クリスティーナ・モーガンは戦いに飢えていた。
最近は反体制派の掃討戦という名の、もぬけの殻になっているアジト巡りを行い、挙動がおかしいだけの味気ない魔物討伐を繰り返している。いくら敬愛する方の命令とはいえ、血肉の躍るような争いとは無縁の日々に、彼女の退屈さは限界に達しようとしていた。
そんな時に、冒険者が次々と失踪するという怪奇事件の調査依頼が、彼女の所属するギルド_
冒険者の全員がランドソル王国に住まう住民であるとは限らないものの、民を守るのが王宮騎士団の務め。その依頼を断る理由はなかった。それに、その依頼を耳にした王女_ユースティアナ陛下も、最優先で調査を進めるようにとわざわざ指示を出したのだ。
例え、民が飢えて苦しんでいたとしても、全く興味を示さない陛下がそんなことを言うのだ。つまりその話の裏には、自身の渇きを満たす何かがある。そう彼女は確信し、その調査依頼の指揮をとる事に志願した。
『話は聞いたよ。クリスちゃんが率先してギルド協会の依頼に関わるなんて、珍しいこともあるんだね。どういう風の吹き回しだい?』
ギルド管理協会で依頼の説明や手続きを行なった後。
王宮へと戻った彼女は、ぱったりと騎士団団長に出会った。黒鉄の鎧で覆われたその姿を目にしたクリスティーナは、大げさに一礼をする。
ギルド管理協会から依頼を度々貰うものの、クリスティーナは一度も手をつけたことがない。普段であれば、そのような
そんな彼女が自ら、ギルド管理協会の依頼を受ける姿勢を見せただけでも、前代未聞。
王宮騎士団の誰しもがその話に驚き、あの
『なぁに、単なる気まぐれさ団長殿。最近は、刺激の足りない任務ばかりの繰り返し。このクリスティーナ様は退屈で仕方がなかったんだ。気分転換にはいいだろう?』
『ほう……。そんな風に考えることもあるんだね。ただ、いくら陛下が優先して調査するように指示されたとはいえ、クリスちゃんが望むような任務にはならないと思うよ。私も依頼を見たのだが、あれは単なる調査だ。最近よく聞く
ギルド管理協会からもらった依頼の内容は、失踪した冒険者たちの行方の調査。
失踪した人物の多くはギルド管理協会に登録されているギルドの人物が多くを占める。全国民にギルドへの加入を推進しているランドソル王国の直属ギルドであれば、国民の個人情報を閲覧することは容易である。簡単に足がつくのだ。
それに近頃は、ロストという人の存在が消える怪事件が発生している。
存在しているはずの公的記録が消失していたり、消えてしまった人物に関する記憶が欠如していたりする謎の多い事件だ。大抵の場合、行方不明の原因はロストであるケースが大半を占めてしまっているのが現状だ。
いるはずの両親がいない。店の跡取り息子が消えてしまった。そんな話は耳にタコができるほど、ランドソルでは珍しくない事件になっていた。
このような事件については人海戦術で、失踪した人たちの行動や記録を把握することで、問題が解決するパターンが王道。やる事は、クリスティーナの嫌いな事務作業になるのは明白であり、彼女の渇望を満たすものではない。
『ああ、もちろん知っているとも。その単純作業は私の可愛い部下たちに率先して作業をさせるよ。つまらない仕事はやりたくない主義でね』
『じゃあ一体……』
『私が気になっているのは
クリスティーナは先程よりも一歩団長へと近づき、小声で囁く。
『丁度、今回の事件の話を知ったのは私が陛下と一緒に語り合い、茶を飲んでいた時の事だ。陛下が公務の資料を眺められていて、ある洋紙を手に取った時に陛下の手が止まったんだ』
『それが今回の……?』
『ああ。普段の陛下であれば、ギルド管理協会から貰う依頼は通例通り軽く眺めて終わるだろう。ただ今回は様子が違った。今でも覚えている。しばらくその洋紙を見ていると紙を握る手に力が入り、陛下の表情が崩れた。あんな苦虫を潰したように口を歪めるなんて、秘密結社ラビリンスに関する報告をしている時以来だ。加えてこうも言った。
『また?』
「ああ。おそらく陛下は今回の事件について、
クリスティーナは王宮騎士団の副団長という立場でありながら、基本的に仕事は行わない。部下へ全て丸投げし、自身は自由気ままに過ごしている。そんな彼女が副団長であり続けるのは、裕福な家柄だけが理由ではない。彼女の戦いに関する嗅覚は鋭く、絶対に見逃さない。魔物討伐や組織の鎮圧といった争い事を全て切り抜く力は、王宮騎士団の中では抜きん出ている。その力を評価している団長にとって、クリスティーナの話は聞き捨てならなかった。
失踪の背後に、何か大きな影が潜んでいる。
そう確信しているクリスティーナを、団長は全面的に協力を行い調査を進めていくのであった。
そして、彼女の願いは叶えられた。
王都ランドソルから遠くとも呼べない位置にある深い森。鳥の囀りが聞こえない静かな森で、擦れ合う金属音が響き渡った。
「ほらっ、もっと楽しませろ! 私はまだまだ満足していないぞ☆」
クリスティーナは、古びた剣を弾き返すと愛剣を横に斬り払い、魔物の右腕関節を切断する。
穴の空いた鎧の隙間に見える骨は砕け、すかさず彼女は右腕を失った魔物を蹴り飛ばす。
錆びた剣は斬られた勢いで近くの木に刺さり、骨の混じった鎧の破片が、からころと音をたてて遠くへと転がっていった。
剣を持ち直したところで、ピアスに付けている魔法石から、通信魔法が彼女の元に届く。
「副団長! 不躾ながらご報告です。近隣一帯の封鎖は終えており、魔物の襲撃を受けた団員たちも逃しました。存分にお力を発揮してください』
「そうか、ご苦労。お前は下がっていろよ」
『はっ』
隙を見せている彼女へ魔物の左腕に結びつけてある丸盾の縁が襲うものの、
「技は大したことがないな……」
ぎりぎりと歯軋りをさせている魔物の剣技に下した評価は高くなかった。
何人もの冒険者を葬った魔物と聞き、意気込んでみればそこらにいる山賊と変わりのない戦い方だ。力任せに剣を振り、隙の多い攻撃を繰り返す。身に覚えのある剣術を使うものの、技に対する美しさのカケラもなく、暴力と怒りの感情が篭るものばかり。
期待していた強さとはかけ離れていた。
ただそれだけで、魔物の強さを判断することはしなかった。
現に、魔物の近くにいた部下たち全員に対して、なんらかの力が作用し、老人のように変わり果てている。変化魔法の応用のように見える代物で、これまで何も知らない冒険者たちがランドソルに帰って来なかったのも頷ける。
黒い霧状に変換した魔法で、出会った冒険者たちを衰弱させ、剣でトドメを刺す。それが対峙している魔物の戦闘スタイルだと彼女は推測した。
魔法も扱える魔物は、経験上決して珍しいことではない。ただ、剣術も使用するとなると話は別になる。明らかに、ランドソル王国周辺の魔物の強さとはかけ離れた強さだと彼女の経験から感じ取れた。
盾を彼女に向けてジリジリと後退する魔物に、クリスティーナは優雅に歩いて近づいた。
「どうした化け物。お前の力はその程度か? もっと楽しませろ! この私の期待を裏切らないでくれ。そうでないと……」
地面から微かな違和感を覚え、勢いよく後ろへと飛ぶ。彼女が先程までいた場所には、先が鋭利な岩が地面から飛び出し、下がったクリスティーナに向かって波のように次々と押し寄せる。
魔物は足元に大きな魔法陣を展開し、地面から岩を隆起させてクリスティーナへ幾度となく襲い掛かる。ただ、彼女のスピードには追いつかない。
四股を貫かんとする岩々を軽く飛び越え、愛剣に力を込めた。
「お前を半分にっ……!」
だが魔物の胴部を狙った斬撃は、古びた剣によって阻まれる。魔物は錆びついた剣身で彼女ごと弾き返すと、地面に散らばる小石を彼女に目掛けて飛翔させた。
触れれば致命傷では済まないスピードで迫る石だったが、
ブーツの底をすり減らしながら着地した彼女は、
再生している魔物の右腕を見てニヤリと口角を上げる。
「……なるほど、それがお前の強さか。いいだろう、貴様の魔力が尽きるまで踊り明かそうじゃないか!」
砕かれた石を周囲に浮かび上がらせて近づく魔物の姿に、彼女は心の底から歓喜に震えていた。
クリスティーナが魔物と対峙している頃。
「こっちの道で合っているんだよね、コッコロちゃん?」
「はい、この先のある森の奥でございます」
魔物の呪いを解くためにトゥインクルウィッシュの面々とコッコロが、ユウキのために動き出していた。