ある日の昼下がり。イージスは鼻歌を歌いながらとある作業をしていた。それだけならばいつもの光景なのだが、今回は少し事情が異なっていた。
「ふんふふんふふ〜ん♪」
「ね、ねえ、師匠。それ、何かしら?」
スカジは少し、いやかなり興味ありげにイージスに問いかける。もし彼女に尻尾が生えていたなら左右に激しく振られていることだろう。イージスは変わらぬ調子のまま答えた。
「ん?ああ、これですか?ループスの尻尾の抱き枕を作ろうと思いまして。今色々試行錯誤しているんです。」
彼女の座っている机の周りには、試作品と思われる尻尾の山が積み重なっていた。スカジはそこに飛び込みたい衝動を堪えていた。
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「それで、どうしてこれを作ろうと思ったの?」
試作品の山に埋もれながら、スカジはイージスに聞いた。どうやら、もふもふの誘惑には勝てなかったようだ。
「ループスの方達の尻尾ってとても触り心地が良さそうじゃないですか。」
「そうね。」
「かといって本人に『触らせてください。』なんて言う度胸は私には無いじゃないですか。」
「そうね。」
「なら作るしかないな、と思いまして。」
「なるほど。」
何がなるほどなのかは分からない。しかし今のスカジはだいぶもふもふにやられている。普段の様子を知る人が見たら驚くほどふにゃふにゃな顔をしている。
「そういえばスカジは彼らの尻尾を触ったことがあるのですか?」
「ええ、あるわよ。」
「それは上々。触り心地はどうですか?私は本物を触ったことがないので、想像で作ってみたのですが。」
「…ふむ、」
そう言われてふとスカジは冷静さを取り戻す。確かに、イージスが作っただけあって触り心地はとても良い。これだけでも文句なしで素晴らしい出来と言えるだろう。しかし、本物のループスの尻尾と同じかと言われると否である。ほんの僅かではあるが感触に違いがある。
「…そう言われると、少し違う気がするわ。」
「そうですか…。ではどんな感じなのでしょうか?」
「本物はもっと、こう、ふわっとしていてしゃらっとしてるわ。」
「…貴方に聞いた私が馬鹿でした。」
「失礼ね。」
イージスにとってスカジの独特な感覚は全く参考にならなかったようだ。そうすると行き詰まってしまう。別に今の出来でも構わないのだが、違うと言われると完璧な物を作りたくなってしまう。イージスは凝り性なのだ。
「うーん、どうしましょうか?手当たり次第に作っていってスカジに感想を聞いていきましょうかね…。けど効率悪そうですよね。」
「じゃあ本人連れてくるから待っててちょうだい。」
「えっちょっとスカジ何を「じゃあ行ってくるわ。」あ、えっ待って。」
今のスカジの理性は0である。多分もふもふのためならなんでもやるだろう。イージスの返事を待たず、部屋を飛び出してしまった。
「…どどど、どうしましょう⁉︎」
…どうやら、もう1人ポンコツが増えたみたいだ。
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「ねえどうしたのスカジ?突然呼び出して。今日暇だったから別に構わないけどさ〜。」
「急でごめんなさいね、師匠に会って欲しいの。今すぐに。」
「えっ最近何かと話題のお師匠さん?確かイージスさんだっけ?僕になんの用なのさ?しかもそんな緊急なの?」
「来れば分かるわ、」
スカジが呼んだ件の人物はプロヴァンスであった。ループスの中でもとびきり大きな尻尾を持つ彼女だ。過去に何人もの人々をその尻尾で魅力してきた。とあるウルフハンターによる「素晴らしい尻尾ランキング」でも堂々の第一位にランクインしている。サンプルとして十分すぎるだろう。
「(いつにも増してすっごい早いペースで歩くなぁ。スカジってイージスさんには激甘だって聞いてるけど、イージスさんに何かあったのかな?)」
と、とてつもなく早い速度で先導するスカジへ着いていくプロヴァンス。何か大事があったのではないかと身構える。任務中のような緊張感が伺える。
一方、スカジの脳内は、
「(もふもふな尻尾の抱き枕。もふもふ。もふもふ。)」
…ダメみたいです。
そしてまもなく部屋の前へ到着した。スカジが部屋を出てから10分、彼女の本気さが伺える。着いたと同時に扉を開き部屋に入る。それに着いていくようにプロヴァンスも部屋に入った。
「お邪魔しま…きゃぁぁぁぁぁ!」
「ピィィィィィィィィィ!」
自分と同じループスの尻尾(を模したもの)だけが山積みになっていればそりゃ驚くだろう。方やその恐怖から、もう片方はそんな彼女の叫び声にビビり散らかす感じで悲鳴を上げた。2人の初対面は、なんとも締まらないものとなった。
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「ーうん。なんとな〜く話は分かったよ。とりあえず何事もなくて一安心したよ。」
「そ、それは良かった…です…?」
「うん、それで、…なんか遠くない?」
落ち着いた後、2人はお互いの状況を伝えあっていた。頼りのスカジは今使い物にならないため、イージスは初めこそろくに会話出来なかったが、次第に慣れてきたのかなんとか会話はできるようになっている。しかし近づくのはの怖いのか、プロヴァンスが椅子に座って出されたお茶を飲む中、イージスは部屋の角でカーテンに隠れて会話をしていた。
「あ、そ、そのまだ緊張してるので、ごめんなさい。」
「ううん大丈夫だよ。それにしても…すごいねこれ。本物そっくりだよ。」
人が良いプロヴァンスはイージスの態度に怒っている様子はない。おもむろに自身の尻尾を模した抱き枕に触り、その出来の良さに感嘆の声を上げた。
「あ、ありがとうございます。けど、スカジ曰く本物と少し違うみたいで…。」
「それで僕を呼んだ…と。」
「そ、その、私はそんなつもりなかったんですけど、止める間もなくスカジが行ってしまって…。ごめんなさい…。」
「別に今日は暇してたから平気だよ。というか、原因はスカジみたいだし。」
そう言いながら2人はジト目で件の人物を見る。当の本人は抱き枕の山に埋もれて幸せそうに顔を緩めている。
「その…大変だね。」
「…ありがとうございます。」
プロヴァンスはすごく同情した顔でそう言葉にした。
「まあそれはそれとして、僕の尻尾を触るのはいいんだけど、一つお願いしたいことがあるんだ。」
「な、何でしょうか…?」
「そのね、ーーーーーってお願いしてもいいかな?」
「は、はあ…構いませんけど。」
「よしっ!じゃあはい、どうぞ。」
どうやら何かお願いをしたようだ。それが許容されるや否や、プロヴァンスはあっさりと自分の尻尾をイージスへと向けた。しかし、イージス、一向に距離を縮めることができない。
「…」
「ほら、どーぞー?」
「…」
イージスが尻尾を触ることができたのは、それから10分後であった。
「(あっ…。イージスさん、すっごく触るの上手い…。)」
イージスはしっかりと感触を確かめるように尻尾を撫でる。それは決して乱暴なものではなく、むしろ今まで触った人の中でもトップクラスの気持ちよさがあった。ちなみに、スカジもそれなりに気持ちいいらしい。プロヴァンスは目を細め尻尾に感覚を集中させてリラックスしていた。
そうしてどれほど時間が経っただろうか。彼女の意識は闇に落ちた。
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「んにゅ…。…あれ?」
次にプロヴァンスが目覚めたのは布団の中だった。上体を起こすとそこには椅子に座って作業をしているイージスと、試作品の山に包まれて眠っているスカジの姿があった。
「ふあぁぁ〜。寝ちゃったんだ、僕。ごめんね〜イージスさん、布団使っちゃって。…イージスさん?」
イージスに声をかけるが返事がない。どうやら彼女は集中して作業をしているようだ。その横には、おそらく完成品だと思われる尻尾抱き枕(verプロヴァンス)が3つ置かれていた。
「…わあ、すっごい集中力。」
なんとなくプロヴァンスはイージスに近づき、作業をぼんやりと眺める。卓越した技量によって作られる過程はまるで1つの芸術であり見ていて飽きない。イージスが4つ目のそれを完成させるまでの時間が一瞬のように感じられた。
「…ふぅ。」
「お疲れ「ピィ!」さ…ま。」
突然背後から聞こえた声に悲鳴をあげるイージス。椅子から転げ落ち、しかしその勢いを利用して後転し、すぐさま声の主と距離を取る。戦闘能力の無駄遣いである。
「あ…ごめんね。驚かせちゃったよね。」
「だだだだだだだ、大丈夫でしゅ!」
「あ、うん、そう。本当にごめん。」
「お、起きてらっしゃったんですか…。」
「うん、ついさっき起きたよ。お布団ありがとうね。」
「あ、いえ。お構いなく。」
「それでこれが完成品だよね?触ってもいい?」
「は、はい。どうぞ。」
プロヴァンスは近くにある1つを手に取る。相変わらず素晴らしい出来であった。触り心地も自分の持つそれと何ら変わりない。
「わーすっごい!本物みたい!」
「そ、そうでしょうか?それは良かったです。あ、その2つが約束のものなので、どうぞ。」
「本当⁉︎ありがとう!」
「い、いえ。感謝するのはこちらですから。」
どうやら約束とは完成した抱き枕をプロヴァンスに渡すことだったようだ。しばらく破顔していたプロヴァンスだが、ふと壁に掛けられた時計が目に入る。どうやら長く眠っていたようで、それなりにいい時間になっていた。
「嘘⁉︎もうこんな時間!…ごめんね。もう少しゆっくり話したかったんだけど、そろそろ帰らなきゃ。」
「い、いえいえ全然!無理矢理付き合わせてしまって申し訳ありませんでした!」
「暇してたからいいよ別に。それにいい収穫もあったしね。」
「今度は戦闘訓練もお願いしようかな。」と言い残してさっさとプロヴァンスは帰っていった。どうやらイージスを気遣ったらしい。
「…ふぅ。緊張しました。」
「…んん。プロヴァンスは?」
「…起きましたねスカジ。丁度今帰りましたよ。」
「そう。それで、完成したのね!」
目が覚めたスカジはすぐさま完成品を見て目を輝かせる。そのままそれに抱きつこうとするが、それはイージスによって阻まれる。
「…罰です。私に一撃与えるまではあげません。」
その時の顔は、まさに絶望、といったものであった。
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「!プロヴァンス!」
「オーケーストップレッド。今日は君にいいものをあげようと思うんだ。だから尻尾に飛び付こうとするのは止めて欲しいな。」
「むう…。何?」
「そんな露骨に機嫌悪くしないでよ。はいこれ、私が帰ってから開けてね。それじゃ僕はこれで。」
「?………………!!!!!モフモフ!」
公式はいつかプロヴァンスの尻尾ぬいぐるみ作って♡
おかしい…スカジをこんなポンコツにするつもりはなかったのに、指が勝手に動いてしまった…。
ちなみに後日どこから話が広まったのか、子供達もこれが欲しいと言ってイージスが大量生産しました。そこにはとあるCEOの姿もあったとかなかったとか。プロヴァンスは少し複雑な心境をしていました。