Bazett in ClockTower (時計塔のバゼット) 作:kanpan
バゼットがシルヴィアたちに連れてこられたのは何の器具も机も置かれていない、だだっ広い部屋だった。部屋の奥を見ると的のようなものが壁にかかっている。壁にはいくつかの焦げ跡や細かいひび割れがついている。
ここは攻撃魔術の実践練習を行う、いわば体育館のような部屋であるらしい。
バゼットとシルヴィアは部屋の中央まで進み、お互いに向きあっている。シルヴィアの背後には彼女についてきた取り巻きたちがおり、その少し後ろには騒ぎを聞きつけて集まってきた野次馬の学生たちが集まってきつつあった。
バゼットは肩にかけていた筒状のケースを下ろして床に転がした。
「それ、あなたの礼装じゃないの?使わない気?」
シルヴィアがステッキを構えながら問いかけた。礼装とは魔術師がつかう武器のようなものの総称だ。おそらくシルヴィアの礼装は彼女が構えているステッキなのだろう。バゼットはシルヴィアから視線をそらさず静かに服の内ポケットから革手袋を出し、無言で両手にはめた。
「素手で勝負しようっていうの?ナメてるわね。それとも実はまともな攻撃魔術が使えないのかしら? ルーン魔術なんて占いくらいでしか聞かないものね」
シルヴィアが小馬鹿にした様子で挑発するが、バゼットは動じない。冷静に言葉を返した。
「はじめましょうか」
その言葉を合図にシルヴィアのステッキが一気に熱を帯びる。
「受けて見なさい、
シルヴィアの礼装のステッキからから魔力の礫が弾丸のように打ち出される。それは
バゼットはそれらを無駄のない華麗な身ごなしでかわした。頭をわずかに横にそらし、体を斜めに構えて半身をきり、足をスイッチさせて巧みに体勢を入れ替える。
傍目から見ているとバゼットはその場からほとんど移動せずして跳んでくる魔弾を避け続けている。
シルヴィアはステッキを構え、右に左にと魔弾をショットガンのように打ち続ける。弾幕のように打ち込まれる魔弾はついにバゼットの頭を捉えた。
バゼットの眼前に魔弾が迫る。それを———、
「邪魔っ!」
バゼットは拳で地面に撃ち落した。
「———えっ」
シルヴィアはあっけにとられた。自分の目の前の光景が信じられない。魔弾を素手でたたき落とした!?
おそらくバゼットの革手袋もなんらかの魔力で強化が施されているのだろう。だから魔力の塊である魔弾ですら弾けたのだろうが、そもそも飛んでくる弾丸を視認して撃ち落とすなど常人の運動能力からかけ離れている。
「まだまだ!
シルヴィアがステッキを大きく振りかぶった。ステッキの軌跡が炎となりそれが紅い帯となって広がる。部屋の中は炎の熱気に包まれた。そして帯はバゼットに向かって伸び、彼女を取り囲む。
それを、
「
バゼットはすばやく氷のルーンを手に刻み、炎の帯をつかみ取った。
ピキィィィンという硬質な音が響く。その次の瞬間に炎の帯は凍り付き、砕け散り、氷の欠片となって大気のなかに消えていった。熱を帯びていた周囲の空気が冷やりとしたものに変わる。
「……ぐっ…。」
シルヴィアの表情に焦りが浮かんだ。取り巻きの学生たちは声を失い固まっている。
「ここまでですか?」
涼しい表情でバゼットが問いかけた。ずっとシルヴィアの攻撃をかわし続けていたのというのにバゼットはまったく呼吸を乱していない。
「こ、これでもくらえ!!
シルヴィアは我に返ってステッキを構え直し、ありったけの魔力をその先端に集中させた。ステッキの先端に炎が生まれ、瞬く間に巨大な火球にふくれあがっていく。
「…ちょっと、シルヴィア!やりすぎよ!」
シルヴィアの取り巻きの女子学生の一人が制止しようとする。シルヴィアの魔術は学生同士の喧嘩のレベルを踏み外しすぎている。シルヴィアの火球がバゼットに当たろうが外れようが学園に大きな被害が発生してしまうだろう。だがその制止を振り切ってシルヴィアのステッキから激しい炎の渦とともに巨大な火球が放出された。炎の渦はシルヴィアたちの目の前の光景をすべて飲み込んだ。
バゼットはシルヴィアのステッキの先端でふくれあがる火球を見つめていた。右拳を握って顔の後ろで構える。構えながら足下に転がした筒状のケースをちらりと一瞥した。この魔術はおそらくシルヴィアの必殺の一撃。この一撃に相応の攻撃力があるのなら、自分も己の秘術を持って応える必要があるかもしれない。
果たしてそれだけの力があるや否や———。
バゼットの目線の前で、ついにシルヴィアの火球は放たれた。
———見切った。
バゼットは構えを解いた。代わりに迫る炎の渦に右手を突き出し、守りのルーンを発動する。
「
爆風と業火がバゼットを包む。周囲一体が火花、煙と爆発の巻き上げる粉塵に包まれ、全ての者の視界を塞いだ。
火が消え去り粉塵が徐々におさまっていくにつれ、部屋の壁や床が酷く損壊している様が明らかになる。バゼットが立っていた部屋の中央はいまだ黒煙に撒かれて様子が分からない。
が、短いルーンの詠唱とともにその黒煙が吹き飛んだ。その場を見守る全ての者たちの視界には、何事もなかったかのようにその場に立ち続けるバゼットの姿があった。
「う。」
必殺の一撃をあっさりと受けきられ、シルヴィアは驚愕から身動きする事すら忘れてしまっている。
「では、こちらの番ですね。」
バゼットは屈み込み、両足にルーンを刻む。
「
刻まれたルーン魔術が光を放ち、バゼットの両足がライトグリーンの光につつまれる。そしてバゼットはシルヴィアに向かって駆け、気合一閃、高く跳躍した。
「やああぁぁぁぁっっ!!!」
バゼットの光る飛び蹴りが女子学生たちのすぐ手前の床につきささった。同時にルーンの魔力の閃光が周囲を包む。
シルヴィアと女子学生たちは衝撃で数メートルほど後ろに吹っ飛ばされた。バゼットの蹴りの着弾点には隕石でも衝突したかのような大きなクレーター状の大穴になっていた。
バゼットは視線を上げてシルヴィアたちを見据える。彼女たちの表情は当初の高慢さが消え失せ、弱々しくおびえきっていた。
「あ……すみません、強すぎましたか……?……悪いクセだ……夢中になってくるとどうしても手加減ができなくなる……」
先ほど貶された返礼をかねて、彼女たちにやや嫌味を含めた言葉をかけた。
「ひいいいいい!」
そのバゼットのセリフを全部聞いたのかどうかもわからないまま、シルヴィアと女子学生たちはクモの子を散らすように逃げていった。周りに集まっていた野次馬の学生たちもすでにどこかに逃げ去っている。
「あーあ…。」
バゼットは嘆息する。
これで終わり?サンドバッグの方がまだ殴りがいがある。
魔術協会総本部たる時計塔の学生の腕前、多少は期待したのだが所詮学生。私が気にかけるようなレベルではなかったようだ。
しかし、売られた喧嘩を買っただけとはいえ、やりすぎたかもしれない。
自分だけのせいではないとはいえ、この部屋の損壊具合は甚だしい。また後見人からの小言の原因が増えてしまった。
もう教室に戻る気にはとてもなれない。かといって学園から抜け出してしまえばこれまた小言の時間が増えることになるし、これから後はどこで時間を潰したものか…。
行くアテはまだ思いつかないが、バゼットはひとまず時計塔の講義棟の中に戻ることにした。