気づいたらキャルちゃんが主人公ムーヴしていますが気のせいです。
とある休日のギルドハウス
連日、所属するギルドである美食殿の活動で、大掛かりな魔物討伐を行ったために設けられた休日である。魔物討伐にはギルドマスターである、元気ハツラツ娘ペコリーヌに嫌々ながらも連れられて、遠出をさせられたのだ。
本来インドアな生活を求めているキャルにとって、遠出をしてまで、魔物討伐に参加など行いたくなかった。しかし、ペコリーヌに涙ながらにせがまれるとなると、話は別。情に訴えられることが苦手なキャルは不承不承ながら了承してしまったのだ。体力のないキャルにとって魔物討伐までの道のりは、それはそれは苦行の言葉そのものであったのは、彼女の記憶に残っている。ただペコリーヌの作った魔物料理の美味しさに免じて、彼女を許したのだった。
そして待望のオフの日。
ペコリーヌは食材などの買い出し。そして、同じギルドメンバーであるエルフ族で白髪のコッコロと記憶喪失の男の子、ユウキは簡易なクエストを行うためギルドハウスを出払っていた。家に一人残ったキャルは、部屋を片付けて
ぬいぐるみに囲まれたフカフカのベッドから起きたキャルの目には、オレンジ色に染まり、夕刻を告げている空が映っていた。
ただ、やけにギルドハウスが静かになっていたことに彼女は少々疑問に思った。
本来であれば、この時間帯にはギルドメンバー全員が揃っているはずだった。ペコリーヌが夕食の準備をして、コッコロがその手伝いを。そして、ユウキが外で一人剣の稽古に励んでいる中、昼寝を堪能したキャルが夕食の匂いに釣られて、リビングへと降りていく。そんないつも通りの光景が彼女を待っているはずだったのだ。しかし、ギルドハウスにはキャル一人のみ。リビングからは物音が何一つ聞こえず、外から聞こえてくる虫の鳴き声だけが彼女の耳に届いていた。
少々おかしいな、と思いながらも彼女は焦る心を落ち着かせるために、ベッドから飛び降りて洗面台へと向かう。
夕刻にギルドメンバーが全員揃わないなんてことは、稀に起きていた。みんながみんな予定通りに動くはずもない。きっとペコリーヌは美味しそうな食材に目移りし、コッコロとユウキは、どこかで道草を食っているはず。
桶に溜まった冷水を掬い、それを火照る顔にぶつける。手で感じていたものとは違う冷たさに、体が身震いをするものの、鏡に映るその表情は先程よりも明るく変貌していた。
ちょっとくらい遅れることなんてある。
そう自分に言い聞かせていると、玄関の扉が開く音が彼女のピンと立っている大きな耳に届いた。
足音は一人分。体格は小柄。
すぐさま玄関へ向かうと、そこには大きな買い物袋を背負ったコッコロが立っていた。
「只今戻りました。あっ、キャルさま……」
「おかえりコロ助。随分と遅かったじゃない。ユウキは一緒じゃないの?」
玄関に立ちすくむコッコロの表情はいつもとは違っていた。彼女の瞳には夕陽の影のためか光が灯らず、受け答えがいつもより弱々しく感じられた。
一緒にクエストへと参加していたはずのユウキがいないことも気がかりであったが、すぐさまペコリーヌの顔が彼女の脳裏に浮かぶ。
「どうしたのよ、そんな浮かない顔をして」
心配になったキャルが優しく問いかけると、コッコロは意を決したのか、口をきゅっと結びしっかりとした視線でキャルの瞳を見つめる。
「いえ……。その、キャルさまにお伝えしなければならないことがあります」
「……」
固唾を飲んで見守っていると、コッコロは一度大きく深呼吸する。背負っていた買い物袋を下ろし、手でギュッっと抱えて持ち上げた。
「主さまが年老いてしまいました」
「……」
キャルは、家の明かりを灯していなかった事に気づき、魔法を使い天井に吊るしているランタンに火を灯す。薄暗かった部屋は部屋の隅まではっきりと見えるようになり、暗く映っていたはずのコッコロの表情は期待に満ち溢れる明るい表情へと変化していた。
窓を見れば、部屋をオレンジ色で染めていた夕陽は、地平線の彼方へと消えてきそうになっており、星々の光が輝く夜空へと変貌しようとしていた。そんな今まで気づきもしなかった美しい光景に思わず、口から吐息がこぼれ落ちた。
「いやぁ、ごめんコロ助。あたしさ、さっき昼寝から起きたばかりで、ちょっと寝ぼけているかもしれないわ」
「そうでしたか、今日はゆっくりお休みになられましたか?」
「ええ、それはもうピンピンよ。ぐっすり寝たから遠征の疲れなんて吹っ飛んだわ」
居間にある椅子に腰掛けながら、テーブルに片肘をついてキャルは余裕綽々に答える。平常心を保とうと彼女が心のなかで思っているものの、彼女のしっぽは近づくものを吹き飛ばしてしまうほどに左右にブンブンと暴れ狂っていた。
「ところで、ユウキはどうしたのよ。あいつもコロ助と一緒にクエストに行っていたじゃない」
「はい。主さまは年老いてしまった体のため、ペコリーヌさまの付き添いの元、ミツキさまの病院へと受診しております」
「……ねえ、一ついい?」
「何でしょう、キャルさま」
キャルは目を細めて、コッコロに怪訝な表情を浮かべて聞き返す。激しく動き回っていた彼女の尻尾はだらんと力なく垂れ下がっていた。
「あたし、ちょっと耳の聞こえが悪くなっちゃったのかしらね、さっき言っていた言葉がよく聞こえなかったのよ。んで、ユウキがどうしたって?」
「はい、主さまは病院へ……」
「いや、その前」
「主さまが年老いて……」
「年老い……はい? え?」
キャルはスッキリと目覚めている脳をフル回転させて、コッコロの言葉の意味を探る。
ユウキは
それは獣人族のように、365日という長い歳月が経過すると1つ年齢を重ねる。
ユウキの見た目はキャルやコッコロよりも年齢が高く、ペコリーヌと同じくらいである。
先程コッコロはユウキが年老いたという発言を行った。すなわち、彼の見た目だけが若く、実年齢とは乖離しているのである。Q.E.D証明終了。
「なに? もしかしてユウキってうちらと同じくらいの歳じゃなくて、実はボケが始まっていたオッサンで、なんかの拍子に自分にかけていた幻惑魔法が解けて、元の姿に戻ったとか? そういう話?」
「キャルさま、急に何をおっしゃられているのですか? 体調でも……」
「いや、何であたしがあんたに心配されなくちゃならないのよ! 熱なんてないわ! ちょっと風邪なんて引いてないから手をどきなさい!」
荷物をテーブルに置いて、おでこに手を当てようとするコッコロをキャルは払いのけた。
「はっ……。申し訳ございません、キャルさま。わたくしとしたことが、心踊るばかりに主さまの経緯を説明しておりませんでした」
「経緯? 経緯があるのね? ユウキが何かやらかしたのね? なら、それを話しなさい!」
コッコロはぺこりと頭を下げ、椅子に座ると何も知らぬキャルへと説明をし始めた。
それは、コッコロとユウキが野草の採取を終えた、太陽がはるか頭上を照らしていた頃まで遡る。
コッコロとユウキは、とある深い森へと足を運んでいた。頭上には木の葉で覆い尽くされ、陽の光が地面に差しておらず、明朝だと思えてしまうほど辺りは暗くなっている。遠くの景色を見ようとすれば先が見えないないほど濃い靄に包まれていた。
彼らがこの不気味な場所へとやってきた理由はただ一つ、この森に自生しているという野草を採取するためだ。
陽の当たらない深い森に生息しているのが特徴な野草は、市場に出回ることが多くなく、高い価値を持っているという。
コッコロとユウキは、そんな話をギルド管理協会の建物内にある、一際大きな掲示板の前で協会職員からクエストの説明を受けた。
長時間に及ぶ依頼でもなく、ついでに報酬が高いもの。遠征を行ったばかりの彼らにとって職員に要望したクエストの内容は、願ったり叶ったりのものだった。難易度もあまり難しくなく、実際に他のクエストよりも報酬が割高であったのは確かだった。
ただ、そんな高価な野草の採取にしては、他の冒険者に人気のないクエストであったために、コッコロは少々疑問に思った。
強い魔物と戦うわけでもないクエストを、どの冒険者も手をつけていないのだ。同等の採取クエストと比べたら報酬も良く、採取する場所も、ここランドソルから決して遠くない所。コストパフォーマンスを第一に考える冒険者にとってみれば穴場と呼べるクエストだ。しかし、そのクエストを我先にと、積極的に受注する冒険者は誰一人としていなかった。
コッコロがギルド職員へその事について質問をすると、職員はなぜか恭しくお辞儀し、彼女も耳元に小さく囁いた。
職員曰く、その依頼について妙な噂が立っており、その噂とは指定された森の奥深くに進むと祟りにあうというもの。そのため冒険者から避けられているクエストだったのだ。
「……んで、そのクエストを何で受けちゃったのよ」
「その……他のクエストで手頃なものがなく、主さまも常日頃から悪い事をしていないからバチは当たらないとおっしゃるので……」
コッコロがユウキに対してとことん甘いのは、キャルも承知していた。
ユウキは少しずつではあるが言葉を覚え始め、世間一般の知識も身につき始めていた。ただ、彼は完全に記憶が戻ったわけではなく、まだ彼の心は言葉を覚え始めた幼い赤子に過ぎない。彼の純粋な眼差しを向けられたコッコロは拒否することなどできなかったのだ。
しかし、キャルはクエストを受けたことに対して文句を言おうと思わなかった。何せ彼女も同様の経験があるからだ。それに、クエスト受注は既に行なってしまったこと。過去のことを今更とやかく言ったところで、時間というのは巻き戻らないことも理解していた。
「じゃあ結局、コロ助が行った森でその祟りにあったってこと?」
コップにお茶を注ぎ、湯気立つそれをコッコロの前に置いた。
「はい。ですが、正確には祟りではなく魔物に襲われたのです」
コッコロとユウキは、採取クエストを行う時には必ず不用意な戦闘を避けるために、魔物除けのアイテムを使用していた。
もちろん、野草が生息する付近で自分たちの技量に合わぬ魔物の遭遇しないことも確認している。万が一のことまで考慮していたはずであったが、二人は
「キャルさま……少々おかしな質問をさせていただくのですが、これまでわたくしたちが戦ってきたことのある魔物の中に、
「食べる場所が……ない?」
キャルは飲みやすくした温めのお茶を啜り、上目遣いになってこれまでのギルド活動の記憶を辿る。
彼らの所属するギルド、美食殿の活動目的は食の追求。美味しいものが例え、鋼鉄の鱗で覆われたドラゴンであっても、海牛のような平べったいぬるぬるとした魔物であっても地の果てまで探し求める。
魔物というおぞましい存在を食べる事を拒否し続けていたキャルだが、今ではすっかり魔物料理に慣れてしまっている。
これまで全ての魔物を無駄なく調理していた。皮はパリパリになるまで炙り、尻尾は端まで惜しみなく鍋で煮込むほど食べられそうな部位は必ず美味しく頂く。
食を追い求める美食殿は決して、魔物討伐後にそのまま食材として回収をしないことはなかった。
「そうね、ゼラチナとフレアゼラチナは食べる場所がないわ。あいつらって、ぬるぬるねちょねちょしているただのゼリーじゃない。あんなのを鍋で煮込んで、野草と鶏肉を混ぜ合わせた熱々のスープにするなんて事はできないんだから無理よね」
「いえ、その魔物らは……」
「……! いいの、いいからコロ助。それ以上は言わなくて。あたし今すっごく思い出したくもない記憶が……ひぃ……っ!!」
ペコリーヌが笑顔で掬ったゼラチナを、キャルの口に押し込む記憶が蘇る。プルプルと小刻みに震えるキャルを見てコッコロは、彼女のコップへ新しいお茶を注ぎ彼女を落ち着かせた。
「申し訳ありません、質問の仕方を間違えました。キャルさまは、全身が骨になっている魔物をご存知でしょうか?」
「……全身が骨?」
「はい。正確には、
「うーん、見たことないわね。一部ならともかく、全部が骨だけになっている魔物って聞いたことがないわ」
キャルは、とある事情により魔物について詳しかった。魔物の種類や特性など
「キャルさまでもご存じない魔物でしたか……。ギルド管理協会の方にも聞いてみたのですが、骨の魔物の情報はなく、私たちはどうも未知の魔物に襲われてしまったのです」
そしてコッコロはその当時の出来事を思い出しながら、キャルへ話を続けた。
コッコロとユウキが骨の魔物と遭遇したのは、野草の収穫が満足いく量になった頃。突然、ユウキの背後から骨の魔物が地面から這い出てきたのだ。ユウキよりも一回り大きな身体に、穴だらけの鎧の隙間からは、白い骨が見えている。鎧が欠けて骨しかない左腕には丸い盾が括り付けられ、右手には錆びついた剣を持っていた。
振り上げられたノコギリのように鋭利な角を何個も持つ剣を視認したコッコロは、すぐさまユウキの手を引いて、森の出口へと駆け出す。すると背後から地面を抉るような物々しい音が響き、後ろで何が起きているのか想像するまでもなかった。
収穫した野草を落とさぬように抱えながら走っていたコッコロはユウキに振り返らず走るように伝える。ちらりと背後を見たユウキは、ただ無言で頷き、腰に携える一振りの剣に手を当てて彼女と共に駆けていた。
風の精霊の教えに従い、森の出口へと走っていると地面から強い魔力を感じ、彼女は共に走っていたユウキを強く押し倒す。色鮮やかな苔に倒れ込んだ二人が先程までいた場所には、先程までなかった茶色い大きな岩が地面から飛び出していた。岩の先端は鋭く尖り、人為的な形をしている様は、魔力によって作られたものだと感じ取れた。
ぐしゃりと落ちた枝木が潰されて砕け散る音が聞こえ、振り返ればあの骨の魔物が彼らの近くへと迫っていた。
ユウキはすぐに立ち上がり、剣を抜きコッコロへ強化魔法をかけてほしいと懇願する。追いつかれた相手を背に、そのまま逃げるわけにはいかなかった。二人の目的は野草の採取であり、目の前にいる魔物を倒すことではない。無理はしないことをコッコロに伝えて、ユウキは魔物へ剣を構える。彼の言葉を聞いたコッコロは、ユウキへ強化魔法を施すと共に新たな風の精霊を呼び出し始めた。
先に動いたのは魔物だった。
ユウキへ近づき、ノコギリ刃の剣を大きく振りかぶる。俊敏ではない魔物の動きを見切るのは、加速魔法を付与された彼にとってみれば容易であった。振り下ろされる刃よりも早く間合いを詰めたユウキは、右腕の鎧に空いている穴に狙いを定める。魔物の武器は剣と岩を操作する魔法のみ。ぼろぼろになっている鎧から露出している骨を斬り落とせば、先程よりも森から出られやすくなるとユウキは見立てをつけたのだ。
剣を握る両手に力を込め、肘関節の見えている骨へと思い切り下から振り上げた。背後で剣が地面に突き刺さり、衝撃がユウキの身体に伝わるが、彼の目はしっかりと魔物の骨のある部分を捉えていた。
だが骨の魔物の腕を斬り落とす刃は、魔物に触れる寸前で動きを止める。力を込めてもそれはびくともせず、剣の根元を見れば、盾のついた骨の手が剣をがっしりと掴んでいた。
必死に剣を動かそうと必死に抵抗するユウキを見て、骨の魔物は口を大きく広げて彼の顔へと近づける。ぱっくりと開かれた骨の口の先には、空洞が広がり肋骨と背骨が見えるだけである。ただ、何もないその空間から小さな黒いモヤが生み出され始めた。やがてそれは、次第に大きくなりどす黒い霧がユウキを包み込むのであった。
「魔物から発せられる異様な魔力を感じ、風の精の力を借りて、主さまを助け出しました。その時は必死になっていましたが助け出した時には既に主さまはご老人をなられたのです。その後はキャルさまへお話しした通りでございます」
「黒い霧ねぇ……」
魔物の中には、体内で生成されたものを吐き出して、敵へ攻撃するものが存在する。例を出すならば、ドラゴン種。体内で炎を生成し、それを吐き出すことはよく知られている。
ただ、コッコロの話を聞く限りでは対峙した魔物は骨。スカスカのところから、何も作り出すことはできない。キャルの中で想像がつくとすれば、それは魔法によるもの。それ以外には考えられない。
「んで、肝心のユウキは今日うちに帰ってこられるの?」
「はい、それでしたらご安心を。主さまは日帰りの検診でしたので、入院とはならないかと」
「ふーん……」
キャルが薄い反応をしながら、お茶を飲み干したところで、ギルドハウスの玄関が大きな音を出して開かれる。
「っんにゃ!?」
「ただいま戻りましたー☆」
キャルのしっぽが大きく膨れ上がり、ピンとまっすぐ立ち上がる。音のした方を振り向けば、見知った人物が玄関ドアを思い切り開けていた。
「ちょっと、急に入ってこないでよペコリーヌ! びっくりしたじゃない!」
「えへへ☆夕食を作るのが遅れないように急いでいたもので、ごめんなさい! 今すぐに作りますね。っとその前に……」
ドアを勢いよく開けたペコリーヌは、何かを背負いながら居間へと進んでいく。彼女の明るい茶髪に埋もれてもぞもぞと人の手らしきものが隠れていた。
「ちょっと、あんたが背負っているのって……」
「おかえりなさいませペコリーヌさま。主さまは私へ」
「はい! コッコロちゃんお願いします」
ペコリーヌは背負っていた人をゆっくりと下ろし、皺のある手をぎゅっと握りしめて近づくコッコロへと歩いていく。
彼女が背負っていた人物はキャルにとって見覚えのある服装であった。足を守るためグリーブや青いマント、そして彼が使っていた一振りの剣。
「大丈夫ですか、主さま」
心配そうにコッコロから声をかけられた老人の男性は、にっこりと微笑み、空いている手で親指を立ててグーの仕草をする。
短い白髪に、顔中に刻まれた深い皺。見かけたことのない別人に思える老人がキャルの目に映る。ただ、不思議と同じギルドメンバーであるユウキの面影が老人の姿と重なって見えていた。