Bazett in ClockTower (時計塔のバゼット) 作:kanpan
ウェイバーは図書室で研究の為の資料探しをしていた。目当ての資料を見つけ出し、それを抱えて図書室の閲覧コーナーの机へ運ぶ。その時脇から急に彼を呼び止める声がした。
「ウェイバー?」
振り向くとそこに意外な人物がいた。声の主は赤毛の少女、バゼットだった。
まさかバゼットと図書室で出会うとは。彼女は体育会系の人で静かな図書室で研究に勤しむよりは外で運動をするのを好みそうなタイプに見えたのだが。
バゼットは閲覧コーナーの椅子に腰掛け、手元には一冊の分厚い本を広げている。
「やあ、バゼット。授業は……休んだの?」
ウェイバーの問いにバゼットはバツの悪そうな視線を返す。
「その、ちょっと揉め事を起こしてしまいまして、しばらく教室から離れていることにしたのです」
隠し事をしても無駄だと諦めて、バゼットは簡潔に答えた。あの騒ぎから数時間ほど経っている。時計塔の中にいた人間なら騒ぎの噂がもう耳に入っていてもおかしくない。
「ああ、知ってる」
ウェイバーの返事は案の定だ。
「…ああ。では隠す必要はありませんね。女子学生に決闘を申し込まれて受けて立ったのです。挑まれて後に引くわけにはいきません。
あれでも周囲に配慮はしたつもりだったのですけどね」
といいながら肩をすくめるバゼット。
喧嘩を反省しているふりをしながら、若干自慢げな態度が隠せていない。ああ残念だ。黙っていればもの静かで知的なお嬢さんに見えるのに、とウェイバーは心の中で嘆息した。
実のところ、ウェイバーは使い魔を飛ばして例の騒動の一部始終を見ていた。
バゼットの戦闘能力はすさまじい。学生のレベルとは比べ物にならない。
シルヴィアは学生たちのなかでは戦闘能力が高い方なのだが、バゼットはそのシルヴィアの全力の攻撃を片手で退けていた。そして蹴り技一発でカタをつけてしまった。
ルーン魔術での強化を行っていたとはいえ、ルーンは所詮一工程の単純な魔術でしかないはずだ。それにもかかわらずあの威力を出しているのである。
しかし、これ以上あの揉め事についてバゼットに突っ込むのも心苦しい。シルヴィアとその仲間の女子学生たちは熱心なウェイバーの
今回の件についてもバゼットの人並みはずれた戦闘力と魔術に興味はあるが、うかつに聞くと藪蛇になりそうだ。話を変えよう。
「ところで、何を読んでいたの?バゼット。」
ウェイバーはバゼットが広げている本に視線を移した。それは魔術の研究書や資料ではなく、何かの読み物のようだ。
「これはアルスターサイクル。私の故郷アイルランドの神話で、アルスターの英雄の物語です。」
バゼットはその神話のあらすじを語った。
それはアルスターの英雄、光の御子と呼ばれる槍使い。
老魔術師(ドルイド)が騎士見習いの少年たちに語った予言。
この日戦士になったものはあらゆる栄光を得る.
しかしその輝きは誰よりも早く、地平線の彼方に没すると。
その予言を聞いたクーフーリンは直ちに王のもとに駆け込み、
自分を戦士にするよう懇願する。
まだ早いとたしなめる王に対し、城の槍をへし折り戦車を壊して、
「これでも力不足か」と詰め寄った。
戦士として認められてからは
予言通りに戦士として誉れ高き勝利を重ね栄光をほしいままにした。
そして予言通り、クーフーリンはアルスターに攻め込んだ隣国の軍勢を
一人で迎え撃ち、閃光のごとく輝かしい生涯を終えた。
バゼットの話を聞きながら、ウェイバーはかつて聖杯戦争で出会った槍の英霊(ランサー)を思い出した。あの英霊ディルムッド・オディナもアイルランドの英雄だった。
そしてウェイバー自らが召還し共に戦場を駆けた騎乗兵(ライダー)の英霊、征服王イスカンダルの勇姿が脳裏に鮮明に浮かび上がった。たった2週間足らずのあいだ東洋の島国で体験した伝説の世界。
「私は子供の頃から先祖から継承した秘伝を受け継ぐ為の修行をしてきました。そのせいなのか、子供らしい遊びに興味をもてなくて、周りの大人たちから冷めた子供と言われていました。
父からも『お前は作業のように一日を過ごすのだな』と。
でもこの物語を読んでいる時だけ私は同じ年頃の子供たちと同じように物語に夢中になれた」
ウェイバーの心が英霊たちの思い出に馳せている間もバゼットは語り続けていた。バゼットの話はいつしかアルスターの神話から離れ、彼女自身の身の上に及んでいた。
バゼットの生家フラガ家はルーン魔術の大家。そのルーツは神代にまで遡る。
フラガの祖先は太陽神ルーに使える一族で、ルーから他の一族にはない秘技を授かり、それを現代に至るまで伝えてきた。
先ほどバゼットが話していたクーフーリンもルーの息子であり、ルーン魔術を使う英雄だ。
「フラガの秘法は神代の戦闘技術。私も
フラガ家が伝えるルーンの秘術は単に魔術の修練をするだけで身につけられる物ではない。なにしろ神話の時代の魔術なのである。
ルーンは24の文字で成り立っており、その文字1つ1つが魔術的な意味を持つ。それの単体および文字の組み合わせでさまざまな効果をもつ魔術を発動する事ができる。その仕組みは単純だ。
ただし、仕組みが単純なものは運用が面倒になるものだ。複雑な魔術をルーン魔術で行う為には複数のルーンを正確に発動しなくてはならない。現代の魔術はこうした古代魔術の面倒さを回避する為に魔術礼装などで特定の複雑な魔術を簡単な動作で発動できるように進歩している。
ルーン魔術は現状こうした進歩から取り残されている。戦闘魔術として十分に扱うには強力な魔力の他、屈強な身体と高度な体術までが求められてしまう。
バゼットが語る所によると、彼女は物心つくか付かないかの頃からルーン魔術の修練に加え、格闘術の修練を欠かさずつづけてきたらしい。なるほど、それがさきほどの戦闘で見せた常人離れした動きのもとなのだろう。
バゼットは名門の魔術師であると同時に戦士であり、まさしく神代のケルトの英雄、赤枝の騎士の流れを汲む者でもあるのだ。
だが、神代からつづく一族とはいえ、その実態はアイルランドの片田舎の小さな漁村の町道場のようなものにすぎなかった。魔術協会にも所属しておらず細々と秘伝を継承し続けているだけ。伝統に基づく権威はあるが、実社会の中での権力はほぼ無いといっていい。
そんな小さな村で、ただ大昔からの秘伝を受け継ぎ伝えるだけの存在になって、そのまま一生を終えるなんて嫌だとバゼットは思っていた。日の当たる場所へ、人目を得られる場所へ出てみたい。
「だから、私は村をでて魔術協会に所属することにしたのです。故郷の外には何か自分にできることがあるはずだ。
私は何かを成し遂げたい。…それが何なのかはまだわからないのですが」
バゼットの回想を聞きながら、ウェイバーは第4次聖杯戦争の時のことを思い出していた。
ウェイバーは時計塔で才能を示すべく、両親の死後に財産を処分して学費を作り時計塔に入学した。
ウェイバーの生家は魔術師の家系と言えど、まだウェイバーの代で3代目。まだまだ血が浅い。この時計塔には6代目、7代目の家柄の学生が何人も所属している。
魔術師の能力は魔術回路と魔術刻印によってほぼ決まるとされている。
魔術回路は一種の内蔵のようなものであり、その有無と量、質は生まれつき決まっている。魔術師の一族は、できるだけ魔術的に相性のよい一族との婚姻を重ね、少しでも生まれもつ魔術回路が多い子孫を生もうとする。
一方、魔術刻印は魔術師の一家で代々受け継がれるもので、魔術刻印を子に移植する事によって一族の魔術を継承し、代を重ねるごとにその魔術の力を増していく。
つまり魔術回路にしろ魔術刻印にしろ、歴史が古い名門の出であるほど魔術師としての才能があると見なされる。
だがウェイバーの考えは違った。
受け継いだ魔術刻印が少なかろうと、生まれ持った魔術回路の量と質が劣っていようと、己の魔術の性質を見極めて効率的な運用を行う事でそれらの欠点をカバーし、名門出身の魔術師に劣らない能力を発揮できるという持論を持っていた。
そしてウェイバーは時計塔でその持論を臆す事なく語り、率先して自らの実力を誇示しようとした。
無論、それは時計塔の血統主義、権威主義への挑戦と見なされる。彼を待っていたのは時計塔の名門魔術師たちからの侮蔑だった。
ウェイバーが4年かけて持論をまとめた渾身の論文は師であるケイネス・エルメロイ・アーチボルトに公然と貶められた。
その悔しさからウェイバーはケイネスが第4次聖杯戦争のために取り寄せた触媒を奪い、聖杯戦争に参加したのだ。
自分をバカにした時計塔のヤツらに自らの力を示すために。
自分の力いかほどか、と勇躍時計塔の門を叩いたところで、自分とバゼットは似ているのだとウェイバーは思う。
時計塔でその権威主義を思い知らされたウェイバーにとっては、神代からつづく名門の生まれで、世間に誇示できる能力を持っているバゼットはうらやましく見える。
バゼットなら、この腐りきった時計塔の貴族連中に屈せずやっていけるだろうか?
———いや、否だ。
ウェイバーは危惧していた。
おそらく彼とはまったく逆のベクトルで、バゼットは時計塔の権威主義の壁にぶち当たるのではないかと。
時計塔は実力があるからといって素直にそれを示して通るシンプルな場所ではない。
第一アイルランドから出てきたばかりの少女が腕づくで実力を示そうとするのは早計ではないのか?
「バゼット、15歳でもう社会人って早くない?」
「そんなことはありません。いままで鍛錬をつんできたのですから。一人前になった証として私は我が名にフラガを冠しています。
それに、
若いからと実力を疑われるなら認めさせるまで。
それが我ら赤枝の騎士の流儀です」
バゼットは眉根を引き締めて言い切った。
そのきりっと引き締まったバゼットのまなざしを受け止めてウェイバーは戸惑う。実力で押し切ろうという気持ちには彼にも覚えがある。
『でも、それはいい方法ではないと思うよ、バゼット』
ウェイバーがその言葉を口に出そうとする前に。
———ジリリリリリリリリリリリリ———
唐突に大音量の警告ベルが時計塔全体に響き渡っていた。
「何の音でしょう、これ?」
「さあ?ボヤでも起こったのかな」
素早くウェイバーは校舎内に放っていた使い魔から情報を収集する。
「地下の工房で警備用のゴーレムが暴走したらしい。全員外へ避難しろってさ。
———どうやら、さっきの騒ぎの衝撃が影響してるみたいだ」
「つまり、私のせい、というワケですね」
そう言うなりバゼットは席を立ち、荷物を拾い上げて図書室の出口に向かおうとする。
「おい、バゼットどこへ行くんだよ」
「これは私が撒いた種ですし。
……そして私の能力を時計塔の人々に見せる好機です。
スマートに片付けてみせましょう」
バゼットはぐっと拳を握って宣言する。
「バ、バゼット…ちょっと…待てー!」
ウェイバーの制止もきかず、バゼットは図書室を出るなり地下の工房に向かって駆け出していってしまった。
彼女を放っておくわけにいかない。ウェイバーは必死でバゼットの後を追いかけた。