保険室を訪れたクオン教官は苦笑を浮かべた。
廊下に聴こえたガイとリンの会話。
主従関係を結んだ2人にクオン教官は、一瞬だけどう声を掛ければ良いのか迷った。
ここは自らの意志で主人を選んだ姪っ子を気遣うべきか。
いやここは知らない振りをした方が良さそうだ、そう結論付けたクオン教官は、ガイとリンに言葉を紡ぐ。
「目覚めたかディアス。ナギサキも護衛ご苦労だったな」
今回の一件で保険室から動かせないガイの護衛にリンを付けた。
テロリストの本命は別の人物だが、生徒の安全を最優先に考えるなら負傷者を優先するのは当然と言える。
クオン教官は軍人であるが、同時に生徒の身を預かる者としても妥当と言えるだろう。
もっとも最善手はテロ襲撃に間に合うことでは有るが、それを当人は自身の未熟としてそっと胸に戒めた。
そんな彼の内心を知ってか、リンは戯けるようにわざとらしく肩を竦めた。
「非常に退屈な護衛でしたよ」
「退屈に限るだろ。第一寝てる間に襲われるってのは、ゾッとする」
顔を顰めるガイにリンは笑みを浮かべる。
「大丈夫ですよ。安眠も護りますから」
クオン教官はリンの言動を無視しながら、ガイに告げる。
「ディアス、君達が行った遺跡調査はある意味で当たりだったぞ」
その言葉だけで何が当たりなのか察したガイは、肩を竦め困惑の表情を浮かべる。
内心でクオン教官は彼の困惑に同意を示した。
一般人から見ればそう決まったことで済むが、然るべき関係者が見れば不信感と疑念が浮かぶ。
そしていずれ誰かが真相を調べに調査に訪れていた。
「……あんなお粗末な偽装場所がテロリストの潜伏先だったとはな。連中の目的は?」
「全操縦士の国家の解放、制度からの解放。校内放送で流された言葉が何よりも証明だ」
「操縦士に対する恐れを強くしておいてか?」
クオン教官は頷く。
彼らの主義主張は操縦士としても当然な想いだと理解はできる。
ただ、やり方を彼らは間違えた。
騎士人形を使用した実力行使、結局のところ暴力で他者を従わせる以上は国と何も変わりない。
だから生徒の誰もがテロリスト【
「やり方を間違えたと言うべきか。いや、それよりも君達が交戦した単眼の騎士人形に付いてだが……」
クオン教官が例の機体に付いて話しを出すと、ガイが待ったをかける。
「教官その話しの前に、それは俺達が聴いて良い情報ななのか?」
「無論だ。今回の一件は当事者である君達にも知る権利が有る」
当然政府の上層部は学生の操縦士に単眼の騎士人形に付いて知らせる事さえも拒んだ。
必要以上の情報を与えず飼い慣らしたい。そう考える連中の思惑通りに自分もゼオン将軍も動かない。
軍部の考えはこうだ。来るべき時に備えるための情報共有だと。
「これは軍部と学院の情報共有の一環だ。それに君も交戦して薄々察しているのでは無いか? アレが何なのか」
「蒸気機関搭載型騎士人形……いや、騎士人形の形をした別の何かだ」
「そう、我々軍部は単眼の騎士人形を──ドールと呼称することが決まった」
「ドール? ナイトを取ったタダの人形。そのまんまんだな」
ガイのジト目にクオン教官は肩を竦めて返す。
「分かり易い方が良いだろ?」
「分かり易いが……何処が製造したんだ? アレはテロリストが簡単に量産できる機体じゃねえだろ。しかも使い捨てを前提にした機体だ」
クオン教官はガイの指摘に笑みを浮かべる。
彼は鋭い。もうテロリストに関与していた存在に勘付き始めている。
「そうだ。君の指摘通り解放者どころか我が国でもドールを製造することは叶わない。そもそも製造できるなら騎士人形はとうにお役御免だ、協力者はドールを開発しテロリストに与えるだけの理由が有る。君はそれが何なのか分かるか?」
クオン教官の試すような物言いに、静かに話しを聞いていたリンがむっと頬を膨らませた。
そんな彼女の様子にガイは知らん顔で考え込む。
「北と南……どっちの国もテロリストに関与するだけの得が有る」
「ほう、ディアスの考える得とは?」
「1つは開戦の口実だ。二大国は未だ世界の覇権を巡って争っている最中、本格的に進軍するならグランツ王国は丁度いい足場だ。もう1つは単純なデータ取りだな」
量産されたドールの性能実験にテロリストは都合が良い。
概ね軍部上層部とリリナ姫と似た見解を示すガイに、クオン教官は満足気な笑みを浮かべる。
「テロリストからすりゃあ、操縦士を真の意味で開放するための道具なんだろうな、ドールは」
ドールが量産化され軍で正式採用されれば、操縦士は必要とされなくなる。
あの機体は無人機で予め用意された魔術の命令式に従って動く。
だから戦死者を出さないドールを求める国家は多くなるだろう。
「わたしとしても若者が命を落とすよりは良いとさえ思うが、ドールが正式採用されるよりも早くにグランツ王国は戦乱に巻き込まれる可能性が有る」
「……二大国と戦争ですか?」
「さてな。デュエネス帝国とガルドラス帝国、どちらがテロに関与しているかはまだ掴めてはいない」
どちらの国にも開戦を望む者と拒む者が居る。
「開戦が始まれば、デュエネス帝国とガルドラス帝国の何方かが味方に付くって訳か」
「お互いにグランツは取られたくは無いから。ならば敵軍の侵攻を協力して止めた方が政治的にも優勢に働くと考えているのだろう」
「巻き込まれる身にもなって欲しいですが、そこにヤマト連合国が加わると世界大戦ですね」
「何とかそうならないようにテロリスト、他国の工作員は軍部で取り押さえると約束しよう」
真剣な表情で語るクオン教官に、ガイとリンは顔を見合わせた。
「学生の間は出来ることも少ねえが、俺達が卒業するまでには片を付けて欲しいもんだ」
「ふむ、わたしもゼオン理事長も努力はしよう。まあ諸君は未来の心配よりも中間テストとクラス対抗試合が有る、先ずはそちらに集中すると良い」
「対抗試合か。もう始まってんだろ?」
「鋭いな」
もう対抗試合は始まり、Cクラスは非常に不利な状況だ。
「……だからクラス合同授業が無いんですね」
「Cクラスはテロリスト襲撃時に俺を助けるために応戦した。その結果が騎士人形の能力、使用武器が知れ渡った」
ガイの冷静な判断にクオン教官は頷く。
あの状況での出撃、迎撃は仕方ない事だと教官陣でも話し合い理解している。
だが露呈した情報を取り除くことは叶わない。
特に教官である自分が彼らに他クラスの騎士人形に付いて教えることも叶わない。
テロ事件で互いの情報に関して公正さを失ったが、そもそも諜報戦を含めてが対抗試合だ。
それに生徒達が気付くかどうかも生徒次第。
だから教官陣がCクラスに対して特別肩入れすることも無い。
「ナギサキ、早速仕事だな」
「……むぅ、ディアスさんの個人的要望なら喜んで従いますけど」
クオン教官は心の中で突っ込む。
お前はディアスの忍びになったのでは無いのか?
若干やる気を感じさせないリンにクオンはとっておきの情報を切る事にした。
「………ああ、そう言えば君達に伝え忘れていた事が有ったな。対抗試合の優勝クラスには屋内プールの使用権が優先的に譲渡される」
授業の一環だけで無く、夏学期中の自由使用が許可される。
無論、学院指定の競技用水着の着用が義務付けられるが。
「ディアスさん! あたしは今すぐに情報収集に当たります!」
音を立てずその場から姿を消すリンに、クオン教官は深いため息を吐く。
「我が姪ながら単純だ」
「……教官の親戚だったのか」
「隠すつもりも無かったが、伝える必要も無いだろ?」
確かにとガイは同意を示す。
誰が誰と血縁なんて教えられた所で、どうにかなる訳でも無い。
同時に保険室の会話をクオン教官に聴こえていた事をガイは悟る。
「それでいつから授業が再開するんだ?」
「ああ、それは明日からだ。もう全生徒には伝えて有る」
ガイはベッドから起き上がり、身体を動かす。
「まだ寮内待機中か?」
「それに関しても待機解除が通達されている」
寮内待機が解除された以上、ガイは早速保険室に用は無い。
そう言わんばかりに歩き出すと。
「バイトか?」
「ああ、3日も休んだ。ヴェイグ店長と先輩の安否も気掛かりだからな」
「2人の無事は此方でも確認済みだ。……ああ、街中は未だテロ事件の影響で張り詰めている、気を付けるように」
クオン教官の親切心を彼は素直に受け取り、保険室を後にするのだった。
そしてリンが一通り情報収集を終え、保険室に帰る頃には誰も居なかったという。