Bazett in ClockTower (時計塔のバゼット) 作:kanpan
あの魔術師たちは何者なのか。ウェイバーが想像するに彼らはフリーランスの魔術師たちかもしれない。
魔術師たちの中には魔術協会の中に正式な地位を持っていないが、独立して様々な仕事を請け負って生活している者たちがいる。
彼らは自分の能力に見合った自ら仕事を探すか、依頼されて仕事をする。魔術礼装やホムンクルスなど道具の作成を請け負うもの、研究の下調べなどを請け負うものなどその仕事内容は人それぞれである。
その中には戦闘が得意なフリーランス魔術師たちもおり、彼らは危険な魔獣や逃亡、暴走などでコントロールできなくなったホムンクルスやゴーレムなどの始末を請け負って生活している。
彼らはおそらく魔術協会の中の誰かから月霊髄液が逃亡した事を知り、始末しにきたのだろう。
その後に協会から報奨金を得るのが目的だ。嫌な想像だが、もしかしたらこの事件をネタにアーチボルト家を強請りにくる恐れもある。
ウェイバーは携帯電話でバゼットに連絡をいれる。バゼットはすぐに出た。
「ウェイバー、少しやっかいな事になってしまいました」
バゼットの声に若干の困惑が見えたので、
「大丈夫さ、懲罰なんてどうせハッタリだろ」
とここは一発カラ元気をかましてみせる。
いったん月霊髄液が地上に出てきさえすれば捕獲は難しくない。問題はいつ地上に出てくるかだ。
月霊髄液は公園の地下をうろうろと移動している。
「向こう側にあるグラウンドで月霊髄液をおびきだせれば戦いやすいのですが」
とバゼットが提案してくる。ウェイバーも公園に使い魔を送り込んでおり、そこから得ている映像で公園の中の様子を把握している。
「少しだけだけど、月霊髄液はこちらから制御可能だ。グラウンドの真下を通ったときに月霊髄液に指示を送る。それで地上におびきだす。それぐらいならできる」
「頼みます、ウェイバー」
作戦は決まった。
バゼットはグラウンドの中央に立ち、自らの武器とも言えるルーンを刻んだ革手袋をはめて戦闘開始の時を待つ。
ここで月霊髄液を捕獲できなかった場合、ウェイバーが懲罰をうけるハメになる。
そしてあの魔術師たちの雰囲気からして、彼らは月霊髄液を跡形もなく破壊し、消し去ってしまうだろう。
月霊髄液は奴らに渡さない。
制限時間は30分。その間に必ずやカタをつけてみせよう。
待つ事5分ほど。幸いにして月霊髄液がグラウンドの下を這い回り始めた。
月霊髄液がバゼットの立っている場所の真下にさしかかろうという瞬間、ウェイバーは月霊髄液の制御術式を発動した。
「Fervor,mei Sanguis…….」
ウェイバーの命令は月霊髄液を確かに捉えた。
「跳べ、月霊髄液!」
グラウンドの地面がたわみ、ぼこりと迫り上がる。土の山が割れて、その中から銀色の物体が姿を現した。
土の中から現れた月霊髄液はなんと潜水艦の姿をしていた。
「ずっと地下に潜り続けていたのはそういうことだったのか……」
予想もしていなかった形状にウェイバーは驚き、かつ呆れる。「アドミラブル大戦略」の影響恐るべし。どうも月霊髄液は兵器が出てくるゲームや映画を見せると予想以上に感化されてしまうらしかった。今後はこの礼装にうっかりこの手の映像をみせまい、とウェイバーは心に刻んだ。
月霊髄液は地上に上がりきると戦車に変形し、周囲一面にマシンガンを打ちまくっている。
弾幕がグラウンドの土をたたき、土煙の煙幕が立ちこめている。そんなに視界の悪い中でもバゼットはきっちりと射撃の方向を判断して飛び退り、銃撃を避けていた。
バゼットとの距離が離れると、月霊髄液はまたしても変形を始めた。もともとの銀色の球体の姿にもどり、何本もの触手を胴体から伸ばす。そしてその触手の先端を鋭利な槍や剣に変化させた。その武器の群れをバゼットのいる方向に一斉に射出する。
月霊髄液が放った刃のムチはバゼットを逃がすまいと、彼女を取り囲むように伸びる。
バゼットはその場から逃げず、逆に刃物を片っ端から手でたたき落とした。ルーンの保護を施した手袋は月霊髄液の刃よりも固い。槍の矛先を掴んで潰し、剣を真ん中からまっぷたつにぶち折りまくる。
月霊髄液の攻撃は以前にも見ているのだから、さばくのは余裕だ。
だが、今の目的は月霊髄液の捕獲なのだ。
バゼットの方から攻撃を仕掛けて月霊髄液を破壊するわけにはいかない。時間に余裕があるのなら、このまま防戦を続けていれば月霊髄液の貯蔵魔力が枯渇し捕獲する事ができるだろう。しかし制限時間つきなのである。この捕物劇が始まってもう10分ぐらいが経過しつつある。
———いいかげん、形勢を立て直さないと。
バゼットは少し焦りを感じていた。
月霊髄液の触手の刃はほぼバゼットに叩きつぶされた。月霊髄液はその触手を胴体に回収せず、そのままバゼットを追尾し、捉えようと伸ばしてくる。
———避け続けていてもきりがない。一か八かだ。
バゼットはその場に足を止め、ルーンを詠唱する。
「
バゼットの手足にルーンの光が宿る。そのままあえて月霊髄液の触手を避けず、手足に巻き付かせるままにした。
触手が手足を握りつぶそうと締め付けてくるが、ルーンの強化魔法でその力を弾き返す。
握りつぶせないとわかると月霊髄液は触手を引っ張り、バゼットを引きずり倒そうとする。バゼットは足のルーンに集中し体を持っていかれないようにこらえる。足が地面にめり込みグラウンドにまた新しく亀裂が入った。
バゼットはその体勢のまま叫んだ。
「月霊髄液!正気に戻るんだ———!」
その声が伝わったのか月霊髄液がぶるん、と震えた。
「ワタシハ、テキヲ、ホロボスタメ二、ツクラレタ、サツジンヘイキ……」
「違う、おまえは殺人兵器なんかじゃない!」
「テキヲ、ミナゴロシ二、スルノガ、ワタシノシゴト」
「月霊髄液は料理も洗濯も、なんだってできるじゃないか。おまえの役目はそんなんじゃない!
一緒にウェイバーの家に帰ろう!」
———この私は人間のクセに戦闘しかできないというのに。
月霊髄液はもういちどぶるん、と震えると、バゼットを掴んでいる触手を大きく振り回した。
「うわ!」
不意をつかれたバゼットは吹っ飛ばされ、グラウンドの端のゴミ箱に激突する。がっしゃーんという派手な音とともに中身のゴミがグラウンド上にバラまかれる。
バゼットは地面の上で一回転してすぐ立ち上がり月霊髄液の方に向き直る。
月霊髄液はいったん触手を本体にひっこめ、また改めて放出しようとしていた。
バゼットは次の攻撃にそなえて拳を構えなおす。
月霊髄液は再び触手を解き放った。
その触手はグラウンド上に伸び、転がったゴミ箱を立て直し、散らかったゴミをひょいひょいと拾い上げてゴミ箱の中に放り込んでいく。
「……月霊髄液?」
呆然と尋ねるバゼット。
「バゼット、ゴミヲ、チラカシテハ、イケマセン」
月霊髄液はそう返事を返しながら、ゴミ拾いを続けていた。
「ウェイバー、やった!やりました。月霊髄液が元に戻った!」
電話口から響くバゼットの歓喜の報告を聞きながら、ウェイバーはやれやれと胸をなで下ろした。
ゴミを元通りにゴミ箱に片付け終わった月霊髄液は触手を胴体にしまい込み、もとの球体に戻っていた。
「さあ、月霊髄液。ウェイバーの家に戻ろう」
バゼットと月霊髄液は共にグラウンドを後にする。
バゼットの後ろからぷよぷよと付いてくる月例髄液は月の明かりを反射してキラリと輝いていた。
夜道に消えていくその輝きを離れた所から眺めながら、坊主頭の魔術師がぼそっとつぶやく。
「なんか…のほほんとした戦いだったな」
彼らはグラウンドの周りの木立の上から観戦していた。
長髪の魔術師はひらりと木の上から飛び降りて、ヒビが入ったり、穴の空いたグラウンドになにやら修復の魔術を施しはじめる。
「もっと
「ちぇ、見物にしてはちょっと物足りねえなー」
「まあ人間兵器は放っておいても戦場を求めるものです。あの彼女とはそう遠くないうちにまた会うことになるでしょう」