Bazett in ClockTower (時計塔のバゼット) 作:kanpan
翌朝ウェイバーが目覚めると、バゼットはまだ寝ていた。昨日僕よりも早く寝た筈なのに…と思いながらウェイバーは書き置きをしたためるとテーブルの上に置いて先に自宅を出て時計塔に向かった。
2年前、ウェイバーは極東の国、日本で第4次聖杯戦争と呼ばれる戦いに参加していた。その戦いが終結してからしばらくの間世界を気ままに旅して、その後時計塔に戻ってきた。
戻ってきた彼が居場所を得たのはあろうことか彼と因縁のあるアーチボルト家である。そこにはいろいろな事情があるのだが、ともあれウェイバーはアーチボルト家の庇護のもと講師見習いとして時計塔に所属している。
時計塔についたウェイバーは昨日出会った奇妙な少女魔術師の話を何人かに尋ねてみた。
「15歳の女の子で、赤毛のショートで、ルーン魔術を使うんだけど?」
意外というかむしろ予想通りというべきか、少女の身元はすぐに判明した。彼女が言っていた後見人という人物にもすぐ会うことができた。
あの少女、バゼットは魔術協会がここ数年で迎えた魔術師の中で指折りの
バゼットが起きたのはそれから1時間くらい過ぎた後だった。ウェイバーの書き置きには先に出かけるが戸締まりは気にしなくていいと短い伝言が書いてあった。今日こそは時計塔に向かい後見人と合わなくては。気が進まないが仕方がない。
もともとバゼットは単身魔術協会に加わるつもりでいた。しかし彼女の両親は協会参加に反対しており、その両親を説得する条件の一つが後見人をつけることだった。如何に一人前として認められたとはいえまだ15歳の娘なのだからそのくらい当然ではあるのだが。
バゼットの後見人であるオニール氏は実は彼女とも彼女の生家ともたいして関わりがない。ルーン魔術への関心もほぼない。単に同じアイルランド出身というだけだ。バゼットの生家は古くからのアイルランドの魔術師の家系であるが、長い間魔術師協会と交流がなかった。なので単に母国が同じ魔術師を頼るほかなかったのである。
時計塔に着いたバゼットはオニール氏の部屋を訪ねた。覚悟していたが、案の定小一時間に渡る叱責、小言、説教が彼女を待っていた。
「昨日ロンドンに着いてから、私に一言も連絡も無くいったい何をしていたのかね? バゼット。私は君のご両親から君の身の安全を頼まれている。ご両親に心配をかけてはいけないよ。常識的な振る舞いを心がけなさい。なにしろ君はもう一人前なのだからね。」
滔々と続く説教にひたすら頭をたれて耐える。弁明したいところだが昨夜の落ち度は自分にあるので今は黙るしかない。
「ところで君は昨夜出会ったばかりの男性の自宅に泊ったそうだね」
「……そ、それは、」
「話はウェイバー君から聞いた。ウェイバー君は紳士だ。出会ったのが彼で実に幸運だったね。
君は名門を継ぐ人間だ。 君の一族の名声に傷をつけるような行動は慎んだほうが今後のためだと思うがね」
「ぐ……」
しまった。ウェイバーに口止めをしておくべきだった。思いの他おしゃべりではないか。
私だって何も考えずウェイバーに付いていったわけではない。時計塔の魔術師であるから信頼して付いていったのだし、万一何かあっても返り討ちにする自信くらいはあります、と喉から出懸かっているのだが言うと小言に拍車がかかるのは火を見るより明らかだ。
「ウェイバー君は君ぐらいの年頃の女子学生たちから人気があるからねえ。彼が助手をしている講義には彼のファンの女子学生のグループがいつも集まるくらいだ。まあ君が気になるのはわかるよ」
オニール氏は何か勘違いをしているようだ。この分だとウェイバーと知り合ったきっかけになった昨日の騒動については黙秘を決め込んだままで済むかもしれない。出来ることなら黙っていようとバゼットは神妙な振りをして口をつぐむ。
それはそうと、ウェイバーは女の子たちに人気があるのか。そんなに頼もしそうには見えなかったので意外だ。
ともあれ、バゼット側の旗色はいまだよろしくない。
「バゼット、君はまだまだ社会経験が足りないようだ。時計塔には君ぐらいの年頃の学生が学ぶ学園がある。どうかね、魔術師協会に本格的に所属する前に学園でしばらく学んでみては。」
オニール氏はどうやら本格的に自分を厄介払いしたいみたいだな、とバゼットは感じ取っていた。
所詮は魔術協会から指名されただけの形式上の後見人。別にそれは構わないのだが、そのかわりに学校に入れられるなんてごめん被る。私が故郷のちいさな村を出てロンドンまでやってきたのは、狭い世界で一生を終わりたくないからだ。多くの魔術師たちがいる世界で自分の能力を試したい。その為にここへやってきたというのに。
「とりあえず、君が数日間時計塔の学園の授業を受けられるように話はつけておいた。講義等の3番教室に向かいたまえ。ああ、君が授業を受けたかどうかはあとで教師から話をきくからな」
オニール氏は今日もバゼットが勝手に動き回らないように素早く手を打っていた。どうにも逃げられなさそうだとバゼットは観念した。今の所は言う事を聞くしかない。数日間だけ我慢してやり過ごそう。
「では節度ある行動を。バゼット・”フラガ”・マクレミッツ」
オニール氏はダメ押しのように彼女の
「今日から数日間皆さんと一緒に講義を受講します。バゼット・フラガ・マクレミッツです。」
教師にまずは自己紹介をと促されて、バゼットは生徒たちの前に立っておきまりの挨拶をする。簡潔に切り上けようとしたバゼットの語尾を教師が継いだ。
「バゼットさんはアイルランドのルーン魔術の名門フラガ家のご出身で、すでにご実家の秘伝を継承された一人前の魔術師です。この学園で同年代の皆さんと交流を深めるために数日間皆さんと同じ講義を聴講されます。どうぞ皆さん仲良くしてあげてくださいね。」
なるべく目立たないでいようとしたバゼットの配慮は無駄に終わった。興味なさそうにしていた生徒の視線までもがバゼットに集中する。教員に促されてバゼットは教室の後ろの空席に向かった。気づかれないように小さくため息を付く。
講義はバゼットにとって退屈きわまりなかった。彼女が触れた事のない分野の魔術についての講義ではあるのだが、なにぶん内容が初歩的すぎる。それとなく周りの席を見渡すと何人かの生徒と目があってしまった。彼らもこちらが気になるようだ。中にはこちらを気に入らなげに見ている者もいた。教師からあんな偉そうな紹介を受けてしまったのだから無理もない。
魔術師にとって家系は重要だ。魔術師の能力は家系にほぼ依存する。それも古ければ古いほど良い。名門だなどと紹介されて、他の学生たちの興味を引かないはずがない。家系の浅い家柄の者からは妬まれるだろうし、それなりの家系の者からは対抗意識を持たれているだろう。バゼットとて時計塔の優秀な魔術師たちに遅れを取るまいとする意識はあるのだが学生を相手にするつもりなどない。講義の時間はこの状況をどうしたものかと悶々と思案する事に宛てられてしまった。
講義が終わり休み時間になった。バゼットが席を立ついとまも無く数人の女子生徒が彼女をとりまいた。
「あの、バゼットさん。」
「はい。なんでしょうか?」
さっそく新参者に勝負を吹っかけにきたのか?やや身構えつつ返事をした。
「バゼットさん、ルーン魔術に詳しいのですよね?ぜひ私たちに占いを教えてくださらない?」
「…え?」
あつまってきた女子学生たちの目的はルーン恋愛占いだった。
そう、世間的にはルーンというのはそういう認知度でしかない。魔術師見習いである彼女たちですら古代から伝わるルーン魔術と聞いても思いつくのは「占い」程度。ルーンなど秘境で細々と伝えられていた物珍しい古典芸能くらいの存在感でしかないのだろう。
正直に言うと占いは苦手なのだが、今求められているのは初歩というか遊び程度のものであって、それくらいならなんの苦もない。初日の挨拶の一環と考えて付き合ってもいいだろう。
紙を適当な大きさに切り分け、それぞれにルーンの文字を書き込む。それを袋にいれて女性学生たちに何枚か抜き取ってもらい机に並べる。そのルーン文字の種類や向きで恋愛の行く末を占う。バゼットがルーン文字やその組み合わせの意味をいくつか解説して見せるだけで女子学生たちは大喜びし、そのうちルーンはそっちのけで好みの男の子の話に興じ始めた。
やれやれ無難にやりおおせたようだ。ああ、それにしてもこんなことをしにきたのではないのにな…。
退屈な講義からようやく解放され、宿舎に戻ろうとしたバゼットは講義棟の角にたむろしている女子学生のグループをみつけた。女子学生たちの真ん中に取り囲まれている青年の姿が見える。よく見たら、ウェイバーだ。なるほど後見人が言っていたように女子学生に人気があるのは本当らしい。
そうしてバゼットの時計塔での最初の1日が過ぎた。