Bazett in ClockTower (時計塔のバゼット) 作:kanpan
朝、後見人オニール氏が用意した宿舎でバゼットが目を覚ますと時計は1限目の講義時間15分前を指していた。もう学園に行く気を無くしそうなのだが昨日の今日で失態を重ねるわけにはいかない。
食パンをトースターにつっこみ、その間に身支度をする。トースターから飛び出た食パンをつかんで口に加えるやいなや、バゼットは宿舎のドアから飛び出した。そのまま全力疾走に移行し学園に向かう。子供の頃から鍛えに鍛えまくった自慢の健脚はルーンを使わなくても充分に速い。その気になれば陸上選手になってオリンピックでメダルも夢じゃない。
曲がり角でも疾走速度を落とさず勢いよく交差点に突入した。そんなことをするとお約束のようにそこに通行人がいるものである…。もちろんバゼットは急には止まれない。移動のルーンを発動するいとまも無く、バゼットはそのまま哀れな通行人をハネてしまった。
……まったくロンドンは通行人が多すぎます。
そんな頭の中の
「ごめんなさい!大丈夫ですか!?」
「やあバゼットまた君か。すっかり元気そうだね…。」
バゼットの目の前には尻餅を付いてこちらを見上げるウェイバーが居た。ああ、気まずい、とても。
「おはようございます。ウェイバー。ほんとにごめんなさい…」
ウェイバーは黙って苦笑いを返した。バゼットは申し訳なさそうに手を伸ばしてウェイバーを助け起こそうとする。
「立てますか?」
「ちょっと足をひねったみたいだ。でもたいした事はないから僕のことは構わないで先に行ってよ」
「いえ、そうはいきません。
先日の代わりに今日は私が貴方を背負って時計塔に行きましょう」
やおらバゼットは背中にかけていた筒状の荷物をおろしてウェイバーに渡して代わりに持たせ、ウェイバーを背中に背負い上げた。
「すみませんが時間が迫っているので急ぎます」
バゼットはそう言うやいなや、両足に速駆けのルーンを刻んで駆け出した。瞬く間に人間の限界を越えたスピードとなって飛ばす。もはや自動車並みのスピードだ。もうオリンピックなんてメじゃないです。
「なっ、なんで走るバゼット!」
「学生は始業時間が早いのです。私の都合に合わせてください!」
「うあああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
弾丸のように疾駆するバゼットの影。そしてそこからこぼれるウェイバーの悲鳴が街路に轟く。疾駆する影は時計塔の学園に近づくにつれて増える登校中の学生たちの間を弾幕をかいくぐるシューティングゲームのようにすり抜けて校舎に滑り込んでいった。
「な、なによあれーーーー!」
登校中の女子学生グループの一人が校舎に猛スピードで突っ込んでくる人影を見とがめて悲鳴のような叫びをあげた。
その人影は瞬時に彼女たちのグループの脇を走り抜ける。
「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーー」
人影が駆け抜けると同時に儚い悲鳴も彼女たちの耳をかすめていく。
「ねえ、あれウェイバーさんじゃなかった?」
女子学生たちは顔を見合わせた。
確かにあの影が脇を通るときに聞こえた悲鳴はウェイバーのものだ。そしてウェイバーを担いで疾走していたのは…。
「さっきのアレ、昨日学園に来たルーン使いの女じゃない」
「名門の家の出だそうだけど、なんてガサツなのかしら」
「名門だとか聞いたけど、”マクレミッツ”なんて家名聞いた事ないし」
「なんであの娘がウェイバーさんを背負ってるのよ……」
「新参者のクセに、なんでウェイバーさんと一緒なの?」
女子学生たちが口々に文句を並べ立てる。
その中の一人、おそらくリーダー格の金髪ロングヘアの気の強そうな少女が他の女子学生たちを見回しながら言った。
「ええ、あの新参者の娘には時計塔での正しい振る舞いかたを教えて上げる必要があるわ」
午前中、バゼットは昨日と同様に退屈な授業を聞き流した。
そういえば故郷にいた時は気が乗らなかったら学校には行かなかったな。なにしろ地元で有名なルーンの名家の跡継ぎなのだ。今日は家で修行のため、と言えば学校からはもう何も言われなかった。
それにしても、体を動かさないでじっとしているのが苦痛だ。
ひたすらにぼんやりと時間を過ごし、ようやく昼休みの鐘が鳴る。と、同時に数人の女子学生がバゼットに近寄ってきた。また即席ルーン占い講座の受講希望者だろうか?
だがその女子学生たちからは昨日の娘たちとは異なり、なにか穏健ではない雰囲気を感じた。彼女たちは険のある目つきでバゼットをにらんでいる。
「バゼットさん、ちょっといいかしら?」
「はい?」
女子学生グループのなかから金髪ロングの少女が進みでる。
「今朝はずいぶんと賑やかに学園にいらっしゃったのね。
活発さはもちろんけっこうですけど女性には慎ましさも大切よ。あなたのお家にはそういう美徳はないのかしら?
ところで降霊科のウェイバーさんと一緒だったみたいだけど、あなたウェイバーさんと知り合いなの?」
「ええ、ロンドンに来たばかりのときに知り合いまして、一晩家に泊めていただきました」
ざわっ。
女子学生グループがどよめいて一歩後ずさる。話しかけてきた金髪ロングの少女の眉毛がつり上がったように見えた。
「泊ったですって?ウェイバーさんの家に!?一緒に!?」
「ええまあ…」
リビングに泊めてもらっただけでウェイバーは別の部屋で寝ていた、という事情の説明を面倒で省いてしまった。それはまずかったとすぐ気がついたのだが既に手遅れだった。
バゼットを取り囲んでいる女子学生たちから怒りのオーラがメラメラと発火しはじめている。ああそうか…。昨日目にしたウェイバーを囲んでいる女子学生グループを思い出した。どうやら彼女たちはウェイバーのファンらしい。
嫌な予感がしてきた。
「申し遅れたわ。私はシルヴィア・ハミルトン。私の家系は5代に渡って魔術師協会に所属し、代々この時計塔の学園に通っているの。
バゼットさん、あなたはずいぶんな旧家のご出身らしいわね。
でもここにはここのルールがあるのよ。時計塔は伝統ある貴族の子弟が学ぶ場所なの。貴方はアイルランドの田舎から出てきたそうだからわからないでしょうけど。
今後は身の程をわきまえなさい」
「…ええ、貴方がおっしゃる通り、私にはどういう決まり事なのか見当もつきませんが」
彼女たちには彼女たちのルールがあるらしいのだが、バゼットには察しようもないことだ。第一、関心もない。
「なぜ私が貴方たちのルールに従わないといけないのですか?」
バゼットが無表情に言葉を返すと、シルヴィアと名乗った少女はさらに言い募った。
「ふうん。
まずはここでの上下関係を理解してもらう必要があるみたいね。
オモテにでなさい、新参者。ここで大きな顔をするなら貴方の腕前を見せてもらいましょう!
さぞかし自信があるんでしょうね。」
「……いいでしょう。勝負がしたいというなら受けて立ちます」
バゼットは立ち上がった。シルヴィアはバゼットに冷たい一瞥を向けてから教室のドアへ歩き出す。バゼットがその後に続くとその後ろからシルヴィアの仲間たちがバゼットを取り囲むように付いてきた。
また面倒なことになったが実力勝負は望むところだ。バゼットの気分は高揚しつつあった。
ここ数日教室でじっと椅子に座ってばかりだった。久々の
世界に冠たる時計塔の学生の腕前を見せてもらえるならば是非もない。