Bazett in ClockTower (時計塔のバゼット) 作:kanpan
その1
正式に魔術協会の封印指定執行者に任命されたバゼット・フラガ・マクレミッツ。
今日バゼットは街中に買い物にやってきた。
就職したのだから社会人らしくちゃんとした格好をしよう、と考えて仕事着を探しに来たのだ。
「しかし、執行者っていったいどんな服装をしたらいいのでしょうね?」
同僚の執行者たちの服装を思い浮かべてみるが、皆バラバラで何がふさわしいのか見当がつかない。
バゼットは立ち止まって目の前を通り過ぎる人たちを眺めてみる。せわしなく歩き去るスーツ姿のビジネスマンたちが目にとまった。
「仕事をしている人の服と言えば、やはりスーツなのでしょうか」
バゼットが近くの店を見渡すと、目の前にちょうどビジネス向けスーツ類がウィンドウに多数飾られている店がある。
「店の中で見てみましょうか。参考になるかもしれません」
バゼットはその店の中にとことこと入っていった。
「いらっしゃいませ」
仕立て屋の店員マリーはカラン、という入り口の呼び鈴で来客に気づいた。挨拶をしながら入り口の方に向き直ると、そこには暗赤毛のショートカットの少女がいた。
あら、ずいぶんと可愛らしいお客さん、というのがマリーの第一印象だった。
この店は既製品のスーツの他、オーダーメイドも取り扱っているそれなりにしっかりした店である。おもな客層は仕事柄、並よりはやや上物のスーツを着たがるビジネスマンの男性たちだ。十代の女の子が店に来るのはめずらしい。
「お嬢さん、スーツをおもとめなのかしら?」
「最近就職したので仕事着を探しているのです。
…ですがどういうものがいいのかわからなくて」
「学校を卒業して働くのね。
最近は学校を出ても職につかずフラフラしている子たちも多いのにしっかりしていて偉いわ」
マリーは手近な商品の説明をしながらバゼットの姿を眺める。
一見大人びて見えてしっかりしていそうな印象だけど、話してみるとまだ世間慣れしていない雰囲気があり初々しい。
ああ、働き始めた頃の自分を思い出すな、と現在20台半ばのマリーは思った。
この少女の顔は色白の肌に赤みがかった髪と目の色が映えて印象的だ。女の子にしては背がやや高めで、細身の体から伸びた手足はすらりと長い。
これはなかなかの掘り出し物。マリーの好奇心、…もといサービス精神が頭をもたげる。
第一この店にこんな年頃の少女が迷い込んでくる事はほとんどない。いつもは中年男性客の相手ばかりなのだ。
「ねえ、あなた。オーダメイドを試してみない?」
「えっ?」
バゼットはマリーからの突然の提案に驚く。マリーはにっこり微笑むとバゼットの手をとった。
「うちはオーダーメイドの評判がいいのよ。きっと貴女によく似合う服が仕立てられるわ。いい職人がいるの。
まあ試しに採寸してみない?」
マリーは店の奥にむかって声をかけた。
「リズ! ちょっと、採寸お願い。
見て、この子。いい素材だと思わない?」
そう言いつつバゼットの手を引いて進んでいく。
ーーー素材!? どういう意味で。
バゼットはマリーの発言に不穏なものを感じた。しかしすでに提案を断るタイミングを見失っており、そのまま店の奥に連れ込まれる。
店の奥にある部屋には仕立て師とおぼしき女性リズがいた。彼女の前の机には筆記用具、巻き尺、服の型紙や図面などが広げられている。
リズの印象は快活でおしゃべりな店員マリーとは逆に、物静かでクールでいかにもな職人肌だ。
リズはバゼットを一目見て
「ほう、いいね」
と短い感想を述べた後、
「では採寸の準備をするからそれまでに服を脱いで待っていてくれ」
と言って机の引き出しを開けて道具を取り出し始めた。
マリーはさあさあ、と再びバゼットの手を引く。バゼットはまたしても引っ張り込まれるように試着室へ連れていかれた。
想いもかけず服まで脱ぐハメになるとはとバゼットは戸惑う。女同士だからまあいいか、と流れに身を任せる事にした。
「私はマリー、さっきのは仕立て師のリズ。ウチの腕利きの職人なのよ。
あなたのお名前をうかがってもよい?」
「バゼット、です」
マリーは試着室でバゼットが脱ぐ服を預かりながら、気さくに雑談をしかけてくる。
「バゼットさんはお仕事は何を?」
バゼットは少し焦る。封印指定執行者の仕事など説明不可能だ。そもそも自分が魔術師だとすら言うわけにはいかない。
「ええと、行方不明になった人を探して保護したりですとか…」
「警察官なの?」
「いえ、そうではないのです」
「じゃあ探偵なのかしら?かっこいいわね!」
「ああ、そんなものです」
バゼットはなんとか仕事の話題をかわすことができてほっとした。
バゼットがマリーに手伝われて下着のみの姿になったところで、リズが試着室にやってきた。
リズは姿勢よくまっすぐ立つバゼットを頭から足までじっくりと観察する。
「ううむ、引き締まった全身。
全体的にはスリムなのに手足、肩、背中の筋肉が滑らかで、それが細かいカーブを作っていて、精悍さを感じさせる。
なのに、バストやヒップは十分おっきいし、これが下地の筋肉に支えられていて美しい形をキープしてるね。
これがまた、すっきり絞れてるウェストと対照的で、おもわず目をひきつけられてしまうな」
とバゼットの胸に巻き尺を巻き付けながらリズは感嘆した。
いままで寡黙だったリズが雄弁にバゼットのプロポーションを絶賛しだしたので、バゼットはさすがに気恥ずかしくなる。
胸に回されているリズの手がやけにくすぐったく感じてしまう。
「普段はなにかスポーツを?」
バゼットの無駄なく鍛え上げられた体にさりげなくタッチしつつリズが尋ねる。
「…え、あの…格闘技などをですね…」
バゼットの返答に、一瞬手を止めて黙るリズ。
…あ、失言だった。沈黙が重い…。
普通は女性が格闘技などたしなむのは珍しいに違いない。
「なるほど、探偵さんなんだからそう言う事もするわよね!」
とマリーが能天気に横やりを入れてくれた。なるほど、とリズも納得したらしく採寸を続ける。
やれやれ、と思わず少し背を丸めたバゼットに
「次はウェスト。背筋伸ばして!」
とリズの叱咤が飛んだ。
そんなこんなでマリーとリズに半ばおもちゃにされつつ、採寸が終わった。
リズの仕事部屋に移動する。
リズは資料を広げながらバゼットに尋ねた。
「生地は何が好み? あとデザインも細かい所の凝り方がいろいろあるよ」
「そう言われましても。私はよくわからないので」
バゼットは資料を一瞥したがあまり違いがわからない。もともと余り細かい事を気にする性格ではないのだ。
「じゃあ私たちにおまかせってことで。
大丈夫。貴女にばっちり似合う物を仕立ててみせるから!」
マリーがバゼットに自信たっぷりの笑顔を向けて言い切った。
「仕上がりは一週間後よ。楽しみにしててね」
一週間後。
「待ってたわ!」
店を訪れたバゼットをマリーが元気よく出迎えた。
マリーはさあさあ、とバゼットを試着室に連れて行く。そこには既にリズがパンツスーツ一着を部屋から持ってきていた。
鏡のまえで新調のスーツを着せられながら、バゼットは違和感を感じていた。にこやかに着替えを手伝うマリー、静かにこちらを見ているリズの放つ空気感に、こんどこそめげずバゼットは疑問を放つ。
「あのこれ…男物では?」
「そうよ」
あっさりとマリーは答えた。リズは無言でうなずいている。
「貴女のプロポーションが引き立つようにつくってあるの。
キレイな胸元やヒップのラインがバッチリ映えるわ」
このスーツの形は男物である。だが確かに男物にはないであろう、女性の体型にあわせたカーブがつくってある。バストには余裕を持たせ、反対にウエストを絞ってある。ヒップラインも同様で、バゼットの体のシルエットがよくわかるデザインになっていたのだった。
シャツとジャケットを着込んだバゼットの首筋にマリーが手を這わせてくる。どきり、と緊張したバゼットにマリーはウィンクをしながらバゼットの首に臙脂色のネクタイを巻き付けた。
「ネクタイはあなたの髪と目の色にあわせたの。
スーツの生地の色もたんなる黒じゃなくてすこし赤みをいれて貴女のイメージにあわせてみたわ」
はい完成、とネクタイを締め終えたマリーはバゼットの首元をぽんと叩いた。
バゼットは鏡のほうを向いて、そこに映る自分の姿を覗き込む。
男物の黒のスーツに全身を包んだ自分。以前の姿に比べて大人らしさ、堅さ、冷静さが増したように感じる。外の世界に対する殻をまとったような自らの姿がそこにあった。
バゼットは鏡の前で少し表情を引き締めてみる。その表情は過酷な戦場に挑む戦士にふさわしい。
屈強に、残酷に、冷徹に。
バゼットの任務は、ひたすら機械のように命令に従い封印指定の魔術師を狩る執行者。
新しく手に入れた男装は、そんな職務には不要な自分の心の中の幼い迷いや悩みやためらいを覆い隠してくれる鎧のようなものだと、バゼットは思った。
少年エース「8月号」(2014年)に乗っていたバゼットの声優さんのインタビュー記事で「バゼットの男装は一種の鎧」と書いてあったのをよんで思いついた話です。
バゼットさんのスーツってたぶん既製品の男物じゃないよね。あんなシルエットのやつはたぶん無い。