アダムス操縦士学院   作:藤咲晃

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15話 忍びの主人

 ガイは未だ昏睡状態のまま保険室のベッドで眠り続けていた。

 そんな彼をリンは静かに見守る。

 

「貴方は自己犠牲者なんです? どうしてあたしとレナを庇ったりなんか」

 

『くははっ! イルソンの操縦士は相棒が気になるのか!』

 

 愉快そうな声が頭の中に響く。

 イルソンでも無い声にリンは訝しむ。

 

『オルディスは気楽そうですね』

 

『……相棒が昏睡状態なんだ。ふざけた人格を押し出さなければやってられないのさ』

 

 極めて冷静なオルディスの声にリンは眉を顰める。

 二面性が激しい。

 正直言ってリンには彼と10年も付き合える自信が無かった。

 それどころかガイが仏頂面なのはオルディスに原因が有るのではないかとさえ思う。

 

『いつディアスさんは目覚めるんですか?』

 

『意識は回復しつつある。間もなく目覚めるだろう』

 

『それなら良いんですけど。あっ、先程の質問ですがディアスさんは自己犠牲精神をお待ちで?』

 

『ガイはそんな性分じゃあない』

 

『それじゃあ損得鑑定ですか?』

 

『違うな。考えた事は有るか? 目の前で手を伸ばせば届く距離に居て目の前で死なれる経験を、耐え難い苦痛を』

 

 オルディスの静かな声に息を呑む。

 ガイは誰かを目の前で失った。

 彼の両親か、それとも大切な人か。

 何方にせよ目の前で誰かを亡くしたことには変わりない。

 だからガイはその時刻んだ痛みをまた味わないように動いた。

 損得鑑定も関係なく。

 まだ深く知らない相手の考えだ。実際に彼がどう思い行動に移したのかは、結局の所リンにはまだ理解はできない

 

『手に届く範囲、目の前で助けられる。なら相棒は考えるよりも前に動くぜ。……相棒は諦めないバカだからよ』

 

『諦めの悪い。ではなく諦めないバカですか?』

 

『おうさ! 明日世界が滅ぶとしたら相棒はどうする? って聞いたことが有ったんだけどよ、やれる事をやって最期まで足掻く。それでもダメだったらその時はその時だってよ』

 

『そんな事を……』

 

 最後まで考えて抗う。

 もしかしたら助かるかもしれない。

 そういう考えなのだろうか。

 だからこそリンは思う。

 諦めないバカとは言い当て妙だ。

 リンは手を伸ばし、眠るガイの頬を撫でた。

 無骨で硬い頬と冷たい感触。

 

『おっとお邪魔虫は退散!』

 

 余計な1言を残してオルディスは念話を切った。

 頭の中で響いていた声が、いざ無くなると保険室が非常に静かに感じる。

 ガイとリン。

 穏やかな春風がカーテンを揺らす保険室に2人きり。

 リンの頬が熱で赤く火照り、未だ眠るガイを覗き込んだ。

 リンの小さく柔かな口が動く。

 

「いつまで寝てるんですか? みんな心配してますよ」

 

 ガイの額に掌を乗せ、赤茶髪に指先が触れる。

 

「でもまぁ、もう少しだけ。ほんのもう少しだけこのままでも良いかもしれんせんね」

 

 しかし少女の願いは届かない。

 寧ろ彼女がわずかに願ったせいか、ガイの目蓋が開く。

 そして彼と目が合ったリンは、

 

「お、おおお……お、おはようございます?」

 

 現在時刻は13時。おはようのあいさつにしては遅いあいさつだ。

 

「……何してやがる」

 

 額を撫でられていると理解したガイは、仏頂面を深め不機嫌さを醸し出した。

 

「これは、そう! 熱が無いかと思いましてね!」

 

 見苦しい言い訳。

 ただ興味本位で触っていただけ。

 でも、それが愛おしく思える安らぎの時間だった。

 リンは言葉では伝えられない感情を抑え、ガイから手を離す。

 

「……確認だ。ここは何処だ?」

 

「アダムス操縦士学院の保険室ですよ。何が起きたのか、現在の状況説明は必要ですよね」

 

「ああ頼む」

 

 ガイが単眼の騎士人形の自爆を喰らい、昏睡状態に陥ったこと。

 真緑の騎士人形フォレスとレナとリンが交戦、駆け付けたクオン教官のお陰で事件は一旦の収束を見せたこと。

 そしてテロリスト襲撃事件から3日が経過。

 現在学業は休校状態にあり、自分は昏睡状態のガイの護衛として任されたこと。

 リンの説明にガイは顔を歪めた。

 

「情けねぇ」

 

 単眼の騎士人形を教室から引き離すことに成功したが、結果はこのざま。

 ガイにとって情けなくて仕方ない結果だ。

 

「3日も眠っていたことがです?」

 

「そうだ。単眼野郎の自爆を許し、窮地に追い込まれたのは俺の油断だ」

 

「……血を、あたしとレナを庇って血を流していたじゃないですか。それにまだ左手の火傷は癒えてないですよね」

 

「それは言い訳だ。敵はこっちの事情なんざお構い無いしだ。お前もそうだろ?」

 

 確かに敵の事情は知らない。

 ましてや怪我をしているなど知る由もない。

 だからガイは負傷で追い込まれたのは、自分の言い訳に過ぎないのだと。

 

「確かにそうですが。……聴いても良いですか?」

 

「何をだ?」

 

「如何してあたしとレナを庇ったりなんか」

 

 リンの瞳にガイは息を呑む。

 今にも泣き出してしまいそうな瞳。

 ガイはこの手の表情が苦手だった。

 何故かはガイ自身にも判らない。

 ただ愕然と理解しているのは、涙より笑っている方が良い。

 

「答えて……くれないんです?」

 

 いよいよリンの泣きそうな声に、汗が浮かぶ。

 

「べ、別に庇うだとかそんな気は一切なかった。偶然手の届く範囲に2人が居た。それだけなんだよ」

 

 あの時ガイが何もしなければ、窓ガラスの破片は2人の顔をぐちゃぐちゃに傷付けていた。

 そこそこ気に入っている生活、そしてそこそこ交流の有る2人。

 2人の綺麗な顔に傷が付くのはムカつく。

 ましてやテロリストの勝手な都合と主張によって、目の前で知人が傷付く。

 ガイはそれが嫌で2人を投げ飛ばした。

 バカ正直に答えるには、あまりにも格好が付かない答えだったため。

 彼は建前だけを話した。

 

「そう、ですか……」

 

 リンはじっとガイを見つめ、考え込む。

 この男なら忍びとして仕えても良いのではないか。

 元来忍びが実力を発揮するのは、守り支えるべき主君が居てこそ。

 

「ディアスさんは、あたしが忍びというのはご存知でしたよね?」

 

 真っ直ぐ見つめる瞳にガイは頷く。

 彼女が忍びと確信を抱いたのは、レナとの模擬戦と昼休みの時だった。

 

「如何してお前は忍びだ、と訊ねたりしなかったのですか」

 

「聴いて何になる? そもそも忍びってのは職業に過ぎねえ、だから無駄な質問はしなかった」

 

「むっ。無駄とは何ですか! この国では忍びはレアなんですよ!」

 

「そんなこと知ったことか。……忍びのお前、俺の目の前に居るお前。全部含めてリン・ナギサキだろ」

 

「……! そうですね、あたしはあたしです。ええ、そう面と向かって言われましたらもう……っ」

 

 突然顔が赤くなるリンの様子に、ガイは身動ぐ。

 

「もう決めました! 決めてしまいました! ディアスさんが何と言うとあたしは、今日から貴方の忍びです!」

 

 真剣な表情で真っ直ぐと告げる彼女に、ガイは更に仏頂面を深める。

 自分の忍びになる。彼女はそう告げた。

 ガイ自身にそんな価値も無ければ、ご大層な身分でも無い。

 彼女が仕えるべき主君では無い。

 そもそも主従関係など面倒臭い。

 ガイがそんな事を内心で思うと、リンの顔は真っ赤に染まり切っていた。

 彼は面倒臭そうにため息を吐く。

 

「おい、俺が誰かを仕えさせるご大層な御身分に見えるのか?」

 

「身分なんて関係無いですよ。あたしが心から想い決めたことですから」

 

 折れそうにないリンの眼差しにいよいよガイは悩む。

 

「……主従関係を結んだとして俺に何の得が有る?」

 

「可愛い忍びが付いて来ます。いえ、冗談ですから嫌そうな顔しないでください! 忍びをタダで使えるのが貴方にとっても得ですよ」

 

 確かに忍びは情報収集と言った面でも非常に役立つ。

 そもそもこれは彼女が自分の意思で決断したことだ。

 それをガイは無理矢理捻じ伏せる気にはなれなかった。

 ただ何故そうまでして主従関係を結びたいのか、ガイは野暮だと思いつつも訊ねた。

 

「何で主従関係を結びたいんだ?」

 

「……ディアスさんはあたしを2度も庇い、結果的に怪我を負いましたよね。もうあたしの忍びとしてのプライドはズタズタです。まあ恩を返すという意味もありますが……」

 

「他にもあんのか」

 

「いえ、こちらはまだ心の整理。と言いますか確証が持て無いので保留です。……とまあ、そういう訳で良いですよね」

 

 受けた恩を返す。

 それだけでは無い。そう感じながらガイは考え込む。

 スラム街の仔犬(リアン)と言い、断ったところで他所で勝手に自称する。

 その後の面倒ごとは決まってガイに降り掛かるのが常だった。

 ならいっそのことリンを忍びとして受け入れた方が手っ取り早い。  

 そもそも彼女は断ったとして黙って従うのだろうか。

 絶対に従わない。彼女の硬い意志が何よりも証明していた。

 

「分かった。お前の好きにしろ」

 

「では! これよりリン・ナギサキが貴方にお仕えさせて頂きます!」

 

 リンの決意にガイは息を吐く。

 こうして2人の間に主従関係が結ばれた頃、ガイの様子を見に来たクオン教官が保険室に訪れるのだった。

 

 

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