ソードアート・オンライン ~剣の世界で弾を放て~ 作:レゾナ
迷宮区へと向かっていると不意にレンが立ち止まる。
「?どうした、レン?」
キリトは訝しく思いながらレンに聞く。
「《索敵》スキルに反応があった。多分複数人だ」
そう言ってキリトも確認すると確かに感知出来たらしい。
マップを開いて確認すると、十二人ものプレイヤーが二列縦隊で、しかもかなりの速度でこちらに向かってきている。
「どうする?」
「一先ずは隠れて様子を見よう」
「そうだな、
レンの言葉にキリトも同意する。
四人は頷き合うと近くの茂みに隠れる。
「って、どうしよう。私達目立つよ……」
「どうしよう……」
アスナとシオンがそう言う。
確かに白と赤色が特徴的な血盟騎士団の制服はこの緑色の場所ではちょっと目立つ。
「レン、どうする?俺のレザーコートに入れてもいいけど入るのは俺も含めて二人までだぞ?」
「アスナはお前が入れてやれ。俺がシオンを入れてやる」
そう言ってレンはシオンを抱き寄せて自身のレザーコートの中に入れる。
「え、ちょ、きゃ!?」
「静かにしろ、気づかれるぞ」
レンはそう言いながら警戒する。
キリトの方もアスナを自身のレザーコートの中に入れたようだ。
すると、ザッザッという規則正しい足音と共に集団が姿を現した。
全員が黒鉄色の金属鎧と濃緑の戦闘服で、ヘルメットのバイザーを深く下ろしているのでその表情はうかがえない。だが、その手に持った大型のシールドの表面には特徴的な城の印章が施されていた。
「《軍》か……」
《軍》は基部フロア……つまりは第一層を拠点とする大型ギルドで、フィールドでの犯罪行為を最も熱心に防止している集団だ。
が、その方法はいささか過激で、犯罪者プレイヤー──そのオレンジ色に染まったカーソルから《オレンジプレイヤー》と称される──を見つけ次第問答無用で攻撃して、投降したものを武装解除させて本拠である黒鉄宮の牢獄エリアに監禁しているらしい。
やがてその集団が索敵範囲外に入ったことを確認し、レン達は詰めていた息を吐きながら道へと戻った。
「あの噂、本当だったのね……」
「噂?」
「ギルドの例会で聞いただけだったけど、《軍》が上層エリアに出てきてるって。元々攻略組の一員だったから不思議じゃないけど、二十五層攻略の時に出た被害を受けてから組織の強化に重きをおいてたから、内部で不満が出たらしいの」
「ああ、なるほど。前みたいに大人数じゃなくて少数精鋭の部隊で攻略の意思を示すつもりか」
「……とにかく、急ごう。あいつら、ボスにちょっかいを出すかもしれないしな」
「そうだね、早くいこう」
そう言って四人は再び歩き出した。
彼らが迷宮区に入って4、5回程戦闘があった。
しかしそこは攻略組。特に苦戦する事なく、勝利を収めていった。
そして少し進んだ所で4人は立ち止まる。
彼らの目の前にあるのは大きな扉。
「多分ボスの部屋だね」
シオンの言う通りで、この部屋の奥にはこの階層のボスが待っている。
「ああ、どうする?」
「見てみるか?」
「ちょっと」
レンとキリトが扉を開けようとするのをアスナは止める。
「もしもの事があったら」
「大丈夫だって、中には入らないから」
「じゃあ、念の為に転移結晶を持とう。これなら安全だろ?」
「まあ、それでいいならいいけど……」
4人はそれぞれのアイテムストレージから転移結晶を取り出すとそれぞれ剣を持っていない方の手に転移結晶を手にする。
そして代表してキリトとアスナが扉を開けた。
扉はゆっくりと開きながらやがてずしんと止まった。
キリトとアスナ、レンとシオンは少しずつ進んでいく。
「何もいないな……」
「ああ、しかし警戒を怠るなよ……!?」
すると突如扉から少し離れたところの壁に青い炎が灯った。
その炎は連続して灯っていき、やがて部屋全体が青い炎に照らされた。
そして部屋の奥の何かが光った。
上げるほどの巨大な体躯は筋骨隆々で、肌の色は炎に負けず劣らずの深い青色。
その分厚い胸板の上に乗った顔は人のそれではなく、二本の捻れた角が後方へとそそり立つ──謂わば、山羊だ。
その背丈のせいか薄暗い頭部の中でその部分だけは異様な輝きを放ち、明らかにこちらを捉えていた。
この第七十四層のボス、《The Gleameyes》の名を持つそいつは、その長い濃紺の毛に包まれた下半身を含めれば──まさに悪魔の姿をしていた。
「グオオォォォォォォォォォ!!!」
青い悪魔はその手に持った巨大な剣を振り上げながらレン達に向かっていく。
「うわあああああ!」
「「きゃあああああ!」」
キリトとアスナ、シオンはレンを置いて走り去った。
レンは冷静に
「はぁ……ボスはボス部屋から出られないってのに……」
そう言いながらキリト達を追いかけた。
そして少し走ると安全地帯で休んでいるキリト達を見つけたレン。
「やー、逃げた逃げた!」
キリトはそんな陽気な事を言っている。
レンはそういったキリトの頭に拳骨をかました。
「痛っ!?何すんだよ、レン!?」
「バカか、お前ら?ボスはボス部屋からは出てこれんだろ?それなのに無様に逃げて……」
「いやいやいや、あれは流石に怖かったって!」
シオンはレンにあれは流石にやばい、と言う。
「安心しろ、あれよりも外見的に強そうな奴とは何度か戦ってるし。何とか勝てた」
「「「嘘ぉ!!?」」」
三人がレンの言った事に驚く。
「ま、それはそれとして……あれは結構苦労すると思うぞ」
「……ああ、パッと見武装は大型の剣一本だろうけど、特殊攻撃──ブレス系がありそうだな」
「と、なると……前衛を固めてスイッチで攻めるのが一番ね」
「盾装備の前衛は十人はいるだろうな。まあ、しばらくは傾向と対策を調べるしかないな」
「「盾装備、ねぇ……」」
キリトの言った事にアスナとシオンはジト目で睨む。
「……な、なんだよ。二人して」
「キリト君、何か隠してるでしょ?」
「はぁ?俺が何かを隠してるって?」
「うん、片手剣装備の最大の利点は盾を持てること。スタイル優先で持たない人もいるけど、君はそうじゃないでしょ?」
「待て待て待て!だったら、レンはどうなるんだよっ!?レンだって俺と同じスタイルだろ!?」
「俺の場合はそろそろ頃合いだし話そうかなと思ってる」
「頃合いって……」
レンは既に自分がなぜ片手剣で盾を装備しないのか話すようだ。
「怪しい……」
「うぐっ……」
キリトは目を見ようとせずにやり過ごそうとしているようだ。
そんなのが数秒続くと
「まいっか。スキルの詮索はマナー違反だもんね」
「ふぅ……」
どうやらキリトが守りたかった秘密は守られたようだ。
アスナはアイテムストレージから小さなバスケットを取り出した。
「もう三時になっちゃったけど、お昼にしましょうか」
「「なにっ」」
アスナの言葉にキリト、そしてシオンが驚く。
キリトの視線がバスケットに、シオンの視線がアスナに向く。
アスナはシオンの視線を軽くスルーしながらバスケットの中身を見せる。
アスナはその中の一つを白い手袋を外してから、レンに渡す。
「はい、レン君。あ、ちなみにそれ、シオンの手作りだから」
「ちょ!?アスナ、なんでここでそれを言うかな!?」
どうやらシオンが作ったのをアスナは無断でレンに渡したらしい。
「ふぅん、昨日の料理も美味しかったし。期待できるな」
そう言うと、レンは思いっきり齧り付く。
「うぅ……お、美味しい?」
シオンは不安気にレンにそう聞く。
「ああ、美味しいよ。やっぱり自分で作る料理より他人が作ってくれる料理の方が数倍美味く感じるな」
「よかった……」
シオンはレンの感想に安堵した。
そしてバスケットの中身を食べ終えて一息ついていると
「…………キリト、アスナ、シオン、誰か来るぞ」
真剣な表情でレンは安全地帯の入り口へと目を向ける。
反射的に座り直したキリト達だったが、入ってきた集団を確認してキリトは肩の力を抜いた。
「──おぉ!キリト、それにレンじゃねぇか!」
むさ苦しい無精髭と長い鷲鼻、ぎょろりとした金壺眼。
野武士然としたその顔を笑顔にして、長身の男──《クライン》は片手をあげて駆け寄ってきた。
「よお、久しぶりだな。まだ生きてたのかよ」
「まさかここまで生き残るとは思わなかったぞ」
「相も変わらず愛想のねえ野郎だなぁ、お前らは……と、今日は珍しく連れがいる……って、なんでこんな所に血盟騎士団の副団長様と神槍がいるんだよ!?」
「逆に連れがいたら、ダメなのか?」
そのまま楽しげに話をしている事数分。
「あ、キリト、アスナ、レン君、《軍》だよ!」
シオンが気づいた。
クライン達を含め全員が振り返ると、丁度レン達とは反対側の安全地帯の端で軍が止まったところだった。
その集団の先頭に立つ男が片手を挙げると、その後ろに並んでいた残りの十一人が倒れるようにして座り込んだ。
男はそんな仲間の様子に目もくれずこちらに向かって近づいてくる。
アスナとシオンを後ろに下がらせ、レン、キリト、クライン達が前に出る。
男はよく見れば装備が他の十一人と異なっていて、多少性能は上のようだ。
胸にある、アインクラッドの全景を模した紋章からして、やはり軍であることは間違いないだろう。
「私はアインクラッド解放軍所属、コーバッツ中佐だ」
キリト達の前で立ち止まり、男はそう名乗った。
「キリト、ソロだ」
「レン、同じくソロ」
キリトとレンもそう名乗る。
「君たちはこの先も攻略しているのか?」
「ああ。ボス部屋の手前まではマッピングしてある」
「そうか。──では、そのマップデータを提供して貰いたい」
なっ、とクラインとそのギルメンがざわめく。
未攻略区域のマップデータはとても貴重なものだ。宝箱狙いのプレイヤー間ではかなりの高値で取引される。
「て、提供しろだと!?てめぇ、マッピングする苦労が分かってんのか!?」
クラインが胴間声で叫ぶと、コーバッツはピクリと肩を震わせてふんぞり返った。
「我々は君ら一般プレイヤーの解放のために戦っている!──故に、諸君らが協力するのは当然の義務である!」
「その前に一般プレイヤーはこんな迷宮区の奥地になんて来ないよ。俺たちは攻略組だ」
「そんなのは関係ない!我々は一般プレイヤーの為に戦っているのだ!」
どうやら聞く耳持たないタイプらしい。
今にもとっ掴みにかかりそうなクラインをキリトは手で制した。
「……分かった。どうせ街に戻ったら公開しようと思っていたからな。構わない」
「お、おいおい……そりゃあ人がよすぎるんじゃねぇのか、キリの字よぉ」
「マップデータで商売する気はないからな」
キリトがマップデータを渡すと、コーバッツは感謝の気持ちなど少しも無さそうな言葉を残して戻っていった。
キリトはその背中に向けて声をかける。
「ボスにちょっかいをかける気ならやめておいた方が良いぞ。見たところあんたの仲間も消耗しているようだし、ボスの姿を確認したけど生半可な人数でどうこうなる相手じゃなさそうだったしな」
「……それは私が判断することだ」
コーバッツは低く苛立った声を上げると、目に見えて疲労している部下達を一喝して再び進軍を開始した。
「……大丈夫なのかよ、あの連中……」
軍のメンバーが出口に消えると同時、クラインがため息を吐きながら言った。
「いくらなんでも、ぶっつけ本番でボスに挑むなんてことはしない、とは……思うけど……」
「あの様子じゃ、ちょっかいを掛ける確率は高いだろうな」
レンはかなりの確率でそうなると思っているようだ。
「……一応、様子だけでも見にいくか」
「うん、それがいいと思う。ちょっかいをかけそうになったら私たちで止めればいいんだし……」
キリトの提案にシオンが同意する。
そして4人とクラインとそのギルメンとで軍の後を追った。
リザードマンの団体に遭遇しそれに手こずっている間に、30分が経過した。
最上部の回廊までに軍のパーティーにキリト達が追い付くことはなかった。
「ひょっとしてもうアイテムで帰っちまったんじゃねぇ?」
「ならいいがな……」
キリトがそう言った瞬間
…………ああああ!!
悲鳴が聞こえた。
その悲鳴が聞こえた瞬間、レン達は走り出していた。
甲冑にも似た防具を装備していたクライン達を引き離す形で、キリト、アスナ、シオン、レンは振り替えることも止まることもせずに敏捷パラメータの許す限りの──いや、今だけはソレを越えようかという速度で回廊を駆け巡る。
「──見えたっ!!」
濡れた青色の石畳のその先、そこにある扉を見た瞬間キリトは反射的に叫びさらに足を早めた。
巨大な門は左右に大きく開き、ぼんやりと青い炎の灯りが伺えた。
そして、その中央で──
「──グルォァアアアアア!!」
キリト達がギャリギャリと火花を散らしながら門の手前で止まり中を確認すると、丁度青色の悪魔が大きく斬馬刀を薙ぎ払ったところだった。
その攻撃によって吹き飛ばされたプレイヤーの一人が床に激しく転がった。HPバーは既に赤く染まっており、もう一撃でもくらえば吹き飛んでしまうだろう。
「なっ──何してるのっ!?早く転移アイテムを使って!!」
「だ、だめだ!転移結晶が使えない!!」
シオンがそう注意するが一人が結晶が使えないと叫ぶ。
レン達はその言葉を聞いて戦慄する。
結晶が使えない。それはつまり、結晶無効化空間という事だろう。
「我々解放軍に撤退の2文字は有り得ない!!戦え!!戦うんだ!!」
「あの、バカ共……!」
レンは思わず舌打ちする。
「全員、突撃!!」
キリト達を無視した無謀な突撃が始まった。
まだHPに余裕のあった八人を二列に分けて横に並べ、その中央に立ったコーバッツが掲げた剣を降り下ろす。
それと同時に、八人が突撃を開始する。
「無茶だ!やめろ!!」
しかしキリトの声は届かない。
一斉に八人が攻撃しても満足に攻撃できずに混乱するだけだ。
本来ならば、一人一人がスイッチを重ねてダメージを与えていくしかないというのに……!
「──オォオオオオオ!!」
突如、悪魔が咆哮を上げた。
仁王立ちになり、大きく口を開けブレスを放つ。
ブレスに触れたプレイヤー達の突撃の勢いが緩み──そこへ、悪魔の斬馬刀が突き入れられた。
一人のプレイヤーが宙を舞い、門のところにいるキリト達の目の前に落下する。
「……あ…………あ……」
パキン、とバイザーが割れて素顔が現れる。
三十代前半の見たこともない顔だったが、しかし胸元の紋章がその男性をコーバッツだと知らしめた。
呆然とするキリト達の前で、コーバッツは自分のHPバーを確認し──
──有り得ない。
そう呟いてポリゴン片となって消滅した。
キリトの隣、そしてレンの隣で息を飲む声が聞こえる。
言わずもがな、アスナとシオンである。
「ダメ……ダメだよ……」
「嫌……嫌……」
二人はそう呟きながら
「ダメェェェェェェェェェ!!」
「アァァァァァァァ!!」
怒り狂ったようにボスへと走り込んでいく。
「アスナ!」
キリトもアスナを心配してかアスナを追ってボス部屋へと入る。
「キリトッ!ちっ!クライン、軍の奴等の退避、任せたぞ!」
「お、おぅ!」
レンは自身の剣を抜き放ち、キリト達の元へと向かう。援護するのだろう。
キリトとレン、二人がかりで何とかグリームアイズの攻撃をいなしている。
それほどにこのボスの力が強いという事だろう。
そしてレンとキリトは同時に同じ事を考えたのか、それぞれの顔を見合わせ、頷き合った。
「アスナ、クライン、シオン!」
「頼む、十秒だけでいい、持ち堪えてくれ!!」
キリトとレンはそう叫ぶと一旦下がり、メニューウィンドウを操作し始めた。
そして操作が終わったのか二人同時に顔を上げる。
「先にいくぞ!スイッチ!!」
斬り合っていたアスナと入れ替わるようにキリトが斬りかかる。
キリトの右手に持つ剣でグリームアイズの振り下ろした大剣をいなすと
「ラアアァァァァ!!」
「グギュアアアァァァ!!?」
しかしそれでも今一度大剣を振り下ろすと
ダァン!!
グリームアイズの額には小さな穴が開けられており、痛みに悶えてなのかキリトに振り下ろされるはずだった大剣はキリトに当たる事はなかった。
キリトは音の方向を見ると……そこには
「キリト、ぼさっとしている暇はないぞ!援護はするから、お前が仕留めろ!!」
「っ、わかった!!」
キリトは一瞬の逡巡のうちに、今はこいつを倒す事に専念する事に決めた。
そしてグリームアイズに向き直ると息を整えて
「……スターバースト・ストリーム……!!」
《二刀流》スキル、上位剣技十六連撃スキルを発動させる。
繰り出させる無数の剣撃。
脳が焼ききれんばかりの速度で剣が振り抜かれ続け、白光が星屑のように飛び散っていく。
「うぉおおおぁあああああ!!」
数回剣が防がれた──だからどうした。
悪魔の拳が俺の体を捉えた──知るか。
普段の倍速で剣が振るわれる──まだだ。
もっと──もっと、速く──ッ!!
それだけを考えながら剣を振り続けるキリト。
「──ぁ──ぁぁぁあああああああ!!!!!」
悪魔の胴体を、キリトの剣が貫く。
ビクンッ、と体を震わせて、悪魔はポリゴン片へと──帰る前にキリトに一太刀入れようと大剣を振り下ろす。
しかし
ダァン!!!!
「させるかってんだ」
そう言ってレンの持つ銃から放たれた弾丸が大剣の持ち手の部分を弾き飛ばす。
そして悪魔はとうとう、ポリゴン片へとなった。
今ここに……七十四層は攻略された。