実を堂々と告げた。
「……趣味がいいとは言えないぜ。最強のプレイヤーが一転最悪のラスボスか」
「だな……」
キリトの言葉にレンが同意すると、ヒースクリフは面白そうに
「なかなかいいシナリオだろう?盛り上がったと思うが、まさかたかが四分の三地点で看破されてしまうとはな。……君たちは
このゲーム、ソードアート・オンラインの開発者にして、一万もの人間の精神を虜囚にした男、茅場晶彦は薄い笑みを浮かべて肩をすくめた。
聖騎士ヒースクリフとしての見た目は、現実の茅場晶彦とは全然違った。
だが、その無機質で金属的な気配は、二年前にキリト達の上に現れた無貌のアバターと共通する点があった。
茅場は笑みを浮かべたまま、再び口を開いた。
「……最終的に私の前に立つのは、君たちだと予想していた。全十種存在するユニークスキルのうち《二刀流》スキルは全てのプレイヤーの中で最大の反応速度を持つ者に与えられ、《銃》スキルは全てのプレイヤーの中で最大の動体視力を持つ者に与えられる……そして、この二人は魔王に対する勇者の役割を担うはずだった。勝つにせよ負けるにせよね。だが、君たちは私の予想を超える力を見せた。攻撃速度といい、その洞察力といい、な。まあ……この想定外の展開もネットワークRPGの醍醐味と言うべきかな……」
茅場が言い終わると同時に、凍りついたように動きを止めていたプレイヤーの一人がゆっくりと立ち上がった。
KOB精鋭部隊の隊長役を担っていた、幹部の男だった。
朴訥そうな細い目に、凄惨な苦悩の光を宿していた。
「貴様……貴様が……俺達の忠誠を……希望を……よくも……よくも……」
巨大な斧槍(ハルバード)を、震えながら握りしめて
「よくもーーーッ!!」
止める間すらなく、絶叫しながら地を蹴っていた。
大きく振りかぶった斧槍が、茅場へとせまり……
だが、そんな男の動きよりも茅場のほうが早かった。
《左手》を振り、出現したウィンドウを手早く操作すると、突撃していた男の体が空中で止まり、そのまま床に音を立てて落ちた。
視界に表示されているHPバーの周囲に、緑色の枠が点滅していた。
麻痺状態の証だった。
そんな男を気にせずに、茅場はそのままウィンドウを操作し続けた。
その直後
「あ……キリト君……っ」
「え……?」
「くっ……っ」
という声が聞こえて、キリトとレンは振り返った。
そこにはアスナとシオン、フィリアを始め共に戦った皆が倒れ伏していた。
全員、麻痺状態を示す緑色の枠が点滅していた。
キリトは剣を背中に戻すと、アスナを抱き起こし、レンはシオンとフィリアの元に向かい、二人を抱き起こす。
「……どうするつもりだ。この場で全員殺して、隠蔽する気か……?」
「もしそうなら、俺達が全力で阻止する……」
と聞くと、茅場は首を振り
「まさか。そんな理不尽な真似はしないさ。こうなっては致し方ない。予定を早めて、私は最上層の《紅玉宮》にて、君たちの訪れを待つことにするよ。九十層以上の強力なモンスター群に対抗し得る力として育ててきた血盟騎士団、そして攻略組プレイヤーの諸君を途中で放り出すのは不本意だが、何、君たちの力なら、きっと辿り着けるさ。だが……その前に……」
茅場はそこで言葉を区切り、圧倒的な意志力を感じさせるその両目で、キリトとレンを見つめた。
その後、右手に持っていた剣を軽く黒曜石の床に突き立てた。
それにより、高く澄んだ金属音が周囲に響いた。
「キリト君、レン君。君たちには私の正体を看破した
茅場の言葉を聞いた瞬間、キリトの腕の中でアスナが動かない体を必死に動かして
「だめよキリト君……!あなた達を排除する気だわ……今は……今は引きましょう……!」
と、キリトに懇願するように言い、シオンとフィリアは
「ダメだよレン君……!今は引こう……?」
「いくらレンでも今回は無理よ、引きましょう……?」
懇願するようにレンに言う。
しかし……
「「ふざけるな……」」
キリトとレンは同じ言葉を同時に言った。
彼は血盟騎士団を育ててきた、きっと辿り着けるなどと言ったのだ。
茅場は、自分の創造した世界に一万人もの精神を幽閉して、そのうち約四千人もの意識を電磁波で焼き殺すに飽きたらず、自分のシナリオ通りにプレイヤー達が必死にもがく様子を、すぐそばで見ていた。
ゲームマスターとしては、これ以上の快感はないだろう。
そんな事をしている目の前の男が、二人は許せなかったのだ。
「いいだろう、決着をつけてやる……」
「貴様の思い通りにはならない……!」
こうして、魔王と勇者二人の戦いが……幕を開けた。
さて、このSAO編が終わった後は……違う話をしようと思っております。
SAO編が終わった後はちょっと時間を飛ばしてから話が動きますので……。