先のテロ事件で倒壊した民間、戦闘の被害によって崩れた通路。
軍の炊き出しに並ぶ避難者。
商店街を通る操縦士に、怯え、憎しみ、憐れみ、悲しみ、そして同情が複雑に入り乱れた眼差しが向けられた。
操縦士がやり場の無い感情を向けられるのも必然であり当然だ。
なおさらテロリストが騎士人形を使えば使うほど。
ガイは彼らの視線と抱える感情を正当なものだと思う。
彼はそんな複雑な視線を向けられる中、なお平然とした態度でフルグス書店に足を運ぶ。
「……あの生徒。確か3日も意識不明の重症だったて」
炊き出しに並ぶ一般人の1人がガイの背中にそんな事を呟いた。
「騎士人形なんて兵器を操るからそうなるんだ。操縦士なんて存在しなければ、いや騎士人形なんて……」
「そうは言うけど、この国の防衛の要は騎士人形なのよ」
「分かってはいるけどさ。……瓦礫の撤去も騎士人形がやってるってことも。けど巻き込まれて亡くなった人は大勢居るんだ」
複雑な心境を浮かべる一般人の声が行列でぽつり、ぽつりと囁かれる。
中には操縦士の徹底管理を主張する者も──
▽ ▽ ▽
フルグス書店を訪れたガイに第一声が飛ぶ。
「後輩君、次から無茶せずもう少し先輩達を頼るように」
静かな、それでいて有無を言わせないルディカの圧力がガイを襲う。
どうにも自分は彼女に逆らえないようだ。
「次からはそうする」
素直に応じるガイの様子にルディカは、満足そうな笑みを浮かべ。
ガイは店内を見渡した。
戦闘の被害が無く、いつも通りの店内。
しかしヴェイグ店長の姿が見えない。
「店長は何処に?」
「本の配達さ。こんな時だからね、避難所の子供達に優先的に本を提供してるよ」
「そいつは随分と気前が良いな。……それで販売予定だった新刊はどうなった?」
「入荷はして有るからね、新刊の棚に並んでるさ。後輩君も気になるなら買うかい?」
購入を促すルディカに、ガイは新刊が並ぶ本棚に目を向ける。
去年ベストセラー賞を獲得した恋愛物語の続編、推理小説、考古学書や専門書。
前者はともかく、後者はガイの興味を惹きつけるのには十分だった。
けれど残念な事に、財布の中身には新刊を買うだけの余裕が無い。
「今は手持ちがな」
「まあそうだろうね。欲しい書物が有るなら倉庫の奥に確保しておくと良い」
「良いのか?」
「従業員の特権。ただし1エル足りともまけないよ」
ルディカはそう言って仄かに笑って見せた。
何方にせよ本が確保出来るのはガイにとって有難い話だ。
早速ガイは本棚から新刊の考古学書と魔術、錬金術の専門書を取り出す。
そして店奥の倉庫に向かい、確保本と書かれた箱に入れるのだった。
給料が入ったら真っ先に買おう。
決断を新たにガイはカウンターに並ぶ。
そんな彼に隣に立っていたルディカが。
「おや? 後輩君からは女の匂いがするね。君は3日も昏睡状態と聴いていたけど?」
何かを疑う眼差しを向けられた。
バイトをサボってまで女遊びをしていたと思われているだろうか?
ガイは心底心外そうに息を吐く。
目覚めて情報のやり取りをした後すぐに此処に来た。
匂いが付くほど女遊びをした覚えも無ければ、物理的に無理だ。
ガイがルディカに対して口を開き掛けた時だ。
自分の額を撫でるリンの姿を思い出したのは。
「……あの時か」
それ以前に彼女は3日も護衛を兼ねた看病をしていた。
だから匂いが付いたのだとガイが1人納得すると。
ルディカは持っていた本を開き、
「後輩君、君を心配する者は君が考えるほど多いのよ」
彼女のそんな言葉に心配そうにオロオロするヴェイグ店長の姿が浮かぶ。
「店長とかか?」
「そう。君の話しを聴いた店長は、酷く慌ててね。そりゃあもう滑稽に転げ回る程には」
何となく想像できる光景にガイは小さく笑う。
「……それでその匂いは君の彼女か何かか?」
「先輩には俺が重症に漬け込んで女を作るような奴に見えるのか?」
質問で質問を返すとルディカはわずかに考え込む様子を見せ、
「私と君の付き合いは短い。けれど言える事は、君は面倒臭がり屋だけど必要な事に対しては積極的で真面目」
「真面目に見えたのか」
「客の対応は粗いけど、勤務態度は真面目よ。それで? 先輩に言ってみなさい」
彼女が居るのか?
そう暗に問うルディカにガイは肩を竦める。
「俺にそんな出会いは今まで一度足りとも無かったさ。匂いが付いたのは、同級生の女子が3日も看病してくれたからだ」
「なるほど。……本当にそれだけかな? 女の勘が後輩君と女子生徒は面白い関係に有ると訴えているのだけど」
忍びとの主従関係が面白い?
ガイは保険室で結んだリンとの関係性に首を傾げる。
対抗戦の事もある。誰が聞き耳を立てているのか分からない。
「悪いがアイツとの関係は対抗試合に影響を与えそうだ」
「情報漏洩は防ぐべきだね。それなら私からしばらくは質問しないで置くよ」
くすりと小さく笑うルディカに、ガイはそうしてくれと笑い返すのだった。
3日振りのバイト。
テロ事件の影響か遠退く客足。
そして配達から帰って来たヴェイグ店長の熱烈な歓迎に、ガイは思わず彼を蹴り飛ばしてしまう。
そんな関係に腹を抱え笑うルディカ。
いつもの平穏な日常が戻りつつある事にガイは安堵を浮かべバイトに精を出す。
リンに情報収集を頼んでいた事を思い出したのは、寮に帰宅してシャワーを浴びてからのことだった。