Bazett in ClockTower (時計塔のバゼット)   作:kanpan

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第4話

月霊髄液がウェイバー宅を脱走してすぐにバゼットも追跡を開始したのだが、バゼットが外に出たときにはもう月霊髄液の姿は辺りに見当たらなかった。

なにしろ相手は自由に形状を変えることができる。流体に変形して道路の脇の溝や排水溝の中などを移動していたのだとしたらまず捕まえられない。

 

月霊髄液が発している魔力をたよりにして大まかな居場所は探知できる。住宅地を出て街中に移動しているようだ。人目について騒ぎになる前になんとかして捕獲しないと。

 

 

「プルルル……」

バゼットのポケットに入っていたウェイバーの携帯電話が鳴った。電話に出るとすぐにウェイバーの声がした。

「ああ、バゼット」

「ウェイバー、なにかわかったのですか?」

「月霊髄液は市街地に向かってる。今のところ地下を移動しているから人には見つかっていないはずだ」

よし、追跡の方向は合っているみたいだ。

月霊髄液はけっこうなスピードで進んでいる。遅れをとらないようにバゼットは走りながら返答する。

「街中で地上にでてくるとまずいですね。もし地上に出てくるようなら速攻で捕獲しないと」

「それなんだけど、バゼット。月霊髄液が地上に出てきたら、なるべく人気の少ない所に追い込んでくれないか」

「ええ、いいですが、それでどうするんです?」

「万一、こういう事もあるんじゃないかと思って、月霊髄液には自爆機能を仕込んである。

 月霊髄液が人目に付かない所に移動したらその機能で自滅させる」

 

バゼットは思わず足を止めた。

「………」

「バゼット?」

「ウェイバー、それって」

あの月霊髄液を(ころ)しちゃうんですか?

とバゼットが言葉に出す前にウェイバーは畳み掛けるように続けた。

「月霊髄液は所詮は一体のゴーレムにすぎないよ。また作り直せる」

バゼットのとまどいを察知して、そのためらいを封じるかのようにウェイバーは話し続ける。

「こつこつ育ててきた月霊髄液だから残念だけど、データはバックアップしてあるからまたすぐ同じ性能のものを再現できる。

 それよりも魔術礼装が街に迷いでていることの方が問題だ。魔術の神秘を一般人に見せるわけにはいかない。それは君でも分かるだろ?」

その通りだ。

 

たかがゴーレム1体を無理に捕獲する必要はない。

むしろ捕獲しようとして手をこまねいて、月霊髄液が一般社会に害を与えてしまう危険性のほうが大きい。

それにもし問題が発生してしまったら月霊髄液の持ち主であるウェイバーはなんらかの懲罰をうけるハメになるだろう。

ウェイバーの作戦は正しいのだ。

 

でも、

「ウェイバー、月霊髄液は私がかならず連れ戻します」

とバゼットは返答してしまった。

「え、バゼット?」

「大丈夫です。なんとかなります!」

あの月霊髄液がいなくなってしまうのはさみしいと思う。

どうにもならなそうならば仕方がない。けれども自分ならなんとか月霊髄液を捕まえて連れ帰れるだろうとバゼットは見積もっていた。

これはリスクを無視したワガママだ。やらなくてもいい行為だ。

しかし理屈に合わない行動だとしても、自分ができそうなことを、やるかどうかに理屈など考えなくてもいいのではないか。

 

月霊髄液は繁華街の地下に入り込んでいた。

なるべく月霊髄液の真上にいられるように、バゼットは街中を歩き回っている。

この辺りは特に賑やかな商業地帯のようで通りの左右にびっしりとさまざまな店が並んでいる。

店の中に入りきらず、店の表のテーブルまで客で埋まっている飲食店。

一体どうやって着こなすのか想像がつかない服が吊るされている洋服店。

よくもこんなに数多くの種類があるものだと呆れてしまうほどたくさんの商品が店頭を埋め尽くしている雑貨店。

それぞれの店からは大音量で賑やかな音楽が流れてくる。

 

街中に入ってからは月霊髄液の動きは緩やかで走り回る必要もなく、バゼットは街を散策しながら都会の繁華街の活気を眺めていた。彼女の故郷の小さな村にはなかった風景である。

この辺りは若者向けのショッピングゾーンなのか、店に来ている客も働いている店員も若い。自分と同じくらいの歳かもしれないなと、通りすがりの喫茶店のウェイトレスをしている女の子を見てバゼットは思った。

あれ、今の女の子はどこかで見た事が…。金髪のロングヘアでしっかりしていそうな感じで。

———ああ、そうだ。彼女は時計塔の学園で勝負を挑んできたシルヴィアじゃないか。こんなところで仕事をしているとは。

シルヴィアはオシャレな喫茶店で優雅に注文の品を運び、てきぱきと客をさばいている。

時計塔で対決したときには微塵もみせなかった明るい笑顔(スマイル)を振りまきながら仕事をこなしているシルヴィアの姿は大人っぽく見える。バゼットは少しうらやましさを感じた。

 

 

月霊髄液の動きを見張りながら街中をうろうろしつづけて、いつの間にか時刻は夕方になった。もうすぐ日が落ちてあたりは暗くなるだろう。

周りの店も閉店し始めて、買い物客の姿も少なくなりつつある。

人目が減るのは月霊髄液捕獲作戦のためには好都合だ。

その時、ウェイバーから携帯電話に着信が入った。

 

「バゼット、月霊髄液が動き始めた」

いままで繁華街の地下をゆっくりと回遊していた月霊髄液が移動を始めていた。目指している方向には広い公園がある。

「了解です、ウェイバー。追跡します」

公園は閉園の時間を過ぎていてもう人の気配がほとんどない。ようやく月霊髄液を捕獲するチャンスが巡ってきたようだ。

 

公園のフェンスを軽く乗り越えて、バゼットは園内に侵入する。

月霊髄液の後を追って公園の奥へ急ごうとして、ふと背後に人の気配を感じた。

「止まりなさい、そこの君」

振り返るとそこには二人の男がいた。

 

一人は坊主頭に近いくらい髪の毛を刈り込んだ頭で、ジーンズにTシャツの上にアーミージャケットのようなものを羽織っているみるからにゴツい男だ。

もう一人は対照的に肩ぐらいまで伸ばした長髪で、全身黒い衣服にじゃらじゃらと銀色のアクセサリーをつけている。もう一人にくらべればやや細身だがこちらもそれなりの体格をしている。

「君は魔術師だな」

男の一人が言葉を発した。

その風体からしても彼らが公園の警備員でないことは一目瞭然だが、なによりも

「ええ、あなたがたもですね」

彼らは強力な魔力をその身から発していたのだ。

 

この二人の男は魔術師だ、だがそれだけではない、と彼らと視線をあわせながらバゼットは思う。彼らは時計塔で出会った魔術師たちとは違う。

その姿から発せられるのは魔力だけではない。相手を威圧する闘気。視線だけで刺すような殺気。

それは自分と同じ、戦士のものだと。

 

「我々は魔術協会から派遣された魔術師だ。逃亡したアーチボルト家の礼装の始末をする。

 君は不要だ。今すぐここから引き返したまえ」

長髪の男はバゼットを冷ややかに見つめながら言った。男を見つめ返しながらバゼットは返答する。

「それはできない。

 あの月霊髄液は私が連れて帰ります」

「魔術礼装が街に出ていることは大きな問題なのだ。君が私たちの仕事を邪魔するのならまず君から先に排除するがいいのかね?」

男たちが発する魔力と殺気がふくれあがる。男たちをにらみつつバゼットは拳を握りしめなおす。

殺気を殺気で押し返す。周囲の空気が振動し歪む。足下のアスファルトに亀裂が入る音が響いた。

 

「こいつ…!」

坊主頭が一歩前に出ようとする。

「……いいだろう」

それを制して長髪の男が言った。

「30分時間をあげよう。

 その間に君が礼装を捕獲できればそのまま連れて帰るがいい。その時間をすぎれば我々は仕事を開始する。

 その場合は礼装の逃亡に加えて我々の任務の妨害をしたかどでウェイバー・ベルベットには懲罰が与えられる事になる。いいかね?」

「構いません」

即座にそう返事をしてバゼットは公園の奥に駆け去った。

 

「まじかよ」

闇夜に消えていくバゼットの後ろ姿を見つめながら坊主頭があきれたようにつぶやいた。

こっちは二人掛かりであの少女魔術師を魔力で威圧しようとしていたのである。それをあの少女はそれ以上の魔力で押し返してきた。あれ以上の魔力のぶつけ合いをここで続けたら公園内の施設に被害が及び始める所だった。

「あんな女の子が執行者(オレたち)に対抗しやがったぜ」

一瞬とはいえ、戦闘のプロである我々にあの小娘は対抗したのだ。

「はっはっは。楽しくなってきましたね」

長髪のほうが軽く笑う。

「さて、彼女を追いましょう。

 期待通りだ、フラガの後継者。お手並み拝見といきますか」

そうして男たちも公園の暗闇の中に消えていった。

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